Episode16-2:不死鳥
それから程なくして、フェリックスが再考した仮説を元に実験は再開された。
まず、前回までの通り、条件に当てはまる混血者らから健康な精子と卵子を提供してもらい、体外受精を行った。
ただし、今度の実験で作られたのは、遺伝子的な近親交配の末に形成された特別な受精卵だった。
無論、協力してくれた彼らは、プロジェクトの内容を一切知らない。
自分達が提供した精子や卵子が研究のために利用されることは承知していても、まさか人体実験の道具に使われるとは夢にも思っていないのだ。
果てに、知らず知らず自分の子供が誕生させられていることなど、想像も及ばないだろう。
本人になんの断りもなく、影で血縁者との交配を試していたことが知れれば、フェリックスら研究員は糾弾されるだけでは済まないはずだ。
そして、新たな体制で再始動したFIRE BIRDプロジェクトは、これまで以上に非人道的で、カオスな惨劇を引き起こすこととなった。
結果として、新体制のやり方で生まれた子供、並びに彼らを出産した代理母達。
その両方が、続々と命を落とすという異常事態が発生したのだ。
母親達は、安定期を過ぎた頃からみるみる衰弱していき、その後お産を終えて間もなく、或いは出産まで至らぬうちに、お腹の中にいる子供諸共息を引き取った。
まるで、胎内に宿った新たな命に、自分の生命力を吸いとられていったかのように。
原因は全くの不明。
妊娠中に病を発病したわけではなく、数値にも特に異常は見られていなかった。
にも関わらず、彼女らは日に日に弱っていき、次第に食べることも眠ることさえも困難になって、最期には衰弱死という結末を迎えたのだ。
死の間際、つまりお産の直前には、妊娠当初と比べて体重が激減し、体温も平常値と比べて10度以上も下回っていたとされる。
一方、なんとか出産まで生き延びた子供達にも、一様になんらかの障害があることが確認された。
生まれつき目、耳が不自由である者、手足が欠損している者。
顔面が見るも無残な形に崩壊し、辛うじて心臓のみが機能している者。
程度には個人差が見られたものの、一人として健康な人間は生まれてこなかった。
以前までと比べ、有害な劣性遺伝子を引き継ぐ可能性がぐんと高まったのだから、この結果は当然といえば当然かもしれない。
それでも、フェリックスは実験を続行させた。
己の犯した罪が、目に見えて表れるようになっても。
想定していた最悪の事態が、こうして現実のものとなっても。
フェリックスの暴走は止まらなかった。誰にも彼を止められなかった。
次々と世に生み出され、次々に潰えていく、罪なき命。
自分はなんのために、この世に生を受けたのか。
自分とは一体何者であるのか。
生まれながらに死んでいった彼らが、それを知ることはない。
失敗作と断じられた子供達は、必要なデータを採取した後に漏れなく殺処分され。
協力してくれた代理母達は、実験によって命を落としたという事実を隠蔽され、密かにこの世を去った。
まさに、地獄絵図のような状況だった。
少し前まで清潔に保たれていた研究所は、いつの間にか墓場と化してしまったのだ。
このまま、不毛な行為が繰り返され、無慈悲な生産と殺戮が半永久的に続いていくのだろうか。
中にはプロジェクトに対しての疑念や罪悪の意識を覚え始めた研究員もいたが、彼らには異議を唱える資格も勇気もなかった。
なにかに取り付かれたように、日夜ラボに篭って作業に没頭するフェリックスは狂気じみていた。
その異常さに、誰も口を挟めなかったのだ。
やがて時は過ぎ、西暦2005年。2月23日。
現在から遡って、およそ20年前のその夜に、フェリックス・キングスコートという一人の男の犯した大罪が、満を持して具現化した。
彼の狂気と悪辣と非道を一身に受けたその命は、生を受けた瞬間に世の終わりに似た産声を上げたという。
この時生まれた子供は、後に仮称ゼロワンと名付けられた。
ゼロワンは、FIRE BIRDプロジェクト始まって以来の成功例にして、最高傑作と言われている。
詳細なデータは極秘中の極秘とされており、ゼロワンの正体については、ゼロワンの誕生に携わった一部のメンバーにのみ伝えられている。
更にその後も、プロジェクトは休まず継続された。
念願叶った成功例のデータを元に、今度はゼロワンの量産型を作ろうという動きが始まったのだ。
しかし、以降は再び失敗続きの連鎖に陥り、ゼロワンの量産型を作るどころか、また失敗作ばかりが生まれてくる事態に逆戻りしてしまった。
ゼロワンの成功は、まさに奇跡が為せた業だったのだ。
一体どの組み合わせが、タイミングが、その奇跡を呼び込んだのか。
それは最新の技術や知識を以てしても、解き明かすことのできない神秘であった。
そして、ゼロワン誕生から15年後の夏。
待ち望んだ二番目の成功例は、後にゼロツーと呼称されることになった。
オランダ、フィンランド、日本の血を引く父親と。
カナダ、ブラジル、インドネシアの血を引く母親の元に生まれた娘。
この親子で近親交配を行った結果に、偶然誕生したのがゼロツーだった。
ただ、ゼロツーの容姿には遺伝的な要素が全く見られなかった。
計六種族もの血統を引いていながら、彼女の面差しは代理出産を行った女性によく似ていたのだ。
これはゼロワンの時にも見られた現象で、ゼロワンとゼロツーの間に存在する唯一の共通点と言えた。
後に、ゼロツーは生後間もない時期に代理母の女性に連れ去られとされ、消息不明となった。
程なくして、FIRE BIRDプロジェクトの指揮を執っていたフェリックス・キングスコートも、急病によって倒れた。
貴重な成功例の一人を失い、全ての始まりであるフェリックスも志半ばにして世を去った今。
残されたプロジェクトはどのように機能しているのか。
ゼロワン、ゼロツーと、二体の奇跡を生み、肝心のワクチン開発は上手くいったのか。
全ての真相を知る者は、首都の地下深くに潜んでいる。
『The bird of wonder』




