第6話 不穏
すっかり陽も暮れ、昼間の暖かさが嘘の様に、頬を叩く風はとても冷たかった。
両手に荷物を抱えた俺は、自身の身体を擦る事も出来ず、ぶるぶると震えていた。
あかりはというと、自分だけ暖かい飲み物を買って、隣でちびちび飲んでいる。不公平だ。
「なによ、荷物持ち位で文句言わない」
やれやれと、彼女はわざとらしく肩をすくめ、片方の荷物を取り上げる。俺はやっと空いた手を軽く振って、近くの自販機へと向かった。
機械に小銭を投入して、「あったかーい」の欄から何時もの様にコーヒーを選ぶ。ボタンを押して、ピッという電子音が鳴り、選んだ商品が出るのを待った。
しかし、自販機からは何も出ない。
もう一度押しても、釣銭のレバーを押しても、自販機からはうんともすんともしないのだ。
「もしかして……飲まれた?」
必死で笑いを堪えるあかりは俺に問う。
もしかしなくてもその通りだった。
「おのれ自販機め! 俺の小遣いを返せ!」
往生際悪く、俺は只管に釣銭レバーを何度も押す。しかし、お金は返って来る気配は無い。
俺はガックリと肩を落とし、その場を後にしようとした。
そこでふと、自販機の下に何か光る物が見えたような気がした。俺は思わずそれを覗き込む。
「ちょっと、みっともないから止めなさいよ」
あかりの制止も気にせず、俺は底を覗いてみると……
「ん? 何だ? 銀の……歯?」
そこには、小銭では無く歯医者の治療で使われる銀歯が転がっていた。
拾い上げ、よくよく見てみると、それには血がビッシリとこびり付いていた。
無理やり引き抜かれたのか、それとも何かにぶつかってなのか、それは普通に取れるよりも汚れていた。
「うわっ、ライト、何拾ってるのよ」
気色悪いと顔を歪ませるあかりを他所に、俺はその銀歯を凝視する。そして、ちょうど自販機の脇、ビルとビルの隙間に視線を移した。
残り片方の荷物を無言で手渡し、その隙間へと入っていく。彼女は慌てて俺の後を追おうとするが……
「来るな!」
俺は語気鋭く言い放ち、彼女をその場で制止させた。
恐らく彼女は見えていないだろう。いや、見なくて良い。そこには――
ズタズタに引き千切られた女性の死体が転がっていた。
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死体を発見して暫くした後、現場に警察が駆け付ける。俺があかりに指示して呼んでもらったからだ。そして、俺達は遺体の第一発見者として取り調べに応じていた。
発見した際の事細かな事を聞かれたり、指紋を採取されたりと、とにかく長い時間を警察署で過ごす。事情聴取が終わり、やっとの事で開放された俺達は、家に着いた頃には夜中の一時を過ぎていた。
「いきなり仕事先に、警察から電話が来た時は何事かと思ったわ」
明日美さんはというと、警察からの電話に驚き、慌ててパートを抜け出して来たそうで、仕事着のまま待合室で、俺達が開放されるのをずっと待っていたようだ。俺達が取調室から出て来ると、力強く彼女に抱き締められた。
あかりはよっぽど堪えたのだろうか、明日美さんを見た途端、安心感からかストンとその場で眠ってしまった。
結果、俺は彼女を担いで家まで連れて帰る羽目になり、現在に至る訳なのだが……
「そう言えば、警察の方が言ってたけど、ライト君、すごく落ち着いた対応をしたそうね。今時珍しいって」
明日美さんは夜食を作りながら問う。
俺は、「別に大した事は無いですよ」と答えた。
と、言うのも、ヴァーリ・スーアでは人死になんて日常茶飯事の事だったからだ。魔物や盗賊に襲われるとか、疫病で倒れるとかも含め、今居る日本に比べるとそこは、とても治安が悪いのだ。だがらと言って、死体を見慣れてると答えるのは不謹慎だと思った。特にこの世界では。
それに、俺も例に漏れず、元の世界で人類を守っていたとは言え、その過程で人死に・人殺しを経験しているからだ。
刃を突き立てて刺した肉の感触や、火炎魔法で焼けた人の臭い等……それらをその一言で片付けるのに抵抗があった。
そう言えば昔、ガルオゥムが言ってたっけ……
『生殺与奪を許されたのは我々人類だけでは無い。この世界に生きとし生けるもの全てに与えられた権利じゃ』
あの時、まだ俺が旅に出て間もない頃の事だった。
とある村が盗賊団に襲われ、焼き払われていた所に遭遇した俺は、怒りを露わに襲い掛かった。
我を忘れ、がむしゃらに振るった剣は、盗賊達全てを斬り殺していたのだ。
事が終わり、我に返った俺は、そこで初めて人を斬ったのだと理解した。それは、とても気持ちの悪い事だった。
だが、そんな俺にガルオゥムは優しく諭してくれた。
『確かにお前は人を殺めてしまった。じゃが、ほれ見よ。あそこに居る者を。お前が救った命だってある』
ガルオゥムの言葉はまだ続く。
『救った命があるなら誇れ。じゃが、無暗に奪う事は愚かじゃ。例えどうしようも無い悪党じゃったとしても、な。じゃが、奪わなければ救えない事もあるのもまた然り――』
「ならば、その責任を負うのもまた、生きとし生けるものの権利……か」
俺は、そう呟き、あの死体の事を思い返していた。
アレは、許されない事だ。殺す事が、では無く、殺し方が……だ。
人を殺す事は大きな罪だ。だが、あれは明らかに異常なのだ。人間があの様な殺し方をするなんて出来る訳がない。
何故なら、飛散した四肢、傷口、そしてあの血塗れの銀歯には、ある何かが付着していたのだ。
(アレは……間違いない――瘴気だ)
傷口の至る所に、僅かながら瘴気の残滓を感じ取れたのだ。
さらには、何か鋭い物で抉られ、引き千切られた様な箇所だってあった。
(恐らく、魔族か魔獣の類だと思う。それに、あれは明らかに捕食としての殺され方だ)
憎むべき敵、人類にとって最大の悪。ヴァーリ・スーア中を混沌の渦へと叩き落したそれが、この世界に現れたのだ。
奴らだけは生かしてはならない! 人道に反した奴らだけは!
(だが、どうしてこの世界に? そもそも一体どうやって?)
俺はぐるぐると思考を巡らせるが、いくら考えても答えが出ない。
不意に、ぐぅ、と腹の虫が鳴りだす。そう言えば、百貨店の帰りから今まで何も食べてなかった。
そう自覚すると、余計腹が減ったので、俺は一旦考えるのを止め、明日美さんの夜食が出来るのを待った。
毎度読んで頂き感謝感激(´;ω;`)
矢鳴です♪
さて、別に気にしていませんがバレンタインデーですね~
爆発すればいいのに
ともあれ、2話分更新
次回の更新は2月20日の22時を予定しております♪
閑話休題
地元のコンビニで、その店員の男が、後輩の女子にチョコをプレゼントされる所を目撃したんだが……
うん、消し飛ばしたい
なんていうねw 冗談ですよ! 別に羨ましくなんてないんだからぁ!