Episode13-3:長い夜のはじまり
PM5:28。
ミリィ一行より一足遅れて、アンリ一行がバシュレー家の屋敷へとやって来た。
しかし、メイン会場に向かうメンバーの中には、肝心のアンリの姿がなかった。
というのも、彼だけ一時的に単独行動を取っているのだ。
ミリィ一行と合流する前に済ませておきたい別件があるとのことで、屋敷に到着して間もなくにシャオ達と別れた。
現在は別室にて一人待機中である。
「先に行っててくれって…。
なにか用事かな?ボク達とは関係のないこと?」
「ンー?……まあ、きっとあれなんじゃないかい?
あの様子から察するに、例のなんとかってお嬢さんと、あそこで待ち合わせる約束でもしたんだろうさ。
あんまり勘繰るのは、大人として野暮というものだよ」
「勝手に色々想像して、野暮なのはアンタの方でしょ」
「やだなあ人聞きの悪い~。お二人の逢瀬を邪魔しないようにって、さっさと退散してあげたんじゃないか。
あの色男が相当に入れ込んでる相手なわけだから、さぞ美人な子なんだろうねー。
紹介してもらうのが楽しみだ」
左からマナ、シャオ、ジャックの順に一列に並び、三人は談笑を交えつつ足を進めていった。
話題は勿論、たった今置いてきたアンリについてだ。
実は、今夜ここにやって来るというアンリの想い人に、一行は会ったことがないのである。
判明しているのは大まかなプロフィールのみで、実物がどういう姿をしているのかは誰も知らない。
アンリが自分の話をすることは滅多にないが、彼女についてはたまに語ることがあった。
そして、彼女の話をしている時だけは、いつもどこか嬉しそうな様子であった。
故に、本人曰くただの幼馴染みであるというその女性に、アンリが想いを寄せているだろうことは明白だった。
色恋に疎いジュリアンを除き、一行の全員がアンリの気持ちに気付くほどに。
普段は決してポーカーフェースを崩さないアンリが、知らず知らず秘めている感情を表に出してしまう瞬間。
それが、彼女のことを考えている時なのである。
「───それはそうと。正直私はアンリ君よりも、居残った彼の方が心配だよ」
「そう?
まあ確かに、ジュリーはちょっと人見知りだから、そういう意味では大丈夫かなって気になるけど…。
ミリィの友達のバルドさんや、東間くんも側にいてくれるわけだし。一人ぼっちじゃないなら、きっとなんとかなるよ。
みんな一緒に来られなかったのは、残念だけどね」
ここにはいないジュリアンについてだが、彼もバルド、東間と同様にパーティーの参加を辞退していた。
バシュレー家の別邸で留守を預かっている面子は、これで三人だ。
三人はそれぞれ赤毛兄弟を介して仲間に加わったので、アンリとミリィの存在が無ければ接点も無くなる。
知り合って日が浅いこともあるので、互いの関係はまだ顔見知りの域を出ない程度だ。
故に、彼らが一つ屋根の下で、今頃どう過ごしているのかは想像に難くなかった。
「やれやれ。無口なコミュ障二人に挟まれて留守番とは、彼も損な役回りを引き受けたもんだ。
伝説の名スナイパーも、彼等の頑丈な心を射抜くのは至難の業だろうね」
三人の間に流れる気まずい沈黙を想像して、シャオはケタケタと笑った。
そんな言い方をしたら二人に失礼だよ、と注意するマナも、発言自体を否定はしなかった。
「まったく。アンタって男はどこにいてもそんなテンションなのね。
今日はただ遊びに来たわけじゃないからって、さっきアンリにも言われたじゃない。
こういう時くらい、もうちょっと背筋しゃんとしなさいよ。このチャラロン毛」
楽しげな二人とは対照的に、ジャックはシビアに状況を見ていた。
冷ややかな目付きでシャオの方を一瞥し、呆れたような溜め息を吐いている。
「それは勿論わかってるさ。
けど、まさに両手に花っていう状況で、つい楽しい気分になっちゃうのは仕方ないだろ?」
するとシャオは、両側にいる二人の肩にさっと腕を回した。
彼曰く"両手に花"とは、言わずもがな今夜の席に合わせてドレスアップしたマナとジャックのことを指している。
ジャックは、膝丈の赤いドレスに身を包んでおり、大胆に露出した肩口からは白い肌を覗かせている。
顔には珍しく化粧を施しており、女らしさを帯びた分、いつもより雰囲気が柔らかくなったようにも見える。
マナは、軍服のようなデザインのワンピースを着用していて、足元はタイツで覆っている。
全身黒一色の出で立ちは、一見すると喪服か女学生の制服のようでもあるが、本人は慣れないスカートで足元が心許ないことが気になっている様子だ。
そんな二人の間に立つシャオはというと、意外にも普通のスーツ姿だった。
ただ、彼らしくない点が二つほど見受けられる。
ピアスや指輪などの派手なアクセサリーを身に着けていないことと、長い髪を後ろで一纏めにしていることだ。
おかげで、いつもの彼より些か清潔な風貌となっている。
これは、一応シャオなりの変装であるらしい。
情報屋ピアソンの代名詞とも言えるピアスとタトゥーを隠せば、それだけでも十分に気配を消せるのだそうだ。
"こんな地味な格好だと、個性がほとんど死んじゃってただの美男子になっちゃうから、出来ればあんまりやりたくないんだけどね"
そう冗談混じりに語るシャオではあるが、本分はしっかりと頭に入っているようだ。
調子は軽くても、周囲を警戒することは忘れていない。
柔和な笑顔の裏には、常に冷酷無比な情報屋の姿が潜んでいる。
「───あ、来た来た。
おーい、シャオー!こっちだー!」
やがて三人がメイン会場に到着すると、真っ先に気付いたミリィが声をかけ、左右に大きく手を振った。
どうやらあちらは、丁度乾杯をしたところだったようだ。
それぞれの手にはグラスが掲げられていて、傍らのテーブルには食べかけの皿が並んでいる。
ミリィとトーリはシャンパンに口を付けているが、ヴァンとウルガノはノンアルコールのドリンクのようだ。
「やあやあお揃いで。随分早い団欒だねえ」
シャオ達が歩み寄っていくと、ミリィは自分のグラスを掲げて挨拶した。
「そっちこそ、なかなか来ないから心配したぜ。
大体あと30分で開演のスピーチが始まるから…。まあセーフってところだな。
……あれ?そういやアンリは?」
アンリの姿が見当たらないことに気付くと、ミリィは不思議そうに首を傾げた。
「ああ、彼なら後から来るよ。心配ご無用」
「ふーん?」
シャオは意味深な笑みを一つ零すと、ミリィの肩を軽く叩いた。
「久しぶり、ミリィ。それからトーリと、ヴァンとウルガノさんも。みんなおめかしして、今日は一段とかっこいいね。
特にウルガノさんは、女優さんみたいですごく綺麗だ」
「ありがとうございます。同性の方に褒めてもらえるのは嬉しいですね。
マナとジャックさんも、とてもお綺麗ですよ」
「……どうも」
女性陣はいつになく和気藹々とした雰囲気で、互いにドレスアップした姿を誉め合った。
彼女らは揃ってシビアな思想をしているため、自分の容姿に関心を向けることは殆どない。
しかしながら、こうして着飾ればそれなりの気分になるようだ。
特にジャックは、ウルガノに褒められて初々しく頬を染めている。
「いつもそれくらいしおらしくしていれば、嫁の貰い手もなくはないだろうに」
そこへ、面白がったシャオが茶々を入れた。
ジャックは一瞬で初々しい表情を引っ込めると、シャオに向かって鋭い眼差しを向けた。
どんなシチュエーションにおいても、この二人のやり取りだけは変わらないようだ。
「なんだよマナ~。嬉しいこと言ってくれるね~。
そっちは珍しくスカートなんだな。ユニセックスな感じしか見たことないから、なんだか新鮮だ。
けど、似合ってるよ。かわいいかわいい」
「おやー?なんだか含みのある感じだねえ。
他にもなにか言いたいことがあるんじゃないのかい?」
「え?……あー、いや。なんつーかさ。
マジでこういうのもいいと思うんだけど、日本人の血を引いてるなら、その…。
この機会に、和服着てきたりしないかなーって。ちょっと期待してた」
シャオの鋭いツッコミに対し、ミリィはやや残念そうに明かした。
それを見て、マナは納得した様子で頷いた。
「ああ……。
確かに、最初はそれも考えたんだけど…。お着物だと、いざって時にすぐ動けないから、今のボクには向かないかなって。
それに、迷ってる間にシャオがこれ買ってきちゃったから、まあいっか、って思って」
「そーそー。
こんな時でもないと、年相応の可愛い格好なんてしてくれないと思ったからさ。二人の衣装は私が見繕ってあげたんだ。
いいセンスしてるだろう?」
得意気な顔をしたシャオが、後ろからマナの細い腰を掴んだ。
こうして並んでみると、二人はまるで親戚か兄妹のようである。
「本当に、皆さんは仲が良いんですね。こうして見ると親戚のようですよ」
「別にそんなんじゃないわ。コイツが特別馴れ馴れしいだけ」
シャオ達の軽口を見てウルガノが微笑むと、すかさずジャックが否定した。
コイツ呼ばわりされているのは、言わずもがなシャオだ。
「───けど、ミリィ。
もしお着物を着てくることになったとしても、君の想像してるようなのとは違うからね?
所謂忍装束っていうのは、パーティーとかで着るものじゃないから。
……あと、何回も言うけど、ボクは忍者じゃないから」
先程のミリィの言葉は本心だったが、出来ればマナには和服姿で来て欲しかった、というのも本音だった。
以前よりミリィは、マナの小柄な体格と素早い身の熟しから、彼女のことを"ジャパニーズニンジャの末裔"と思い込んでいるのだ。
なので、この機会に忍者の格好をしてきてくれないだろうかと、密かに期待していたのである。
無論、マナ本人から否定はされているものの、ミリィの誤解は未だ解けていない。
"忍者とは他人に決して身分を明かさないもの"、という中途半端な知識だけあるせいで、マナの否定を本気に取っていないためだ。
"間違った認識をしている日本好きの外国人の話はよく聞くが、まさかアメリカで生まれ育った自分の身にも、それが降り懸かってこようとは"
あしらおうにも、子供のようにキラキラとした目で迫ってくるミリィを見ていると、なんだか申し訳なくてぴしゃりとは一蹴できないマナなのであった。




