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オルクス  作者: 和達譲
Side:S
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Episode21-6:弱虫の手なずけ方



少し遅れてミリィとウルガノも一階に下りていくと、そこには待ち構えるようにしてシャノンが立っていた。


向かって左手のリビングにはシャオ達が、右手のダイニングのテーブル席には、先に合流したトーリ達が既に着席している。

皆、我関せずな態度を装ってはいるものの、ミリィとシャノンの様子をさりげなく見守っている。




「────シュイ、」




シャノンの存在に気付いたミリィは、小さな声で彼の名を呟いた。

するとシャノンは、なにも言わずに目を細めて、窺うようにミリィと視線を合わせた。



ミリィがシャノンの前まで歩み寄っていくと、背後に控えていたウルガノが応援するようにミリィの肩を叩いた。

そそくさとトーリ達の元へ捌けていった彼女は、他の面々らと共に遠くからミリィの横顔を見詰めた。


金髪と赤髪の青年が、屋敷の真ん中で向かい合う。

刻一刻と時を刻む秒針の音が嫌というほど重く響き渡る中、厨房の方からは仄かに夕食のいい香りが漂っていた。




「………あ。あの、さ、シュイ。オレ…、」



ミリィは、無言でじっと見詰めてくるシャノンに困って、一度視線を泳がせてから、再び見つめ合った。




「なにか言うことは?」


「え?」



勇気を出して口を開いたミリィに対し、シャノンはいつになく冷たい声で遮った。




「君からボクに、なにか言うことがあるんじゃない?」




表情こそ無いが、シャノンの立ち姿からは微かにピリピリとしたオーラが滲んでいた。

そんな彼を前に縮こまるミリィの姿は、さながら親に叱られる子供のようである。




「………ごめん、なさい」


「そのごめんなさいは、なにに対しての謝罪なの?」



堂々と腕を組んだシャノンは、威圧するように声のトーンを下げた。

ミリィは短く目を伏せた後、息を整えてとつとつと語り始めた。




「……お前に、…ずっと、心配かけてたこと。

上っ面だけで、かっこつけて、…無意識に、お前を軽んじてたこと。

お前の気持ちをよく考えずに、自分一人で突っ走ろうとしてたこと。自分一人でなんとかしようとか、力もないくせに、思い上がってたこと。

……人に指摘されてやっと自覚するなんて、本当、情けないな、オレ。……ごめん」




無性に気まずくなって、ミリィはついシャノンから目を逸らしてしまった。


シャノンは、ミリィのその言葉を聞いて、一瞬天井を仰いでから深く息を吐き出した。




「また迷惑をかけて、とかだったら、一発殴ってやろうかと思ったけど。

………ずるいよ。そんな顔されたら、怒るに怒れないじゃないか」


「シュイ……」


「まったく。ボク以外の人から諭されて改心するなんて。

親友の立場も考えてくれよ、この鈍感」




やれやれと呆れた風に言うシャノンだが、その顔からはもう強張った感じが抜けていた。

そして、大股で勢いよく詰め寄っていった彼は、ミリィの体を強く抱きしめた。




「もし。もしボクが、今の君だったら。

君とボクの立場が逆であったなら、君はボクのことを責めたかい?」


「……いいや」


「じゃあボクが、この二日どんな思いをしていたか、今ならわかるよね」




耳元で優しく語りかけてくるシャノンの声に、ミリィは酷く胸が締め付けられた。




「……っ水臭いんだよ。ボクだけのけ者みたいに扱って…っ。

ボクが、親友が死ぬほど辛い時でも、知らんぷりしていられるほど薄情なやつだと思うの?」


「……っいいや」


「どうしても避けられなかったことで、悪気があったわけでもないのに、大事な友達をそれっきり見限るような人間だと思うの?

ボク達の友情って、そんなに脆いものだったの?」


「………い、や」


「ボクだって、力になりたいんだよ。頼ってよ、もっと。

ボクのことを考えてくれるなら、ボクのためを思ってくれるなら、置いてきぼりにするようなこと、絶対にしないで。

ボクが本当に聞きたい言葉は、泣き出しそうな"ごめん"じゃないよ」




時折息を詰まらせながらも、シャノンは語り続けた。


ミリィはそんな彼の様子に、歯を食いしばりながら何度も頷き、込み上げてくるものをどうにか堪えようと眉を寄せた。

しかし、シャノンの声が徐々に震えていくのを間近に感じて、やがて堪えきれずに涙を落とした。


ミリィの肩に手を添えたまま、ゆっくりと体を離したシャノンも、感極まってボロボロと大粒の涙を零していた。




「この先なにがあっても、ボクは君を嫌いになったりしない。見捨てたりしない。

だから、信じてよ。ボク達の絆を。ボクの心を。

相手を信じるっていうのは、そういうことだよ」


「シュイ、」


「……っ次また他人行儀なことしたら、今度こそボコボコにしてやるからね!!」


「うん。……っうん。ごめん、シュイ」




子供のように泣きながら怒るシャノンと、掌で顔を覆って嗚咽を堪えるミリィ。


最愛の母を亡くした時にも、決して人前では泣き顔を晒さなかったミリィだが、今は他にどうすることもならなかった。

色々な感情がごちゃ混ぜになって、これまで我慢していた分も含めて、涙が溢れて止められなかった。


シャノンもシャノンで、ミリィに負けじと涙を溢れさせているが、その顔はミリィと違って晴れやかだった。

まるで憑き物がとれたようにすっきりとした表情をしていて、自身の涙が悪いものでないことを証明していた。



思えば、成人を過ぎたいい大人が、みっともなく鼻水まで垂らして泣いているのだ。

自分達二人きりならともかく、周りには他に人もいる。

言い争う言葉も、高ぶった感情も全て筒抜けだ。


それでも、そんなプライドや気恥ずかしささえどうでもよくなるほど、今の二人の胸は熱いもので一杯だった。


ただ、どうしようもなく悲しくて、切なくて。

そして同時に、たまらなく嬉しかった。




「ミレイシャ。シャノン」




そこへ、ダイニングの方にいたバルドがおもむろに歩み寄ってきた。

バルドの声に反応した二人は、涙でぐしゃぐしゃに崩れた酷い顔をしていた。


特にミリィは、これで二度泣いたということもあり、目元を赤く腫らしていた。

元々の童顔も相俟って、顔つきは幼子のようにあどけないものになっている。




「一先ずはこれで仲直り、だな」



二人の泣き顔を見てふっと笑みを零すと、バルドはそれぞれの肩に掌を乗せた。




「……はい」


「………。」




シャノンは微笑を浮かべて返事をしたが、ミリィはとっさに声が出なかったようで、代わりに小さく頷いた。




「溜まったもん吐き出して、ちょっとは楽になったか?」


「はい。おかげさまで、少し気持ちに整理がつきました。

みっともないところをお見せしてしまって、申し訳ないです」



一足先に落ち着いたシャノンは、はにかみながらバルドの顔を見上げた。




「気にするな。人間、笑うことは大切だが、たまには泣くことも必要だ。特に、お前達のようなみずみずしい若者にはな。

……それに、白熱した青春のワンシーンを見物できて、見る分としてはなかなか面白かったよ」




バルドが少しからかった口調で言うと、リビングの方にいるシャオが剽軽に挙手をして同意した。



「同じく~」




シャオに続いて、ウルガノもバルドの言葉に同意した。



「私もです。いいですね、男同士の友情って」




ウルガノの隣に並ぶトーリは、客観的にクールな反応を見せた。



「そんな格好いいものじゃないでしょ。僕から見れば、あんなの子供の喧嘩だよ」


「お前だって、さっきはミリィと大声でやり合ってたじゃないか」


「……あれはミリィを鼓舞してやるために、仕方なくやったんだよ。僕はあんな風に汚らしく泣いてない」



ヴァンが横から突っ込みを入れると、図星を突かれたトーリはむっすりと口をへの字に曲げた。




「ハッハッハ。まあ、そういう訳だから。俺達のことはあまり気にするな。

声上げて怒ったから、二人とも腹、減っただろ?腹が減ると頭も鈍るし、少し早いが、先に皆で夕食にしよう」



バルドの大きな掌に背中を叩かれ、ミリィは急いで涙を拭った。




「そうですね。美味しいものをお腹一杯食べれば、滅入った気分も少しは元気になる。

ね、ミリィ」



シャノンは改めて背筋を伸ばすと、ぱっとミリィの顔を覗き込んだ。




「……今日の晩メシも、お前が作ってくれたのか?」



先程から料理のいい香りが辺りに立ち込めているから、きっと今夜もシャノンが食事を用意してくれたのだろう。

そう思って、ミリィは何気なく本人に問うた。




「ううん。今日だけは特別に、ゲストのシェフが腕を振るってくれたんだ」




するとシャノンは、首を振ってそれを否定し、誘導するようにミリィの前から退いた。


シャノンが違うというのなら、今夜の食事当番は、使用人のメリアだろうか。

それともヘイリーか、グレンか。


シャノンに促され、ぼんやりとした視界でミリィが厨房の方に目を向けると、そこから出てきたのは意外な人物だった。




「に、………アンリ?」




現れたのは、いつもとは少し様相の違うアンリだった。


ジャケットを脱ぎ、シャツの袖を捲り、腰には黒いエプロンを巻いて、長い髪も普段より高い位置で結い直している。

食べ物の芳しい香りを全身に纏っているところを見ても、彼が今まで調理をしていたのは本当のようだ。




「ああ。僭越ながら、今夜の夕食は俺が用意させてもらった。

シャノン君、キッチンを貸してくれてどうもありがとう」



密かにミリィ達のやり取りを聞いていたアンリは、外したエプロンを腕に抱えてミリィ達の目の前まで歩み寄っていった。




「いえいえ。こちらこそ、お忙しい時に気を遣って頂いて。却って申し訳ないです」



笑顔で声をかけたアンリに対し、シャノンも笑顔でお礼を返した。




「いや、俺としても気分転換ができて良かったよ。

こちらのメイドさんや執事くんも快く手伝ってくれたし、さほど手間じゃなかった。

………それに、」



アンリがちらりと視線を移すと、シャノンの隣でミリィが目を丸めていた。

アンリはそんなミリィの頭を優しく撫でてやり、一つ自嘲気味な吐息を漏らした。




「弟が落ち込んでいる時に、なにもしなかったら兄として立つ瀬がないからな。

せめて、これくらいはさせてくれ」




傷心のミリィにどう接すれば良いのか、悩んでいたのはアンリも同じだった。

しかし、躊躇っている内にタイミングを逃してしまい、結局行動を起こす前に出る幕を失ってしまったのだ。


そこでアンリは、自分にできることだけを考え、無理にはミリィとの距離を詰めないことに決めた。

叱咤激励で勇気付ける役目は、ミリィの仲間であるトーリ達に先を越されてしまったので、せめて自分は弟の気持ちを落ち着かせてやろうと。



ちなみに、自らの役目として夕食の準備を買って出たのは、自他共に料理の腕に覚えがあったからである。

アンリに手料理を振る舞ってもらったことのあるシャオ達によると、その腕前は星付きの店にも引けを取らないレベルとのこと。


客人に家事の代役を任せるだなんて、と当初は困惑していたシャノンも、アンリの手際の良さを見て一任してみることにしたのだという。



ミリィは、アンリに子供のように扱われて、照れ臭そうに眉を寄せたが、その顔はどこか嬉しそうだった。







『Don't lie to yourself.』


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