Episode15-3:鷺沼藍子の遺言
私は朔の不思議な力を一時的な措置として千里眼と名付け、その後も彼女の成長を見守りながら究明に尽力しました。
ですが、あれから4年が経とうとしている今も尚、謎は謎のまま。
朔の知能が発達していくに伴い、彼女の"視ている"世界の具体化は捗りましたが、肝心の原因については変わらず不明というのが現状です。
ただ、ゼロツーになんらかの特殊能力が発現する可能性がある、ということは以前から想定されていました。
それは、最初の実験成功例であるゼロワンと呼ばれた存在が、生まれながらに人知を越える力を秘めた子供だったから。
朔に不可思議な能力が発現したように、ゼロワンもまた特異体質者であったからです。
ゼロワンのデータは、プロジェクト参加者の間でもトップシークレットとして扱われていました。
詳細なプロフィールを把握しているのは、極少数の限られた人間のみと言われています。
故に、私のような一介の研究員でも知ることが許されたのは、ゼロワンが最初にして最高の完成形であるという事実だけでした。
今から20年程前に、フェリックス氏が自らの手で生み出したとされるゼロワンは、まさにフェリックス氏の掲げた理想そのものであったといいます。
現在のゼロワンの所在については全くの不明ですが、人づてに聞いた話によると、試験的に国内で日常生活を送らせているとのことでした。
ひょっとすると、知らず知らずの内に、貴方ともどこかで接触しているかもしれません。
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最後まで読んで下さり、本当にありがとうございます。
同封した資料と照らし合わせて頂ければ、私も加担していたFIRE BIRDプロジェクトの概要について、おおよそは理解して頂けるかと思います。
騙すような真似をしてしまってごめんなさい。
ですが、これが真実です。
決して隠蔽されてはならない、誰かが語り継いでいかなくてはならない、吐き気を催すほどの愚行。
我々欲深き人間が犯した罪です。
研究所を脱走したあの日から、一日足りとも気が休まらない日々でした。
いつ追っ手がかかるか、ここを見付かってしまうかと、心配で眠れない夜も数えきれないほどありました。
そして同時に、私は朔に真実を知られてしまうのが、とても恐ろしかった。
自分の出生の秘密を知れば、私達の犯した罪も、私自身の愚かさも全て明らかとなります。
そうなれば、朔は私を憎むかもしれません。
あの子の脳には恐らく、まだ研究所にいた頃の記憶も眠っているはずです。
今は自分のことを普通の子供だと思っているようですが、いつなにをきっかけに当時の記憶が紐解かれるかわかりません。
私は、常にそのことを案じながら、朔の脳を悪い意味で刺激してしまわないようにと気を配ってきました。
あなたは普通の、どこにでもいる優しい女の子なんだと、刷り込むように何度も言い聞かせて。
罰を受ける覚悟なら、もうできています。
私はきっと、そう遠くない内に命を落とすことでしょう。
力を持たない私達が、あの方の鋭い瞳から逃げ切れるはずがありません。
3年前に急逝されたという訃報を耳にした時には、もしかしたらこのまま、と淡い期待が胸を過ぎったものですが。
きっとそれは、叶わぬ夢。私の足に繋がれた重い枷は、どうしても解かれはしないのです。
いつかは必ず見付かってしまうだろうし、もしかしたら既に見付かっていて、わざと泳がされているのかもしれません。
なんにせよ、王手をかけられた私には、最早抵抗する術がない。
その時には必ず報いを受け、私の命は最初から存在しなかったものとして抹消されるでしょう。
ですが、あの子には。朔にはなんの罪もありません。
あの子にも、人として生きる権利があり、幸せになる資格があるのです。
研究員達の実験動物にされ、理不尽に生涯を弄ばれることなど、断じてあってはならないのです。
だから、お願いします。
どうか、あの子だけは、朔だけは、助けて下さい。
彼らに見付からないところに隠して、あの子を守って。
そして、叶うのなら本人に伝えてください。
私は、あなたの母になる決意をしたことを、後悔していないと。あなたと共に過ごした日々は、幸福であったと。
私は心から、あなたを愛していると、伝えてください。
私はどうなったって構いません。どんな罰も、甘んじて受け入れます。
焼かれようとも煮られようとも、首を落とされようとも。
それが私の運命だというなら、身を委ねるだけです。
願わくば、この愚かな命に免じて、朔に人としての一生を。
あの子のこれからの人生が、愛に満ちた、幸福なものでありますように。
ごめんなさい。先に、逝きます。
全ての災厄を、邪悪を道連れに、罪を抱えて地獄にいきます。
朔を、お願いします。
『Whatever my fortune may be.』




