【幕間2】
彼が部屋へと戻っていった後、私も自分の部屋へと戻っていた。
明日の時間割を確認して、鞄に教科書とノートを入れる。
学校の支度が終わるとベッドに寝頃がり、昨日の事を思い返す。
『家族にならないかって言われた』
「ライトが……家族に……」
あの時彼が見せた表情は、嬉しそうに見えれば悲しそうにも見える様な、そんな複雑な面持ちだった。
それでも私はあの時、とても嬉しかった。
彼が私達の家族になれば、きっと辛そうな顔をしなくて済むと思ったからだ。
初めて会った時、彼の第一印象はとても不思議な人だと思った。その後、彼と過ごす内に印象は、頑張り屋で面白い人だと感じた。
自然体に見せる笑顔は可愛く、まるで犬みたいで、でも、時折見せる表情は、とても悲しそうだった。
以前、私は興味本位で彼の事を、生まれた世界の事を訊いた。
最初は渋っていたが、私が無理に訊くものだから根負けして、今まで自身が経験した事等を話してくれた。
淡々と語り、時には嬉しそうに、また悲しそうに、様々な事を話してくれた。
違う世界で生きていた彼の人生が、壮絶なものだと分かり、もっと彼の事が知りたくなった。
時間が経ち、日々が過ぎ、次第に彼の事を助けたいと思った。
行く宛も、頼る人も居ない、たった独りの少年を助けたいと……
不意に、私は不安に駆られた。
もし、彼が誰も頼らずに生きる事を選んだら、きっと辛い事になる。
私は時折、彼が自分でどうにかしようと考えてる節が伺えた。
彼はとても真面目で頑張り屋だから、もし独りでこのまま生きようとすれば、何時か壊れてしまうのではないかと心配で仕方がなかった。
(お父さんは、なんとなく気付いたのかな?)
今思えば、父はどうして彼を家族に招こうとしたのか分からなかった。だが、私はその考えに大賛成だった。
(ライトは今も、どう思ってるんだろう?)
私は何となく、彼の今の心境を聞きたくなった。そう思うと体は自然と彼の部屋へと向かっていた。
扉の前に立ち、数回のノックをする。
しかし、彼の声は聞こえなかった。
「もう、寝ちゃったのかな?」
もう一度ノックをするが、反応は返ってこない。
ここで諦めて戻るのも良かったが、何故か私はドアノブに手を掛けた。
ゆっくりとドアノブを回すと、扉はすんなりと開いた。
「お邪魔しまーす」
私は小声でそう言うと、音を立てない様に部屋へと入る。
電気が点いていないので非常に暗い。
暫くして少し目が慣れてきたのか、おぼろげながら、やっと部屋の全容が分かるようになる。
そして、気付いた。
「あれ? ライト?」
部屋には、彼の姿は無かった。
彼は確かに部屋に戻って行った。では何故その姿が無いのだろうか。
ふと、窓の方へと視線を変える。
鍵は開けたままで、他に見渡せば、彼が普段使っている鞄が無くなっていた。
「まさか、外に!?」
恐らく彼は、この窓から外へと出て行ったのだろう。
では、彼はどうして外に? と、考えて、私は先程迄抱えていた不安が現実のものになったのではないかと思ってしまった。
次第に涙が零れた。
「あ、あれ? 何で?」
ぼろぼろ溢れる涙が止まらなかった。
不安が心を埋め尽くしていく。濁流の様に私を飲み込んでいく。
「そんな、ライト……嘘だよね?」
何も言わず、姿を消すなんて思ってもいなかった。
もし仮に、彼が家を出て独りで生きる道を選んだら、私は納得出来るだろうか?
もし仮に、彼からそう語られ、私は素直に頷けるだろうか?
その彼は、此処には居ない。何も言わず、此処から居なくなった。
別れの一言すら置いていかず……
「さよならぐらい、言いなさいよ……バカ……」
私は蹲る様に泣いた。
泣いて泣いて、どれだけ泣いた?
泣き過ぎて目元が痛い。
「……なきゃ」
何故か次第に怒りが込み上げてきた。
どうして私は、こんなに悲しい思いをしないといけないのだろうか? そう考えると余計に怒りが溢れてくる。
「探さなきゃ!」
私は目元を拭い、外に出る準備をする。
「探し出して、一発引っ叩いてやるんだから!」
そして、私は家を飛び出した。
後に私の勘違いだと知るものの、この時私は、一言文句を言う為に、彼を探しに夜の町へと出たのだった。