第5話 憤りと息抜きと彼女の笑顔
あかりが目覚めてから一日が経過した後、俺は明日美さんの手伝いで、スーパーへと一人買い物に来ていた。所謂お使いである。
俺は手渡されたメモを頼りに、指定された商品をカゴに入れていく。もう一度メモを確認し、漏れが無いか確かめた後、俺はレジに並ぶ。清算が終わり袋に詰めた後、店を出て空を見上げた。
どんよりと曇った空は、今にも雨が降りそうな雰囲気だった。
「ははっ……暗ぇ」
俺は嘲笑を浮かべ、そう呟いた。
あの日、彼女が倒れた後、俺は何もする事が出来なかった。ただ焦って、無様にも慌てていただけだった。そんな折、明日美さんがパートから帰ってきたのは助かった。
ぐったりと横たわる彼女を見て、明日美さんは酷く驚いていた。だが、その後すぐに救急車を呼び、病院へと連れて行った。
救急車が来る迄の間、俺は、明日美さんに本当の事を打ち明けた。彼女が倒れる原因が自分にある事を含め、洗いざらい話した。
しかし、明日美さんはというと、怒りもせず、ましてや俺が異世界人と聞いても驚きもせず。ただ優しく抱き寄せられ、「大丈夫よ」と、慰められた。
結果として、あかりの容態は高熱が出た事以外異常はなく、暫くすれば目覚めるだろうとの事だった。
彼女はというと、現在は退院し、今は家で療養中だ。本人の弁では、もう大丈夫だからと学校に行こうとするが、明日美さんはというと、「だめです! 昨日まで寝込んでた子が何言ってるの?」と、一蹴。今は大人しく寝ているそうだ。
明日美さんはパートを休み、今は付きっ切りで彼女の看病をしている。俺はというと、何か出来ない事は無いか? と問い、現在に至るのだが……
「俺、本当にこの世界じゃただの人間なんだな」
何も出来なかった自分に、唯々憤りを感じていた。
元の世界では大抵の事は解決できた。
魔物を倒して村を救ったり、疫病で苦しんでいる人が居たら、それに効く薬草を採ってきて癒したりもした。
ガルオゥムや仲間達もいたから、俺は何でも出来た。だが、この世界ではどうだ? この世界では今までの常識が通用しないのだ。俺は、無力だ。
「そんな事、当たり前じゃない」
そうした気持ちの吐露を、あかりは笑顔で一蹴する。
昏睡から目覚めたその日、呑気に見舞いの品を食べる彼女はこう語った。
「向こうの世界じゃ貴方は特別だったかもしれないけど、そうじゃ無い人間は大体そんなものよ。良かったじゃない? 良い社会勉強が出来て」
まるで、俺は悪くないと、遠回しに慰められたような気がした。
頼まれた品を全て買い終わり、自販機で購入したコーヒーを飲みつつ、俺はとぼとぼ家路につく。一口喉に流し込み吐いたため息は、白く宙を漂った。
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ある日の日曜日、俺はあかりの付き添いで、とある百貨店に来ていた。と、言うのも数日前に遡るのだが……
それは一本の電話から始まった。
「はい、藤林です」
『え? あれ? 男の声!?』
たまたま俺は、家事で忙しい明日美さんの代わりに電話に出た。
あかりは学校に行って不在の為、家に居るのは俺と明日美さんの二人だけだ。
明日美さんは洗濯物を干しに庭に出ている為、必然的に俺が出る事になったのだ。しかし、電話の相手は俺が出た事に酷く驚いてる様子だ。
電話越しの相手は、どうやら男性のようで、とても柔和そうな印象を覚えた。
「あの、どちら様でしょうか?」
『君こそ誰だい? あの、明日美さんは?』
どうやら明日美さんの知り合いのようだ。俺は電話を代わってもらう為、「少々お待ちください」と相手に伝え、一旦保留にした後明日美さんを呼んだ。
どうやら電話の相手は明日美さんの夫、つまりはあかりの父だったそうで、後に知ったのだが、俺の事について一騒動起きたそうだ。
で、明日美さんの夫、名前は樹希さんと言うのだが、仕事の関係で海外に行っており、どうやら近々帰って来るのだそうだ。それで、父の帰りを祝う為、わざわざ三駅先にある百貨店へと買出しに来ているのだ。
「しかし、買出しならスーパーでも良くないか?」
素朴な疑問を呟き、俺は休憩用に備え付けられた椅子に腰かけ、未だどれを選ぼうか悩むあかりを見やる。
父の帰りが相当嬉しいのか、喜々として買い物に没頭していた。
(まぁ、多少興味があるからな。俺も会うのが楽しみだ。が……)
今の彼女の浮かれ様に、付いていくのは疲れる。しかも、今居る百貨店は観光地としても有名で、その敷地の規模はかなり大きい。そんな場所で、彼女はあっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しなく動くものだから、正直付いていくのがやっとだった。
「もう、だらしないわねー」
暫くして、一通り買い物を終えたのか、俺の所に戻ってくる。
彼女の手には、様々な荷物がぶら下がっていた。
「うるせぇ。てかお前は元気過ぎだっての。ガキじゃあるまいし」
「失礼ね! 私は今年で十八になるから立派な大人よ」
「日本の成人基準は二十歳だろが。てか、俺もそうだが?」
「いちいち突っかかるわね」
あかりは口を尖らせて文句を垂れる。
「それに、最近ライトが落ち込んでいるから、ちょっとは元気になるようにと思って此処を選んだのに、何だか損した気分」
はぁ、とため息吐いたあかりは、ドカッと俺の隣に座る。
どうやら、俺は彼女に気を使わせていたらしい。そう考えると何だか申し訳なくなった。
「ジュース!」
「え?」
「喉が渇いた、ジュース買ってきて」
はぁ? 何を言ってるんだこいつは?
俺は、先程まで抱いていた後ろめたさが見事に霧散し、ジュースをせがむ彼女を睨む。
「それで許してあげるって言ってるの。ほら、早く早く」
そんな彼女はけらけらと笑い、俺の背中を叩く。
何だか彼女のペースに乗せられた俺は、「まぁ、良いか」と、数日ぶりに笑うのだった。