Episode02-7:我が友に栄光あれ
PM11:20。
最後に入浴を済ませたトーリがキッチンで冷えたミルクを飲んでいると、二階からミリィが降りてきた。
食後から今までウルガノに事の顛末を説明していたミリィは、少し疲れた様子でトーリに近付いていった。
「お疲れ様。やっと終わったみたいだね。
僕らのこと、理解してもらえたかい?」
「んー、そうだな……。こっちの持ち合わせは全部開示したし、チョー細かく懇切丁寧に教えたから、八割方は理解してくれた……、と思うけど。
今後オレ達に同行するか否かについては、まだ検討中だそうだ。
彼女の信用に足る人物と認めてもらえるまで、しばらくナンパは控えないとな」
そう言ってミリィはつまらなさそうに唇を尖らせた。
口ぶりこそ剽軽であるものの、俯く顔には微かに疲労以外の陰も落ちていた。
「正直、女の子にあの話すんのは、ちと辛かったよ」
「……本当に、包み隠さず話したんだね」
「ああ。彼女にはそれを知る権利があるからな」
皆で夕食を食べたテーブルを撫でながら、ミリィは静かに話し始めた。
「今思えば、船を飛び降りたのは正解だったよ。あのままブラックモアまで連行されていたら、どうなっていたか…。
その可能性についても説明したし、罪人島の実態も……。一から全部、話した。
当然だけど、ショック受けてた。悲しそうな顔、してた。
女性のああいう表情は、出来ればあまり見たくないもんだな」
今度はテーブルに浅く腰掛け、ミリィは深刻そうに溜め息を吐いた。
「これ、落ち着くから」
トーリはもう一つグラスを用意すると、自分のものと同じミルクを注いでミリィに差し出した。
「ありがとう。頂くよ」
受け取ったミルクを一口飲んだミリィは、トーリの顔を横目でまじまじと眺めた。
「にしても、風呂上がりはいつもと別人だよな。
もう慣れたけど、最初は誰かと思ったよ」
「ああ、いつもは髪纏めてるから」
「ヘアスタイルもそうだけどさ。眼鏡だよ、眼鏡。
その髪型で裸眼だと、マジで違う人みたいだ。お前案外目つき悪いのな」
普段はワックスで纏めているため分かりにくいが、トーリは意外と髪の量が多く、実は癖っ毛なのである。
特に前髪とうなじの毛が長く、湯上がりでボサボサの毛先からは鋭い目が覗いている。
本人もそのことを些か気にしているようで、常時眼鏡を掛けているのは単に視力が悪いからだけではなかったりする。
「そりゃどうも」
「………あ。いやいや。別に良い悪いで悪いってんじゃなくてさ。
オレとしては、今の感じもワイルドでイカしてると思う、ってこと」
トーリが面白くなさそうにむっすりと返事をすると、ミリィは苦笑しながら慌てて弁解した。
無論ミリィに悪意がないことをトーリは理解しているし、多少憎まれ口を利いても構わない間柄になったことを両者とも認識している。
「そういえば、シャノンさんは?僕がお風呂に入るまでは此処にいたよね?」
「ああ、シュイなら本邸に戻ったよ。父君から御呼び立てがあったんだとさ。
明日の昼前には、もっかいこっち来てくれるらしいから、話はまたその時にでも」
「フーン。………僕の方は明日、例の店に顔出せばいいんだよね?」
「ああ。場所覚えてるか?」
「当然。一度歩いた道は忘れないよ」
明日ミリィとトーリは別行動で街に繰り出し、ウルガノに関する情報収集を行う予定である。
ミリィはここプリムローズが自身の育った土地ということもあり、特にフォーサイス地区では広く顔を知られている。
その人脈を生かして聞き込みをするだけでも、きっと何らかの収穫が得られるはずだと踏んでいる。
一方トーリは、ミリィとは別に特定の場所へ単独で赴くこととなった。
謎の人物マックス・リシャベールについての情報を持ち合わせている可能性のある、知人の元を訪ねに行くためだ。
そして他二人は、引き続き屋敷に居残る流れとなった。
ウルガノは関係者に面が割れているため、ほとぼりが冷めるまでは迂闊に外を出歩けない。
同じく留守番を言い付けられたヴァンもまた同様の理由で、念のため彼女の護衛も兼ねている。
「全部飲んだ?」
「ん。あと一口」
「飲んだらそこ置いといて。後で纏めて片すから」
「いいのか?悪いな」
一行が再び自由に行動出来るようになるまでは、短くとも向こう三日は掛かるだろうとミリィは考えている。
大体の目星はあれど、次の目的地もまだ定かでない。
どのみち、それまでの間はシャノンの元で匿ってもらうしかないのである。
「───ま、そういうわけだからさ。そっちはそっちでよろしく頼むよ。
オレはもう寝るから、トーリもあんま夜更かしすんなよ。ミルクごっそさん」
就寝の挨拶と共にミリィが背を向けると、トーリはとっさに彼を呼び止めた。
特に理由があったわけではない。
ただ、なにか彼に聞きたいこと、言いたいことがあった気がして、思わず名前を呼んでしまったのだ。
「……?どうした?」
足を止めて振り返ったミリィは、不思議そうに首を傾げた。
「ミリィってさ」
「うん」
「………いや、やっぱりいいや。ごめん。今のなし」
「ええ?なんだよ気になるじゃん!オレがどうしたんだよ?」
一度は口を開いたものの、結局トーリは何も言わなかった。
"君は一体、何者なんだ"
ここでそれを聞いてしまったら、なにかが大きく変わって、後戻りの出来ない事態を招いてしまうのではないか。
そんな予感がしたからだ。
「な~、勿体ぶるなよ~。文句あるならちゃんと聞くぞ?オレのこういうとこがムカつくとかさ」
「文句だったら普段から言ってるでしょ」
「それもそうか。
じゃあなに?鼻毛でてるとか?目ヤニ付いてるとか?」
「そういうのでもないって。本当に何でもないから、変にとらないで」
「むーん……。なーんか含みあんだよなあ。いいけど」
ミリィの経歴を、彼が今に至るまでの経緯を、トーリはおおよそ把握している。
それでも、彼はまだ自分の知らない秘密を隠している気配がすると、トーリには感じてならなかった。
知り合って差ほど長くない二人。
どんなに頭が回っても、客観視できる目を持っていても、想像や推測だけでは所詮理解に及ばないというわけだ。
「───さっきさ、アンリから連絡あったんだ」
渋々引き下がったミリィは、急に低いトーンで改めた。
アンリという名に聞き覚えのあったトーリは、息を呑んでミリィの二の句を待った。
「そんで、一月後に合流することになった。想定外の事態が起きたってさ」
「なにがあったの?」
「詳しいことはまだ分からない。ただ、オレ達とは無関係な話、とも言い切れないらしい」
曖昧に言葉を濁すミリィ。
その表情は珍しく怪訝なもので、曰く想定外の事態とやらの深刻さを窺わせた。
「ほんと、ヴァンがいてくれて良かったよ。あいつは腕だけじゃなく、鼻も利くからな」
「いよいよレッドゾーンに片足突っ込んじゃったってこと?」
「どうだろうな。まだそうと決まったわけじゃない。
けど、用心に越したことはねえよ」
"これからはお前も、ハンドガンの武装くらいはしといた方がいいかもな"
そう呟いて、ミリィは空になったグラスを爪先で弾いた。
『Do you see anything.』




