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拝啓、未来より  作者: 真野/休止中
番外編
60/68

中話 スプリングホリデー、サイド5

『目標、動き出した。駅の近くにある百貨店へ入る模様』

「了解です先輩。そのままバレないようにお願いしますよ……!」


 雑踏の中、耳に当てたマイクへ話しかける真城。話している相手はどうやら哲郎らしい。電柱に隠れながら彼女は瞳を輝かせる。


「さぁ皆さん、作戦開始ですよ!」

「……おい、なんだこれ」


 眉間にしわを寄せてそう言ったのは悠介だ。対して、その疑問について答えたのは真城の隣にいた凪沙だった。


「なにって、尾行ですよ。見て分かりませんか」

「こんな大人数の尾行があってたまるか!」

「もう二人とも静かにしてください! 気づかれちゃいます」


 真城に注意されて言葉を詰まらせる。凪沙が小声で言う。


「だいたい悠介先輩、昨日のメールに従った時点で共犯者ですよ。そこんところ忘れないでください」

「俺は従った覚えはねぇ……!」


 嬉々として監視を続ける後輩たちの背後で「どうしてこんなことになった」と、悠介は昨日の夜に起きた出来事を思い出していた。

 事の発端は、真城から各部員へ届いたメールだった。


【明日は行けなくなったという嘘を、こと先輩に送ってください。詳細は後ほどメールします】


 受信者リストには、神楽、凪沙、哲郎、悠介、となぜか理久と茜以外のメンバーしかいなかった。この時点で何をするつもりか大方、予想のついた悠介だったが自分には関係ないことだとそのときは思っていた。急に編集部から召集の連絡が来たのは、真城のメールが届く前の出来事だった。

 ただひとり、嘘ではないメールを理久に送ったのち、さぁ寝るかとベッドに入る。端末が鳴ったのはそのときだ。理久からの返信かと思いきや編集部だった。


【打ち合わせの日程、間違えてた。ごめんね。明日はないです】


 担当から来た連絡ののち、理久から了承した旨を伝える文章が届く。悠介は絶句した。関係なかったはずの明日がすぐそこにやって来た瞬間でもあった。

 続いて端末は、真城の名前を表示した。


【嘘のメール送りましたか? 実はですね、明日はこと先輩と茜先輩の二人で出掛けてもらおうという作戦を立てまして! え、理由ですか? 面白そうだからですよ! 三年の先輩方には申し訳ないと思っていますが、どうか協力してください。こと先輩と茜先輩って絶対両想いだと小峰は思うんですよ!(凪沙くんも同じこと言ってました)

 待ち合わせとかは朝に連絡します、よろしくお願いします!】


 偶然とはいえ、悠介が参加しなければならない理由がこのメールには二つあった。ひとつは、理久と茜だ。二人の仲が良いことを最近ようやく、恋愛的に解釈し始めたのだ。主に理久が茜を意識しているのではないかと悠介は思っている。一方、茜といえば一年生のころはあんなに過剰なスキンシップをしていたにも関わらず、めっきり大人しくなった。なぜかは分からないが。

 自分を部活に誘ってくれた二人に、恩を感じていないといえば嘘になる。だからこそ、不謹慎ながらもその恋路の行方が気になった。願わくは幸せになってほしい。

 二つ目の理由は、メールにあった最後の文章。


【この部分は悠介先輩にだけ送ってます。先輩はこういうの嫌かもしれないけど、作戦は強制参加です。ちなみに来ない場合、悠介先輩のとある秘密を暴露します。(凪沙くんが)】


 もはや選択肢はひとつしかないも同然だった。

 当日、待ち合わせ場所に行ってみると後輩たち以外に、神楽と哲郎もいた。来た訳を聞くと、自分のひとつ目の理由とほぼ同じだった。やっぱりあの二人は俺たちにとって特別だよな、と三人で言う。

 悠介自身、二人が合流するところを見れたらそれで良いと思った。たとえ二人きりでも、理久と茜が友達としても仲が良いことに変わりはない。なんの心配もなかったのだ。

 しかし、目標が動き出した途端、なぜか哲郎と神楽は少し離れた場所から見守ると言い、残された悠介、凪沙、真城は理久たちのすぐ後ろにいた。


「え、まだ何かするのか?」

「なに言ってるんですか」


 悠介の問いに、真城はニヤリと笑う。


「ここからが本当のミッションですよ、ふふふ……」


 かくして、尾行作戦は始まったのである。

 そして現在。


「尾行なんて俺は聞いてないぞ」

「まだ言うんですか。それは今日来てる時点で暗黙の了解でしょう」

「んなこと言われても……というかお前、俺の秘密ってなんだよ。なに知ってるんだよ」

「知りません」

「ーーは?」

「あれ、ハッタリです。そうでもしないと先輩が来ないだろうと考えた結果で」

「悠介先輩、ごめんなさい」


 謝りながら、うるうるとした瞳を向ける後輩たち。

 そんなにあの二人が気になるのか。先輩を心配してくれているのは微笑ましいが、目的のためには手段を選ばない末恐ろしい後輩だと、悠介は軽く戦慄した。


「あ、百貨店に入った! 追いかけましょう!」


 真城と凪沙の後ろを渋々、歩いていく。無理やりにでも帰らないあたり、自分も理久と茜が気になってはいるんだろうなぁと思いながら。


 ◇◆◇


 店内は混雑していた。あまりに人が多いので早速、理久と茜を見失ったが、行き先は文具店だと全員分かっていた。本来の目的は表紙に使うための和紙を買うことである。そして恐らくこの様子ではバレないだろうと、哲郎と神楽も加わり、五人で行動することになった。しかし、人混みが大嫌いな悠介は「やっぱり帰る」と背を向ける。


「待ってください! ここまで来たんだから、今日はとことん付き合ってもらいますよ」

「嫌だ! 離せ!」

「もう仕方ないですねー、えいッ」


 嫌がる悠介の手を真城が掴んだ。続いて真城の空いた手を神楽が掴む、次は凪沙、哲郎、となぜか横一列に手を繋ぐ。は? と頭上にクエスチョンマークを浮かべるが、悠介の疑問に答えてくれる常識人はここにはいない。


「これなら大丈夫ですね!」

「いや何がだよ!? 何も大丈夫じゃねーよ! 何ひとつ解決してねーから!」

「いざ、しゅっぱーつ!」


 真城の声を合図に、哲郎を先頭とした列が人混みの中を器用に縫っていく。手を繋いでいるから離れる心配はなく、確かにアイディアとしては申し分ない。だが一番の問題はその光景だ。

 高校生にもなった男女が、仲良く手を繋いで歩いている姿は悠介の精神的ダメージを容易く削るものとなった。

 周囲からの微笑ましいものを見る視線や、子どもたちの好奇心溢れる目が、容赦なく心に突き刺さり続けた結果、無事に文具店の近くまで辿り着くことに成功。


「もう嫌だ……帰らせろ……」

「悠介先輩、今日だけは羞恥心とか捨てましょうよ。ね? 楽になれますよ」

「俺をこれ以上そっちに堕とすな!」

「二人ともバレるから静かに」


 妙に生き生きとしている哲郎を前に、絶望だけが悠介の胸に広がった。今日が羞恥心のあまり命日になるかもしれない。

 暗い表情の副部長以外は、陰からコッソリ二人の様子を眺めた。


「ことりちゃん、スカートだ。可愛い」

「よく似合ってるな」

「絶対オシャレしてきたんですよ、茜先輩とデートだから!」

「付き合ってないんだからデートじゃないだろ」

「でも凪沙くん言ってたじゃない。あの二人は両想いだって」

「そうだけど確信はないっていうか……。どちらかといえば、茜先輩が微妙なんだよな」

「と、いいますと?」

「琴平先輩に対する態度が曖昧すぎる。好きっていう気持ちはよく分かるけど、それが恋愛的なものなのか友情なのかがハッキリしない」


 凪沙の分析に、真城と神楽と哲郎は真剣な表情で頷く。対して悠介は、コイツどこまで人間観察してるんだと小さな恐怖を覚えた。

 真城がもどかしそうに言う。


「ずっと紙を選んでますね……何かハプニングとか起こします?」

「絶対やめろよ」

「えぇー、でも進展がなさ過ぎて」


 悠介は溜め息混じりに「あのなぁ」と口を開く。


「あの二人の仲が良いって俺たちはよく知ってるんだ。それで十分だろ? 琴平にも、茜にもペースってもんがある。首を突っ込むのはどうかと思うぞ」


 四人がシーンと黙る。

 さすがに昔からの感謝云々は恥ずかしくて言えなかったが、これで少しは大人しくなるだろう。あわよくば、このまま帰ろうという流れになってほしい。そう願ったのだが、


「でもやっぱり見たいです!」

「俺も、気になる」

「ごめんね悠介。気持ちは分かるけど、私も気になって」

「ていうか悠介先輩、そんなこと言いながら一番気にしてるのは先輩ですよね」

「もういいよ! 俺の負けだから好きにしろ!」


 見事、白旗を上げる結末になってしまった。

 観念して覗き見に加わる。


「ッたく……どっちでもいいから、さっさと告白しろ」

「凪沙くん、悠介先輩が急に本音を言い始めた」

「もういろいろ吹っ切れたんだろ」


 しばらく見守っているうちに、二人の様子が変わっていく。


「二人とも、なんか楽しそう」

「笑ってるな」

「紙を選ぶことのどこに笑う要素があるんだ」

「何か聞こえますよ……名前、かな?」

「俺たちの名前ですね」


 紙を選びながらなぜ名前を言うんだ、という部員たちの疑問は解決することなく、状況が動き出した。購入する和紙が決まったようだ。理久はレジへと向かい、茜はどこかに行ってしまった。


「どこに行くんでしょうか?」

「何か買うんじゃないか、絵の具とか」

「哲郎、茜は絵描かないよ。美術の成績2だって言ってた」

「あいつ体育以外ほとんどダメだな……」

「琴平先輩、帰ってきました。茜先輩を探しているみたいです」

「は? さっき別れたのに分かんないのか?」

「すごくキョロキョロしてますね。指定された場所のコーナーが分からないのかもしれないです。ここの文具店、かなり広いので」

「あいつら……しっかりしろよ」


 そのとき、微かな泣き声が五人の耳に届いた。子どものようだ。


「ことりちゃん、泣いてる男の子に話しかけた」

「さすがです先輩……ッ! 小峰は今、感動してます!」

「まぁ下に兄弟いるって言ってたしな」

「見る限りだと迷子だ。受付に連れて行くらしい」

「スマホいじってますね。茜先輩にメールでしょうか……あ、行っちゃった」


 するとほぼ入れ替わるように、五人の視線の先に茜がふらりと現れた。しかし、彼は少し辺りを見渡したのち、文具店内を歩き始める。

 悠介は思わず呆れた表情になった。


「おいおい……これ完全にはぐれたじゃねーか」

「どうしよう、何か言った方がいいかな」

「それだとバレる。今は見守ろう」

「哲郎先輩の言う通りです。それにさっき、琴平先輩メールっぽいことしてたので多分、大丈夫かと」

「茜先輩が気づけばいいんだけど……」


 五人が見守る中、茜は文具店内を一周し終えるとズボンのポケットに手をかけた。端末の存在に気づいた! と全員が期待したが、なぜか茜はピタリと止まる。そして何も取り出すことなく、今度はショルダーバッグの中を確認し始める。

 五人の脳内、とある可能性が浮かんだ瞬間でもあった。


「……なぁ神楽、もしかして」

「大丈夫だよ。哲郎が考えてること、多分みんな思ってるから」

「あの探しまくる様子、間違いないですね」

「悠介先輩、茜先輩って普段からあんな感じなんですか」

「いや、一年のころは酷いもんだと琴平から聞いていたけど、それでも最近はかなり回数が減ったんだ」


 悠介は「でも」と溜め息を吐きながら、片手で顔を覆う。


「……茜のやつ、今日に限ってスマホ忘れたな」


 出掛けることで頭がいっぱいだったのか、単なる忘れ物癖が再発しただけなのか。どちらにせよ痛い失態であることに変わりはない。

 五人の中に恐ろしい雰囲気の沈黙が流れる。


「だ、大丈夫なんでしょうか?」

「琴平が帰ってくれば問題ないだろ」

「でも、ことりちゃん迷子センターに預けても、男の子に『お母さんが来るまで一緒に待ってるよ』って言いそう」

「神楽の意見に一票」

「俺も一票入れます」


 神楽の可能性があり過ぎる意見に、悠介と真城は戦慄した。このあと待ちぼうけを食らうだろう茜を思うと、同情しか出てこない。

 恐る恐る彼に目線を戻す。茜は端末を忘れたことをようやく認識したのか、カバンを掛け直し、エレベーターの近くの壁に寄りかかった。

 そして小さくではあるがーー確かに舌打ちをした。

 五人はビクリと肩を震わせる。


「……茜先輩でも舌打ちってするんですね。普段あんなにニコニコ笑って、人生に不幸なんてないって感じなのに」

「だからこそ、こういうときにキレるんだろ。自分に対して」

「辛い話だね」


 いよいよ茜の周りの不機嫌オーラが黒く滲み始めたそのとき、理久が戻ってきた。二人が話している中、茜の声が聞こえた。


「あー……えっと、充電切れちゃって」


 神楽と真城がボソッと呟く。


「……ことりちゃんに、嘘ついた」

「そこまで言いたくないんでしょうか」

「許せ二人とも。男にはな、カッコよく見てほしくて見栄を張りたいときがあるんだ」


 悠介の言葉に哲郎と凪沙が力強く頷いた。

 それでもやはり「忘れたことも充電が切れたこともさして変わりはないだろう、どっちもカッコ悪い」と女子が冷めた目を茜に向ける中、二人が移動し始めた。

 一同は違和感を覚える。


「まだどこか行くんすか」

「もう買うものはないはずだが……」

「とりあえず追いかけますよ!」


 静かに背後を尾行し続けた結果、やって来たのはクレープ屋だった。悠介は首を傾げる。


「あいつら腹が減ったのか……?」

「分かんないですけど、デートっぽくていいじゃないですか!」


 なぜかそう言いながら五人も列に並んでいる。いつの間に、と悠介が我に返った。


「おいちょっと待て、なんで俺たちまで食べる流れに」

「せっかくだから食べましょうよ。自腹で払いますから」

「当たり前だ!」

「神楽先輩何にしますか? あたし、フルーツ盛り合わせとバニラアイスのやつにしようっと」

「桜クレープかな」

「じゃあ俺、ティラミスで。哲郎先輩は?」

「鮭の味噌焼きクレープ」

「先輩って危ない橋を渡るのが好きですよね。芸術家の本能なんですかそれ」

「いや、本能ではない。悠介は何にするんだ」

「白玉あんみつクレープ……って、俺は食べるなんて一言も言ってねーし!」

「でも甘いの好きだろう? 文芸部の中で一番食べるじゃないか」

「えぇー!? 悠介先輩、甘党なんですか!」

「全然食べないように見えますね」

「分かったよ食うから! 食べるからそういうこと言うな!」


 結局五人分しっかり頼んで、クレープを堪能しつつ二人の様子を見ていた。もちろんかなり遠くからではあるが。特に問題なく時間は流れ、こちらもそれなりに楽しくおやつを味わっていたのだが突然、凪沙が飲んでいた紅茶でむせた。

 悠介は「おい、大丈夫か」と言いつつ背中をさする。ようやく落ち着いたところで、後輩が口を開く。


「すみません、なんか、茜先輩が」

「茜? ……何したんだあいつ」


 苦い顔をする悠介に凪沙は少し考えたあと「口で説明するより実行した方が分かりやすいです」言うや否や、悠介の手首をガシッと掴んで白玉あんみつクレープを引き寄せる。思いっきり食らいつく様を部員たちは唖然とした表情で見つめていた。

 口をモグモグさせながら、


「こんな感じのことを琴平先輩にやりました」

「すごい……」

「キャー! 茜先輩男前、カッコいい!」

「よくもまぁそんな真似が出来るよな……つーか凪沙、お前ちゃっかり白玉食っただろ」

「何の話ですかね」

「悠介、俺の鮭をやる」

「あ、ありがとう哲郎……気持ちだけありがたく貰う」


 そんなことを話しているうちに、二人はまた移動し始めた。まだどこか行く場所があるのか。


「本格的にデート化してきたよ、凪沙くん」

「だな」


 もはや慣れてしまった尾行の末、辿り着いたのは本屋だった。文芸部なのだから問題はないのだが、しかし「なぜ本屋?」という疑問はあるわけで。

 理由を考えていたら、あるポスターが悠介の目に留まった。それは、理久の好きな作家の最新刊を宣伝する内容のものだった。恐らくこれを買いに来たのだろう。ようやく腑に落ちる。

 せっかくだから俺も何か買おうかな、と辺りを見回して他のメンバーがいないことに気づいた。深く探すまでもなく見つかったのだが、その手に取っている小説に問題があった。


「あ、これ悠介先輩の本だよ」

「本当だ。面白いのかな」

「私持ってるよ。面白かった」

「俺も読んだ。良かった。続きが読みたい」

「わあぁぁぁッ!!」


 駆け寄って真城から本を奪う。顔が熱くなってるのが自分でもよく分かった。


「あ、あんまり見るな!」

「そんな今さら……悠介先輩の作品はいつも部誌で読んでますし」

「本当に今さらですよ。なに恥ずかしがってるんですか」

「嫌なもんは嫌なんだよ!」

「分かりましたよ。じゃあ買わないでおきます」

「はぁ!? そこは買えよ!」

「一体どっちなんですか、意味分かんないっす」

「凪沙くんが買うならあたしも買おーっと」


 ひとりは嬉々として、もうひとりは面倒そうに、レジへそれぞれ本を持っていった。神楽と哲郎がおかしそうにクスクス笑うものだから、悠介は赤い顔でそっぽを向いた。すると偶然にも、その先には理久と茜がいた。かなり距離が遠いので自信はないけれど、理久は何か本を選んでいるようだ。背後に立つ茜がそれを見ていて、ふいにーーこちらへ顔を向けた。悠介との視線が絡み合う。

 気づかれたと頭では理解しているのに、目を逸らすことができない。まるで心臓を握られている気がする。少しでも動けば、視線だけで殺されそうだ。

 激しい鼓動を何とか抑える。遠くの茜は薄っすら微笑むと、唇に人差し指を当てた。内緒だよ。そう言っているような動作で、さっきまでの硬直が嘘みたいに解けた。同時に悟る。


 ーーあいつ、最初から俺らに気づいていやがった


「こんの野郎……牽制のつもりか」


 そう呟いた悠介に神楽が首を傾げる。

 これだけの大人数だ。バレても仕方はないが、それにしたって意地が悪い。


「心配しなくても、誰も取ったりしねーよ」


 だからさっさと告っちまえ。さすがにそこまで口にはしなかったものの、茜には何となく分かったのか、バツが悪そうに笑って、また目線を外した。

 会計を終えた真城と凪沙が戻ってきたところで、悠介は「帰るぞ」と宣言した。帰宅を嫌がる二人に、茜がとっくに自分たちに気づいていることを伝える。後輩たちは驚いた。


「気づいてるのに無視してたんですか?」

「茜はそういうところがあるんだよ」

「なんか、牽制みたいっすね」

「俺もそう思った」


 怒らせると怖いからなーあいつ、と悠介はエスカレーターへ歩き出す。部員たちもその後ろをついて行った。凪沙が訊ねる。


「怖いって、怒らせたことあるんですか。茜先輩を」

「ある。というか、一年のときケンカした」


 足を引っ掛けて転ばせたのは覚えているのだが、あとはあまり思い出せない。きっと言い争いの発端も些細な、どうでもいいことだったのだろう。

 けれど、そのときの茜の妙に静かで、殺気立った目は記憶に刻まれている。あのあと、理久が止めていなかったらきっと自分はーー。


「茜先輩って、怒るとどんな感じですか」

「あー……死ぬかもしれないってこっちが思う」

「どんだけヤバいんですか……! それもっと早く言ってくださいよ!」


 焦る真城に悠介は笑いかける。


「大丈夫だろ。もうそんなに怖くねーよ」

「何でですか」

「……さぁな」

「えぇー! 教えてくださいよー」


 大切な人が出来たのなら。もうあんな、ひとりだけで生きているような恐ろしい目は二度としない。

 人は守り、守られ、生きていくことを彼は知ったのだから。


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