49話 出陣、高校生文芸大会
地方大会の日は突き抜けるような青空で、思わず笑みがこぼれそうにーーなっていなかった。学校の前で待ち合わせをしていた面々は、暗い理久の表情に首を傾げる。
「こと先輩、どうしたんですか?」
「いや実は……誰か今朝の地域新聞見た人いる?」
「あぁあれですか」
凪沙ただひとりが合点がいったように言う。
「俺たちが十年ぶりくらいに地方大会に出場するっていう記事ですよね」
「え!? 文芸部、新聞に載ってるの!?」
「ちょ、茜先輩! その記事ネットでサーチかけたら出てきますよ!」
「マジ!?」
スマートフォンを中心にはしゃぐ姿を横目に、悠介は理久を見る。
「それで緊張してんのか」
「だって新聞に載るとは思わなかったし……」
「らしくねぇな。琴平なら『面白くなってきた』とか言うと思ったんだが」
顔を上げる。優しい笑みを浮かべる悠介と目が合った。
「大丈夫だろ、俺たちなら」
一同の目線が理久に集まる。どれも晴れやかな表情で思わず苦笑してしまった。
自分はなんて小さなことを気にしていたのだろう。
そうだ、きっと僕らならーー
「ーーじゃあ、行こうか」
突き抜けるような青い空の下。
地方大会が始まる。
◇◆◇
私立の学園を借りて会場となっている広いホールには、すでに色とりどりの部誌が並べられており、多くの学生で賑わっていた。冬のコンクールとは比べ物にならないそれに圧倒される。すると、
「あーかーねーくん!」
元気な声に茜はギクリと体を強張らせる。案の定、手を振りながら駆けてくるのは明菜だった。なかなかに顔立ちが良い彼女はすでに他校の男子からの視線を集めてしまっていて、例えようのない気まずさに襲われた。
しかし邪険に扱うとあとが怖いので、
「おはよう! 調子はどう?」
「……おはよう、水澤」
「なんで目逸らすの?」
とりあえず挨拶だけ、と思ったが笑顔のまま指摘される。
「絶対俺のこと弄りに来ただけのくせに」
「分かってるならもっと面白い反応してよー。まぁ、嫌がる顔を見るのも楽しいけど」
このドSめ……と心の中で悪態を吐く。
どうやら山城学院も大会に参加しているようで、理久を見るとイツキや虎松と談笑していた。時折見せる屈託のない笑顔がその楽しさを表す、何よりの証拠だ。
ふいに明菜が呟いた。
「茜くん、理久ちゃんに告白した?」
「は!?」
反射的に冷静さの欠片もない反応をしてしまった。慌てて取り繕うとするが明菜の前では、やっても通用しない気がして溜め息混じりに諦めた。
「別に、してないよ」
「えぇー早くしてよー」
「なんで水澤に強制されなきゃいけないの……」
「あたしが面白いから!」
「うわぁ輝かしい笑顔ですねやめてください」
嫌味すら快感なのか明菜は「やっぱり茜くん楽しい!」とご満悦の様子だ。そうですか、こっちは調子が狂いっぱなしで困ります。
「そういえば、茜くん背が伸びた?」
勝手に人の周りをグルグル回りながらそんなことを言う。真面目に取り合うのも疲れたので端的に、
「あぁうん。やっと百七十センチ越えた」
「前は理久ちゃんよりちょっと高いくらいだったのにね! あ、もしかして、一年生のころは理久ちゃんより小さかった?」
「小さくない、同じくらいだった」
身長は茜のコンプレックスだった。男子部員の中でも一番小さく、哲郎より理久と並ぶ方が安定感があることを気にしていたのだ。念願叶ってようやく悠介に追いついたが、指摘された勢いで言ってしまったことを次の瞬間、後悔する。
嬉しそうな笑顔の明菜がそこにはいた。
「へぇ同じくらいだったんだ! そうなのかぁ」
「……違う、今の嘘だから」
「即答したのに今さら何言ってんだか。でも良かったじゃない。理久ちゃんと並んだら良い画になるよ、今の茜くん」
そう言われたのち理久を見る。相変わらず楽しそうに談笑していたが、ふいに目が合う。
けれど、理久は微笑みかけてくるわけでも、手を振ってくれるわけでもなく、すぐさま目線を逸らしてしまった。
ズキリ、と胸が痛む。
「……どうしたの、ケンカ?」
様子を見ていた明菜が心配そうに聞いてくるが、何でもないとだけ返した。
近頃はいつもこんな調子だ。同じクラスで、同じ部活仲間のはずなのに、以前より話す機会も横に並ぶことも減った。避けられているのだと気づくのに、そう時間は要さなかった。
原因は何だろうか。何か気に障るようなことをしただろうか。疑問ばかりが増えていく。
ーー告白、か
ふと明菜に言われた二文字を思い浮かべる。
甘酸っぱい響きを持つそれは、自分とは一生縁がないのかもしれない。
ーーできるものなら、とっくにしてる
僕は目を細めて、愛しい彼女をただ眺めることしかできない。
◇◆◇
確かに耳はイツキと虎松の言葉を捉えている。しかし意識が向いているのは、少し遠い場所の茜と明菜の会話だった。
何を話しているのだろう、楽しそうに笑っているのだろうか。同じことばかりが頭を巡って恥ずかしくなる。気になって仕方がないので、少しだけ、と自分に言い聞かせ向こうを見る。
茜と目が、合った。
瞬く間に熱くなった顔を見られたくなくて、素早く目線を逸らしてしまう。心臓が高鳴り方が異常なまでに激しい。落ち着け自分! 目が合うくらい今までに何回もあった!
しかし、今までとこれからは違うのだ。好きと認識している人と、友達じゃ気の持ちようも変わる。
分かっている。分かってはいるのだが、
「理久ちゃん大丈夫!? 顔赤いよ!」
「だ、大丈夫……」
「どうした理久! 待っていろ、今俺が力を解放してーー」
「ちょ、イツキも落ち着いて!」
恋って慣れないことに精神を使うなぁと理久は思った。
◇◆◇
他校の部誌を眺めながら歩いていると、ふいに立ちはだかる人影。見上げると相変わらず怖い目つきの友人がいた。
「彰、久しぶり。佐伯総合も地方大会、来てたんだな」
「あぁ」
「悠介ー!!」
威勢の良い声で二人の間に飛び込んできたのは千紘だ。悠介の手を取って無邪気な笑みを露わにする。つられて笑いながら気付いた。見ないうちに千紘の背は伸びていた。そういえばこの前の健康診断、茜が身長伸びたって泣きそうな顔で喜んでたな。
変わっていくんだな、としみじみしてしまう。
「志木も予選通過したんだね、おめでとう!」
「まさか創部二年でここまで来れるとは思わなかった……」
悠介の正直な感想に彰と千紘は顔を見合わせて小さく笑った。
「やっぱり悠介、僕らの誘いに乗らなくて正解だったね。志木に行ってから表情、すごい優しくなった」
「え……」
先日茜にも似たようなことを言われたばかりだが、そんなに分かりやすく変わったのだろうか。
首を傾げていると「自分じゃ分かんねーだろうな」と彰が言った。
「無意識な変化ってものも、この世にはある」
「それは悪いことじゃないよ。むしろ、僕らとしては嬉しすぎるほどだから」
言われたことを自分の中で消化しているうちに、二人は行ってしまった。「お互い頑張ろうね」という千紘の言葉だけがこの場に残る。
無意識な変化。なぜか胸が嬉しさで締めつけられるような感覚を覚える。やはりそれを迎えることができたのも、文芸部があったおかげだ。
運命の赤い糸は必ずしも恋人を繋げるわけではなく、時として、かけがえのない絆を結ぶものなのかもしれない。
文芸部のことになるとロマンチックな考えに走る自分に思わずクスリと笑ってしまった。
◇◆◇
大会の形式はコンクールと同じだった。配られた票をどれだけ多く集められるのか。票の多い三校のみが全国大会への切符を手に入れる。
広いホールに様々な学校の文芸部がひしめき合う。高級そうなスーツを着たメガネの男性が壇上に立った。集計結果が出たらしい。
静寂に包まれる空気。
男性が手元の紙を読み上げる。
「今年の上位三校はーー」




