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藤林家の勇者さま!  作者: 矢鳴 一弓
第一章 BAD END? いいえ、Welcome to New World
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第13話 賢者ガルオゥム

 私は願った。

 だが、その願いは叶わない。

 死神は、目前まで迫っている。

 死。それがどれ程恐ろしいのか、私はこの瞬間に悟った。

 怖い。ただ只管に怖い。

 死にたくない。生きていたい。

 私は、生きたい。

 彼に……会いたい。


「いや……嫌ぁぁぁぁあ!」


 堰が切れた。思いの堰が。

 押し寄せる激流に耐えられず、私は叫んだ。

 助けて。その一言を口に出して。

 死神は、目前まで迫っている。


「グゥルルル……ガァァァァア!!」


 咆哮。

 耳を塞いでも、振動を通して私の体を震わせ知らしめる。

 獲物を見付けた歓喜が、否応なく私を絶望へと追い込む。

 不意に、何かが脳裏に蘇る。

 酷くノイズの掛かったものだったが、


 私はソレを知っている。


 死神が、今にも首を刈り取ろうと、鋭く伸びた爪を翳す。

 そして、振るわれた。

 綺麗に弧を描いた軌跡は、私が身を隠す外壁ごと、綺麗に抉り取った。

 ガラガラと崩れる音が、夜の町に響き渡った。

 死んだ。そう思った。

 こうもあっさり死ねば、痛みなんて感じ無いのだなと思った。

 死ねばどうなるのだろうか? 未練があれば幽霊になるのかな? なんて、呑気な事を考えた。

 妙に浮遊感を感じる。


「――れ―ーいぶ――?」


 そうか、これが死ぬって事なのか。


「これ――じょう――か!?」


 何か、声が聞こえる。

 天使の呼び掛けだろうか? それにしては渋い。

 では何だろうか? 神様……、そうだ。きっと神様に違いない。


「これ! 大丈夫かと聞いておる!」


 今度ははっきりと聞こえ、私はハッと目を見開いた。

 目の前には、見慣れない人物が居た。

 三角帽を被った白髪の老人が、私を抱き抱えて見下ろしていた。


「ふう、何とか間に合ったようじゃ。怪我は無いようじゃが、大丈夫かのう?」


 見てくれは、民話や童話等に出てくるような、魔法使いと言った恰好をしている。

 白いローブが風に靡く姿が、何とも幻想的だった。


「えっと……神様?」


 何ともとんちんかんな事を言ったような気がする。

 彼は困ったような笑顔を浮かべている。


「助ける際に頭でもぶつけてしまったかのう? すまぬが、儂は通りすがりのただの魔法使いじゃ」


 助ける? そう聞いて自身の体を擦る。

 感覚はある。怪我も無い。生きている事が分かる。

 そして、ギョッとした。


「わわわわわわわわっ!?」


 足元を見た瞬間、自分がどうなっているのかを理解する。

 見下ろせば、地上は遥か下。

 私は今、空に浮いていた。

 正確には、私を抱える彼によって、上空を飛んでいたのだ。


「何!? これ何なのよ!? てか降ろしてぇ!?」

「こら! 暴れるんじゃない!?」


 ジタバタと身を揺らす私を、彼は必死に抑える。


「今降りたら、あ奴に殺されるぞ?」


 地上には、私を襲った怪物が此方を睨んでいる。

 何時の間にか、ビルの屋上へと上っており、忌々しそうに呻き声を上げている。

 状況を理解して、私は身を強張らせた。

 大人しくなった私の反応を見て、彼はやれやれと三角帽に手を当てる。


「良い子じゃ。……さて、どうしたもんかのう。この世界に来て早速のお出迎えがコレとは」

「あ……あのぉ……」

「おお、すまぬなお嬢ちゃん。少々窮屈じゃろうが、我慢しておくれ」

「いえ……それは平気なんですが……」


 ふと、私は彼の言葉に違和感を覚えた。

 普通に会話をしているが、よくよく聞いてみると、日本語ではない。だが、彼の言葉の意味が分かる。それに、私は彼の放つ言語を知っている。

 日本語に慣れていない頃のライトが、時たま口に出す言葉と同じだった。


「貴方は……ライトのお知り合い……ですか?」


 私の発言に、彼は目を見開いた。

 驚きの表情を向け、「こりゃたまげた」と呟いて笑う。


「これはこれは。お主、ライトを知っておるのか?」

「は、はい。その、うちで居候してます」

「成程のぅ。これは驚いた。あ奴め、やはり生きておったか」


 かっかっかと笑い声を上げ、彼は、私を抱える腕とは反対の、杖を掴んだ手を下に向け、円を描く。

 杖の先が淡く光り、光の線がその後を追う。

 円を描き終わると、更に模様が浮かび上がり、煌々と輝き始めた。

 彼は、その輝きの中に身を潜らせる。

 そして私達は、此処から姿を消した。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 光りの奔流に晒され、目が眩む。

 しかし、それは瞬く間の出来事だった。

 気付けば、とある公園のアスレチックで私は横になっていた。

 先程まで居た所から、一瞬にして違う場所へと移動した私は、驚きの余り口をパクパクとさせる。

 隣には、魔法使いと名乗る老人が、腰を叩いたり伸ばしたりとしていた。


「ふう、これで一息付けるわい。さて、嬢ちゃん。改めて自己紹介をしようかの」


 彼は此方へと振り向き、長く蓄えた髭を撫でる。


「儂の名は、ガルオゥムと申す」


 ガルオゥム。私はその名を知っている。

 前にライトから、彼の話を聞いた事があった。

 賢者ガルオゥム。

 彼がこの世界に来る前、一緒に旅をしていた仲間の一人だと聞いた事がある。

 今、その一人が私の前に居るのだ。


「えっと、藤林あかり……です」


 私は起き上がり、お辞儀をしながら答える。

 何ともぎこちない返事をしたと思う。

 彼はそんな私を気にせず、「アカリ……か。良き名じゃ」と微笑む。


「ところで、ライトは息災かの? 今は何処に?」

「はい、そりゃもう元気……です……が」


 ライトの事を聞かれ、私は言い淀む。

 現在彼は、何処に居るのか分からない。

 元気なのは確かだろう。だが、今の私には、彼の足跡は知らない。


「ん? 如何したのじゃ?」


 彼は知らない。ライトは今、行方知らずという事を。

 私の様子を察したのか、彼はふぅ……と、長い溜め息を吐く。


「すまぬな。あ奴は何時も人を困らせるからのう。まぁ、良いわい。この世界で生きてると分かりさえすれば重畳じゃて」


 彼は微笑み、私の頭を撫でる。

 ゴツゴツとした掌だったが、とても暖かい感じがした。

 まるであやされているようで、少しこそばゆかった。


「しかし困ったのう。ライトを探す前に、まずはあの魔族をどうしたものか……」

「まぞく?」


 魔族とは、恐らく私を襲った怪物の事だろう。

 そう言えば、ライトの話で聞いた事がある。

 魔族は、彼の世界に住まう人間を滅ぼす存在だと語っていた。

 その姿は多種多様で、中には人間に近い者から、獣の様な姿まで様々と言う。

 私が遭遇した魔族は、その中でも、非常に好戦的な部類だと彼は語る。


「それが、どうして地球に?」

「恐らくは、儂等の世界で起きた異変が原因じゃろう」

「異変? その、ライトやガルオゥムさんの世界で何か起きたのですか?」

「左様。それは()()()()の話になる」


 ガルオゥムは、杖の先で地面に絵を描きながら、淡々と語り始める。

 地面に描かれた絵は、二つの円を一本の線で繋げた簡素な物だった。

 恐らく片方の円が地球。もう片方が彼等の世界なのだろう。

 話の内容は以下の通りだ。

 ライトが最後の戦いの後、魔王の居城を護る結界が暴走、空間に大穴を開けた事。それが原因かは定かではないが、各地で空間が裂ける現象が起きたと語る。

 幸い、魔王城跡地を除いた異変は、規模や被害はそこまで大きくは無く、今現在は落ち着いているそうだ。


「恐らく、奴はその被害にあってこの世界に流れ着いたのじゃろう。すまぬな。身内事に巻き込んでしまって」

「いえ、それは平気なんですが……もしかして、ライトも?」 

「その通りじゃ。あ奴は崩落する魔王城から逃げる最中に、すっころんで巻き込まれたんじゃよ」

「うわぁ、ライトらしい……」


 馬鹿じゃろ? と彼は同意を促し、私は苦笑を浮かべる。


「しかし、半分賭けじゃったが、どうやら仮説は正しかったようじゃの」

「仮説?」

「うむ。実は異変が起きたと同時期に、巷で妙な物が流れ着いての。儂等の世界では到底見ぬ物ばかりじゃった。その出所が、跡地や空間の裂け目の可能性が高いと睨んだのじゃ」

「それで、飛び込んでみたと?」

「その通り。結果はこの通りじゃて。しかし、間が悪い事に魔族と相対するとは思わなんだ」


 彼はやれやれと肩を竦め、その場に腰を下ろす。


「しかし、このまま放置する事も出来ぬし、何よりも、(ゲート)を維持する上では、この辺りから離れられんしのう……」

「ゲート? 維持って?」

「便宜上、跡地に開いた穴を儂は(ゲート)と呼称しておる。彼方では開いたままなのじゃが、この世界では閉じるのでな。周囲に結界を張って固定化しておる。少々大規模になったがの。たぶんこの付近まで範囲が及んでおるじゃろう」


 彼の言葉に、私は周りを見渡してみる。

 辺りは相変わらず物静かで、特に変わった様子はない。


「さて、どうしたものかのう」


 そう一人ごちり、ガルオゥムは空を見上げる。

 私もつられ、同じ様に空を見上げた。

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