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オルクス  作者: 和達譲
Side:S
134/326

Episode21-2:弱虫の手なずけ方



三階建ての屋敷の二階。

主にゲストルームが連なるこの階で、突き当たりにある一人用の角部屋。

昔から、別邸を訪ねた時にミリィが使わせてもらっているのが、この部屋だ。




「───ミリィ。僕だけど、中にいるの?」



部屋の前までやって来たトーリは、扉を二回ノックしてから声をかけた。




「……ああ。入れよ」



すると、予想に反してすぐに返事が返ってきた。

てっきり無視をされるか、無言で部屋から出てくるかの二択だと思っていたトーリは、意外と素直に対応したミリィに少し驚いた。


扉を開き、トーリがゆっくり中へ入ると、ミリィは奥にあるベッドの上に腰をかけていた。

前屈みの姿勢をとって、なにやら考え事に耽っていたところだったようだ。




「おかえり。帰ってきてたんだな」



静かにベッドに歩み寄っていくトーリに対し、ミリィは目線だけを向けた。

その顔は相変わらず青白いが、態度は妙に落ち着いていた。




「……それはこっちの台詞だよ。戻ってたんなら、ちゃんと君の方から連絡してほしかった」



トーリは、帰還の知らせをアンリに任せっきりにし、ミリィ自身はなんの連絡もしてこなかったことをさりげなく注意した。




「ああ、そうだったな。つい忘れてたよ。ごめん」



ミリィは、掠れた声で謝ると、再び俯いてしまった。


昨夜は充分に睡眠をとる時間が確保できなかったので、双方の目元にはうっすらと浅黒い隈が残っている。

窶れた頬やうなだれた背筋にも生気が感じられず、二人とも一日で体重が落ちたようだ。




「……それで、どうだったの?随分手間取ってたみたいだけど、あれからなにか収穫はあった?」


「……いや。残念ながら、特には。

ただ、この件は突発的な強盗殺人として捜査が進められるらしい。

屋敷から何点か失敬された形跡があったからな」


「失敬されたって…。まさかあのトランクのことじゃないよね?」


「まさか。そっちのことは一切話してないよ。

奴らに持っていかれたのは、大体が花藍さんの私物だ。あとは適当に、朔の服とか、学習用のノートとか。

多分、倉杜親子がこれまでどんな生活を送っていたかが知りたかったんだろう。だから、経過がわかりそうな日用品なんかを、根こそぎ持っていった」



冷静に言葉を交わしている割りに、ミリィはトーリの顔を、トーリはミリィの顔を見ようとしなかった。

手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、二人の視線はおかしなほど交わらない。




「……なるほどね。確かに、強盗に失敗してやむを得ず殺人も犯した、ってことにするのが無難か。

どうせそう見せ掛けるために、わざと必要以上に部屋を荒らしたり、金目の物を盗もうとした痕跡を残していったんだろ?

犯行の動機をうやむやにするためによく使われる手口だけど、そんな簡単なトリックにまんまと引っ掛かる警察も警察だね」


「まあその通りなんだが、そのへんは仕方ないさ。

荒らされた家に殺された家主。揉み合った形跡はなく、殺害方法も至ってシンプル。

そこに第一発見者のオレの証言も加わるとなれば、最も可能性が高いのはやっぱり、強盗による犯行ってことで。

……正直、勘違いしたままでいてくれた方が、こっちとしてはやりやすいからな。

警察ごときに真犯人が捕まえられるはずないんだし、だったら決着がつくまで大人しくしてくれた方がいい」




ミリィの話によると、花藍の殺害は通りすがりの強盗が突発的に行ったものと仮定され、一時期な措置がとられることになったらしい。


近隣住民達のイメージはとてもクリーンなもので、花藍が殺意を伴う怨みを買ったとは考えにくいと意見が揃ったのだ。

そこに、遺体の第一発見者であり、花藍と最も親交の深かったミリィが駄目押ししてやることで、怨恨の線はほぼなくなったというわけだ。


犯人像が不確かな現状、まだ断定することはできないが、少なくとも今は、花藍の死は強盗殺人による突然の悲劇として扱われることになったのである。


まさか彼女が、世界を揺るがす陰謀の鍵を握っていたなどとは誰も想像していない。


事件の真相を知っているのは、あの夜に立ち会ったミリィ一行とアンリ一行。

そして、シャノンとその使用人らを含めた、計15人の関係者のみだ。



捜査の矛先が逸れることで、事件の真犯人は今も何食わぬ顔で過ごしているのだろう。


そう考えるとミリィは悔しくてたまらなかったが、花藍の名誉や朔の身の安全を守るためには、強盗殺人ということにしておいて良かったかもしれないとも思った。


花藍が殺された本当の理由が公になれば、倉杜花藍の名は稀代の大罪人として世に轟くことになる。

娘の朔も、重要な生きた証拠であるが故に、二度と平穏な暮らしは望めないだろう。


だから、きっとこれでいいのだ。

少なくとも今は、世に真実を明かす時ではない。

全ての準備が整うまで。朔の人としての権利と、尊厳が保証されるまでは。




「あとは、オレが朔の正式な後見人として認めてもらえるよう、色々と手続きを済ませなきゃならないんだけど…。

それはもう少し先でも大丈夫らしいから、問題は朔自身の気持ちだな。

今はちょっと話ができる状態じゃないからって、オレの方から断ってきたけど…。近い内に、朔も警察から事情聴取を受けなきゃならない。

できれば当時のことを思い出させるような真似はしたくないんだが、こればっかりはな」


「やけに落ち着いてるね。

さっきから朔が朔がって…。確かにあの子が心配なのはわかるけど、君自身はどうなんだよ。

君だって、本当はまだ冷静に話ができる状態じゃないんだろ?」




朔のことを思って静かに頭を抱えるミリィを、トーリは冷めた眼差しで見下ろした。

降ってくる声が急に低くなったことに気付いて、ミリィが顔を上げると、トーリは不気味なほど無表情で首を傾げていた。




「……オレの心境なんてどうでもいいんだよ。

オレにはやらなきゃならないことがあるし、辛いからって今更引き返せない。

立ち止まったところでなにも変わらないなら、無理にでも前に進まないと」


「そうやって自分の心に蓋をして、この先もずっと虚勢を張っていくつもり?」


「おい、なんだよその言い方。

確かに、お前らにも散々迷惑かけたし、申し訳ないと思ってるけど…。

だからこそ、なんとかしようってオレなりに考えたんだ。他にどうしろって言うんだよ?」


「君の言い分は間違ってないよ。ただ、ずっとそんな調子でいると、いつか抑えがきかなくなる時がくる。

見たところ、君はまだ自分の感情を上手くコントロールできてない。今にも溢れてしまいそうなのを、強引に意地で押さえ込んでいるだけだ」



突然雰囲気の変わったトーリは、淡々とした声で非難するようにまくし立てた。




「……どうしたんだよ、トーリ。オレ、なにかお前を怒らせるようなことしたか?」



困ったミリィは、苦笑いを浮かべて話を逸らそうとした。

しかし、トーリがもう一歩詰め寄ったことで、逸れた話題は再び軌道に戻った。




「ほら。またそうやって、痛いところを突かれるとはぐらかす。

スマートに大人の対応をしているようで、実際はただ逃げてるだけだ。周りからも、自分自身からも。

自分の本当の気持ちと向き合うのが怖いんだろ、ミリィ」




話す声や態度は冷静だが、トーリの全身からは目に見えて怒りのオーラが滲んでいた。

ミリィは、そんなトーリの迫力に圧倒されて、思わず口をつぐんだ。


常に穏やかで、自分自身を制御する術に長けている大人の彼が。

あのトーリが、本気で怒っている姿を目にするのは、ミリィにとって初めてのことだった。




「……悪かったよ。本当に。お前が怒るのは当然だ。そりゃ怒りたくもなるよな。

オレっていつも、肝心な時に詰めが甘いし、馬鹿だし、弱っちいし…。そのくせ偉そうだし。

見ててイライラするよな。ごめん」


「ミリィ」


「けど、今はもう少し抑えてくれないか。こんな時に、仲間同士で争ってる場合じゃない。

話なら後でちゃんと聞くから、これからのことを相談するためにも、一度ウルガノ達と合流しよう。文句はその時に纏めて聞かせてもらう」




トーリに詰め寄られ、僅かに動揺する表情を見せたミリィは、降参だとでも言うように低く両手を挙げてみせた。

そして、一方的に自分の言い分を告げると、おもむろにベッドから立ち上がった。




「待ちなよ。勝手に言いたいことだけ言って、また逃げるつもり?」



逃げるように歩き始めたミリィを見て、トーリはとっさに手を伸ばした。

強く二の腕を掴まれたミリィは、振りほどこうと体を捩ったが、トーリは絶対に離さなかった。




「……離せよ。いつまでも二人でここにいたら、ウルガノ達が心配すんだろ」


「はぐらかすな。僕は君の本音を聞いてるんだよ。建て前はもう聞き飽きた」


「本音ってなんだよ。今更なにを言えばいい。なにを言えばお前は満足するんだよ」




すると、今まで抑揚のなかったミリィの声に、段々と焦りが現れ始めた。

一刻も早くここから離れたいとでも言うように肩を強張らせ、顔を背け、トーリの姿を視界に入れようとしない。


トーリは、そんな様子のミリィに敢えてきつく言い放った。




「本当は君だって感じてるんだろ?都合が良すぎないかって。

彼女がたった一人、自分の秘密を托すに相応しいと認めた相手が、君だった。

フェリックス・キングスコートの血を引く君を、唯一として選んだのは本当に偶然だったのか?」


「………っ」


「実は彼女は、最初から君の正体を見抜いていて、その上であえて素知らぬふりをしていたんじゃないのか。

いつか自分の立場が危うくなった時、利用するために親しくなったんじゃないのか。

例の実験データも、あの子の身柄も、君は体よく押し付けられただけなんじゃないのか」




先程よりも少し大きな声で畳み掛けるトーリに、ミリィの全身がびくりと反応した。

ただ、反射的に暴れたり、言い返したりすることはなかった。


無言できつく奥歯を噛み締め、自分で自分を宥めるように溜め息を吐いてから、ミリィは改めてトーリと向き合った。




「……いい加減にしろよ、トーリ。花藍さんはそんな人じゃない。

……心配してくれんのは嬉しいけどさ。…もし本当に、ただ利用されていただけなんだとしても、オレにとって、二人が大事な存在だってことは変わらないんだ。

だからオレは、亡くなった花藍さんの分まで、遺された朔を、」



瞬時に気持ちを切り替えたミリィは、苛立つトーリに言い聞かせるように穏やかに答えた。


その別人のような姿を目にした瞬間、トーリの中でなにかが弾けた。




「ッだから!!それがイラつくって言ってんだよ!!!」



とうとう堪忍袋の緒が切れたトーリは、ミリィの言葉を遮って鋭く怒鳴った。

そのまま、驚いた様子のミリィの胸倉を掴むと、壁際まで追いやっていった。




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