Episode02-6:我が友に栄光あれ
ウルガノを中心とした問答の席を設けてから、20分程が経過した頃。
夕食の用意が出来たからと、メリアが部屋まで呼びに戻って来た。
ミリィ達は一旦話を中断して、階下へ向かうことにした。
ダイニングに着くと、テーブルには豪勢なディナーの数々が並べられていた。
ミリィは思わず感嘆の声を上げた。
「今夜はいつにも増してご馳走だな!オレの好きなもんばっかりだ」
そこへシャノンが現れ、厨房とダイニングとを行ったり来たりしながらミリィに話し掛けた。
「そりゃあモチロン。せっかくミリィがお友達を連れて遊びに来てくれたんだ。今夜は特に、腕に縒りを掛けたよ」
長い髪を後ろで一纏めにし、腰には黒いエプロンを巻いた作業着姿。
この見た目からも分かるように、本当につい先程までシャノン自ら調理を行っていたのである。
「ハハ、今日だけじゃないだろ。シュイの作るメシはいつだって最高だよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると作り甲斐があるね」
最後にシャノンは、厨房から出来立てのラザニアを持って来た。
これで今夜のディナーメニューは全て出揃った。
「あの……」
すると、ミリィの背後に控えていたウルガノが怖ず怖ずと前に出た。
気付いたシャノンもキッチングローブを外し、彼女と向き合った。
「初めまして。ウルガノ・ロマネンコと申します。
この度は……、その。ご迷惑を、おかけしました」
申し訳なさそうに恐縮するウルガノを、シャノンは優しいトーンで宥めた。
「すっかり目が覚めたみたいだね。こちらこそ初めまして。
食事を用意したんだけど、気分はどうかな?美しいお嬢さん」
「おじ……。だ、大丈夫です。お蔭様で体調も良くなりました」
「そうか。良かった。
ボクのことは気にしなくていいから、まずは一緒にご飯を食べよう。込み入った話はその後でもいいだろう」
そう言うシャノンの態度はとても好意的で、既にウルガノに対して心を開いているようだった。
「ささ、どうぞ遠慮なく。レディは上座の方へ」
まだ戸惑った様子のウルガノを半ば強引に席に座らせると、シャノンはにっこり笑って厨房に戻って行った。
ウルガノの右隣には、既にトーリとヴァンが並んで着席している。
「ここ、座っていいかな」
一人あぶれたミリィは、ウルガノの左隣にある空席に近付いた。
ウルガノは小さく頷き、椅子を引いてやった。
「ああ、ありがとう。
……あいつのこと、気になるか?」
「え?……ああ、いえ。ただ、不思議な雰囲気を持った方だなと。
素性の知れない私に、何故ここまで親身にして下さるのか……」
「ハハ、だよな。それが普通の反応だ」
厨房でドリンクの準備をしているシャノンの姿を、ミリィはテーブルに頬杖を着いて見詰めた。
「なんつーか、あいつはさ。ある意味ちょっと異常なんだよ」
「異常?」
「そう。人としてのキャパシティが並外れてるんだよ。基本なんでも受け入れちまうっつーか……。
簡単に言うと、器でかすぎ心ひろすぎ」
「へえ……」
ミリィ達に向けて、シャノンが一本のワインボトルを掲げてみせる。
今夜はこれで一杯どうか、ということらしい。
それにミリィは首を振り、また今度なと口だけを動かして伝えた。
シャノンは残念そうに眉を下げると、取り出したばかりのワインをクーラーに仕舞い直した。
「前に一度だけ、注意したことがあるんだ。
皆が皆、お前みたいに純粋でイイやつなわけじゃないし、中には悪い人間もいる。
そういう奴らに寝首を掻かれる前に、一応は疑うことも覚えた方がいいぞって。
そしたらあいつ、なんて言ったと思う?」
"たとえそうなったとしても、ボク一人が傷付くだけなら、それでもいいよ"
"騙されても、裏切られても、その時はその時だ"
"きっと信じたボクよりも、裏切ったその人達の方が、ずっと不幸だと思うから"
"お金が欲しいならあげるし、ボクが嫌いなら悪口を言えばいい"
"ボクの方から彼らに望むことがあるとすれば、一つだ"
「そんなことをしても、君は幸せにはなれないんだってこと。
時間が掛かってもいいから、いつかはそれに自分で気が付いて欲しいんだ、ってさ」
「そうですか……」
シャノンと共に過ごした少年時代を想起し、ミリィは懐かしさから目を細めた。
思想や価値観は正反対と言っていいほど違うのに、こうして両者が噛み合っている理由。
それは、ミリィもシャノンも互いを尊敬しているからだった。
互いに初めて出来た親友だからこそ、互いに絶大なる信頼と好意を寄せているのだ。
「本当、驚かされたよ。まだあいつが13の時だぜ?子供の言う台詞じゃねーよな。
………と、悪い。急にこんな話」
「いいえ。興味深いです」
唐突ではあったが、久しぶりにシャノンに会ったら、何となく彼の話がしたくなったミリィ。
是非仲間にしたいと思っているウルガノにも、親友の美点や自分達の歴史を知ってもらいたかったようだ。
「君と彼ってタイプは全然違うのに、それでも親友なんだもんね」
「うわ!なんだよお前も聞いてたの!」
いつの間にやら会話に参加していたトーリに、ミリィは肩を揺らして驚いた。
そこへ、身なりを整えたシャノンが足早にやって来た。
「なになに?なんの話?」
「ちょっとな。オレの親友はすげえやつなんだって、ふと自慢したくなったんだ」
「えー!それボクも聞きたかったよ!」
「残念、もうおしまい。
さあ食うぞー!今日は動き回って腹ペコだからな!」
ミリィと手分けしてドリンクを配分してから、シャノンもミリィ達の向かいの席に着席した。
「メリア達はいいのか?」
「ああ。彼らにはまだ仕事があるしね」
「そっか。席占領しちまって悪いな。
……じゃ、屋敷の主様に音頭をとってもらおうか」
面子が揃ったところで、ミリィはシャノンに乾杯の音頭を頼んだ。
シャノンは自分のグラスを低く掲げると、正面に並んだ四人全員と目を合わせて言った。
「改めて、ようこそ皆さん。
一度食卓を共にすれば、ボクらはもう友人だ。歓迎するよ、我が友、我が兄弟。
今日という日に感謝を。同胞に幸多かれ。君達の旅が上手くいくよう、ボクも祈っているよ。
時の許す限り、ここでゆっくり羽を休めていってくれ」
「ふふ、相変わらず牧師様みたいな挨拶だな。
では皆の衆、お言葉に甘えて頂くとしよう。
我が友に栄光あれ!」
「……我が友に栄光あれ」
シャノンに続いてミリィもグラスを掲げると、彼らに倣って他の三人も戸惑いながら声を揃えた。
"我が友に栄光あれ"
いただきますに代わって食事の前にするこの挨拶はプリムローズ独自の風習であり、他ならぬシャノンが考案したものである。
「はー、ウマー。こんなまともなメシ食うのとか何日ぶり……」
「宿とり損ねた時とか酷かったもんね」
「まったくミリィは……。放っとくと直ぐ自己管理が御座なりになるんだから」
穏やかな一時。今のメンバーでは初めての団欒。
ミリィ達が和やかに談笑する様子を、ウルガノは口を挟まないながらも微笑ましげに眺めた。
「───あ。そういえば、さっき部屋からすごい音がしてたけど……。なにかあったのかい?」
ふとシャノンが思い出したように切り出す。
ミリィは取り分けたパスタを突きながら答えた。
「ああ、ちょっとな。けどなんでもないよ。騒がしくして悪かった」
「すみません…。それ私です……。
お付きのメイドの方には、怖い思いをさせてしまいました。申し訳ない」
徐に挙手をしたウルガノは、本日何度目になるか分からない謝罪を述べた。
シャノンはウルガノの緊張を解すように快活に笑い飛ばした。
「ハッハッハ。そんなことかと思ったよ」
実は先程の一悶着にシャノンも気付いていたのだが、ミリィが一緒ならきっと大丈夫だろうと、敢えて駆け付けることはしなかったのである。
「ほらほら、そんなに縮み上がらないで。顔を上げてくださいレディ。
こちらも配慮が足りていなかったんです。貴女が謝る必要はない。
ともあれ、怪我人が出なくて良かった良かった」
朗らかに笑むシャノンを見て、ウルガノはほっと胸を撫で下ろした。
「そうそう。そんなに堅くなることないぜ」
「あ……。ありがとうございます」
いまいち食の進んでいないウルガノのため、ミリィはラザニアを取り分けてやった。
お礼を言うウルガノの表情は、先程までと比べて幾分柔らかくなっていた。
「ミリィとバシュレーさんって、幼馴染みなんですよね?
具体的にはいつからの付き合いなんですか?」
グラスに口を付けたトーリが何気なく尋ねる。
シャノンは一旦食事の手を止めると、ボクのことはシャノンでいいよと先に告げてから目を伏せた。
「そうだねえ。付き合いは結構長いよね。もう8年になるかな」
「初めて会ったのが確か……。オレが13で、シュイが11ん時だったっけか」
「本当にミリィのが年上なんだ……」
改めてミリィよりもシャノンの方が年下であると聞いて、トーリは意外そうに目を丸めた。
「そーだよ。嘘ついてると思ったのか?」
「あはは。ミリィはよく10代に間違われるからね~」
シャノンはまだ弱冠20歳だが、雰囲気が落ち着いていて大人びているため、実年齢を教えると驚かれることがよくあるという。
今のように天真爛漫なキャラクターは、気心の知れたミリィの前でだけ見せる姿。
公の場でのシャノンは、意外にもポーカーフェース且つミステリアスな貴公子で通っているのだ。
「昔から神童って呼ばれたほど優秀なやつでさ。オレはいつもシュイに勉強を見てもらってたんだ。オレのが年上なのに」
「へえ……」
「いやいや、そんな大したものじゃないよ。
確かに勉強は出来た方かもしれないけど……。それはただ、教科書の問題を解いて、先生にgoodを貰っていただけ。
マニュアル通りにやるだけなら、やり方を覚えれば誰にだって出来ることさ。こんなのは長所の内に入らないよ」
少し困ったようにシャノンは眉を下げた。
すかさずミリィはウルガノ達に、今のは謙遜だからと耳打ちした。
「それに、シュイはただ頭が良いだけじゃない。芸術の才能だってあるんだ」
「もういいよミリィ。ボクの話ばかりしても面白くないだろ?」
「芸術というのは?シャノンさんは絵画や工芸に造詣の深い方なのですか?」
「いや、シュイは音楽家なんだよ。ピアニストであり、ヴァイオリニストでもある。
今はまだ若手の駆け出しだが、世界的にももう結構な有名人なんだぜ」
"才能とは生まれではなく、育ちだということを証明した男"
まるで自分のことのように、ミリィはシャノンを評した。
「君ってやつは……。人を調子に乗せるのが上手いんだから」
「まだお若いのに、多才な方なんですね」
シャノンは照れ臭そうに自分の頬を撫で、ウルガノは感心して頷いた。
そんな中トーリだけは妙な表情を浮かべ、先程のミリィの言葉に一抹の違和感を覚えていた。
「───ところで、ヴァン。
お前さっきから食い過ぎだよ。食事はもっとゆっくりしなさい」
「えっ」
ちなみに。
端の席に座っているヴァンはというと、ミリィ達の談笑に一切参加せず、黙々と食事を楽しんでいた。
味の感想を述べることはなくとも、その食べっぷりが何より彼の満ち足りた気持ちを表している。
「急がないと食い物が逃げて行く、なんてことはねーんだから、もう少し落ち着いたらどうだ?」
ミリィが優しく注意すると、ヴァンは手にしていたパンを急に恐る恐る口に運んだ。
その様子が可笑しくて、一同は一斉に笑い出した。
プリムローズ滞在一日目。
当夜バシュレーの別宅からは、ミリィ達の楽しげな声が絶えず響いていた。




