6話 部員、集めよう
皐月晴れというのは、まさしく今日のような天気を言うのだろう。
それくらい良い青空が広がる日だった。
そんなこともあってか、上機嫌な足取りで学校の門をくぐった理久なのだが、突如背後から響いてくる足音と共に感じた重み。
呻き声を発しながらも、必死にバランスを保とうとするがフラつく足元ではうまくいかない。五月に入ってから毎朝、行われるこの行動に対し最初は周りの視線も痛かったが、そのうち「仲良し」と認識されたのか慣れたのか、今では微笑みながら見物する者もいるくらいだ。
諦めたように立ち止まる理久の耳に、朝から聞くには元気すぎる声が届いた。
「おっはよー、理久! ねぇ聞いて聞いて! 俺ね俺ね! すっごい人見つけたんだよ!」
「はいはい良かったですね。てか、重い! 早く下りろ!」
「あれ、理久って意外と子供体温なんだね。あったかーい」
「いいから下りろ!」
「そういえば今日、俺の占い八位だったんだよねー。微妙すぎてやだなぁ」
依然として自分の背中に乗っかったまま離れずに、加えて会話がまともに成り立たないことから理久の何かが切れる。
「……下りろって言ってるだろうがーッ!」
吹き抜けた風か、理久の叫び声のせいなのか葉桜になった木がざわめいた。
◇◆◇
「文章の天才?」
昼休み、理久は茜に連れてこられながら廊下を歩いていた。もちろん、目的は部員集めだ。早めに昼食をとったので時間は充分に残っているのに、前を歩く茜のスピードはいつもよりすばやい。
何とか追いつきながら問いかけた言葉に「そう」と返事が返ってきた。
「何かね、一年生の中にいるっていう噂を聞いたからさ。いたら戦力になるかなーって」
「そりゃなるけど……」
曖昧に語尾を濁し、改めて長ったらしい廊下を見回す。志木高の生徒数は中々多いので、一年のクラスだけでも六組まである。他の高校に比べれば少ない方だとよく耳にするが、今より多いクラスなんて理久には想像出来なかった。小学校、中学校と人数の少なく三組までしかない環境で育ったせいだろうか。
簡単に一年生の中と言われて検討もつかない理久は、なす術もなく茜の後ろを歩く。
「まぁ、どんな奴かは俺も噂だけでしか聞いてないし……っと、ここかな」
足を止めた教室には五組と書かれた札がぶら下がっていた。他クラスにも関わらず茜は引き戸を勢いよく開ける。
いっそ清々しいほどの躊躇いのなさに、早く慣れようと自分に言い聞かせる理久を隣に茜は「すみませーん」と声を張り上げた。
「松野くん、いますかー?」
突然の登場に五組の生徒も唖然としている。
それもそのはず。出雲茜という人間は、既に入学式の頃から有名になっており、今では学年が知っているレベルまで達している。
おまけに目立つことこの上ない赤毛だ。
頭髪指導に引っかかる度に「生まれつきなんですよー。てか、俺が引っかかるなら野上先生もアウトですよね? カツラだから」と笑いながら答える姿を勇者と崇める者も少なくない。このことから生徒指導担当の中年男教師、野上先生と茜の仲は感動するくらい悪いのは言うまでもないだろう。
少々、罪悪感を覚えた理久は「あまり目立たないでほしい」と恐らく叶いそうにもない願望を心中で呟いていたのだが、控えめに話しかける声が聞こえた。「あの」
「松野なら図書室だと思うよ。教室にはいないから」
二列目の一番前の席に座る男子生徒がそう言うと茜は笑顔でお礼を言って立ち去ろうとした。理久もそれに続くつもりだったが、
「あ、あのさ!」
再度かけられた声に二人は立ち止まる。
「もしかして、二組の出雲と琴平?」
頭にハテナマークを浮かべながら顔を見合わせた後、頷く。
「そうだけど……」
茜が返した言葉に男子生徒は「やっぱり!」というような表情をすると、やや興奮気味に小さく叫んだ。
「自殺事件のヒーロー、出雲と琴平!」
ブチッと切断音が茜の耳に響いた。
嫌な予感を胸に顔を隣へ向けると、既に拳を震わせる理久の姿があり、足早にその場を去るのが得策と考える。
短く挨拶をした後、茜は理久の手を取り図書室目がけて風の如く駆け出した。
◇◆◇
「…………」
「……理久、大丈夫?」
「……一発だけ」
「暴力は駄目ですよー」
図書室がある三階の廊下を、理久の手首を掴みながら歩いていく。こうでもしていないと、ふざけた異名のせいでいつ五組へ逆走していくか分からないのだ。
ーーまぁ、理久は足遅いから余裕で追いつけるけど
先日行われたスポーツテストを思い出し、チラリと斜め後ろを見る。不貞腐れたような表情でついてくる姿は、欲しかったおもちゃを買ってもらえなかった子供そのものだ。
ーー……変に幼いんだな
新たに発見した一面に思わず口角が上がる。
クスリと笑ったのが聞こえたのか「……何だよ」と不満気な声が後ろから発せられた。
「何か可笑しかったか?」
「いや、別に」
「……気になる」
「何でもないよ。ただ、理久は面白いなぁって」
「ますます気になること言うなよ」
「あ、着いたよ」
話題をはぐらかされたことが気に食わないのか、理久は小さく舌打ちをしながら「静かに開けろよ」と釘を刺す。余計笑いたくなるのを必死で堪えながら茜は頷くと、いつもより丁寧に引き戸を横に動かした。