Episode12-2:お前は誰だ
「こうなってくると、この中の誰が本物というより、全員が偽物と考えるべきだろう。
影武者のこいつらを裏で操っている奴がいるとすれば、恐らくそいつが親玉だ」
アンリが纏めると、今まで沈黙していたミリィがおもむろに口を開いた。
「……シャオ、それちょっと貸して」
どうやらミリィは、シャオの取り出した四枚の想像図になんらかの既視感を覚えた様子だった。
「ん?どうした猫ちゃん。
もしかして見覚えのある顔がいるのかい?」
言われた通りにシャオが想像図を手渡すと、ミリィは四枚全てを両手に持って、内の一枚にじっくりと目を凝らした。
「どうした、ミーシャ。
この中に見知った顔があるのか?なにが気になる?」
「……いや。どいつも知らない奴だ。
けど、なんか引っ掛かるっていうか、どっかで見たことあるような気が、するようなしないような…。
…ッああ、クソッ!あともーちょいでなにか思い出せそうなのに、なんにも出てこねえ」
そこへ、背後で控えていたヴァンも側にやってきて、ミリィの隣に並んだ。
「ミリィ。俺にもそれ、よく見せてくれ」
「これか?もしかしてヴァンの知り合い?」
「いや……。」
ミリィは、先程話に出たばかりの、ウルガノを付け狙っていたという白人のリシャベールに。
ヴァンは、南米系と思われる顔立ちで、紳士風な出で立ちをした壮年のリシャベールにそれぞれ反応を見せた。
だが、両者とも見覚えがあるだけで、それらのリシャベールがどこの誰かは見当がつかないようだった。
「───もしかしたら、お前を狙ってた奴ってのが、このリシャベールなのかもしれないな」
「俺を狙ってた?」
「ああ。さっきはグエルリーノが史上最高だって言ったけど、最近お前がその記録を塗り替えたんだよ。
最後には意地でオレ達が落札したが、ギリギリまで競り合ってた奴が一人だけいたんだ。そいつのおかげで、お前のお値段は一気に高騰したってわけ。
75万を越えた辺りでやっと手を引っ込めたくらいだから、よっぽどお前が欲しかったんだろ」
グエルリーノ同様、罪人島を介して競売に掛けられたのは、ここにいるヴァンも同じだった。
最終的にはミリィが落札したものの、勝負が決したのは随分後になってからのことだった。
というのも、最後までヴァンを競り合っていた相手が一人だけいたのだ。
その人物の素性は一切不明。
ただ、ミリィ達がオークションに参戦する前から、ヴァンには既に60万ドルもの値が付けられていた。
30万程までは複数人で争っていたようだが、突如現れたその人物が金額を吊り上げたことにより、最低落札価格は一気に前述の数字まで跳ね上がった。
結果、次々にヴァンを諦める者が続き、最後にはその人物の独壇場となったわけである。
もし、一日でもミリィの参戦が遅れていたなら、間違いなくオークションはその人物の圧勝で幕を閉じていただろう。
「オレがお前に目を付けたのは、純粋にヴァン・カレンという人間に興味を惹かれたってのもあるが、一番の理由はその金額だったんだよ。
オレ達がオークションに参加していなければ、お前は間違いなくそいつの手に渡っていた。
なんてったって60万ドルだ。いくら有能といえど、札付きの罪人にそこまで執着する奴は、そいつの他にはいなかったからな。
だからこれは、絶対になにかあると確信した。
仮に見込み違いだったとしても、丁度腕っ節の強い道連れが欲しかったところだ。100万くらいならくれてやっても、無駄にはならないと思った。
……だが、もし…。あの時の相手が、本物のリシャベールだったとしたら」
神隠し現象の終着点が、芋づる式にキングスコートの研究機関に繋がっているかもしれない、という仮説が浮上している今。
ミリィ達の行動が一足でも遅れていれば、ヴァンは今頃実験台用のモルモットにされていたかもしれない。
そうじゃなくとも、人としての一生を送ることは二度と叶わなかったかもしれない。
少しずつではあるが、着実に、真実へと近づいている。
そんな実感が、全員にあった。
これらの事件の大元は、恐らくこの国の首都だ。
そしてその中心にいる親玉は、今は亡きフェリックス・キングスコートと深い関係にあった有力者が予想される。
となると、思い付く限りで最も疑わしい人物といえば、やはり。
「手間取った割に合わない第一歩、だな」
長らく胸中で燻っていたものが、段々と勢いを増していく感覚。
そう考えるのが自然で、しかしこれという決め手がない。
いっそ、これが俺の勘違いであったなら。
重なったリシャベールの想像図を指でなぞりながら、アンリは無意識に奥歯を噛み締めた。
「───けどま、いよいよ来るところまで来たって感じだろ。
全くの無知だったあの頃に比べれば、随分と前進したもんだ。
……出来れば違っていてほしいんだけど、神隠しの正体ってのは、結局、あれだろ。有り体に言うと、人体実験に必要な材料の収集。
そんで、その研究の指揮を最初に執っていたのが、オレ達の親父だったと。
………ハッ。どんなファンタジーな結末が待っているかと思いきや、根底にあったのはえらく単純で、陳腐な理由だったわけだ」
「まだそうと決まったわけじゃないがな。
これまでに集められた情報を繋ぎ合わせると、その線が濃厚というだけだ」
「要は証拠だろ?
悪党共にこのクソったれな所業をやめさせるためには、世間を味方につけるくらいの決定的な証拠がいる。
なんなら、あんたの幼馴染みとやらに直接カマをかけてみるのもアリなんじゃないか?
親父殿の唯一の弟子だった奴で、今はこの国のトップにいるとか。どう考えてもそいつが一番怪しいだろ」
「いや……。彼の側にはキオラがいる。
人質がいる以上、ここぞというタイミングが来るまで刺激するべきじゃない」
「じゃあ、どうする?
このままじゃ、オレ達のやってることはいつまでも憶測の域を出ない。
そのヴィクトールとかいう奴に知ってること洗いざらい吐かせるためには、なにか弱みを握って揺さぶるとかさ」
「発想が相変わらず野蛮だな君は。まあ僕も同意見だけど」
ミリィとアンリが交互に意見を述べていく中で、トーリは少し可笑しそうに肩を竦めた。
「弱み……。
そうだな。少し話は変わるんだが、もう一つ君達に伝えておきたいことがあったんだ」
ふとなにかを思い出したように、アンリは自分のバッグの中を探り始めた。
「───ジャック。グラス空いたみたいだけど、どうする?新しい飲み物貰って来ようか?」
「いや、いらないわ。そんなに喉渇いてないから」
「そっか。ジュリーは大丈夫?」
「おれも、平気だ。なくなっても、自分で水、とりに行くから。
マナは、難しい話に集中していて」
そんな中、ジャックとマナの座るテーブルでは、ジャックが無表情のままじっとアンリの顔を見詰めていた。
マナは、消えた恋人に想いを馳せつつ、時折後ろを振り返ってジュリアンに話し掛けている。
「浮かない顔だな、東間。
暗い話が続いたせいで、気が滅入ったか?」
「そんなに繊細じゃないので大丈夫ですよ。
バルドさんのそれは、国内じゃ見掛けない銘柄ですよね。輸入品ですか?」
「ああ、イタリアのな。
しばらくは国産ので我慢してたんだが、やっぱり慣れ親しんだ味が恋しくなったんだよ。
お前も味見してみるか?」
「ご冗談を」
バルド、東間、トーリのいるテーブルでは、静かに煙草を吹かせるバルドの隣で、東間が先程のマナの話を思い出していた。
トーリは曇った眼鏡をハンカチで拭いながら、赤毛の兄弟のやり取りを無言で見守っている。
ヴァンとジュリアンは、それぞれ部屋の隅で沈黙していた。
ジュリアンはマナの後ろ姿にかの少女の面影を重ね、ヴァンはリシャベールの想像図を見て覚えた違和感についてまだ思案中だ。
「にしても、見事に知らない顔ばっかりなんだよなあ。
最新の技術で全く違う顔に擬態してるとか…。ああ面倒くさい」
アンリと同じテーブルに座るシャオは、ミリィから返してもらったリシャベールの想像図をもう一度見比べて眉を潜めた。
「そんなに難しい顔すんなよ、ウルガノ。
さっきのでも充分手がかりになった。今はなにより、君が無事であることを喜ぼう」
「そう、ですね……。記憶だけじゃなく、なにか物的証拠を持ち帰れなかったのが口惜しいですが…」
ミリィと同じテーブルに座るウルガノは、リシャベールと対面した時の様子を改めて思い返していた。
ミリィは、自分のグラスを空にしてから脚を組み、ウルガノに声をかけつつアンリの行動を待った。
「───これだ。みんな注目してくれ」
間もなく、バッグの中から四通の封筒を取り出すと、アンリは再び一同の視線を集めた。
「ここ最近、国内で猟奇殺人事件が相次いでいることは、君達も知っているな?」
「?ああ。シャオから聞いてるよ。
つっても、お上の御達示なのか、一切公にはされてないみたいだから、詳しいことはわからねえけど。
……その殺人事件が、神隠しとも関係してるってことか?」
「恐らくな。
今日までに出来る限り怪しい箇所を突いておこうと思って、その事件についても調査しておいたんだ」
「うげー。さすが情報屋が二人もくっついてるとなると、進捗が違うなー。
オレらより全然情報持ってんじゃん」
面白くなさそうに唇を尖らせるミリィの横で、アンリは再びバッグの中に手を入れた。
続いて取り出されたのは、数冊の新聞記事だった。
これらは話の殺人事件に関する資料を纏めた物である。
実は、バレンシアとの密談を行った後に、シャオだけ一時一行から離脱していた期間があった。
次のターゲットとなりそうな人物の絞り込みと、リシャベールに関する情報の収集。
それらの調査を集中して行うべく、バレンシアと結託して方々を回っていたためである。
その間アンリ達は、バレンシアのアドバイスに従ってある人物の元を訪ねに行ったのだが、そちらは失敗に終わってしまった。
アンリ達一行の向かった先は、キルシュネライト州二代目主席、エヒト・キルシュネライトの所在地。
つまり、彼の自宅だった。
バレンシアの話によると、今から二年程前に、キングスコートの研究機関に所属していた学者の一人が突然雲隠れをするという事件があった。
その学者の名は、ウォレス・フレイレ。
ウォレスは学者として大変有能な人物であったらしく、現場では一個のチームを率いる管理職を任されていたという。
しかし、突然の辞職を機に消息を絶つと、彼はそれきり表舞台に出てこなくなった。
権力者の庇護下に身を置き、自らの素性を一切秘匿にして、なにかの目から己の姿を隠すように。
そして現在。
ウォレスの身柄を匿っている権力者というのが、前述のエヒト・キルシュネライトであることが発覚したのである。
「事前にアポイントを取った際、彼はやや訝しげな態度ではあったものの、俺達が屋敷を訪ねること自体は許してくれたんだ。
生前はフェリックスとも交流があったようだし、その息子を無下には断れなかったんだろう。
だが、目的のウォレスに関する情報はなにも引き出せなかった。
終始落ち着いた様子で、温厚に俺達の来訪を歓迎してくれたミスターだが、ウォレスの話になると、それだけは誰にも明かせないの一点張りだった」
わかったことといえば、エヒトとウォレスが旧知の仲で、エヒトはなにかからウォレスを守るために、自分の背後に彼を匿っているということだけ。
その徹底した秘密厳守ぶりは、外部からどんなに強い力を加えられても動じない感じだった。
これは、ただ迫るだけではどうにもならない。
いくら粘ったところで、信用してもらえない限り真相は教えてもらえないだろう。
直感でそう判断したアンリは、思い切ってエヒトに自分の素性を明らかにすることを決めた。
自分達は一体何者で、何故ウォレスの情報を探っているのか。
さすがにまだ核心には触れられなかったが、現時点で伝えても構わない範囲は全てつまびらかにした。
するとエヒトは、これは自分だけの判断では決められないことだと態度を改め、こちらからウォレス本人に話を通しておこうと約束してくれた。
つまり、本人の許可さえ下りれば、今度こそウォレスと会うことができるかもしれない。
一旦アプローチを切り上げたアンリは、エヒトに一縷の望みを託し、大人しく吉報を待つことにしたのだった。




