第12話 再びの追走 迫り来る恐怖(2)
佐藤宅を出て暫く経った頃、俺はゴローの協力の下、魔族が向かったであろう方角へと走っていた。
時折ゴローが立ち止まり、辺りを嗅いだ後、また走るといった事を繰り返しながら進む。
時には、俺が負わせた傷から零れたであろう血の跡が発見される。
奴はビルや家を跨ぎ、魔力が発せられた場所へと直進してるようだ。
俺は、着実に近付いている事を実感する。
このまま痕跡を辿れば、何れ遭遇出来るだろう。
見付けるのは時間の問題だった。
こうして魔族を追えるのは、魔王……否、彼、ゴローのお陰だと思う。
彼は優秀だ。
犬の嗅覚は、人間の千倍から一億倍と言われるそうだが、彼の場合、使い魔としての影響で、魔力や瘴気を匂として嗅ぎ分ける事が出来るとか。
因みに、今は単純に魔物の体臭と血の匂いを追ってるようだが、正直どんな匂いを感じているのか気になって仕方がない。
降って湧いた疑問を何となく訊いてみると、『猫っぽい。生臭い。正直キツイ』だそうな。
しかし、魔王は何故、遠回しにも協力してくれたのだろうか?
同じ魔族でも、自分の配下じゃ無いからと言う理由なら、それはそれで冷たいとは思うのだが、彼女の真意は未だ謎だ。
とは言え、深く考えても仕方が無い。
ここは利用出来るなら利用させてもらうまでだ。
更に走る事数分、俺は良く見慣れた場所へと出た。
駅近くの大通り。十字路を跨ぐクロス状の歩道橋。
良く図書館へと向かう際に通る道だ。
辺りは真夜中とあってか、酷く静かだった。
道行く人や車の通る気配はない。
明け方とは言え、午前の三時頃。当然と言えば当然か、と独りごちり、額に滲む汗を袖で拭った。
不意に、ゴローの足が止まる。
俺も立ち止まり、どうしたのかと問う。
『どうやら、一度この辺りに降りたようだ。それに、微かだが妙な匂いを感じた』
「妙な匂い? どんなんだ?」
『分からぬ。嗅いだ事の無い匂いだ。魔力の匂いに似ている様だが……』
彼は鼻をひくつかせ、周囲に神経を尖らせている。
俺も何か感じないかと気配を探るが、自身の感覚では何も掴めない。
だが、魔族がこの地に降りたのはある意味ありがたいと思った。
「すまない、ゴローさん。ちょっと寄りたい所があるんだけど、大丈夫かな?」
『ん? 一刻を争う時に、寄り道とは如何なものか』
「流石に魔力が無いと戦えないからさ、家に寄りたいんだよ。丁度此処から近いから、すぐに終わるし良いだろ?」
丁度今いる場所は、藤林家宅に非常に近い。
此処から歩いても十分も掛からない。
マナメイトを回収出来れば、多少の時間のロス等、何とかなるだろう。
俺はそう説明すると、彼は暫く押し黙る。
暫くして、彼は口を開いた。
『吾輩は構わぬが、急いだ方が良いと思うぞ?』
一瞬、意味が分からなかった。
彼は尚も続けて言葉を紡ぐ。
『貴殿から嗅いだ魔族の匂いの他にも、別の匂も嗅ぎ取れたのだが、どうやらその匂いがこの地でも感じられるのだ』
「え? 他の匂い?」
言われ、自身の体を嗅いでみる。
嗅いでみたものの、軟膏の匂い位しか感じない。
『恐らく貴殿と相当親しい者の匂いではなかろうか?』
「親しいって、俺が良く――」
親しく、そう言い掛けて、言葉を詰まらせる。
俺に親しい人物なぞ、数える程度しか居ない。
嫌な予感がする。とても嫌な予感が。
「おい! それってどっちだ!」
『付いて来い』
ゴローは頷き、匂いの下へと走る。その後を追い、此処よりも少し下った通りへと出る。
匂いのする場所へと近付くに連れ、胸騒ぎが徐々に大きくなった。
『此処だ』
目的地に着いたのか、彼は足を止め、鼻先で場所を指示しす。
そこには、重機等で抉り取られた様なビルの外壁と、それによって生じた瓦礫の山が目の前にあった。
俺は瓦礫の前で膝を落とす。
魔族の仕業と分かるのに時間は掛からなかった。だが、それよりも、俺は瓦礫の間に挟まっているモノに、理解が追い付けなかった。
ソレは、彼女が良く着ていたコートの色と同じ、茶色の布切れ。
(おい、まてよ……)
俺はわなわなと震えた手で、その布切れを手に取る。
(そんな……まさか……)
嫌な考えが只管に脳裏を巡る。
『その切れ端から、同じ匂いを感じる』
だが、彼の言葉は語る。
あかりが此処に居た事実を……
「おい! 冗談でも笑えねぇぞ!?」
俺は彼の首輪を掴み上げ叫ぶ。
信じられなかった。信じたくなかった。
だが、ゴローは尚も言葉を紡ぎ、事実を突き付ける。
『間違いはない。その切れ端には、貴殿から感じた匂いを強く感じた。此処に居たのは間違いないだろう』
ギリギリと、首輪の掴む手が軋む。
暫くして、俺はその手を離した。
「――悪い、取り乱した」
『ゲホッゴホッ……。別に構わぬ』
「それで、魔族の奴は何処だ?」
『匂いからして、まだこの辺りに居るだろう』
「そうか……」
俺は立ち上がり、手に取った切れ端を握りしめて歩き出す。
『一つ訊いても良いか?』
「何だ? 今は一刻も争うんだろ? 話してる余裕なんてあんのか?」
『……その持ち主の者は、貴殿とはどういう間柄だ?』
間柄、そう問われ、俺は暫く考える。
彼女との関係は、命の恩人で、明日美さんや樹希さんの大切な娘で、そして……
不意に、あの時見せた彼女の微笑みが脳裏に蘇る。
「――家族だよ」
そう思い出した時、俺は自然とその言葉を紡いでいた。
此処まで読んで頂きありがとうございます♪
ちょっと書くペースが遅くなりそうです。
とはいえ、他の方に比べると遅い気がする私が居るw
そんなこんなで次の予定は3月7日の22時を予定しております♪