Episode13-5:長い夜のはじまり
PM5:50。
開演時間まで残り10分を切ったところで、各所に散らばっていた来賓達も続々とメイン会場に集まり始めた。
一人あぶれていたアンリもようやく移動を始め、集団に混ざって会場に向かった。
隣には、エスコートする女性を引き連れて。
会場では、先に集まったミリィ達がグラスを酌み交わしていた。
しかし、談笑に夢中になっているのか、アンリが現れたことに誰も気付かない。
それを察したアンリは、悪戯心から一同に忍び寄っていった。
隣を歩く女性も、一緒になって足音を忍ばせる。
「───待たせたな、お前ら」
すぐ側まで歩み寄ってから、アンリは一同に向かって声を掛けた。
一同は待ってましたと反応すると、一斉に後ろを振り返った。
「お、やっとオレらのボスが、お、でま…。
……えーっと。お隣りにいる彼女は、もしかして…」
そして、振り返った先にいた人物に、誰しもが目を見張った。
「ああ。やっとお前にも紹介できるよ。この人が、俺の幼馴染みのキオラだ。
以前から話はしていたと思うが、実際に会うのは全員初めてだろう」
ミリィ達が驚いた理由は、そこにキオラがいたから。
アンリの隣にいる女性が、噂の幼馴染みであることを瞬時に悟ったからだった。
これまでアンリと共に旅をしてきたシャオ達も、弟のミリィですら、キオラがどんな姿をしているのかは知らなかった。
キオラと一行が対面するのは、まさに今この時が初めてなのだ。
"前もって紹介のタイミングを告知してくれていれば、兄の大切な女性に間抜け面を晒すはめにならなかったものを"
完全に不意打ちを食らったミリィは、しばらく固まったあと慌てて裾を正し、グラスをテーブルに置いた。
「初めまして、皆さん。
アンリの友人の、キオラ・シャムシュロヴァ・グレーヴィッチといいます。
お会いできて光栄です」
アンリに促されて一歩前に出たキオラは、やや緊張した面持ちで自己紹介をし、一同に向かって深く頭を下げた。
ミリィは自分もお辞儀を返すと、右手をキオラに向かって差し出した。
「こちらこそ。初めまして、キオラさん。
オレはアンリの異母弟で、ミレイシャ・コールマンっていいます。
いつも兄がお世話になっているそうで、その…。
……ずっと兄さんの側にいてくれて、ありがとう」
改まって弟と自己紹介するのが照れ臭いのか、ミリィの声は徐々に細くなっていった。
「そんな……。お礼を言うのはこちらの方」
キオラは、ミリィの言葉に嬉しそうに返事をすると、差し出された右手を自分の両手で包んだ。
その手は微かに震えていて、キオラの緊張を表していた。
「まったく、君も隅に置けないよねえ。こんな別嬪さんを今まで隠しておくだなんて。
ま、見せびらかして悪い虫がついたらと思うと、君の気持ちもわからなくはないけどね」
「本当に、想像してたよりずっと綺麗な人だね。
アンリと並ぶと、二人ともファンタジーの世界から飛び出してきたみたい」
「別に隠してたわけじゃないさ。
いつかは皆にも紹介したいと思っていたし、こうして機会が巡ってきたのは丁度良かったよ」
キオラとミリィが初々しく握手を交わす横で、シャオとマナは面白がってアンリに絡んだ。
するとアンリは、珍しくたじろいだ様子で赤面した。
その後、他の全員とも順に挨拶を交わし、キオラは満足げにアンリの元へ戻っていった。
アンリが笑い掛けると、キオラは少し背伸びをして、アンリにだけ聞こえるように耳打ちをした。
「素敵なお友達が出来て良かったね」
アンリの生い立ちをよく知っている彼女だからこそ、彼と共に苦楽を分かち合ってくれる人が増えたことを、なにより喜んでいる。
それに対しアンリは、感慨深げにそうだなと返し、頭の中で今日までの日々を振り返った。
まさか、自分にもこんな日が来るだなんて、と。
友人も恋人もなく、血を分けた家族との絆すらなく。
孤独に喘いでいたあの遠い日々が、アンリの中で走馬灯のように蘇る。
辛かった幼少期。
相次いだ両親の他界。
思い返せば、苦悩と悲嘆の連続で、息をついている暇もなかった。
だが、今の自分には、彼女がいる。彼らがいる。
愛する人が隣で笑い、弟と、仲間達と共に酒を酌み交わして、他愛のない話をして。
自分達の出会いは、決して真っ当とは言えないものだった。
そこから生まれた絆は美しい友情から育まれたものではないし、関係を尋ねられれば友達とは答えない。
我々は共犯者だ。
同じ罪を、業を背負う者だ。
運命を共にし、我が死する時は、他の誰かがその意志を継いで先を目指す。
後ろは振り返らず、付いてこられぬ者は置いていく。
好きだから、一緒にいるのではない。
ここにいる全員、そしてこの場にはいない残りの三人も、皆そのことを踏まえた上で、共に修羅の道を行くと決めたのだ。
しかし、今のアンリにとって、彼らはただの共犯者ではなくなっていた。
「あの頃の俺に教えてやりたいよ」
懐かしそうに目を細め、やいのやいのとはしゃぐ一行を傍らで眺めながら、アンリは隣にいる彼女にだけ聞こえる声で呟いた。
キオラは、敢えてなにも答えずに、ただアンリの手を握った。
「───そういえばミリィ。倉杜さんはいつ頃こっちに来るって言ってたの?
そろそろ到着してもいい時間だと思うけど…」
器に取り分けたローストビーフをヴァンと一緒につまみながら、トーリが不思議そうにミリィに尋ねた。
「倉杜さんって、花藍さんのことですよね?
確かお嬢さんと一緒に出席されると伺いましたが、まだ会場にいらしてないんですか?」
ウルガノも思い出したように問うた。
だが、ミリィにとってもこれは予想外の事態のようで、腕時計に目を落としながら首を傾げた。
「ああ…。そういや、そうだな。
几帳面なあの人のことだから、30分前にはもう会場入りしてるもんだと思ったけど…。確かに、遅いな」
花藍と朔。
当日の一月前には二人にも招待状を贈り、確かに倉杜親子揃って出席するとの返事を貰ったはずだった。
その後、やはりキャンセルしたいとの連絡は受けていない。
交通に手間取っているのであれば、それこそその旨を伝えるために連絡してくるはずだ。
となると、二人が遅れている理由は一体なんなのか。
なかなか姿を見せない花藍と朔のことが心配になってきたミリィだったが、急に湧いた来賓達の声に思案を掻き消され、そのままパーティーは開演してしまったのだった。




