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オルクス  作者: 和達譲
Side:S
125/326

Episode17-4:パンドラの箱



「────じゃあ、もう一度改めて、概要を整理してみよう」



改めて手元の資料を纏めると、アンリは気持ちを切り替えるため短く咳払いをした。

同時に、一同の注意が一瞬にしてアンリに集まる。




「まず、フェリックスが裏で行っていたとされる、謎の研究の実態についてだ。

曰く、FIRE BIRDプロジェクトと命名されたその計画は、混血と近親交配という、二つのファクターを作為的に組み合わせた人体実験のことを指しているらしい。

混血者、そして近親交配によって生まれた一部の人間は、生来スペックが高いという仮説が前提にあり、その両者を配合すれば、より高性能な子供が出来るはずと。根本は割と単純な理屈だ。

そして、プロジェクトの成功例は、現段階において二名の被験体が確認済みとされる。

内の一人についてはプロフィールが一切不明だが、もう一人は今我々の庇護下にある人物。

名前は倉杜朔。アジア系の容姿をした10歳程の少女で、プロジェクトに参加していた研究員の一人、倉杜花藍を母体として生まれたとされる試験管ベビーだ」




落ち着いたトーンで語るアンリの声が、静かな屋敷にしんしんと響き渡る。




「元々は、人為的に寿命を伸ばすための薬を開発する、という名目でスタートしたプロジェクトだった。

人体実験自体は、あくまでその計画を支える過程に過ぎない。

──まず、実験に成功した被験体から長寿のDNAを採取し、それを元に薬を精製。量産すると。

だが、この最初の一段階こそが最大の鬼門だったらしい。

前述した混血、プラス近親という混合は、倫理的な問題を差し置いても最悪の組み合わせだったようだ。


代理出産という重要な役割に、自らを差し出して協力した女性のほぼ全員が、実験の副作用によって間もなく衰弱死。

身篭っていた子供の半数以上も、流産や死産によって命を落とした。

中には無事に生まれた子供もいたようだが、彼らには総じて先天的な障害が見られた。日常生活に多大な支障をきたすほどの、重いハンディキャップだ。

それを原因に、彼らは失敗作の刻印を押され、研究所の中で内々に処分された。

……この資料に明記されているデータ分では、明確な数字を割り出すことはできないが…。

このプロジェクトで命を落とした人間の数は、恐らく我々の想像を絶する」




時折言葉を詰まらせながらも、アンリは冷静に話し続けた。


途中で口を挟もうとする者は一人もいない。

それぞれが暗い表情を浮かべ、思案に耽っている。




「神隠し現象の発端は、このFIRE BIRDプロジェクトが起源と見てまず間違いないだろう。

被験者のほとんどが短期間で死亡するとなれば、常に人材確保が最優先の課題だったはずだ。

神隠しによってさらわれた若い女性達は、そのまま代理出産の母体として利用されたものと仮定して、男性の方は…。恐らく、臨床試験用のモルモットにでもされたんだろう。

……どちらにせよ、両者ともただでは済まないだろうな」




アンリの口から告げられた言葉に、ジュリアンはびくりと肩を揺らした。

マナは震えながら目を見開き、トーリはきつく奥歯を噛み締め、拳を握り締めている。


ようやく希望が見えてきたかもしれないというところで、残酷にも突き付けられた真実。

神隠しの正体が判明した今、彼等の想い人が無事に生存している可能性も振り出しに戻ってしまった。



自分の愛する女性は、もうこの世のどこにもいない。

公に死亡したものと断じられたあの日、あの瞬間の絶望が、フラッシュバックとなって三人に襲いかかる。


ジュリアンの一番の友人も、マナのかけがえのない恋人も、トーリのたった一人の肉親も。

全員女性であるということはつまり、さらわれた彼女達の行く末は、きっと。




「今回殺害された倉杜花藍も、プロジェクトの関係者から口封じの目的で始末されたと考えるのが妥当だ。

何故研究所から脱走を図った当初ではなく、今頃になって手が及んだのかは不明だが…。

本命は娘の朔を捕らえることで、倉杜氏の始末はそのついでだったという可能性も考えられる。

───それから、これは仮定の話だが。

マナ達を奇襲した謎の一団は、倉杜氏殺害の実行犯、あるいはその一味で、姿を消した娘の朔を捕らえるため、街に捜索に出ていた可能性が高い。

そこへ、見た目がよく似たマナが偶然現れ、ターゲットと勘違いして捕獲しようと接近した…。」


「ここまで来たら、多分向こうにも我々の存在は感づかれてるね。

花藍の遺体を最初に発見したのは弟くんだし、彼女と弟くんの間に親交があったことも、きっと全て筒抜けだ」



アンリの言葉にシャオが付け加えると、ウルガノが横から意見した。



「ならば何故私達を野放しにしておくのでしょう?

我々の目は最早核心を捕らえています。チェックをかけられるのは時間の問題だと、あちら側ももう気付いているはずです。

なのに、仕掛けてくる気配が全く感じられない」



ウルガノのもっともな問いに、シャオは皮肉っぽく答えた。



「あえて泳がされているのかもしれないね。

どんな企みがあって私達を放っているのかは知らないが、彼等にとって我々はさほど脅威ではないということだ。侮られたものだよ」




敵に割れている情報がどの程度のものであるかは不明だが、少なくとも、アンリ達がなにかを嗅ぎ回っているようだということは感付かれているはずだ。


その上でなんの揺さ振りもかけてこないのは、なんらかの意図があってのことなのか、それともただ相手にされていないだけなのか。


どちらにせよ、図らずも今夜で互いの存在が明らかになった。

こちらはようやく追い求めていた影の本体を捕らえ、あちらは忍び寄る足音に確信を持った。


こちらが気付いたということは、あちらもこちらに気付いたということ。

故に、ここから先は、完全に見つめ合った状態での攻防となる。




「……それで、今後のことだが…。

ハア。課題は山積みだが、とにかくあの子の処遇を最優先に考えてやらないとな。

なにか当てはあるのか?ミーシャ」




疲れた様子で前髪をかき上げ、アンリは資料をテーブルに置いて隣を見た。

アンリの隣に座るミリィは、手中に握られたものを見詰めながら答えた。




「花藍さんの遺言では、自分の身にもしものことがあった時は、信用できる知人に頼るようにって言われてる」



ミリィの掌に収められた小さな鍵が、朝日を吸い込んで鈍く光る。




「知人?その人物は彼女の抱えていた事情について知っているのか?」


「いや、それはないと思う。普通に、ただの気のいいご近所さんって感じだろ。

名前は確か、スタンフィール、とかいったか。農家やってる老夫婦だって」


「じゃあ、そのスタンフィールご夫妻に、あの子を預けるってことでいいのか?」




アンリが確認すると、ミリィは一度口をつぐんだ。


花藍の遺言を尊重するなら、朔をスタンフィール夫妻の元に預け、自分達から遠ざけるべきかもしれない。

夫妻と倉杜親子は親しい間柄だというし、事情を話せば、きっと夫妻は朔を大事にしてくれるだろう。


自分達と一緒にいれば、常に危険に晒させることになる。

朔の身の安全、そして心の健康のためにも、真実は伏せたままでいた方がいいのかもしれない。


だが。




「朔の身柄を確保することが一番の目的だったなら、奴らはきっと、見付かるまで朔を探すはずだ。

夫妻の家で匿ってもらったとしても、いつ奴らの手が伸びるかわからない」


「じゃあ、どうする?安全な場所に隠しておいても、いつかは見付かって、また狙われるかもしれない。

となると、他にどんな手段がある」



革紐を首に下げ直したミリィは、大事そうに鍵を懐に仕舞った。




「───連れていく。

目を離した隙に好き勝手されるくらいなら、危険でも、オレの側に置いておいた方がマシだ」


「本気か?俺達と一緒にいれば、その分あの子も危ない目を見ることになる。

彼女はまだ幼い子供だ。連れていけば、いざという時に足枷になるかもしれないぞ」



あえて厳しい言い方で追及するアンリに、ミリィは揺るがない態度で返した。




「それでもいい。オレの知らないところで、また取り返しのつかないことになるくらいなら、たとえ枷になっても側にいる。

皆には極力、迷惑をかけないようにする。だから、どうかオレのわがままを許してくれ」




花藍を失った今、彼女の遺志を継いだ自分にできることは一つ。

朔を守ること。彼女の遺していったか弱い天使を、どんな手を使ってでも守り通すこと。


愛した女性の喪失を、覆らない死という不幸を、齢22という若さで二度も経験することになろうとは、夢にも思っていなかった。

だから、正直なことを言えば、ミリィはまだ全てを受け入れられたわけではなかった。


今となっても、花藍が死んだなどという事実は質の悪い嘘のように思えている。

その目で確かに見たはずの光景も、本当にただの悪夢だったのではという気がしている。


もう二度と、彼女の声を聞くことができないなんて。

もう二度と、彼女の瞳に光は宿らないなんて。

到底信じられなかったし、認めたくなかった。



それでもミリィは、必死に平静を装って、ポーカーフェースを保った。

自分自身に対する怒りや情けなさ、死別が生んだ痛みに胸が潰れそうになりながらも、懸命に前だけを見据えようと背筋を伸ばした。


ここで自分が折れてしまったら、それこそ花藍の死が無駄になってしまう。

自分には、ここにいる仲間達を率いてきた責任と、果たすべき野望があると。




「花藍さんは死んだ。

いくら悔やんでも、嘆いても、死んだ人間は二度と生き返らない」



きっと自分は、一生彼女の喪失を受け入れることはできないだろうけど。

生涯、死ぬまで今日という日を悔やみ続けるだろうけれど。

納得ができなくても、ここで立ち止まったままではいられないのだ。


呪縛のような使命感が、ミリィの手を、足を、強引に動かして停滞を許さなかった。




「だからオレは、あの人の代わりに、あの人の分まで、朔を守ると決めた。

もう二度と、あいつらに奪わせてなるものか。

自分達の犯した罪の重さを、必ず思い知らせてやる」




ミリィの言葉に、一同は改めて気が引き締まる思いがした。


しかし、トーリだけは、なにか腹に一物抱えたような表情で、じっとミリィを見ていた。






『We broke that taboo.』


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