Episode13:長い夜のはじまり
11月5日。PM5:00。
天気は穏やかな晴れ模様。
夕焼けの空の下、ドレスアップした紳士淑女達は続々とある場所へ向かっていた。
お伽話にでも出てきそうな、真っ白な外観の大豪邸だ。
ここはプリムローズ州二代目主席、ナルシス・バシュレーの屋敷であり、今夜限りはその息子、シャノンの生誕を祝う披露宴会場へと姿を変える。
「────やー。想像はしてたけど、その想像を遥かに越える盛況っぷりだな。
さすが、東のサフィールの名は伊達じゃない」
ミリィ、トーリ、ヴァンも群衆に紛れて屋敷へ向かっていた。
暁色に染まった街中を歩きながら、話題は本日の主役についてで持ちきりだ。
「なに?それ。シャノンさんのあだ名?」
すると、ミリィの右隣を歩くトーリが、何気なくミリィに質問した。
ミリィは上機嫌に爪先を上げながら、首の後ろで手を組んで答えた。
「まー、あだ名といえばあだ名かな。
サフィールはフランス語でサファイアって意味なんだ。宝石のな。
あいつがよくサファイアの耳飾りを付けてるってことから、ファンの間でそう呼ばれるようになったんだそうだ」
「東の、ということは、対をなす西の誰かがいるってことか?」
今度はミリィの左隣を歩くヴァンが質問した。
ミリィは一層笑みを深めると、近付いた屋敷に向かって歩調を速めた。
「当たり~。そいつは西のディアマン。これもフランス語でダイヤモンドって呼ばれてる奴なんだけど、彼も多分パーティーに呼ばれてるだろうから、そん時に改めて紹介するよ」
間もなく屋敷に到着したミリィ達は、会場入口で手短に受付を済ませた。
トーリとヴァンは、それぞれ贈られた招待状をスタッフに提示し、自らがシャノンの友人であることを証明した。
片や、シャノンと親友の間柄にあるミリィは、ただ一人顔パスで中へ入ることができた。
スタッフは全員ここの使用人であるため、既に面識のある彼らに身分を証明する必要はないからである。
そんな異例の様子を見て、あれは一体何者かと周囲が微かにざわつき始めた。
トーリは困ったようにミリィの後を追うと、こっそり耳打ちをした。
「ちょっと、いいの?そんな目立つことして。
今日は各州の重鎮がわんさと集まってるんでしょ?ヤバい奴に目を付けられたら……」
「へーきへーき。つか、知ってる奴はもう知ってると思うし。
オレがシュイの親友だってことは、もう結構周知の事実だ。
ぶっちゃけオレの正体とかも、悪党共にはとっくにバレてる気がする」
「そう───、かもしれないけどさ……」
やや居心地の悪そうなトーリと違い、ミリィは飄々とした様子で廊下を歩いていった。
二人の後ろを歩くヴァンもまた、いつもと変わらないポーカーフェイスを携えている。
「それに。今のオレら、普段と違ってバリバリにキマってる訳だし?
見た目も全然変わってんだから、むしろこんくらい堂々としてた方が逆に気付かれないかもよ?
なあヴァン!」
ふとミリィが振り返って声をかけると、ヴァンはよく分かっていない様子で首を傾げた。
今ミリィの言った通り、今夜の三人は前以て用意した衣装を着て、しっかりとドレスアップをしていた。
トーリはいつものビジネススーツに代わり、フォレストグリーンのベロアジャケットを羽織っている。
髪型も、今日だけは珍しくオールバックにセットしている。
ヴァンは顔付きこそいつも通りだが、サフランイエローのシャツにブラウンのスーツ姿で、元々のスタイルの良さが際立った出で立ちとなっている。
そしてミリィは、自身の髪色と同じ深紅のパーティー用スーツに身を包んでいる。
前髪も普段とは違う分け方にして、整った顔立ちが一層際立つ姿に変身した。
振る舞いには多少温度差があるものの、装いが様になっているという点では誰も劣っていない。
おかげで、並んで歩くだけでも三人は注目の的である。
「ほんと、東間とバルドも一緒に来れば良かったのになあ。
特にバルドは、元々が男前だから、きっと女共がうんざりする程群がっただろうぜ」
「それが嫌だったから遠慮したんじゃない?
あと、ここのタトゥーが悪い意味で人目を引くから、ちゃんとした祝いの席に自分みたいな不良は相応しくないって言ってた」
トーリが自身の左こめかみ部分を指で突くと、それを見たミリィは残念そうな顔で納得した。
「あー、あれか。オレは格好良くて好きなんだけどなあ。
まあ、流石にいつものターバン巻いてくるわけにもいかねえし、本人が嫌ってんなら、無理には連れて来られないよな」
今夜のパーティーに招待されたのは、なにもここにいる三人のみではない。
話に出た東間、バルド、そして今は別室でメイクアップ中のウルガノにも、隔てなく全員に紹待状は贈られていた。
しかし、出無精で人見知りの東間は、自分のような引きこもりは留守番が似合いだと言って、参加を辞退してしまった。
一方のバルドも、そんな彼の護衛役が一人は必要だろうと理由を付けて、同じく欠席の意向を示した。
せっかくの祝いの席なのだから、たまには息抜きも兼ねて是非にとミリィは渋ったのだが、嫌がっているのを無理に連れてくる訳にもいかず。
そうして東間達は、今夜だけ一行から離脱することとなったのだった。
「───ま、いいさ。残念だが仕方ない。
不参加の二人には、なにか手土産でも持ち帰ってやるとして…。オレ達は今日という日を存分に楽しもう。
今夜はシグリムの大物が一挙に集結する日だ。こんな機会は滅多にない。
シャノン・エスポワール・バシュレー様に、心より感謝だな!」
飾り付けられた廊下を渡り、ようやく一行は屋敷のメイン会場にたどり着いた。
そこに広がっていたのは、まさに圧巻の光景だった。
生来、社交的な性格であったナルシスは、時折友人らを招いて戯れの音楽会のようなものを開いていた。
そのため、屋敷の中には専用の部屋がいくつか設けられており、今回メイン会場となった広場もその内の一つなのである。
「下手したら、ハイスクールのグラウンドより奥行きあるんじゃない?ここ」
広場のあまりの広大さに驚いたトーリは、呆然とした様子でそう呟いた。
屋敷に通い慣れているミリィは今更驚かなかったが、トーリの言葉を否定もしなかった。
「タダでこんなに飯が食えるのか……。パーティーって凄いな……」
片やヴァンはというと、広場の内装はそっちのけで、テーブルに並べられた豪勢なディナーの数々に目を輝かせていた。
「浮き足立つのは分かるけど、見ての通り、この人数だからな。
くれぐれも、自力で帰り道を辿れなさそうな場所には行くなよ、二人とも」
「ハーイ……」
見渡す限り人でいっぱいの賑わいを前に、ふと心配になったミリィは念のため二人に注意した。
それに対し二人は同時に返事をしたが、声色に先程までの覇気は残っていなかった。
ーーーーー
改めて、本日11月5日は、ミリィの親友であり、現プリムローズ州主席のシャノン・エスポワール・バシュレーがこの世に誕生した祝うべき日である。
更に今年は、彼が主席に就任して一周年を迎える年でもあるため、パーティーの列席者も例年の比ではない。
だが、今夜集まったのは、事前に招待状を贈られた者達のみ。
後日行われる二部のパーティーでは一般の住人達も参加できる祭典が予定されているが、一日目の列席者はバシュレー家と縁のある著名人ばかりだ。
"───この日はシグリムの主席が半数以上列席する予定だから、なにか手掛かりが見付かるかもしれないよ"。
これはミリィ宛の紹待状に添えられていたメモの一文。
シャノンが直筆でしたためた個人的なメッセージである。
とどのつまり彼は、このパーティーがミリィ達の旅の役に立つことを望んでいるのだ。
例年以上にたくさんの列席者を募ったのも、親友の連れという名目で特別にトーリ達の枠を設けたのも。
全ては、政治的な力を持たないミリィ達に特別な機会を与えるため。
神隠しに関係しているかもしれない者を炙り出すチャンスを作ってやるためだったのだ。
無論、自分の生誕を祝ってほしいという思いも本心だが、それ以上にシャノンはミリィの手助けをしたい一心で動いている。
常に側にいられる立場にはないので、せめてここぞという時のサポートはさせてほしいと。
「本当に、あいつの懐の深さには頭が上がらないよ」
ミリィ自身も、親友の生誕を心から喜んではいるが、パーティー自体は手放しに楽しめないというのが本音だった。
故に、シャノンの心遣いは嬉しく思いつつ、こんな時にまで自分の事情に巻き込んでしまうことを申し訳なく感じていた。
ーーーーー
「───と、王子様みーっけ。
シュイー!愛しのダーリンが迎えに来たぜー!」
しばらく広場を散策していると、ステージ付近に若い女性が集中しているのが一行の目に入った。
その輪の中心には、目当ての金髪頭もちらちらと見え隠れしていた。
ミリィは花束を持った手で大きく腕を振ると、群れに向かって声を張った。
すると、反応した金髪頭がぴくりと動き、なにやら申し訳なさそうに周囲に会釈をしながら、群れを掻き分けてこちらにやって来た。
やがて顔を見せた本日の主役は、ミリィの姿を見付けるなりぱっと嬉しそうな表情になった。
ミリィが大手を広げて構えると、彼はそこへ勢いよく飛び込んでいった。
「誕生日おめでとう、シャノン」
以前ミリィ達が、バシュレー家の別邸で匿ってもらって以来の再会。
こうして二人が顔を合わせるのは、実に二ヶ月ぶりのこととなる。
「ありがとう、ミレイシャ。ボクは世界一の幸せ者だ」
周囲から好奇の視線を向けられても全く怯むことなく、ミリィとシャノンは久々の再会を喜んだ。
しばし抱擁を交わすと、互いに笑顔で体を離した。
「やー。まだ二ヶ月しか経ってないってのに、えらく久々に感じるなあ。
相変わらずハンサムで羨ましいよ、サフィールくん」
「あはは。ハンサムは君だろう。
ボクも、今日という日を一日千秋の思いで待ち侘びていたよ」
「オレもだ。
……シュイ、生まれてきてくれてありがとう。
シャノン・エスポワール・バシュレーを慕う一人として、心から、お前の生誕を祝うよ」
ミリィの心からの祝福に、シャノンは感激して思わず息を詰まらせた。
毎年のことながら、やはり親友に祝ってもらえるのが一番嬉しいようだ。
その感謝の意を込めて、シャノンがミリィの頬に軽くキスを落とすと、ミリィも同様にシャノンにやり返した。
二人の仲睦まじい様子を見ていたトーリは、少し気恥ずかしそうに微笑した。
遠巻きに眺めていた女性陣からは、恍惚のような黄色い溜め息が一斉に漏れた。
「で、プレゼントなんだけど……。去年は背伸びし過ぎて失敗しちまったからな。
今年はただ高いだけのもんじゃなく、オレにしか贈れない特別製を用意してきたぜ」
「わあ~、ありがとう!どんな物でも、君からのお祝いが一番嬉しいよ。
……こんなことを言うと、高価なプレゼントをくれる人達には申し訳ないけどね」
ミリィが事前に用意してきた誕生日プレゼントを差し出すと、シャノンは女学生のように歓喜の声を上げて喜んだ。
最初に贈ったのは、ブルーローズの花束。
"神の祝福"という花言葉を持つ、鮮やかなコバルトブルーが美しい花である。
それから、反対の脇に抱えていた二つの箱も、順にシャノンに手渡した。
A4サイズ程のものと、掌くらいの大きさの箱には、それぞれ綺麗にラッピングが施されている。
「これって……。もしかして、ミリィの手作り?」
開封すると、中には手作りのフォトアルバムと天然石のブレスレットが収まっていた。
すぐにアルバムを開いたシャノンは、思い入れのある写真達を前にミリィに尋ねた。
ミリィは少し照れ臭そうに俯くと、最も古い自分とシャノンのツーショットに指を這わせた。
「そう。一から全部オレが作った。
こういうのはやっぱり、自分でやらないとと思ってさ」
本人曰く去年の失敗、というのは、まさに言葉通りの失敗のこと。
昨年のシャノンの誕生日に贈ったプレゼントが、ミリィの中であまり良くない結果を招いてしまったことを指している。
昨年はシャノンが二十歳を迎える大切な年でもあったため、ミリィは奮発して高級な腕時計を彼に贈った。
しかし、その時の彼の反応が、今までとはやや違っていたようにミリィには見えた。
無論喜んではくれたものの、あまり素直な反応でない気がする。
子供の頃、手作りの花冠をプレゼントしてやった時の方が、ずっと嬉しそうな顔をしていた覚えがあると。
そこでミリィは、はっとあることに気が付いた。
いつの間にか、親友として周りの金持ち共に遅れをとるわけにはいかない、というプライドばかりが前に出て、彼が喜んでくれそうなものはなにかという最も大切な基準を、二の次に考えてしまっていたことに。
いつだって彼は、物の値段など気にしていなかった。
自分を思ってプレゼントの内容を考えてくれた、その人の時間そのものが嬉しいと言っていた。
それをようやく思い出したミリィは、無理に背伸びをすることをやめ、お金では決して買えないような、自分にしか贈れないプレゼントをと考えを改めるようになったのだった。
「他と比べると、えらく不格好なプレゼントになっちまったけど……。
受け取ってくれるか?」
ブレスレットは、シャノンの誕生石であるガーネットを自らの手で加工し、自分と揃いのものを二つこしらえた。
アルバムには、これまでの二人の思い出をふんだんに詰め込んだ。
全ては、親友の喜ぶ顔が見たいから。
忙しい日々の合間を縫って、なんとか完成させた力作だった。
「不格好なものか。こんなに嬉しい贈り物は他にないよ」
今度こそ涙を一粒落としたシャノンは、もう一度ミリィを抱きしめた。
その腕は、先程より力強かった。




