3話 なぜか、事件発生
入学式が終わったのは昼過ぎだったはずなのに、もう日が暮れかかっていた。
「……未来人」
呟いた単語が宙を漂う。
理久が呆然としている間も、茜は手を握りしめたままだ。しばらく奇妙な静寂が流れた後、ふと思い出したように茜が口を開いた。「あ」
「そういえば琴平は何の部活創りたいの?」
「ーーは?」
突然変わった話題に意識を戻しながらも、呆けた声を発する。
「創部届け。何の部活?」
「え……っと。文芸部、だけど」
「なら、俺手伝うよ」
どんどん移り変わっていく話題に頭がぐらつく。
ーー何だこいつ……まともに会話が……!
「創部するなら部員必要だし、俺も入部して手伝うよ」
予想だにしなかった、その言葉に対し理久の心に光が差し込む。
だが、その光もすぐに萎んでしまった。
「…………よ」
「ん?」
「出雲くんは、いいよ」
静かだが、はっきりとした口調で理久は言い放った。掴まれていた手を下に下ろすと呆気なく離される。
「……出雲くんだって入りたい部活あるだろうしーーそれに」
もう諦めたから。
寂し気な笑顔を浮かべつつ、理久はそう言うとスカートの裾を翻し、昇降口へ足を踏み出した。
廊下に一人取り残された茜は数秒、立ち尽くす。やがて目を覚ましたらしい子犬の鳴き声にハッとし、喉の辺りを撫でた。
気持ち良さそうに甘える姿を見ながら微笑む。
「……諦めた、か」
窓の外にある志の木が、春風に揺れた。
◇◆◇
入学してから早くも三週目がやってきた。
クラスの中では既に数個のグループが出来ており、学級としても成り立っている頃、理久は自分の席で一人悶々と頭を抱えていた。
六列ある内の三列目、一番後ろの場所が理久の席なのだが当然その傍を通るクラスメートは、漂う不穏なオーラに近づくことすら出来ない。
ーー……やっぱり諦めよう
ーー出雲くんのだって断ったし
ーーうん、諦めて違う部活を探して……
「……あぁ、畜生」
朝からずっと同じことを考えている自分に腹が立つ。確かに入りたかった部活ではあるが、ないと言われたのだから大人しく諦めればいいものの心では諦めきれずにいた。
溜め息をついた、その時。
教室前方の引き戸が開かれ、誰もが入学式以来学校へ来ていない茜のことを思い出した。
だが、顔を覗かせた人物はクラスメートの佐和田だ。明るい独特の声が響き渡る。
「おい、ニュース! 何か二年の先輩が自殺しようとしてるらしいぜ!」
佐和田は俗に小学校で言う「おい先生来たぞ!」という、どうでもよさそうでよくないことをクラスに連絡する立場のキャラらしくーーえ、今何て?
「マジかよ、佐和田!」
「マジだって! 先生総出で屋上に向かってるらしいぜ!」
そういえば、もうすぐ一限目が始まるというのに先生が来ていないことに改めて気付く。
それは他のクラスも同じのようで、騒がしい廊下や教室から聞き取れた。
「どうするよ? 行ってみっか?」
「行ったところで何になるんだよ」
「俺見に行くー! 佐和田、案内して!」
「じゃあ、俺も」
一人がそう言うとガタガタと席を立つ者が増え、ついにはクラス全員が教室を出て行く流れとなっていた。一気に喧騒が波紋していく。決められたばかりの学級委員も困りながら、後へ続いた。
理久も気は進まないが椅子から立ち上がる。
ここで行かなかったら、きっとクラス内で浮くはめになるだろう。
それだけは避けたかった。
◇◆◇
ゾワリと背中に悪寒が走る。
思わず振り返るが、もうすぐ昼だからか人の姿は見られない。
歩道を歩いていた茜はすばやく、肩に乗るショルダーバッグを握りしめ、足を急がせた。
久しぶりに来た学校の門をダッシュでくぐり抜けると、目線を上に向ける。一番騒がしくなっているであろう屋上を一瞥し悔し気に舌を鳴らした。
「遅かったか……」
踵を返して、そのまま事務室のある棟へと茜は向かった。