Episode13-2:長い夜のはじまり
「───あの。水を差すようで悪いんですが、僕達からもいいですか?」
そこへ、様子を窺っていたトーリとヴァンもそろそろと近寄ってきた。
二人はそれぞれ持参してきたものをシャノンに贈ると、ぎこちない口ぶりでおめでとうの言葉をかけた。
トーリは、東間のアドバイスを受けて、日本製の上等な万年筆を贈った。
ヴァンは、人へ物を贈るという経験が皆無であったために何を用意して良いものかわからず、最終的にサンダーソニアという花を贈ることにした。
シャノンはそんな二人の心遣いを大いに喜び、二人にも感謝の意を込めて軽いハグをすると、通り掛かったスタッフに貰ったプレゼントを預けた。
「毎年幸せな誕生日を迎えさせてもらっているボクだけど…。今年は特に、思い出に残る夜になりそうだ。
スケジュールが詰まっている中、わざわざ足を運んでくれて、ボクからは感謝の言葉しかないよ。ありがとう。
今夜は存分に楽しんでいってくれ」
「おう。こっちこそ、色々ありがとな。
そろそろ開演時間だろ?主役はスピーチとダンスパーティー筆頭っていう大事なお勤めがあるんだから、間違えても愛しの彼女に恥かかせないようにな。
ま、お前のことだから全部ソツなくこなすんだろうけど」
「当然。
君こそ多忙続きで、ステップの踏み方を忘れてやしないだろうね?
慣れない相手をリードして初めて、ボクらのような青二才も本物の紳士に…」
途中で一度区切ると、シャノンはなにかを思い出したようにトーリとヴァンの方をそれぞれ一瞥した。
「……と。そういえば、君のお相手はどうしたんだい?
まさか後ろの二人と男同士で踊るってわけじゃないよね」
シャノンの素朴な疑問に、ミリィは敢えてはっきりとは答えなかった。
ーーーーー
ここで、今夜のパーティーの流れをざっと説明する。
まず、この後間もなく開演時間を過ぎてから、本日の主役であるシャノンと、その父ナルシスによるスピーチが始まる。
スピーチが終わった後は、バシュレー一家が総出で来賓達へ挨拶に回る。
シャノンへの個人的なプレゼントの回収もこの時行われ、その間他の来賓達は、食事や交流などをして各々楽しむ。
挨拶回りが落ち着き次第、イベントはダンスパーティーへと移行。
列席者は全員主役となって、決まった相手とダンスに臨む。
短い休憩を挟んだ後は、ナルシスが主催するオーケストラの演奏会が行われる。
このオーケストラには、途中からシャノンもバイオリンで参加する予定である。
そして最後のイベントは、パートナーを変えての舞踏会。
先程よりも落ち着いた選曲でエンディングまで向かっていき、やがて零時を迎えると同時に舞踏会、並びに宴は終了となる。
ちなみに。
今夜のプログラムの中で特に注目が集まっているのは、筆頭で行われるシャノンのダンスだった。
というのも、これまで特定の相手を持たなかったシャノンが、今回初めて決まった女性をパートナーに選んだのだ。
誘われれば誰が相手でも断らなかったあのサフィールが、特定の誰かに自らアプローチをかけるだなんて、と。
残念ながら指名されなかった他の女性陣からは、彼を一人の女が独占するのは不公平だ、との声も上がったという。
しかし、当のシャノンは全く気にしていない様子で、これでようやく第一歩だと意気込みを見せていた。
一方、ミリィもシャノンの友人としてダンスに臨む予定なのだが、肝心のパートナーについてはまだ誰にも話していなかった。
トーリもヴァンも、シャノンですら、ミリィが誰と踊るかは知らないのである。
知っているのは本人と、その手を取る一人の女性だけ。
「……ああ、なるほどな。
君の選んだパートナーが誰か、今やっとわかったよ」
「なんだよ急に。妙な顔しちゃって」
「フフフ。
ほら赤毛の王子様?姫君がお出でになったようですよ」
「え?」
ふと意味深な笑みを零すと、シャノンは自分の胸に手を添えて、ミリィの背後に向かって一礼した。
一拍遅れてミリィも振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
「………ウルガノ、だよな?」
「はい、ミリィ」
そこにいたのは、他でもない一行の紅一点だった。
ベトナムの民族衣装、アオザイに似たスカイブルーのドレスに、同系色の耳飾りと首飾り。
それぞれが彼女の気品をより際立たせ、整えられた金髪はいつにも増して艶を帯びている。
その姿は、深紅で纏めたミリィと並ぶと、まさに対極といえる出で立ちだった。
「すみません。思ったより準備に手間取ってしまって…。
お待たせしてしまったでしょうか?」
「……あ、え?ああいや、全然待ってないよ、マジで。
ていうか、その………すごく、き、」
「やあ~こんばんはウルガノさん!来てくれて嬉しいよーありがとう!
それにしても素敵なドレスだね~よく似合っているよ~」
思いがけない展開に体が固まってしまったミリィに代わり、シャノンが積極的にウルガノに話し掛けた。
「ありがとうございます。
このドレスは、ミリィのご友人の花藍さんという方に選んで頂いたものなんです。
なんでも、東洋の民族衣装をイメージしたものだそうで……」
「分かった!アオザイだね。
アオザイは特にラインの出る服だから、君のようにスタイルの良い女性にぴったりだ」
「あ、ありがとうございます……。
相変わらずシャノンさんは誉め上手ですね」
軽い世間話を交えると、ウルガノは背筋を伸ばし、改まってシャノンに向き合った。
「───改めて。生誕、並びに主席就任一周年、おめでとうございます。
このような素敵な席に自分まで招いてくださって、ありがとうございます」
丁寧に祝辞を述べると、ウルガノはシャノンに白いガーベラの花束を手渡した。
ただ、その頬はやや紅潮していて、所作もいつもと違ってどこかぎこちなさそうだった。
本人曰く、こういった華やかなパーティーには今まであまり縁がなかったとのこと。
そのため、慣れない空気に珍しく緊張している様子だった。
「こちらこそ、いつもミリィを側で支えてくれて、ありがとう。
……けど、花藍さんかあ。その名前どこかで聞いたことある気がするんだよなあ。
いつの間にウルガノさんとお知り合いになったのかなあ」
同じく丁寧な姿勢で花束を受け取ったシャノンは、急にじろりとした目でミリィを見やった。
直接の面識はないものの、その名がミリィの想い人の名であることはシャノンも把握済みなのである。
するとミリィはようやく我に返った様子で、わたわたとウルガノに近付いていった。
「ウルガノ」
「はい」
「その……。綺麗だよ、本当に。
いつもの君も綺麗だけど、今夜は特に……美しい。
……既に返事は貰っているけど、ここで改めて、君に申し込ませてくれ。
ウルガノ。
今夜私と、共に踊って下さいますか?」
一つ大きく咳ばらいをしたミリィは、背筋を伸ばしてその場に膝を着き、右手を差し出してウルガノの返事を待った。
ウルガノは、ピンク色に染めた頬を綻ばせると、はにかみながら喜んでと答えた。
「……それにしても、意外だったなあ」
「なにがですか?」
「ミリィの選んだパートナーだよ。
てっきりボクは、想い人の彼女に申し込んだものと思っていたけど…。
もしかして、この短い間に情が移っちゃったかな?」
意外そうに腕を組むシャノンを見て、側にいたトーリは冷静に返した。
「……さすがに、ミリィの胸の内までは、僕の知るところではありませんが。
今夜のパートナーにはきっと彼女を選ぶだろうと、部外者の僕でもなんとなくわかりましたよ」
「へえ~。そうなのかい?」
「さっき話に出た花藍さん、という方には、僕はまだお会いしたことがないですが。
その方もパーティーには出席されるようでしたし、そっちに振られたから代わりに彼女を、という訳ではないと思いますよ」
倉杜花藍。
ミリィがまだ10代だった頃から一途に恋い慕っている相手で、そのことを知っているのは親友のシャノンのみ。
しかしミリィは、パーティー自体には誘ったものの、花藍に自分のダンスパートナーを頼むことはしなかった。
花藍は足が不自由なので、確かにダンスには向かないかもしれない。
だが、それしきのことで断念するミリィではない。
もし彼女も参加する予定だったなら、車椅子でもできる振り付けをと、前向きに策を考えただろう。
つまり、全てを踏まえた上で、ミリィは花藍ではなくウルガノに声をかけたのだ。
花藍に断られたからではなく、最初からそのつもりで。
これは、どういう心境の変化か。
ミリィの恋の行方を想像して、シャノンは楽しそうにくすくすと笑った。
「───見て、サフィール様と一緒におられる方。とっても綺麗。
もしかして、あの方が噂のパートナーなのかしら?」
「いえ。さっきサフィール様のお友達が申し込んでいるのを見たわ。
サフィール様のお相手とはまた別の人みたいよ」
「へえ……。あれだけお綺麗な人なら、さぞ引く手あまたでしょうね」
一方、シャノン達とは関わりのない場所でも、今夜のウルガノの美しさは噂となっていた。
普段の彼女であれば、傭兵時代の名残なのか全く着飾るということをせず、化粧はおろか髪型すら滅多に整えない。
故にこそ、少し女らしい様相に変えるだけで、別人のように見違えるというわけだ。
着用しているドレスは、本人も言った通り花藍と共に選んだもの。
何故ウルガノとは接点のなかった花藍の名前が急に出てきたかというと、ミリィが倉杜家へパーティーの招待状を届けに行った日まで遡る。
実は、パーティーが催される少し前に、ミリィとウルガノは共に買い物へ行く約束をしていた。
祝いの席用の服は持ち合わせがないというウルガノのため、ミリィが彼女の準備を手伝ってやることになったのだ。
そして後日。
招待状を届けるついでに花藍にも話を聞かせたところ、花藍はウルガノに対して強い興味を示した。
結果、買い物は女同士の方が捗るからなどと押し切られ、ミリィは花藍に役目を取られてしまった、というわけなのである。
先程、ミリィがウルガノの姿を見て驚いたのは、今の今までどんなドレスを選んでくるのか知らされていなかったためでもあったのだ。
「当時のミリィの心境を考えると、人事ながら複雑な思いだよ」
シャノンの呟きに対し、色事に疎いトーリは不思議そうに首を傾げた。
「───じゃあ、ボクはスピーチの準備があるから、そろそろ失礼させてもらうよ」
「オッケー。いつも通り、リラックスしてな。
……もう直に兄貴達も到着するだろうから、後で改めて紹介しに行くよ」
兄貴という言葉に反応したシャノンは、感慨深げに天井を仰いだ。
「そっか。いよいよだな。これでやっと、君のお兄様にご挨拶できる。
ずっと会ってみたいと思っていたから、嬉しいけど、なんだか緊張してしまうね」
ミリィはシャノンの背中を叩くと、彼の緊張を解すためににっかりと笑った。
「ほら、リラックスって言ったろ?いつも通りのお前が一番魅力的なんだから、緊張感も楽しむくらい余裕しゃくしゃくでいろよ。
オレの自慢の親友を、是非兄さんに紹介させてくれ」
「……うん。そうだね。じゃ、また後で」
最後に短くやり取りをして、シャノンはミリィ達の側を離れていった。
実は、今夜のパーティーには、ミリィの兄であるアンリ達も招待されていた。
アンリは幼馴染みのヴィクトールの紹介で。
ヴィクトールとシャノンの間には、共にシグリムを纏める主席同士という繋がりがある。
弟のミリィの存在がなくとも、アンリがパーティーに招かれることに不自然はないのだ。
ようやく、待ち侘びたこの日がやって来た。
事前にパーティーに出席することが決まっていたのは、全体の約半数だとシャノンは言っていた。
その中で、実際にここまで足を運ぶ主席は、果たして何人いるのか。
そして彼らの内の一体誰が、神隠しと繋がりのある人物なのか。
"必ず、この機会に化け物の尻尾を掴んでやる"。
シャノンと別れた後、心の中でそう決意したミリィは、睨むように広場を見渡した。
そんなミリィの横顔を、トーリが横から複雑な目で見ていた。




