第9話 追走と再会
フードを剥がれ、露わになった魔族は、唸り声を上げて俺を弾き飛ばす。
突き飛ばされ、俺は数メートル転がるが、すぐに態勢を整え身構える。
魔族は低く唸ると、姿勢を低く構え、俺を見据えた。
「ヨク……キヅイタナ」
「へぇ、喋る位には知能があるのな」
俺も構えを取り、魔族の出方を伺う。
露わになった顔は、まるで虎か豹を思わせる様な風貌をしていた。
袖からは、長く鋭い爪が覗いている。
「お前は、どうやってこの世界に来た?」
「シラ……ナイ……」
会話は成立するが、何処か怪しい。
魔族は時折苦しそうに呻いている。
「ソレ……ヨリ、クワセ……ロ……」
次第に魔族の身体が隆起し、徐々に膨らみが大きくなる。フードがその肉体に押し出される様に、肢体をハッキリとさせる。
気付けば俺の二倍位はあるだろうか、その巨体が鋭い眼で此方を睨んだ。
「クワセロォォォォォオオオオオ!」
咆哮と共に、巨腕から繰り出される一振りが俺を襲う。
俺は咄嗟に後方へと飛び退き、魔族の一撃を躱した。
「ぐぅっ!?」
辛うじて避ける事が出来たが、共に襲う風圧に全身を叩かれ、そのまま電柱へと叩き付けられる。
「痛ぇ。なんて力だ」
予め肉体を強化していたとは言え、受け身が取れず、電柱に背中を打ったのは流石に痛い。
魔族は尚も攻める。剥き出しの爪が確実に獲物を切り裂かんと迫ってきた。
今度は俺も攻め返す。
勢いを付けて身体を捻り、振り切ろうとする腕を右足で蹴り弾く。その流れのまま回転して、左足の踵で魔族の顔面へと叩き込んだ。
強烈な一撃を受け、よろめく魔族にもう一撃と、俺は着地してすぐ相手の懐へ拳を叩き込んだ。
しかし、その拳は空を切る。
寸前の所で身を翻し、そのまま背を向けて走り出したのだ。
「なっ!? 逃がすかよ! 待ちやがれ!」
俺は逃げ去ろうとする魔族の後を追う。
「くそ、速ぇ!」
相手は獣人型の魔族。特に、発達した四肢を持つ者は総じて足が速い。
四足で移動する姿はまさに獣だ。立体的な動きで翻弄しつつ、ビルの上へと跳ねる。
このまま完全に見失うのはまずい。そう判断した俺は、温存している魔力を一気に練り上げ唱えた。
「雷迅天装!」
練り上げた魔力が紫電の如く光輝く。全身を包み、飛躍的に肉体が強化される。
俺は力任せに地面を蹴った。
アスファルトが捲れる程の脚力で跳び、一瞬で魔族の眼前へと回り込んだ。
「逃がしゃしねーぞ。覚悟しな」
すれ違いざまに回し蹴りを浴びせ、空中から屋上へと叩き落とす。そのまま落下の勢いを借りて、鞄から取り出した包丁を翳し、相手の喉元目掛けて振り下した。
ザンッ! と確かな手応えがあった。
しかし、切り飛ばしたのは首では無かった。
(こいつ……腕を!?)
無理やり上体を曲げ、自身の左腕を犠牲にして躱したのだ。
魔族は、斬られた傷口から血飛沫を飛ばし、俺の視界を塞ぐ。
「グゥッ!?」
視界を奪われたじろいだ瞬間、腹部に重い痛みが奔った。
身体が宙に浮くのを感じる。
次に背中を強打される痛みが襲い、俺は地面へと叩き付けられた。
全身に鈍い音が響く。
(まずい!?)
俺は転がる様に距離を開ける。しかし、魔族は容赦無く追撃を加えようと、残った腕を振るい、斬撃を繰り出そうとしていた。
それはまるで、死神の鎌の如く、命を刈り取りに迫る。
「クソッたれ!」
咄嗟に包丁を翳して爪を弾くも、その衝撃で粉々に砕ける。また、弾いた反動で、俺は屋上の外へと押し出されてしまう。
魔族は落ちる俺を一瞥した後、そのまま姿を消した。
俺は跳び去って行く魔族の背を睨み、ビルから落ちていった。
「ぐっ……うう……」
俺はビルの壁面に背中を預け、苦痛に顔を歪ませる。
全身が悲鳴を上げ、これ以上は無理だと脳に警告する。
魔力は戦闘で大部分を消費し、更に落下の衝撃に耐える為に振り絞ったせいか、殆ど使い切ってしまった。
(このままじゃ、また被害が増えちまう)
完全に逃げられてしまった。とんだ失態だった。
これ以上、関係の無い人間が魔族に襲われるのを阻止しないといけない。
しかし、絞り尽くした魔力を背面に展開して和らげたとは言え、強く身体を打ったせいか、痛みで動けない。
辛うじて手は動かせる。
俺は、傍に転がっている鞄に手を伸ばした。
(まずは、魔力回復が先か……)
念の為、鞄の中には先程の戦闘で砕けてしまった包丁の他にも、数個のマナメイトを入れていた。
魔力がある程度回復出来れば、肉体強化の要領で身体を活性化させ、傷を癒す事が出来る。
俺は鞄を漁り、その一つを取り出そうと手を入れた。
「あ……あれ?」
しかし、幾ら探ってもそれは出てこない。
「マジかよ?」
寧ろ、中身が無い。
鞄の底は見事に破け、そこに入れていた物が消失していた。
「嘘……だろ!?」
どうやら、落とされた拍子に何処かに引っかかったのだろう。底は無残に裂けてしまっていた。
「何て事だ……」
俺は鞄を投げ捨て、暗闇の中、一人黄昏る。
ビルの隙間から、時折車のライトが通り過ぎて行く。
「なんて……惚けてる場合じゃないな」
俺は満身創痍の体に鞭打ち、気力を振り絞り立ち上がる。
足を引き摺りながらも、それでも魔族の後を追おうと、逃げた方角へ歩き出した。
今はどの辺りだろうか? 痛みで朦朧とする意識を何とか保ちながら、暗い夜道を彷徨っていた。
魔族は北東へと跳んで逃げた。その方角に進めば手掛かり位は見付かるだろう。そう予想して進むも、それらしい物は見付からない。
仮に見付かったとしても、それは嬉しい手掛かりでは無いだろう。
(まぁ、流石に逃げながら人を襲われちゃ敵わないからな)
速い所、見付け出して倒さなければ、より一層の被害が出る可能性が高い。
奴は飢えていた。
俺と同様に魔力を失い、酷く飢えていたのだろう。
昔、魔族の生態を調べた学者に聞いた事がある。
ある一定の魔力量が下回ると、魔族は酷い飢餓感を感じるそうだ。
原因は詳しく覚えていなかったが、内包する瘴気に関係するらしい。
この一連の事件は、その飢餓による暴走が原因なのだろう。故に、奴は飢えを癒そうと人を襲った。
しかし、魔族が人を殺めない事など無い。
奴等にとって人間は、滅ぼす対象なのだからだ。
それが、戦争だろうが飢えを凌ぐだろうが関係ない。ただ、奴等は人を殺す。
(許せるかよ! そんな事!)
ギリギリと奥歯を噛み締め、未だ悲鳴を上げる肉体を動かす。
しかし、あの時の戦闘で、俺をビルから突き落とした後、止めを刺さなかったのは疑問だった。
多少の理性が残っていた筈なのに、奴は俺を見逃したのだ。
仮に、理性が無かったとすれば危なかったが、それでも不思議に思う。
それはそれで助かったのだが、流石に腑に落ちない。
もし逆の立場なら、仕留めるべきだと思うのだが……
(考えても仕方ない……。今は、奴を……――)
不意に、足が縺れてしまい前のめりになる。咄嗟に反応出来ず、そのまま盛大に倒れてしまう。
受け身も取れず、ダイレクトに地面へと激突した為、凄く痛い。非常に痛い。
(これ……不味くないか?)
気が抜けた訳ではない。だが、身動きが取れない。
身体に力が入らず、起き上がる事が出来ない。
恐らく体力に限界が来たのだろう。指先ですら動かせない。
(やばい……目が……霞む……)
意識が遠のいていくのが分かる。微睡が襲う。
俺は必死に手放さぬ様に抗うも、抵抗空しく、暗闇の中へと堕ちてしまった。
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目が覚めると、そこには見慣れない天井があった。
木の板を張ったそれは、依然、図書館で読んだ日本の文化に出てくる資料に、これと似た物が載っていた。
辺りを見渡せば、床一面が畳で敷き詰められ、所謂和室という様式の部屋だと分かった。
(って、何どうでも良い事を考えてんだ俺? それより何で俺は布団の中に?)
気付けば俺は、布団に寝かされていた。
魔族を追っている最中に意識を失った俺を、誰かが介抱してくれたのだろう。
(まぁ、道端で倒れてそのままよりはマシか。むしろ病院に運ばれたら、明日美さんにどう説明すりゃ良いんだ?)
魔族を探しに家を出たとは言えない。むしろ、黙って家を出た挙句、大怪我を負ったと知れば、考えただけでも身震いがする。
(それよりも、今何時だ?)
俺は他も見渡し、何か時刻を確認出来る物は無いかと探す。
「安心せい、一日も経っとらん。今は午前の二時じゃ。しかし、良く短時間で意識を回復させたのう。流石は勇者と言う所か」
不意に、聞き覚えの無い声が響く。それより何故、俺が勇者だと知っているのだろうか?
俺は声のする方へ顔を向けると……
そこには小さな太ももがあった。
「何処を見ておる! この痴れ者が! もちっと上じゃ上!」
言われるままに視線を上げると、これまた見事に知らない人物が、と言うより、少女がそこに居た。
「誰?」
俺は思わずそう問う。
問われて少女は立ち上がり、無い胸を精一杯張ってこう答えた。
「我は魔王! 久しいな勇者よ」
魔王と名乗る少女は、したり顔で俺を見下ろした。
因みに俺の視線は、立ち上がった少女の位置が良いのか悪いのか、丁度スカートの中を覗く形になってしまった。
それはそれは、とても可愛らしいイチゴ柄だった。
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