第17話 そして勇者は……(2)
最初に感じたのは、痛みよりも熱さだった。
自身が刺し貫かれたと理解するのは、そう時間も掛からなかった。
腹部を真っすぐに貫く爪が、赤黒く血が滴り伸びる。ぽたぽたと、地を染める。
「いやぁああああああああああああああ!!」
薄れいく意識の傍ら、彼女の叫び声が不思議と鮮明に聞こえた。
嗚呼、成程、これは参った。
俺は自嘲的に口端を歪め、今にも闇に堕ちそうな意識を手繰り寄せる。
「ガル……ゥム」
掠れた声で彼の名を呼ぶ。視線だけを彼に向ける。
ガルオゥムはそれを見て、「承知した」と頷き、彼女を……あかりの手を掴み、この場から離れようと引っ張る。
手を引かれる彼女は抵抗する。俺の下に行こうと足掻いている。だが、俺には聞こえなかったが、彼に何かを言われたようで、力なく項垂れるのが見えた。
そうだ、それでいい。後は任せたと、心中で呟いた。
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ライトが、魔物の凶刃に貫かれた瞬間、私はある光景を思い出していた。
何度もノイズ交じりに浮かび上がる物とは違い、コレだけは鮮明だった。
そして、悟った。これが、夢で見た出来事と同じだと。
予知夢。
私が魔族に襲われる事も、ガルオゥムさんと出会う事も、そして、ライトが魔族の爪に刺し貫かれる事も、知っていた。なのに、今の今まで、その事態に陥らなければ思い出す事が出来なかった。
思い出したと同時に、私は叫んだ。
目の前の彼に、届かぬと知りながらも、手を伸ばした。
ガルオゥムさんが私の肩を掴んで、今にも飛び出しそうな私を抑える。
私は抵抗した。彼を死なせたくなかった。すぐにでも飛び出したかった。だが、動けない。
強くしがみつかれ、ジタバタと手足を動かす私を、彼は放さなかった。
今は逃げる事を優先するんだと。ライトの犠牲を無駄にするなと、語る。
私は彼を睨み付けた。だが、見て気付く。
双眸が硬く閉じ、目尻目頭には、まるで絞り出された様に深く皺が現れる。食い縛る口元には、血が滴っていた。
彼もまた、私と同様に辛かったのだ。苦悶の様相を浮かべ、堪えていたのだ。
助けたくない訳がない。と、口に出さなくても、表情から理解できてしまう。
彼も、私と同じで今にも飛び出したいのだ。
だが、出来ない。出来ないからこそ、堪えた。
私は手足に込めた力を解いた。それと同時に、彼の手が、私をこの場から離れる様に促される。
引かれるままに、私はライトを置いてその場を去った。
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俺は、あかり達が逃げるのを確認した後、今も突き刺さる爪を見て口元を歪ませる。
今になって鮮明になる激痛や、些か緊張が晴れた事に対して自嘲する。
彼女達が逃げてくれた事に安堵したが故に、自身に置かれた状況を改めて確認した俺は、内心で罵倒した。
何馬鹿な事しているんだ。と……
流石に無茶が過ぎた。
今の俺には魔力はない。ましてや瘴気漂う中での戦闘……無事に済む筈が無かった。
昔から無茶は良くしていたが、今回に至っては度が過ぎていた。
ましてや、鎧の一つも纏っていない時点で、戦うべき相手でないのは容易に分かる事だ。
極寒の中裸同然で、雪山へと足を踏み入れる事程に、無謀な行いだった。
爪は深々と身体を貫き、今も尚、鮮血が溢れる。
このままでは死ぬ。そもそも魔力の無い俺が、真正面から立ち向かえばどの道死んでいた。だが、このまま終わらる気は毛頭ない。
俺はありったけの力を腹部に込め、がっちりと爪を固定する。更に、腕に手足を絡め、身体から離さない様にしがみ付いた。
時間さえ稼げればいい。
俺は魔族の腕を封じる事にした。
片腕を失っている為、俺を引き剥がそうにも出来ないでいる。
邪魔だとばかりに振り回すが、絡み付いた俺を剥せないでいる。
しぶとく食らい付く俺に、忌々しいとばかりに息を荒げ、俺ごと自身の腕を地面やアスレチック等に叩き付けた。
魔力が無い俺にとって、魔族の行為はどれも大ダメージに繋がった。
幾ら体を鍛えていても、肉体の強化が出来ない俺は、この世界の人間同様に脆弱だった。故に、打ち付けられた箇所は鬱血したり裂けたりと、確実にダメージを蓄積させる。
次第に力が抜け、絡み付く手足が剥がれかける。同時に、これが最後だと言わんばかりに、地面へと叩き付けられた。
バキンッ! と何かが折れる音と同時に、俺はバウンドする様に剥がれ落ちた。
もう、身体に力が入らない。
血を流し過ぎたのか、今にも意識が途切れそうだ。
だが、してやった。
俺は口角を吊り上げ、ざまぁみろと心中で叫んだ。
腹部には、今も尚爪が突き立てられている。
折れたのだ。奴が振るう凶刃を。
俺を振り払おうと、無理やり俺ごと叩き付けた事により、主たる爪に深刻なダメージを蓄積させていた。故に、それが限界に達し、結果、折れたのだ。
見事に根元から断たれた自身の手に、魔族は怒り狂う。
よくもやってくれたなと、俺を血走った眼で睨み付けた。
せめて最後に、一矢報いてやったと、俺は意地悪く笑みを浮かべる。
魔族は、もう良いとばかりに俺に近付き、大口を開けて食らい付こうとした。
剥き出しの牙がギラリと光る。
「だめぇええええええええええええ!!」
不意に、予想もしない声が耳に届いた。同時に、俺の頭上を拳大の塊が飛来し、魔族の顔を捉えた。
ゴンッ! と、顔面に受けた魔物は、訝しげに飛んできた方角へと眼を向ける。
(おい……バカ野郎……!)
また、ゴンッ! と、塊が魔族へと当たる。
(何で……居るんだよ……!?)
放物線を描き、魔物へと放たれた塊は石。そして、それを投げ放ったのは……
(逃げろって……! 何で居るんだよ!?)
ガルオゥムに連れられ、逃げた筈のあかりが、いた。
(やめろ……やめてくれ……)
言葉が出ない。喉元まで出る叫びが出せない。
(やめろ! 逃げろってんだよぉ!!)
だが、彼女は逃げない。必死で、目の前の魔物の注意引いている。
魔族は、彼女の思惑通りに、意識を俺から移す。
(くそっ! 動け……動けよ!)
あかりは、魔族の注意が自身に向いた事を確認した後、背を向けて走り出す。
魔族は、逃げる獲物を刈り取るのは容易と判断したのか、口端を獰猛に吊り上げ、後を追う。
幾ら動きが鈍いとは言え、その考えは無理だと判断した。その予想通りか、逃げる彼女との距離が、徐々に縮まる。
捕まったら最後だ。なのに、俺は未だ動けずにいる。
四肢に力が入らない。受けた傷が大きすぎたのだ。だが、このまま見殺しには出来ない。
だからこそ、俺はもがく。
(動けって……言ってんだろぉおおおおおおお!)
突き破る痛みを無視し、無理やりに身体を捻る。
這い蹲る様に、前へ……前へ。
死なせたくない。死なせてなるものか。と……
その時、俺の目の前に何かが放り込まれた。
それを目にした瞬間、俺は考える前にソレを手に取り、口の中へと押し込んだ。
口へと押し込んだソレは、小麦色した固形物だった。
ろくに噛まず、無理やり喉に通した時、身体中に何かが漲る事を実感する。そして、何故この場にこのような物が……等と考える事を放棄し、今湧き上がる衝動に身を任せた。
次には、紫電を纏い、跳躍。
今にも魔族の手が、あかりを掴み掛かろうと迫っている所へ、腹部に突き刺さる爪の一つを無理やり引き抜き、俺は魔族の背にそれを突き立てた。
「グガァアアアアアアアアアアアア!?」
不意の刺突に、魔族が痛みによる声を荒げて吐く。
不意打ちを貰い怯む魔族は、よろめきつつも振り向き様に巨腕を振るう。
だが、腕の真下へと身を屈める事で、魔族の攻撃をやり過ごす俺は、振り切った瞬間を狙い、突き立てた爪とは別の爪を手に、逆袈裟へと振り上げた。
斬撃が、まるでなぞられた軌跡を辿るように、伸び切った右腕へと吸い込まれる。
鮮血が飛び散り、顔全体が赤黒く染まる。
一度目とは違い、狙っての斬撃が唯一残る腕を斬り飛ばした。
痛みに悶え苦しむ魔族を後目に、更に懐へと肉薄し、尚も斬り付ける。
何度も何度も何度も何度も、何十にも及ぶ斬撃が、巨躯に深々と紅い線を刻む。
最後、胸へと爪を突き刺し、左足を軸に一回転。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その勢いのまま、突き立つ爪目掛け、右拳を叩き込んだ。
爪はいとも容易く貫き、見事に風穴を明ける。
魔族は、口元から血を噴出させ、ぐらりと前のめりに倒れた。
身に纏う瘴気を一気に吹き出させ、暫くしてそれが晴れたのを確認した後、俺はそのまま意識を手放した。
大変遅くなりました(;´・ω・)
無事投稿出来ました(´ω`)
そして次の投稿予定は3月16日を予定しております。
ではでは
投稿ついでに追記修正しました~