第1話 プロローグ
まず最初に言う事がある。俺の名はライト・クローバー、勇者だ。
勇者と聞いて先ず思い当たるのが、ファンタジー小説やアニメに出てくる様な架空の存在だろう。まさしく俺がソレだ。
それは魔を払い悪を裁く者。
一振りの剣を携え、悪鬼羅刹へと立ち向かい、世界に平穏をもたらす勇ましき者……、それが俺なのだ。
さて、前置きを終えた所で話を進めるのだが、先に結論を述べよう。
現在俺は命の危険の真っただ中だ。
別に魔物の巣窟に単身裸で、と言う訳ではなく、装備一式身に着けているし、非常食や多少の薬草くらいならある。
これだけあれば生活には事足りる。適当に魔物を狩って食料にすれば良いし、素材を剥ぎ取って金に変えればそんな事態には陥らない。そう、陥らない筈なのだ。
だが! それが出来ない状況に今、俺は陥っているのだ。
それは数刻前に遡る。
俺は四人の仲間を引き連れ、とある島に浮かぶ魔王城へと突入していた。
力自慢の拳闘士ガッツ。狙った獲物は逃がさない、女エルフの弓使いシエール。我らがパーティーの知恵袋、大賢者ガルオゥム。そしておっちょこちょいだがやる時はやる騎士見習いポッツ。
今日に至るまで苦楽を乗り越え、助け合った仲間達と共に、今、魔王が待つ玉座へと向かう。
その道のりは険しく、数々の困難が俺達を襲う。
周到に仕掛けられた罠の数々や、迎え討とうと牙をむく強力な魔物。何より、何度も各地にて立ちはだかった、魔王の腹心との戦い。
どれも苛烈を極めた戦いだった。だが、ここで膝を折る訳にはいかない。
満身創痍の体を引き摺り、やっとの思いで魔王が待つ玉座へと辿り着く。
「皆! これが最後の戦いだ!」
扉一枚隔てた先に奴が居る。俺は仲間達を鼓舞し、己が握る剣により一層の力を籠める。
「いくぞ!」
俺は扉を蹴破り、渾身の力を込めて斬撃を叩き込んだ。
勿論魔王も馬鹿ではない。俺達の気配など既に察知している。
振り被った剣は、魔王の纏う障壁に苛まれ弾き飛ばされた。
「勇者! 下がって!」
すかさずシエールの弓とガルオゥムの魔術による援護射撃が入る。その合間を縫うように間合いを詰めるガッツの拳が、魔王へと叩き込まれる。
「うおぉぉぉおおおらっ!」
咆哮をあげ、力任せに振り抜く拳が障壁を砕く。阻む物が無くなった所に、ポッツの身の丈以上ある槍が即座に叩き込まれる。
「え!? そんな!?」
しかし、槍は魔王には届かず、寸前で掴まれ止められる。それをまるで要らない物を捨てるかの様に、ポッツごと壁面へと叩き付けた。
壁にめり込むポッツ。その衝撃は全身の鎧を砕き、口には鮮血が滲み、剥がれ落ちるように崩れる。
ガルオゥムは、すぐにでも治療と彼のもとに駆け付けるが、魔王は間髪を入れずに追撃を仕掛ける。
手に強力な魔力を宿し、そのまま光弾にして放つ。
ガルオゥムは咄嗟に障壁を展開し防ぐが、魔王の追撃はまだ続く。
一発だけでも強力なのに、それは雨あられの如く降り注ぎ、確実に息の根を止めようと迫った。
「させるかぁぁああああ!」
再びガッツの咆哮が轟き、ガルオゥム達の前に巨体を滑り込ませ、降り注ぐ光弾を肉体で弾き飛ばす。
「そっちばかり見てないで、こっちも見なさい!」
シエールはガルオゥム達から注意を逸らそうと矢を放つ。
魔王は鬱陶しいとばかりに光弾を放ち、シエールはその一撃に大きく吹き飛ばされる。
「シエールッ!」
俺は瞬時に魔力を練り上げ、体内で爆発させる。逆立った髪が更に逆立ち、全身に紫電が舞う。
ダンッ! と床を砕くと共に、俺は魔王へと一気に間合いを詰めた。
「お前の相手は俺だぁああああっ!」
気合い一閃。振り下された剣が右腕を切り飛ばす。だがそれだけでは終わらない。そのままの勢いで逆袈裟に剣を振るう。
二撃目は後ろへと後退され、俺の攻撃は空を切る。しかし、魔王も咄嗟に避けた為か、大きく態勢を崩す。
その隙は逃さない。
俺は全身全霊を込めて、奴の胸元へと刃を突き立てた。
ズンッ、という鈍い音が響いた。
突き刺さった胸元から、魔王の血が滴り落ちる。口元から血が滲み、焦点の定まらない目で俺を睨む。
俺は剣から手を放し、一歩後ろへと下がった。
「お前の負けだ、魔王」
「おのれ……人間共よっ……」
膝を突き、深々と刺さった剣を強引に引き抜き投げ捨てる。
びしゃりと、床が赤黒く染まる。
「だが、例え我が滅んだところで何も変わらない……。どうせ新たな火種が生まれるだけだ……」
俺は魔王の言葉に思わず問い返そうとした。それはまるで独白にも似たものだったからだ。
だが、突然壁面に、大きな亀裂が走った。
ガルオゥムが叫ぶ。
「いかん! 魔王城が崩れるぞ!」
「ひぃっ! このままじゃ潰されちまう!? とっととずらかるぞお前ら!」
ガッツは辛うじて息のあるポッツを担ぎ、足早に駆け出す。
「何してるのライト! 早く逃げないと死んじゃうわ!」
「あ、ああ……」
俺はシエールに促され、魔王城を脱出するべく走った。
崩壊が進み、崩れ落ちてくる瓦礫をガッツの拳が砕き、時にはガルオゥムの障壁が守る。そうして全速力で駆けた俺達は、やっとの思いで魔王城の外へと出る。
そこで俺が振り返り見たものは、驚愕の光景だった。
ソレは、魔王城を中心に、黒い渦が何もかも飲み込み消していく様だった。
「何をしておる! もっと離れんと巻き込まれるぞ!」
ガルオゥムの叫びに我に返った俺は、急いでその場を離れようとする。
魔王城の外には、此処まで来る際に乗ってきた船がある。仲間達は既に乗り込み、俺が乗り込むのを待っている。
黒い渦が加速度的に大きくなり、俺のすぐ後ろにまで迫ってくる。
「くそっ! 間に合え!」
俺は全身に魔力を巡らせ、肉体を強化し、一気に船へと駆け出した。
が、そこで何故か俺は小石に蹴躓き、
盛大に、
地面に減り込む程に、
ギャグマンガか!
と、言わんばかりにすっ転んでしまう。
その様子に驚愕する仲間達の表情は今でも忘れられない。
俺はそのまま黒い渦に巻き込まれてしまい……
「へ? 何……? これ?」
気付けば目に見える物が珍しいとかでは無く、見渡す限り自身の知らないモノが眼前に広がっていた。
見覚えの無い建物。見たことも無い人の恰好。何より、魔物の気配や魔力すら感じない……
「何なんだ……これは!?」
後に知る。そう、俺は……
「いったい此処は何処なんだぁぁぁぁああああ!?」
異世界、地球に来てしまった事に――
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そうして俺はどうする事も出来ず、独り河原で干し肉を貪っている訳なのだが、流石にこのままだと何れ野垂れ死ぬだろう。
しかし、どうすれば良いのか分からず、身動きが取れないでいた。
「ああ、寒いなぁ……。夜は冷えるなぁ……」
などとぼやいてみるが、そう都合よく助けてくれる人等居ない。
仕方なく何か暖を取れる物が無いか辺りを探してみると、何やら平べったいものの、妙に厚みのある大きな紙を見付けた。
勇者は段ボールを手に入れた!
「何だこれ?」
おもむろに拾い上げたソレを見て、どういった物か観察してみる。
色々触ったり嗅いだりしてみると、ある事に気付く。
「ん? 折り目がある?」
俺は折り目の通りに紙を折ってみると、それは一つの箱となった。
何を思ったのか、俺はその箱を被る。
「かなり狭いが……、なぁにこれぇ~~」
そう、その箱は実に暖かかった。暖かかったのだ!
何層にも貼り合され分厚くした紙が、見事に外気を遮断し、更には自身の体温を保温し、程よい環境を生み出している。
俺は、更に同じ物が無いかと捜索してみると、以外にも紙の箱はすぐに見付かった。
後はそれらを繋ぎ合わせ、自身がスッポリ入る位の大きさにして、その中に潜り込んだ。
「まさか、知らない土地でこんな素晴らしい物に出会えるとは……」
俺は感動の涙を流し、後に知り、いつか自身にとって最高の道具となる段ボールという箱に感謝するのであった。
そして陽が昇り、俺は見知らぬ土地をより知るべく、探索を開始した。
辺りには様々な家や大きな建物が立ち並び、そこに住む人々の恰好は、まるで貴族が着る服の様に上等な物だった。
道は綺麗に舗装されており、驚くべき事に、その道を馬の力を借りずに自走する馬車が行きかいするのだ。
かなりの文明の高さに唯々驚く俺は、此処が一体何処なのか訊いてみる事にした。しかし……
「まさか、言葉が通じないとは……」
俺は、道行く人々に声を掛け、「此処は何処ですか?」と訊いてみたものの、誰もが自分の知らない言葉を放ち、結果何も情報を得られなかった。
まさか、見知らぬ土地ならまだしも、聞いた事の無い言語で話す人種だったとは……と、深く落ち込み、俺はとぼとぼと元居た河原に戻る羽目になったのだった。
河原に戻った頃には、陽も暮れかけており、肌寒い風が頬を叩く。
ふと見渡せば、川では数艇の船が綺麗な列を組んで渡っている。
その船を漕いでる一人と……目が合った。
次の日の朝、干し肉も切れたので食料調達の為、川の魚を捕まえようと奮闘する。
剣は魔王との戦いで置いてきたが、予備に短剣を持っていたので、それを使って魚を仕留めようとする。しかし、思った様に捕まえる事が出来ない。
躍起になってバシャバシャと振り回すも、結果はびしょ濡れになっただけだった。
「腹減ったなぁ……」
俺は段ボールに包まり、空腹に苛まれながら呟く。
「まさか、魔王を倒した勇者の最後が、餓死……だなんて、何処を探しても居ないよな……」
もう動く体力や考える気力は無い。あるのは、どうしようもできない絶望感だけ。
俺は一筋の涙を流し、そっと目を閉じた。
コンッと、何か硬い物が段ボール越しに聞こえた。
ん? と俺は目を開き、音の鳴った方へ首を捻る。コンッ、コンッと音が何度も響く。
どうやら、俺に向けて何かが投げつけられている様だ。
暫くすると音が止み、その後すぐ、段ボールごと俺は揺すられた。
流石に何事だと、俺は段ボールから這い出る。するとそこには、一人の少女が見下ろしていた。
読んで下さった方に感謝を!
初めまして! 矢鳴 一弓と申します!
小説家になろうに初登録、そして初投稿しました新参者です。
初めての投稿小説なので、色々と不安がいっぱいです。
ですが、不定期ながらも随時更新していくよう頑張ります♪
私と、「藤林家の勇者さま!」をどうぞよろしくお願いします!