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オルクス  作者: 和達譲
Side:S
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Episode13-8:長い夜のはじまり



「───あ、僕も見付けた。

ほら、あそこにいるのもユイの主席でしょ?余明蘇だっけ?中国系の」



ミリィに続いて、トーリも気になる人だかりを見付けたらしい。

トーリが控えめに指を差してミリィに教えると、ミリィは正解と言って頷いた。



「───近頃の経過はどうです?次のオリンピックで活躍出来そうな選手はいますかね?」


「そうですねー……。陸上はまだアメリカに及びませんが、水泳や体操は順調に育っていると思いますよ。

皆さん期待されているバドミントンも、年々層が厚くなっていますし。今度こそは金を持ち帰れるようにしてやりたいです」


「さすがお家芸。来期は例年に増して盛り上がりそうですね」



トーリが発見した次なる主席は、本人の言う通り、ユイの三代目主席・(ユイ)明蘇(ミンスー)に他ならない。


短い黒髪に小柄な背丈、穏やかな笑みを携えたその顔は、恰幅の良さを除けば初代主席・余(ラン)と瓜二つ。

祖父に似て童顔な彼は、今年で35歳になるという割に艶のある肌をしていて、そんなところまで嵐とそっくりだった。

まさに生き写しといっていい。



ユイ州といえば、シグリム(いち)スポーツが盛んな街として知られている。

スラクシン同様、軍人のつくった街が軍人の街となったように、ユイはスポーツ選手がつくったスポーツの街なのだ。


嵐は現在は亡くなっているが、現役当時はオリンピックで三度の金メダルを果たしたこともある希代のバドミントンプレイヤーだった。

しかしながら、その才能を彼の息子、そして孫が受け継ぐことはなく、残念ながら嵐ほどの逸材は以後生まれなかった。


そんな折、このままでは嵐の名が廃ると、孫の明蘇が一念発起した。

祖父の築いた栄光をどうにか後世にも伝えていきたいと、彼は選手を育成する立場となったのだ。


今では、専用の施設も充実し、実績のある各国の指導者も招いて、街を上げて有望な選手の育成に努めている。

ユイが新しいスポーツの聖地と呼ばれるようになったのはそれが所以で、近頃はスポーツ留学のために訪れる外国人も少なくないという。




「なあミリィ。あそこにいるの、前に会ったクロカワじゃないか?東間の友達」


「え、黒川さん?どこにいる?」



ヴァンの口から出た聞き覚えのある名前に、ミリィはすぐに反応した。



「ほら、あれ。

誰かと話しているようだが、一人だけキモノを着ているから、すぐにわかった」




続いてヴァンが示した先には、クロカワ州の主席、黒川桂一郎の姿があった。


来賓の殆どがスーツやドレスと洋装を纏っている中で、珍しい和装の袴姿をした彼は、なにやら一人の男性と話し込んでいるようだった。

その傍らには、相変わらず神坂青木の忠犬コンビの姿も見える。



すると、ミリィ達の視線に気付いたらしい青木が、はっとした様子でこちらに一礼した。

彼女が桂一郎になにかを耳打ちし、こちらを指差すと、桂一郎の視線もようやくこちらを向いた。


ミリィ達の姿を視界に捕らえた桂一郎は、ぱっと嬉しそうな顔になると、軽く手を挙げて口だけを動かした。




「"ごめん、また後で"、だってさ。

どこの主席も忙しそうだな。ロードナイトんとこ以外」



一人でつまらなそうにケーキを食べているミカを一瞥して、ミリィは皮肉っぽく呟いた。




「そっか。やっぱり黒川さんもパーティーに来てたんだね。

そもそも、シャノンさんがあの人を僕達に紹介してくれたんだから、招待されてるだろうとは思ったけど」


「でも、さっきまでは見掛けなかったぞ?」



トーリは以前黒川邸に招かれた時のことを思い出し、ヴァンは不思議そうに首を傾げた。



「じゃあー、たまたまオレらと入れ違いだったんじゃね?

遅刻ってことはないだろうし、今まで姿が見えなかったのは……。なにか理由があるんだろ。ま、後で本人に聞けばわかることだ。

……それよりも、黒川さんが今話してる相手。あれ多分、ホークショーの主席だ」


「へえ。あの人が?」




ミリィが顎を上げて促すと、トーリは興味深そうに腕を組んだ。



偶然にも、桂一郎がたった今向かい合っている相手こそが、来賓の主席最後の一人。

ホークショー州二代目主席、アラバスタ・ホークショーだった。


初代ギルフォードの歳の離れた従兄弟に当たる彼は、生前のギルフォードにとって一番の理解者だった人物と言われている。

現在は御年51歳だ。


暗い赤毛に、ギルフォードの面影を感じさせる精悍な顔付きは、傍から見るとやや近寄り難い印象を受けるかもしれない。

だが、強面な見た目とは裏腹に、実際の性格は至って温厚な人物なのである。



「あの赤毛の青年は、お知り合いの方ですか?」


「ええ、まあ。最近出来た友人なんですよ」


「そうですか。なんでしたら、先にそちらへご挨拶に伺われても────」


「いえいえ。彼とは後ほど時間を作るつもりですので、今は」



異性愛者で妻と子供のいるアラバスタが、何故LGBTの街であるホークショーの長を任されているのかというと、初代ギルフォードが直々に彼を指名したからだった。


自身はストレートでありながら、同時にセクシャルマイノリティの人間も深く理解しているアラバスタだからこそ、この人種の坩堝たるホークショーを纏めるに相応しいと。


ホークショーの民達にとって英雄ともすべきギルフォードへの愛は未だ根強いが、長年の努力が認められて、近頃はアラバスタもそれに匹敵するほどの人気を集めてきているらしい。



これで、今宵のパーティーに姿を現した主席、全員が会場に出揃った。


同じ国で、領域を分かつそれぞれの(おさ)達。

年齢も性別も、種族も様々で、彼らの存在があった上で一個の国は成り立っている。


もし、自分達の治める国が、巨大な陰謀から始まったものかもしれないことを知ったら。

受け継がれし彼らは、一体なにを思い、再びこの地を踏むのだろうか。




「主役のシュイも含めれば、ここにいる各州の長は全部で9人。

本人は半数を集めるだけで精一杯、なんて言ってたが、この結果はオレ達にとっても嬉しい誤算だ。

まさに人望の為せる業だな」


「9人ってことは、欠席したのが5人か。

その残りの5人はどんな人達なの?」



トーリの問いに、ミリィは気まずそうに首を傾げた。



「あー。それが見事に、オレもよく知らない奴ばっかでさ。

名前くらいは聞いたことあんだけど、本人がどういう人間なのかまではちょっと……」


「情けないなあ。一応はシグリムの国民として生まれたんだから、オーナーだけじゃなく支店長のプロフィールもちゃんと把握しておかなきゃ」


「ワハハ。支店長かあ。うまいこと言うなあ。

………ん?」



面白い例えが返ってきてミリィは笑ったが、今返事をしたのはトーリではない。無論ヴァンでもない。

その声の正体は、急に割り込んできた細長い影。

まるで大理石の床から生えてきたように、いつの間にかミリィとトーリの背後をとっていたシャオだった。



「私を抜きに盛り上がるなんて、ちょっとつれないんじゃない?」



二人の肩にそっと手を置いたシャオは、双方の耳元で吐息混じりに囁いた。

突然のことにミリィは甲高い声を上げて驚き、トーリは肌を粟立たせながら、とっさに自分の耳を手で押さえた。

一方ヴァンは特になんのリアクションもなく、黙ってその様子を眺めていた。




「バッ───、シャオ!てめーいきなり湧いてくんじゃねーよ!普通に声かけてマジで!」


「えっと……。シャノンさんのスピーチの後、会場を出ていったジャクリーンさんを追い掛けて行かれましたよね?何故ここにいるんです?」



ミリィは動揺した声を上げ、トーリは口元を引き攣らせながらシャオに問うた。

それに対しシャオは、何食わぬ顔でこれまでの経緯を語り始めた。



「ああ、うん。

この広いお屋敷で、セーラが迷子にならないようにって付いていったまではよかったんだけどね。ウゼエって追い返されちゃったんだ。酷いよねえ。

それですごすご戻ってきたら、アンリ君はブルジョワのジジババ共に捕まってるし、黒猫ちゃんは見当たらないしでつまんなくてさあ。

そしたら、隅っこでなんかいかがわしいことしてそうな君達を見付けちゃってね。暇だし混ぜてもらおうと思って」


(なげ)ェ。そういうところがウゼエって言われる原因なんじゃねえの。

絶対わかっててやってんだろ、それ」


「ウエー?なんのこと?」




ミリィが白い目で見ると、シャオは惚けた声を出して笑った。


シャオ曰く、ジャックは人混みが嫌いだからという理由で、しばらく静かなところに避難していると言っていたらしい。

それで、彼女をからかって時間を潰そうと考えていたシャオは急に一人になってしまい、仕方なく構ってくれそうなミリィ達の元へやって来たそうだ。


語尾にハートマークが付きそうなほど上機嫌に語る彼だが、相変わらずニヒルな表情からはなんの感情も読み取れない。




「それはさておき。具体的になんの話で盛り上がっていたんだい?」


「あー……。実はさ────」



思わず溜め息をつきながら、ミリィが今までの討論の内容をかい摘まんで説明すると、シャオはニンマリと笑ってミリィの肩に腕を回した。




「ンフフ。そういう時の情報屋だろう?

ここにいない5人のこともバッチリリサーチしてあるよ~」


「ハア……。お前やる時はやるくせに、なんでいつもそんな────。

いや、なんでもないわごめん」



そう言うとシャオは、ミリィの肩を抱いたまま、もう片方の手で上着の内ポケットを探った。

取り出されたのは、消音設定済みのスマートフォンだった。




「キルシュネライトのエヒトのことは、君達にももう伝わってるよね?」


「ああ。こないだアンリ達が会いに行ったっていう、キルシュネライトの主席だろ?

良い返事はまだ聞けてないんだっけ?」


「残念ながらそれはまだ。

あと、ヴィノクロフのヨダカね。彼もここには来ていないけど、彼の場合イベント事に顔を出す方が珍しいし、私の見立てではそんなに怪しい奴じゃないと思うから、今は省略していい。

これで、残りは3人だ。

内の一人は、私の住んでいたガオの(ちょう)。"高蓮寧"」



シャオがスマートフォンを操作すると、画面に一枚の写真が表示された。


そこに写っていたのは、なにやら数人のボディーガードを引き連れた若い男だった。

写真の様子から見て、この一枚は本人の死角から盗撮されたもののようだった。


短い黒髪に、鋭い目元が特徴的な彼の名は、(ガオ)蓮寧(リェンニン)

娯楽、そして快楽の街とも呼ばれるガオ州を現在取り纏めているのが、四代目の主席である蓮寧なのだ。




「初代の名前は(ガオ)啓流(チーリュウ)

有名な実業家で、資産の額はシグリム創立メンバーの中で三番目に多いと言われた大富豪。現主席、蓮寧の叔父だよ。

私が言うのもなんだけれど、コイツらが揃いも揃って強欲な輩でねえ。

世界中の成金共から金を絞り上げては、しょっちゅう詐欺だなんだと訴えられてる。

ま、彼らが裁判で負けたことは一度もないけどね」


「ガオって確か、シャオが前まで住んでた街だろ?ギャンブルが盛んで、シグリムで一番治安が悪いとかいう。

オレは未だに行ったことねえけど」


「そーそー。表向きは一応取り締まっちゃいるけど、裏では普通に葉っぱやお薬の流通もあるしね。

そういうのも全部引っくるめて、歴代の長達は皆知らぬ存ぜぬを決め込んでるんだ。

ギャンブルも薬物も、ターゲットにしてるのは主に他国からの観光客だから、よその人間がどうなろうが知ったこっちゃない、ってことなんだろうね」



シャオのスマートフォンを覗き込みながら、ミリィとシャオは順に言葉を交わした。

シャオのスキンシップが過多なのはいつものことなので、肩に組まれた腕をミリィが嫌がるそぶりはない。



「欲深な人物であるなら、尚更このパーティーに出席していないのが不自然ですね。

今夜ほど、権力者の人脈を広げるチャンスはないでしょうに」


「それも一理あるね~。自分の人生に華を添えるものなら、禁忌の果実だろうと迷わず手を出しちゃうような連中だ。

金はあるし、女にも困ってない。美味い物は一通り食い尽くしただろうし、揺るがない地位も、忠誠を誓う下僕もいて、生活に不自由した経験なんて皆無だろう。

……となると、彼らがまだ手にしていないこの世の宝って、一体なんなんだろうねえ?」



トーリの言葉にも相槌を入れながら、シャオはふと意味深な笑みを浮かべた。



「なるほどな。

オレ達の仮説が正しければ、コイツが神隠しに関与している可能性も、十分有り得るってわけだ」



隣にいるシャオとトーリにだけ聞こえるよう、ミリィは小声で呟いた。

そんな中、三人の後ろに立っているヴァンはというと、一人だけさっぱりな顔で首を傾げていた。



ちなみに、ミリィの言う仮説とは、神隠しイコール人体実験計画第一段階のことである。


真に強欲な男ならば、ただ恵まれただけの環境にはそろそろ飽きを感じている頃かもしれない。

であれば、蓮寧がそういったアブノーマルの世界に興味を示し始めても、おかしくはなさそうだ。




「この蓮寧って奴も、ちょっと探ってみる必要がありそうだな。

なんにせよ、実物を見てみないことにはなんとも言えないが」


「そうだねえ~。出来れば敵に回したくない相手だから、あんまり接近するのはオススメしないけど」


「わかってるさ。その辺は慎重にいく。

で、レンネイともう2人の欠席者についてだけど……」




謎多き蓮寧の疑惑が浮上したところで、残るパーティー欠席者は二人。

ブラックモア、そしてラムジークの主席だ。


その二人についても、ミリィがシャオに尋ねようとした時だった。

ミリィの言葉を遮るように、会場全体にアナウンスが流れ始めた。


時刻はただ今19時30分。

気付けば今夜のメインイベント、ダンス交流の時間がやってきてしまったのだ。


それを聞いて、ミリィは一先ず討論を中断した。

その話はまた後日と改めて、一人ウルガノの元へと向かうことにしたのだった。



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