Episode03:深まる謎と、古い鍵
プリムローズ滞在二日目。AM9:37。
秋晴れの空の下、ミリィは港に程近いイースデイル通りを一人歩いていた。
「───おっ、なんだミレイじゃねえか!」
「ラグのおっさん!久しぶりー!」
「はっは、本当に久しぶりだな。しばらく見ねえと思ったら、今朝は随分早いじゃねえか。もしかしてデートか?」
「残念ながら、今日はデートじゃねんだ。
……ついでにちょっと聞きたいことあんだけどさ、隣いいかな?」
カフェテラスで朝食中の紳士。
「───やあ、おはようコールマン」
「おはようフレデリク。これから出勤?」
「ああ。君は今日なんのアルバイトだい?」
「バイトは今日はお休みさ。
……ところでフレデリク。今引き留めたら仕事に差し障るかな?」
「時間ならまだ大丈夫だよ。なにか急ぎの用事かい?」
「実を言うとそうなんだ。できれば二・三質問させてもらいたいことがあるんだが、構わないか?手短に済ませる」
出勤途中の若いビジネスマン。
「───あら、ミレイシャ君じゃない」
「テレサさん。どうも」
「あなたもお買い物?」
「いやいや、オレはその辺適当に散歩してるだけですよ。たまには朝のウォーキングもいいもんすね」
「あー、ミーちゃんだ!おはよー!」
「ノア!君もいたんだな。おはよう。ママの付き添いか?」
「そう!ママと一緒に晩ごはんのおかいものに来たの。今日はノアの好きなハンバーグなんだー」
「そっか。偉いな」
「ミーちゃんも後で、お家に来て一緒に食べない?きっと楽しいよ」
「……嬉しいお誘いをどうもありがとう。
けど、今夜のところは遠慮させてくれ。ごめんな。
代わりにこれやるから。オレのこと嫌いにならないでな」
「あ、キャンディだ!ありがとー!」
市場で買い物をする母娘。
「ミレイシャ」
「ミレーサ」
「コールマン」
「コール」
「ミリィ」
すれ違う街の人々が、こぞってミリィに声をかける。
ミリィの姿を一目目にした者であれば、間違いなく誰でも。
これほどに特定の名前が呼ばれ続ける光景というのも珍しいが、老若男女問わず交流のあるミリィにとっては今や日常茶飯事なのだ。
プリムローズに暮らす住人の殆どと顔見知りと言っても過言でなく、その知名度と交遊関係の広さは主席のシャノンと肩を並べるほど。
そんなミリィ自身もまた、気さくに話し掛けてくる一人一人の名前を全員分完璧に記憶している。
たとえ一度口を利いただけの相手であっても、名前を教わった以上は絶対に忘れないからだ。
人との繋がりを何より大切にしてきたミリィにとって、これは最大の武器であり、特技の一つとも言える特性なのである。
「───うーん……。観光客なら相変わらずそこかしこにいたが、特に怪しそうな奴は見かけなかったかなあ。
力になれなくて悪いな、コール」
本日5度目に立ち寄った場所は、ミリィ行き付けのベーカリー。
だが此処でも大した情報は得られず、店主の男性と軒先で立ち話をするだけに終わってしまった。
「いや、いいんだ。他当たってみる。ありがとう。
またな、リチャードさん」
「待てコール」
用を済ませたミリィが早々に立ち去ろうとすると、店主はそれを引き留めて店内に消えていった。
「ほら、今焼き上がったべーグルだ。持ってきな」
再び戻ってきた店主の手には、焼きたてのべーグルが収まっていた。
ミリィが此処でよく購入している商品だ。
協力できなかったことへの詫びのつもりらしい。
包装紙に包まれたべーグルをミリィに向かって放り投げた店主は、にっかりと笑って親指を突き立てた。
「おわ!ハハ、サンキュー。今度また買いに来るよ」
「おう!」
器用にベーグルをキャッチしたミリィは、今度こそ店主と別れてベーカリーを後にした。
「そろそろ正午になるな……」
宛てどなく遊歩道を歩きながら、ミリィは貰ったベーグルに早速かじりついた。
町中に設置された時計台には、もうじき正午に差し掛かる時刻が示されている。
見渡す限りの往来も、早めのランチタイムに浮き足立ち始めている。
そこでミリィは、近くのベンチで小休止をするついでに、今一度記憶を整理してみることにした。
この三時間で集められただけの情報の中に、果たして有力な手懸かりは含まれていたのだろうか。
**
「───こりゃ思った以上に難儀かもしれんなあ」
走り書きだらけのメモ帳に目を通しながら、ミリィはペン先でガリガリとこめかみ部分を擦った。
今のところ、話を聞けた人数はざっと40人ほど。
イースデイルに暮らす住民の他に、偶然付近を通り掛かっただけの者。
それらの目に留まった人々をランダムに選び、ひたすら昨日の様子を聞いて回ってきた。
しかし、こちらが予想していた以上に調査は難航。
手に入った情報の中で、関連性のありそうな内容はたったの二つ。
それも確かとは言えないものだった。
昨日、見覚えのないクルーザーが一時プリムローズの港に停まっていたということ。
加えて同時刻、正装姿の謎の男達が街中をうろついていたという目撃談。
中には彼らと直接話をしたという者もあり、その際に彼らは"とある人物"の所在を尋ねてきたという。
"この女性を見掛けなかったか"
そう言って差し出された写真に写っていたのは、若い金髪の女であったそう。
となれば男達が捜索していたのは、まずウルガノ本人で間違いないだろう。
けれど住民が知らないと首を振ると、男達は意外にもあっさり引き上げていったらしい。
以降は忽然と姿を消し、夜が明けてからは港に停まっていたクルーザーも知らぬ間に消えていたとか。
彼らは本当に捜索を諦めて去って行ったのか。
そうと見せかけて、こちらが尻尾を出すのを誘っているのか。
いずれにせよ、今回の聞き込みによって得られた情報といえば、まだウルガノが"お尋ね者"状態にあるということだけだった。
本件の親玉と睨んでいるマックス・リシャベールについては、残念ながら一切の収穫なし。
元よりリシャベールは、ブラックモアに縁のある人物とされている。
このままプリムローズで聞き込みを続けても、埒が明かないかもしれない。
「こりゃトーリの方に期待するしかないかな」
ベーグルを食べ終えると同時に本日の調査打ち切りを決めたミリィは、その足で最寄りの花屋まで向かった。




