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拝啓、未来より  作者: 真野/休止中
3年生編
50/68

48話 365日、カウントダウン

 目の前にはらりと落ちた何かに顔を上げる。満開の桜の樹がそびえ立っていた。

 今年も立派に咲かせてくれた花弁は、雪のように舞い散る。

 目を細めながらそれを眺めていると、背後から声をかけられる。


「ことりちゃん」


 神楽だった。早く行こ、と手を引いてくれる彼女に笑みがこぼれる。

 あと何回、こんな幸せを噛みしめることができるだろう。

 マイナス思考は良くないと思いながらも、最近そんなことばかりを考えてしまう。理久だけではない。もしかしたら神楽も、他の人たちも同じ気持ちなのかもしれない。

 茜と初めて出会ったあの春から月日は流れた。

 今日から、三年生になる。


 ◇◆◇


 昇降口に去年のクラス名簿が貼り出されている。自分の名前の横には今年のクラスが書かれているはずなのだが、確認するより早く神楽が抱きついてきた。


「ことりちゃん、また一緒のクラスだよ!」

「え! ホント!? やった!」


 輝かんばかりの笑顔で、手を取り合って喜ぶ。茜と神楽は去年も同じクラスだったが、やはり仲の良い友達とは何回でも同じクラスになりたい。

 嬉しがる理久の後ろから声がした。「朝から元気だな」


「クラス一緒だったのか?」

「悠介、おはよう」

「あぁ。御崎もおはよう」

「おはよう。私とことりちゃん、一組だったよ」

「そうか」


 なぜか少しだけ暗い顔つきの悠介。理久は首を傾げる。


「どうした?」

「いや、このシチュエーションだと、俺だけ別クラスのパターンだろうなって……」

「誰もそんなこと言ってないだろ。なに弱気になってんだ」

「松野、去年は和多と同じクラスだったよね」

「そうだけど今年はどうなるか分からなーーあ!!」


 突然の大声に二人は驚いて肩をビクリと震わせた。


「な、なに……?」

「俺も同じクラス!」


 パッとこちらを向いた悠介の表情の嬉しそうなこと。部活動を共にしてきた中でもベストワンに輝くそれは、理久と神楽をしばらくの間、ポカンとさせるには十分すぎるほどのものだった。

 やがて悠介は我に返って二人から顔を逸らした。


「……悪い、今の忘れろ」


 耳まで真っ赤にさせてそんなことを言うものだから、理久と神楽は顔を見合わせたのち、ニヤリと笑った。


「はてさて何のことかなぁ、よく分かんないね。ところで悠介は誰と同じクラスだったんだ? ん?」

「ずばり、今のお気持ちをどうぞ」

「忘れろッつってんだろ! 面白がってんじゃねーよ!」

「悠くん顔赤いよー?」

「その呼び方やめろ!」

「照れてるの? 悠くん」

「な!? 御崎まで……ッ!」

「朝から元気だねぇ」


 ふいに入り込んできた声は茜のもので、隣には哲郎もいた。

 理久の心臓が強く脈打つ。


「みんなおはよー」

「新学期おめでとう」


 哲郎の謎に満ちた挨拶はさておき、悠介が逃げるように「何でもない、お前ら何組だった?」と話題を変える横で、理久は茜の姿に心音を弾ませていた。好きな人を前にして冷静でいられる女子はいない。まさに理久もそのひとりで、少しだけ茜と距離を取りながら、名簿を見る声を聞く。


「んー、俺はねー……あ、一組だ」


 続いて哲郎も、


「俺も一組」

「ということは、全員同じクラス……」


 悠介の言葉を一同は少しの間、理解するのに時間を要した。が、次の瞬間、湧き上がった喜びの声を上げてしまい、先生に注意されたのは言うまでもない。


 ◇◆◇


 新しい教室に向かう途中、理久は背後から名前を呼ばれて振り向いた。

 制服を身に纏った見慣れない姿に驚きつつ、微笑を浮かべる。


「おはようーー紗也」


 挨拶された紗也は気恥ずかしいのか、首に手を置きながら「おう」と短く返答する。今日が初めての登校になるため落ち着かないのだろう。

 神楽たちには先にクラスへ行ってもらい、しばらく二人きりで話した。


「似合ってるよ、制服」

「あんまり見るな。なんか……やだ」

「そのうち慣れるって」


 ところで、と理久は訊ねた。


「紗也、やっぱりクラスは違う?」

「あぁ。休学扱いだったからな。特別学級ってことで」

「そっか」


 少し肩を落とす理久に紗也は言う。「そんな顔するな」


「良かったじゃないか、出雲と同じクラスで。本当は嬉しくてたまらないくせに」

「そ……ッ!? そんなことーー」


 思ってない、と完全に否定することはできなかった。それは少なからず嬉しいと感じる自分がいるからで。

 頬を赤らめて俯く。優しい声が耳を通る。


「まぁ俺も理久もそれぞれ大変だけど、お互い頑張ろうな」


 なんかあったらすぐ言えよ。別れ際の言葉は自分が紗也に言うつもりだったもので、考えていることは同じなんだなと少し苦笑してしまった。

 チャイムが鳴る。理久は慌てて階段を上り始めた。


 ◇◆◇


 登校初日はだいたい連絡事項が主なので、あっという間に放課後がやって来る。

 春休みが明けたばかりで部活動をしているところは少ないが、この日は珍しく文芸部も活動中だった。それもそのはず。部員にとって今日ほど緊張感のある日はなかった。

 新三年生はもちろん、今年は同じクラスになれた真城と凪沙も、爆弾か何かを眺めるように黙り込んでいる。

 強張った表情で理久は茶封筒に手をかける。


「じゃあ……開けるから」


 一同の視線を受けながら、震える手で書類を取り出す。閉じた目を恐る恐る開けて文章を読む。どれほど沈黙が続いただろうか。ふいに理久の瞳が見開かれた。

 次第にニンマリとした笑みを露わにする。


「ーー予選通過しました!!」

「ッしゃあ!!」


 ガッツポーズで喜びを表現したのは悠介だ。他の面々も手を取り合ったり、ハイタッチしたりと様々な手法で喜びを分かち合っている。

 今日は始業式と同時に『高校生文芸大会』の予選結果の発表日だったのだ。

 ちょうど二年前、理久が出たいと言いつつ悠介に却下されたものであり、今回こそはと去年の冬に予選大会へと参加してきた。

 結果、めでたく予選通過。


「やったー!! すごい嬉しい!」

「やりましたね先輩! 今日は宴会ですよ!」

「じゃあどっか食べに行きますか?」

「いいね!」

「おい、油断するなよ」


 賑やかな雰囲気に響いた悠介の声。理久はギクリとして振り向いたのだが、


「予選の次は地方大会ーーそこを通過して、初めて全国だ。忘れんなよ」

「悠介、顔が笑ってる」

「ある意味この中で一番嬉しさを隠しきれてないですね」


 凪沙の冷静な言葉に悠介はハッとして、わざとらしく咳払いをした。誤魔化しきれていないが、ここは触れないでおいてあげよう。

 理久は全員に言うつもりで声を張る。


「悠介の言う通り、まだ地方大会がある。ここからが本番だ。気を引き締めて頑張ろう!」


 おぉー! という威勢の良い声が部室に鳴り響く。改めて気合いを入れ直した瞬間でもあった。

 しかし、やはり大きなことを成し遂げると褒美が欲しくなるもので、当初の話し合い通り何か食べに行こうという流れになる。真城と凪沙、茜と悠介が話しながら部室を出て行く。身仕度を整えていると、ふいに話しかけられた。「理久」声の主は神楽と哲郎だった。


「ん? どうしたの? 早くたい焼き食べに行こうよ」

「あのね、その……えっと」


 言い淀む神楽を不思議そうに見つめる。すると哲郎が、


「ありがとう」


 突然のことに理久は目を丸くしてしまう。

 しかし哲郎が先陣を切ったことで、神楽も意を決したように口を開いた。


「わ、私たちを文芸部に誘ってくれてありがとう!」


 普段の神楽からは考えられないほどの大きな声だった。ますます訳が分からなくなる理久に、二人は少しずつ言葉を紡いでいく。


「その、もうすぐ卒業だし、いつかちゃんとお礼言わなきゃいけないって思ってたから。私、ことりちゃんーー理久のおかげで学校すごく楽しい。きっと文芸部に入ってなかったらこんなこと思わなかった。本当に感謝してるよ」

「俺も、文芸部に入って変わった。毎日放課後が楽しみになったし、自分に正直な気持ちで絵が描けるようになった」


 だから、と二人が微笑む。


「ありがとう、理久」


 目の奥が熱くなったがグッと堪えて、理久は神楽と哲郎を抱き締めた。二人分なので腕を回すことはできないが、それでも精一杯力を込める。

 声が震えないよう、なるべく強い調子で言う。


「今があるのは二人が頑張ったから。私はちょっと手伝っただけだよ。でも、そう言ってもらえて嬉しい」


 こっちこそありがとう。

 感謝の思いが胸を温かくさせる。神楽と哲郎は理久を優しく抱きしめ返した。


 ◇◆◇


 廊下の壁に寄りかかりながら、茜と悠介は部室の会話を聞いていた。真城と凪沙には昇降口で待つよう告げてある。

 茜の嬉しそうな囁きが静かな廊下に響く。


「神楽と哲郎は、最初のころより自分自身のことが好きになったよね。良かった」

「……そうだな」


 隣に立つ副部長も微笑を浮かべながら答える。


「悠介も変わったね。体の周りの怖いオーラがすっかり消えた」

「そうか?」

「今もだけど、よく笑うようになった」


 口元を指さされたので触れてみる。確かに自然と、無意識に笑うことが多くなった気がする。


「笑うようになったのは、御崎と哲郎も同じだろ」

「まぁ、そうなんだけどさ」

「……不思議なもんだな」

「何が?」

「人の縁ってやつが」


 悠介の顔つきは柔らかいものだったが、至って真面目で冗談を言っている様子はなかった。


「なんだかんだ全員いろんな面で変わったけど、このメンバーが出会わなかったらそれは起きなかったんだ。人間、最後は自分が頼りだなんて言うけど、俺たちは俺たちじゃなきゃきっとダメだったんだろうな」


 この五人が出会わなければ、きっと誰も変われなかった。

 暗く冷たい淵から、救われなかった。

 大切なものに、気付けなかった。


「そう考えると、俺たちは何かで繋がってる仲なのかもしれないな」

「珍しくロマンチックだね」

「そりゃ現実を離れて、夢のひとつやふたつ見たくなるだろ」


 そこで声も、表情も翳りを帯びる。


「……もう、今年で卒業なんだから」


 今以上に顔を合わせなくなるだろう。

 連絡だって、することの方が珍しくなる。

 だからさ、と悠介は無理やり明るい口調を使った。


「大会頑張ろうな、絶対全国に行こう」


 茜は頷きながら笑った。

 しかし、その笑みは悲しげで、どこか遠くを見つめているようだった。

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