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オルクス  作者: 和達譲
Side:M
145/326

Episode23-3:後戻りはできない



同日午後。

昼時を過ぎて間もない頃に、ミリィ一行はラムジークの街へと足を踏み入れた。


実に雰囲気のあるエスニックな街並みには、若い女性の姿が多く見受けられる。

反対に男性は、観光に訪れた旅人以外には滅多に見掛けない。


時折、屈強な出で立ちの男衆がキビキビと往来を闊歩することもあるが、こちらの正体は街の治安を維持する衛兵。

女性人口7割と言われるラムジークにおいて、数少ない永住権を獲得した男性の民、その一端である。


あくまでラムジークという領域を守ることに特化した彼らは、軍人とも州警察とも全く異質な存在。

同じく治安維持を目的としていても、公に属する組織とは在り方が大きく異なっている。


軍人や警察が一般人にも分け隔てなく応じるのに対し、衛兵の彼らはイスハークの指示でしか動かない。

とどのつまり、実態はイスハークが使役する手駒、ないし親衛隊のようなものなのだ。


身に付けている制服が洋装と民族衣装に別れているのも、国家に属するかイスハーク個人に仕えているかで差があることを表している。



そんな物珍しい光景に、観光客達は皆目を輝かせるが、ミリィ一行は街の景色などには目もくれなかった。


何故なら、一行はここまで観光をしに来たわけではないから。

ラムジークの主席に会うため。そのために、今はここに留まっているに過ぎないからだ。



後に、ラムジークに到着した一行が手始めに起こした行動は、チームを二つに分断することだった。


なにせ今は、敵に付け狙われている朔が一緒なのだ。

ラムジークの現主席に疑惑がある以上、渦中の彼女を街中でうろつかせるわけにはいかない。


故にミリィは、いつどこで何が起きても対処できるよう、主席への謁見は限られたメンバーでのみ向かうことにしたのだった。



協議の結果、主席の元へ訪ねることになったのは、リーダーのミリィと参謀役のトーリ、それから二人のボディーガードを務めるウルガノの計三名。

その間、残りの朔、ヴァン、バルド、東間の四名は、現地のホテルにて待機し、ミリィ達が帰還するまで決して外には出ないことを約束した。


ミリィの供としてトーリとウルガノが選ばれた理由は、いざという時に良案を導き出してくれそうなトーリと、万一戦闘に発展した場合の戦力としてウルガノが適していると判断されたため。

同じく戦力に数えられるバルドとヴァンが待機に回された理由は、危険な立場にある朔と、チームの中で唯一銃を扱えない東間の護衛が必要だったためだ。



そしてなにより、この中で一番の鍵となるのが、リーダーのミリィ。

ミリィがあのシャノン・エスポワール・バシュレーの親友であることは既に周知の事実なので、今回はその知名度を生かした作戦が講じられた。

故に、リスクがあると分かってはいても、ミリィ自ら謁見に向かわなければ立ち行かない状況なのである。



この作戦を練ったのは、一行がまだバシュレー家の別邸に滞在していた頃。

提案したのは、他でもないシャノン本人だった。


概要は至って単純。

シャノンの用意した特別な招待状を、彼の友人であるミリィが遣いとして届けにいく、というものだ。


いくらシャノンの友人とはいえ、表向きにはただの一般人であるミリィには、ラムジークの主席に謁見する相当の理由がない。

故にシャノンは、自分の遣いという大義名分を作ってしまえば、少なくとも無下にはされないはずと考えた。


招待状には、先日のパーティーに出席してもらえなかったことを逆手にとり、今度改めてバシュレー家の屋敷に招待したい旨が記されている。

全てシャノンの直筆によるものだ。


当初は、こんなやり方ではシャノンに責任を押し付けてしまうようだからやりたくないと、ミリィは難色を示していた。

だが、シャノン本人から是非協力させてほしいと頼み込まれ、最後にはミリィも受け入れざるをえなくなったのだった。



ここで一つ話が変わるが、イスハークの時代からラムジークは他州との交流に消極的であることが知られている。

キングスコートのフェリックスとは生前唯一付き合いがあったらしいが、それ以外は本当にからっきしだった。


しかし、それはそれとして、ラムジークにはシャノンからの誘いを断る明確な理由はないのだ。


同じくパーティーを欠席したキルシュネライトのエヒトは、後日改めて、個人的にシャノンと会食する約束を取り付けている。

残念ながらパーティーには出られなかったが、それは別にシャノンに対して悪意を持っているからではない、ということを証明するために。


ブラックモアとガオの主席については、むしろそういった席に顔を出す方が稀であるので、彼らから前向きな返答が聞けなかったのは当然といえば当然の話である。


片やラムジークは、ただパーティーには出席できないとの意向を示したのみで、謝罪はおろか来られない理由すら明かそうとしなかった。



こうなると、ラムジークはかなり後ろ暗い立場になってくる。


無論、主席同士の交流は義務ではない。

各々一個の領地を任せられた身分とはいえ、治めているのは一人の人間だ。

相手によって馬が合う合わないは勿論のこと、時には波風を立てないために敢えて関わらないという選択もあるだろう。


しかし。

なればこそ、こうも頑なに友好関係を築きたがらない理由があるとするなら、自ずと見えてくるはずなのだ。


特に憎み合っている訳でもなく、親しくなって損をする相手でもなく。

あのブラックモアやガオでさえ、政治的利益のある交流には応じているというのに、何故ラムジークだけが閉鎖的な姿勢を貫き続けるのか。


この事態が、FIRE BIRDプロジェクトや神隠しとどう繋がっているかはわからない。

ただ、何らかの繋がりがあった場合、つつけば必ず何かが出る。


即ち今回の謁見は、敵陣に切り込んでいくというより、偵察をしに行く感覚に近いということだ。





ーーーーーーーー


その後、近場のホテルにヴァン達を残し、ミリィ一行は目的地までやって来た。


敷地内に入り、緩やかな坂道を上っていくと、小高い丘の上に壮観な建造物が聳え立っていた。

これこそが、ラムジークの街の中心地。イスハークの代から玉座を構えている王宮である。


山のような景観を放つここは、アブダビのグランドモスクをモデルに建築されたという。

白と金を基調にやや丸みのある造りをしていて、一見すると本物と遜色ない再現度が見て取れる。


数年前まではイスハークの固有資産だったそうだが、現在は新しい主席となった彼と、彼の側近達の仮住まいとして開放されている場所でもあるとのこと。



だがミリィは、そんな格式高い雰囲気にも臆することなく、堂々と正門から主席謁見の希望を伝えに行った。

そして、案の定門番の男衆に捕まり、念入りな身体検査を受けるはめになった。


通常であればここで門前払いを食らうところなのだが、今のミリィには強力な突破口があった。

前述のシャノンからの招待状、もとい紹介状だ。


するとどうだろう。

どうせそこらの輩が冷やかしに来ただけだろうとあしらってきた門番達が、シャノンの紹介状を見せた途端に目の色を変えたのだ。


多少真偽を確認する時間は取られたものの、紹介状が本物であることが立証されるやいなや、門番達は掌を返して歓迎する姿勢を見せた。



どうやら、シャノンのアシストは想定以上に効果があったらしい。

仲介を務めた衛兵の一人によると、シャノンの遣いを門前払いにはできないからと、主席本人が謁見の申し出を受け入れたという。


こうもすんなりターゲットと接触できるのは意外だったが、向こうがそれを良しとしたのだから、こちらももう遠慮する必要はなくなった。


シャノンの祝いの席に全く触れなかったことを後ろめたく感じて、断りきれなかったのか。

それともなにか別の理由があって、敢えてミリィ達を引き入れたのか。

その意図はこれからわかることだ。



開かれた城門の先には、オアシスのように広い庭園と、石畳の長い道が続いている。

更にその先には、威光を放つ城の扉がどっしりと来訪者を待ち構えている。


ミリィは、その光景に強い引力のようなパワーを感じて、一つ伏し目がちに深呼吸をした。




「────準備はいいか。トーリ、ウルガノ」



真っ直ぐに前だけを見据えながら、低く力の篭った声でミリィは問うた。



「いつでもどうぞ」



両隣にいるウルガノ、トーリもまた、前だけを見据えて返事を重ねた。



さあ、この城の玉座におわします王の正体は、いかに。


彼の素顔は果たして人か、それとも悪魔か。

どちらにせよ、敵と見なしたその時には、誰であれ尻尾を巻いて逃げ帰ることは許されない。



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