第11話 再びの追走 迫り来る恐怖(1)
「すんません。この御恩、終わったら必ず返しに行きます」
俺は、玄関前で頭を下げる。
今から再び、魔族を追って倒す為に、創さんには申し訳無いが、黙って家を出る事にした。
出る間際、玄関には俺の上着が乱雑に置かれていた。
恐らく理恵の仕業だろう。
上着には、乱暴に書き殴られた紙が置かれていた。『くたばれ! バーカ』と綴られていた。
「本当に魔王かあいつ? まぁ、激高として受け取ってやるよ。バーカ」
俺は、紙を乱雑にポケットの中へ仕舞うと、その場を後に歩き出した。
『待たれよ貴殿』
不意に、何者かに呼び止められる。
凄みのある声が脳内に響く。
(概念通話!? 誰だ!?)
俺は振り返り、辺りを見渡した。
だが、周りには誰も居ない。人影すら見えない。
『貴殿よ。此方だ。もう少し下だ』
俺は身構え、視線を下方へと向ける。
そこには――
『如何した? 何故そのような顔をしておる?』
パタパタと尻尾を振った柴犬が、そこに居た。
凄く反応に困る。どう対応すれば良いのか分からない。
柴犬はそんな俺を無視して語り出す。
『吾輩の名はゴローと申す。我が姫の命により、貴殿を手助けするよう仰せ付かった』
「えっと……ゴローって、創さんの飼い犬のゴロー?」
『左様。主様の忠犬にして、姫に使える者。以後お見知り置きを』
「あ、どうも。俺はライト・クローバーと言います。よろしく」
俺はつい、ゴローと名乗る柴犬に、礼儀正しくお辞儀をする。
彼の紳士的な対応に、失礼をしてはいけない気がしたからだ。
(てか……あいつ、創さんの飼い犬に何してんだよ……)
使い魔。
契約魔法の一種で、主な用途は動物との主従契約を結び、使役する事が出来る術である。
また、術の度合いにもよるが、契約を結んだ動物は、意思の疎通を可能にする事も出来る。
目の前の彼(?)は、まさにその契約を理恵と結び、今こうして語り掛けているのだ。
『さて、貴殿は魔族を追っていると聞いた。姫と同族とは言え、このまま放置するのは危険だと言うではないか。ならば吾輩の力を貸そう。このまま放置していれば、姫にすら危害が及ぶやも知れぬしな』
「えっと、手伝ってくれるのか……ですか?」
何故か変な言葉遣いになってしまった。
ゴローはその問いに、力強く頷く。
その佇まいが、歴戦の騎士の様に凄く立派に見えた。
(な……何これ? この犬、凄くかっこいい!)
急に胸の内が熱くなる。
心臓の鼓動がやけに早く感じた。
『では、捜索を開始しよう。なに、お主の衣服から既に匂いは覚えた。それを辿れば見付ける事は容易いだろう』
ゴローは、オンッと一鳴き吠えると、未だ暗い夜道を走り出した。
俺は思わず「ハイ!」と答え、彼の後に続くのだった。
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私は彼を探しに、一人夜の町を彷徨う。
衝動的に家を出た為か、幾ら上着を羽織っているとは言え、夜風がとても冷たい。
裸足で靴を履いているせいか、靴擦れを起こして足が痛む。
それもこれも、全部あいつが悪いのだ。
何も言わず、独り私達の前を去ったあいつが。
「ホント、ライトは何処行ったのよもう!」
私は、未だ見付からぬ少年に対し、怒りをぶつけた。
彼が普段行きそうな場所や、近くのコンビニ。後は、初めて会った河原等、様々な場所を巡ったが、彼の姿は何処にも居ない。
深夜の為か、人通りは非常に少ない。
辺りは街灯に照らされているが、とても暗くおぼろげだ。
時折、猫の鳴き声や犬の遠吠えが響き、背筋を震わせる。
「何だろう? 今日はやけに不気味ね……?」
私は、誰に言う訳でもなく呟く。
懐中電灯でも持って来るべきだったと、本気で思った。
しかし、今は大きく家を離れてしまっている。
取りに帰るべきか? そう考えていると、不意に上空を、黒い影が過ぎて行った。
人影の様なそれは、ビルや家の合間を跳び越えていく。
前にも、彼が魔力という力を回復させて、同じ様な芸当をしていた事を思い出す。
「もしかして……ライト!?」
私は、やっと見付けた手掛かりを見失わない様に、跳び去って行った方角へと走り出した。
影は猛スピードで跳んで行く。
まるで野生の獣でも追っている様な、そんな感覚だった。
何処へ向かっているのだろうか?
私は必死に後を追う。だが、影はみるみると小さくなっていく。
このままでは、追い付くどころか見失ってしまう。
私は、足の痛みも忘れ、ただ只管に走った。
気付けば、駅近くの大通りへと出ていた。
深夜とあってか、辺りは静かだ。
電車は既に止まっており、けたたましい音は響かない。
道行く人は見当たらず、まさに静寂と言った空間と化していた。
ふと、私は疑問に思った。流石に静か過ぎやしないかと。
周りを見渡しても、車が通る気配が無い。
良く通う道だから分かる。
交通量は多い通りの筈なのに、今日に限って一台も見当たらないのだ。
「ま……まぁ、たまにはそんな時もあるわよねー?」
妙な感覚が私を襲う。
夜風の冷たさが、余計に身を強張らせる。
(何よこれー! すっごく怖いんですけどー!)
心の内で絶叫する。
下手なホラー映画よりも、数段恐怖を感じる。
私はおどろおどろしげに、元来た道を戻ろうとした。
ズンッ、と、何処かで音が響いた。
突如鳴り響いた音に、私はビクリと足を止める。
地響きにも似たそれは、それっきり鳴らなかった。
(何だろう? 何処から?)
だが、暫くすると、金属を引き摺る様な音が聞こえてくる。
ジャリ……ジャリと、間隔を開け、不気味に鳴り響く。
先程よりも、大きくなっている様な気がする。
(こっちに……近付いて来てる?)
私は音の鳴る方へと耳を傾けた。
確実に、此方へと近付いて来ているのが分かる。
ふと、私はある事を思い出した。
以前、彼と百貨店へ行った帰りの事を。最近、巷で不可解な殺人事件が起きている事を。
思い過ごしなのかもしれない。しかし、今の私には、平常心でいられる余裕など無かった。
恐怖心が私を煽る。
私は急いで隠れようと、ビルの隙間へと入った。
金属音は尚も鳴り響き、着実に此方へと近付いている。
恐る恐る、物陰から顔を覗かせると、そこには……
(何……アレ!?)
地面を削る長く伸びた爪。自身の二倍以上はあるだろう巨体。そして、虎か豹を思わせる様な獣の顔がそこにあった。
左腕は無く、そこから血が滴り、時折呻くような声が漏れる。
眼光は鋭く、まるで獲物を探す狩人の如く、周りを見渡しながら進む。
(え!? 嘘!? 何よアレ!?)
思わず叫びそうになった。
口元を抑え、再び物陰に体を引っ込める。
やり過ごそう。
私は物音を立てぬよう、必死に息を殺した。
怪物は、今も此方へと歩を進ませる。
気付かれれば殺される。本能で悟る。
アレは、餌を探す獣の動きその物だ。
獲物を見付ければ、真っ先に飛び掛かってくるだろう。
爪が奏でる音は、もう間近へと近付いて来ている。
全身から嫌な汗が滲み出し、心臓の鼓動がけたたましく鳴り響く。
(早く……早く何処かに行って!)
私は願った。もしこれが悪夢なら、早く覚めてほしい。
しかし、その願いは空しくも散る。
一陣の風が吹き込み、私の体を叩いた。
それだけならまだ良い。
悪魔の悪戯か、私の足元には空き缶が転がっていた。それを吹き飛ばし、盛大な音を掻き鳴らした。
「――――!?」
私は叫び声を上げそうになり、咄嗟に口を噤んだが、時既に遅し。
此方に気付いたのか、怪物は荒い息を吐きながら向かってくる。
(やばいやばいやばいやばいやばい!?)
私は、迫り来る恐怖でパニックに陥る。
死と言う恐怖が、ゆっくりと歩み寄って来る。
怪物はもう間近。
私は死ぬんだ。そう思った時、心の内で叫んだ。
助けて――ライト!! と……
此処まで読んで頂きありがとうございます♪
次の更新は3月2日の12時を予定しております♪
さて、今回は書いてて色々と難しかった。
もっと語彙をふやさねばorz