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オルクス  作者: 和達譲
Side:M
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Episode23-5:後戻りはできない



このエピソードは、ラムジークの民達の間では有名な話だが、他州ではあまり知られていない。


そしてそれはミリィも同様なので、事前にシャオが入れ知恵をしていなければ、今頃何の手がかりもなしにレヴァンナと相対するはめになっていただろう。


しかし、そのシャオの力を以てしても、遡れたのはここ数年の出来事のみ。

レヴァンナがこの街にやって来るまでの経歴は、未だ何の情報もないままだった。



ただ、現在の彼に焦点を当てることで、ある程度の経緯は推察することができる。


恐らく、レヴァンナがかつて浮浪者だったというのは事実で、その上で彼はイスハークの権力を目当てに取り入ったのだ。


いくら自らの野望のためといえど、見ず知らずの輩に、しかも欲深な老翁を相手に従順な飼い犬を演じ続けるのは、さぞ苦痛だったことだろう。

それでもレヴァンナは耐え忍び、イスハークの信頼を勝ち取るため地道な努力を続けた。


そして数年後。

ついにはその努力が実を結び、イスハークの死をきっかけとして、全ての権利がレヴァンナに委ねられることとなった。


イスハークの急逝は自然死によるものだったが、彼が存外早くに命を落としたことは、レヴァンナにとって予想外の幸運だったはずだ。

長年の野望を叶えるために、自ら手を下す必要がなくなったのだから。



"あの美貌で優しく微笑まれたら、そりゃあ男女問わず悩殺だろうね"。


"けど、表の美しさに騙されてはいけないよ。

お互い平和にいきましょうと、相手に先に武器を捨てさせておいて、自分はこっそり毒を隠し持っているような男だからね"。


"美しい薔薇には棘があると言うだろう?

綺麗なのは見た目だけで、中には何色の血が流れているか知れたもんじゃない"。


"油断するなよ猫ちゃん。

私が蛇なら、彼は蠍だ。後ろからぐっさり刺されてしまわないよう、彼の前では絶対に気を許すな"。



事前にミリィに入れ知恵をする際、シャオはレヴァンナについてそう話していた。

あのシャオがここまで言うほどなので、実際のレヴァンナはきっと見た目以上に狡猾な人物であるのだろう。


ついでにシャオは、最後に面白くなさそうな顔でこうも言っていた。

"ぶっちゃけ、彼って私とキャラ被ってるんだよね"と。


確かに、浮浪者の過去があるという点は共通しているし、どこか怪しげで腹に一物抱えていそうな雰囲気もよく似ている。

外見はシャオの方がややキツイ顔立ちをしているが、所謂爬虫類系の美丈夫であるという特徴も双方に見受けられる。


なるほど。

シャオが私的なニュアンスでもレヴァンナのことを敬遠している節があったのは、レヴァンナが一筋縄ではいかない要注意人物であるからだけでなく、同族嫌悪の意味もあったのか。

と、ミリィは心の中で納得した。




「これはどうも、恐れ入ります。

オレの名前はミレイシャ・コールマンといいます。プリムローズの三代目主席、シャノン・バシュレーの幼馴染みです。

そしてこちらが、オレの友人のトリスタン・ルエーガー。と、後ろにいる彼女が、ウルガノ・ロマネンコ。

全員、バシュレー家とは懇意にさせてもらっているんです。今回オレ達が派遣として選ばれたのも、そういう縁で」



レヴァンナに続いてミリィが自己紹介をすると、名前が上がった順にトーリとウルガノも頭を下げた。




「ああ、ご丁寧にどうもありがとう。

貴方だけでなく、連れのお二方もバシュレー家と(ゆかり)がおありなのですね。

あの人は本当にお友達が多いようで、羨ましい限りです」


「そうですね。オレを含めて、みな彼の人柄に惹かれるんでしょう」




好意的な態度で語るレヴァンナからは、未だ悪い感情が感じられない。


ただ、隙を見せないのも相変わらずで、ミリィはなかなか立ち入った話題を切り出せなかった。


元々そういう性分なのか、それとも意図してやっているのか。

口では歓迎すると言いながら、妙に急かすような雰囲気を感じさせる振る舞いは、ミリィ達を威圧しているようでもある。


そこでミリィは、このままレヴァンナの機嫌を窺い続けても埒が明かないと考え、失礼を承知でこれ以上の社交辞令は省略することにした。




「───それで、早速で申し訳ないんですが、レヴァンナさん。

先程お渡しした紹介状の方、目を通していただけましたか?」



ミリィが本題に入ると、レヴァンナは一瞬呼吸を止めてから、にこやかに答えた。




「ああ、読みましたよ。勿論。

実は、先日のパーティーに出席出来なかった件については、私も気に掛かっていたところなんです。

せっかく招待して下さったのに、その日はどうしても都合がつかなくてね。時間を作れなかったんですよ」


「そうでしたか。それは残念ですが、仕方がないですね。

全国的に見ても、ラムジークは主席としての役割が多いと聞きますし、毎日激務に追われてらっしゃるものとお見受けします」


「ハハハ。そうですね。自分で言うのもなんですけれど、正直なところその通りです。初代イスハークが敷いたこの街のルールは、今も変わりなく機能していますから。

主席には特別な権限がありますが、その分民達の待遇も配慮してやらなくてはならないので。

お蔭さまで、毎日朝から晩までやることが山積みなんですよ」




ミリィがシャノンの紹介状のことを話題に出した途端、レヴァンナは輪をかけて饒舌になった。

その不自然な様子を見て、やはりこの話題は彼にとって不都合のようだとミリィは確信した。




「この機会に、是非バシュレーさんともお話させて頂きたかったのですが…。本当に、残念です。

……それで、重ね重ね申し訳ないのですが、コールマンさん。

出来れば貴方の方から、バシュレーさんに伝言をお願いできないでしょうか?」




そう言うと、レヴァンナは申し訳なさそうに肩を竦めた。


どうやら、自分にとってなにが一番の武器であるか、本人も理解しているようだ。

物憂げな表情と仕種からはどこか妖艶さすら感じられ、誰しも彼の意のままに従ってやろうかという気にさせられる。

きっとイスハークが存命していた当時にも、この顔で数々のわがままを聞いてもらっていたのだろう。


しかし、レヴァンナの言い分に対し、ミリィは敢えて快くは了承しなかった。




「ああ、いいですよ。オレは全然。

ただ、そこまで気に掛けていらっしゃるなら、レヴァンナさんの方から直接あいつに伝えてやった方がいいのでは?オレを伝書鳩代わりに使うのではなく」


「……そうしたいのは山々なんですが、やはり時間がとれそうになくてね。

私事ではありますが、近頃はいつにも増して立て込んでいて。主席の私が城を空けるわけにはいかない状況なのですよ。

勿論、そう遠くない内に、改めてご挨拶に伺いたいとは思っていますが…。この調子では、いつになってしまうかわからないので」




ミリィがやや辛辣な返しをすると、レヴァンナの表情が一瞬固まった。

次瞬きをした後には再び笑みを浮かべていたが、この一瞬に見せた冷たい顔こそ、恐らく彼の"素"なのだろう。


後日改めて自分の方からシャノンに会いに行くつもりだと、口では殊勝なことを言っているが、それも急場凌ぎの言い訳に違いない。

きっと、いつまでも時間がないからなどと理由をつけて、シャノンとの接触は回避し続けるはずだ。



つい先程まで和やかな雰囲気が流れていたのに、ミリィとレヴァンナの間には早くもピリついた空気が行き来し始めている。


トーリは全面的にミリィを信用しているようで、二人のやり取りに一切口を挟まない。

じっと傍観者に徹して、ミリィがどのように話を持って行くのかを見守っている。



当のミリィは、レヴァンナの僅かな綻びにも即座に反応し、今がチャンスとばかりに畳み掛けていった。




「たった数時間スケジュールを空ける分も暇がないなんて、余程大事な時期に重なってしまったようですね。

……聞くところによると、近頃ラムジークでは住人達の家出が頻発しているそうじゃないですか。その件もあって、いつにも増して忙しい、ということですか?

だとすれば、オレ達の来訪はタイミングが悪かったですかね?」




わざとらしい声で言うミリィに、今度こそレヴァンナの表情がぴたりと固まった。

直後、ミリィ達の背後で控えていたウルガノが、ふとトーリの肩に手を乗せた。


トーリが視線だけで振り返ると、彼女もまたレヴァンナに悟られないよう、無言でトーリに目配せした。

ウルガノに促され、トーリが彼女の視線を追っていくと、そこには常駐の衛兵の姿があった。


今尚所定の位置で置き物のように並ぶ彼らだが、最初見た時とは微妙に様子が違っているのが見てとれる。

何故かは分からないが、ミリィ達が部屋に入ってきた当初と比べ、組む手の位置が変わったようなのだ。

先程までは形式的に後ろで組んでいたはずが、今は二人とも体の前で組み直している。


扉の前に配置されている彼らだけでなく、部屋の隅に控えている他の衛兵達にも、少しずつではあるが変化が見られる。


そしてなにより、彼らの目付きが、当初と比べて全く違う。

能面のような表情は相変わらずぴくりとも動かないが、一点に前方のみを見据えていた視線が、今はミリィに集中して注がれているのだ。



どうやら、ミリィが思い切って鎌をかけたせいで、本格的に警戒を誘ってしまったらしい。

角が立たないよう、例の失踪事件のことを"家出"と表現したのが、逆に胡散臭かったのかもしれない。


ただ、ミリィ本人は最初からこうなることが分かっていた様子で、異変が現れた瞬間にも一切怯まなかった。



"ここまで来て、上手くあしらわれて帰らされる訳にはいかない"。

"せっかくシャノンが作ってくれたチャンスなのだから、最大限有効に活用しなくては意味がない"。


一層鋭くなった目付きと前屈みの姿勢からは、確固たる意志が感じられる。

先日までの憔悴っぷりはどこへやら、堂々と強気な態度で攻めていくミリィを見て、トーリは思わず息を呑んだ。



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