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拝啓、未来より  作者: 真野/休止中
1年生編
26/68

24話 潜入、再会とともに

「おぉ……!!」


 扉を開けた理久は思わず感嘆の声を漏らす。

 広い会議室のような部屋は、たくさんの学生たちで溢れかえっていた。それぞれが長机の上に置かれている部誌を手にとり、会話したり、夢中で読んでいたりしている。初めて感じるその空気や賑わいに理久は目を輝かせ、背後では悠介が不安げな顔を見せていた。

「絶対にバレるようなことするなよ! いいな!? 先生はお前たちを信じてるから!」と戸塚から激励をもらい、ついさっき駐車場で別れたばかりなのだが、この理久のはしゃぎようを見るかぎり正直言って、


「……不安しかねぇ」


 何かあったときには戸塚が責任をとってくれるとはいえ、改めて冷静に考えると罪悪感がこみ上げてきた。

 思わず口からこぼれた本音に反応して、横から茜がヒョッコリと顔を覗き込んでくる。


「大丈夫だって、要は大人しくしてればいいんでしょ?」

「俺はアイツがここで大人しくできるとは思えないけどな」


 そう言って理久の方をチラリとうかがう。すでに神楽や哲郎と他校の部誌を読んでおり、楽しそうに感想を言い合っていた。苦い表情をする悠介の肩をポンと叩いてから、茜は明るい調子で告げる。


「平気平気! 俺も今日は真面目な生徒をしながら、理久の監視もするし。ほら、悠介も楽しみにしてたんだから、今日はゆっくりしなって!」

「茜……」


 これほどまでに頼もしい茜を見たことがなかった悠介は、まさに目から鱗が落ちたような反応をした。伊達眼鏡をしているせいか、いつもより賢そうに見える茜は得意げに笑うと、悠介から離れていく。

 だが途中で思い出したように振り向き、いつもの笑顔で言葉を吐いた。


「あ、でも、最終的には悠介がストッパーだから! 俺もあんまり自信ないし!」


 残された発言に「は?」と呟いて悠介は固まる。そのまま「じゃ、またあとでー!」と走り去る茜を呆然と見送ったあと、誰にも聞こえないような小声でボソリと言葉をこぼす。


「……期待した俺がバカだった」


 やっぱり茜は茜だ。改めてそう自分に言い聞かせる悠介。

 思わず溜め息がこぼれ落ちるが、視線の先で楽しそうに会場を走り回る騒がしい部員を眺めていると、少しだけ頬が緩んだ。まだ出会って、部を創ってから、四ヶ月ほどしか経っていないはずなのに、もうずっと前から一緒にいるような感覚が時折起こる。そんなこと自分だけなのかもしれないが、そんな風に思えること自体が悠介は素直に嬉しかった。


 ーーこういうの、青春って言うのかな


 らしくもないことを頭の隅で考え、少し吹き出す。きっと理久や茜たちに言ったら笑われるだろうな、そう思いながら足を進める。

 茜に言われた通り今日は自分も楽しもうと考え、まずはどの学校から見ようかと辺りを見回したーーが、視線を動かす悠介の背後から声をかけられた。


「あ、あの」


 控えめに話しかけられ、なんの警戒心もなく、極自然に振り返る。だが、そこに立っていた人物を見て、思わず目を見開いた。

 もう二度と、会うことはないと思っていたのに。


「もしかしてーー悠介?」


 鼓動が嫌な風に、ドクリと音を立てた。


 ◇◆◇


「茜! 見ろこの部誌、すごく面白かった! あ、神楽! こういう詩も部誌に入れてみるか!? 哲! この部誌の表紙と挿し絵クオリティ高いな! あ! あっちの方まだ見てな」

「ちょ、理久待って待って! そんなに焦らなくても部誌は逃げないよ! あともうちょっと静かに!」


 監視をする、と宣言したものの茜は早くも限界を感じていた。ほとんど走り回っているとしか表現できないくらいに理久のはしゃぎようは半端ではなく、後ろをついて回るのが精一杯なくらいだ。予想を遥かに超えていたそれに、並べられている長机の上にある他校の部誌を次々と眺める理久の背後で、すでに息が途切れつつある茜は呼吸を整える。


「も……もう、なんなのこの子……」

「さっきまでセーラー服をあんなに嫌がってたのにな」


 変わりようがすごい、と呟く哲郎だがその手元にはいくつかの部誌が握られていた。それを見て茜は肝を冷やし、小声で叫ぶ。


「て、哲郎! 部誌は持ち帰り禁止されてるよ!?」

「問題ない、少し借りるだけだ」

「そんなイケメンボイスで言われてもダメなものはダメだから!」


「もとに戻してきなさい!」と茜に言われ、哲郎は渋々返しに道のりを戻る。その後ろ姿を見送りながら溜め息をついたのだが、ふと目線がある机へ向けられた。そこには耳元にリボンのついたカチューシャをつけた、真新しい制服姿の少女がおり、やたらキョロキョロと不審な動きを見せている。茜はその背後に立つ。


「……神楽? なにしてんの?」


 突然響いた茜の声にビクリと肩を震わせた神楽は、口をパクパクさせながら目を泳がせた。明らかに自分から不審さをアピールしているかのようなそれに、思わず笑いが吹き出しそうになるがグッと堪える。

「もう、どうしたのー?」と微笑とともに聞きながら神楽の手元を見ると、さっき見たような気がする部誌がそこにはあった。確か最後に見たのは哲郎の手元。

 数秒、笑みを保ったままだった茜は、口調がいつもより静かにして言葉を紡ぎ出す。


「神楽さん……ここの部誌はね」

「……ち、ちょっと借りるだけ、だから」

「どうして皆同じこと言うのかな! そんなに!? そんなにその部誌が欲しいの!?」


 見ると表紙は確かに綺麗だった。大きな木の下で数名の学生が思い思いの姿勢で読書をしている絵。上記には「山城記」とゴシック体で印刷されていた。どうやら学校名から部誌の名前をとっているらしいのだが、茜も耳にしたことはない学校名だった。ここ周辺の学校ではないようだ。


「神楽、この学校知ってるの?」


 茜の問いに神楽は首を横に振る。同時に「絵が綺麗で……中身も、いろいろあって面白かったから」と言葉をこぼした。その反応に頷きながら、少し考える。


 ーーいろいろあって面白かったから……ね。部誌って小説だけじゃダメなのかな


 文芸部に入ったとはいえ、今まで縁もゆかりもなかったため、悠介以外はほとんど初心者同然である。理久は趣味で小説を書いていたらしいが、よく悠介からダメ出しを受けている様子を部室で目にする。そのたびに言い争い、だんだんと話の論点がズレていくのだが。

 苦笑とともに思い浮かべながら今後の参考にするかと思考を変え、パラパラめくり始めた茜。しかし、今日一番のミッションである理久の監視を思い出し、我に返って後ろを振り向く。こんなに大勢の学生がいれば見つけるのは困難だ。ましてや、今日は変装までしているのだからますます面倒なことになる。

 焦る茜だったが、目的の理久はすぐそばにいた。少し離れたところで、一人突っ立っている。不思議に感じ、近づいて背後から声をかけた。


「理久、もう部誌はいいの?」

「……あそこ」

「ん?」


 質問に答える代わりなのか、理久はさっきまで自分たちがいた入口を指さす。度は入っていないが慣れない眼鏡をしているせいでよく見えない茜だが、指先の向こうには悠介らしき人物がいた。


「なに? 悠介がどうかし……」


 なんの変哲もない景色に見えたのは一瞬だけで、その後は悠介の近くにいた二人の見慣れぬ学生に目を奪われた。最初は無許可なのに入場したせいで絡まれているのかと思ったが、見る限りそういった雰囲気ではなさそうだ。普通に会話しているようだし、偶然の再会を果たした友達かなにかだろう。


「誰だろう、中学のときの友達とか?」


 思ったことをそのまま疑問にした茜へ、なぜか理久は苦い表情で返答をする。


「……だと良いけど」


 その目には、今見ている景色を疑うような色が含まれていた。


「でも……悠介って友達と話すときに、あんな顔してたか……?」


 ◇◆◇


 嫌な音を立てた心臓に飲み込まれそうになりながらも、悠介は必死で意識を保っていた。震える口をやっとの思いで開き、絞り出したのは掠れた声。


「……かなめ、か?」


 悠介がそう返すと少年ーー要 千紘ちひろは表情を輝かせて、そばへと駆け寄った。会えて嬉しい、という恐らく自分の感情であろうオーラを全面に出しながら口を開く。


「久しぶり! 名前覚えててくれたんだ」

「……当たり前だろ。卒業以来だな、久しぶり」


 さっきよりは落ち着いたようで微笑を浮かべつつ、会話に応じる悠介。しかし、その微笑もどこか引きつったような、怯えているような色を残していた。

 それに気づいていないのかーーあるいは、気づいても口にはしていないだけなのか、千紘は悠介の目の前で笑顔を見せながら語り始める。


「悠介は相変わらずだね、背も高いままで……羨ましい!」

「友達にもう少し高いやついるけどな」

「またそんな謙遜なー。本当に変わってないよ、悠介のそういうところ」


 悠介と比較すると若干背の低い千紘は、幼い子供を連想させるような、ちょこまかとした動きで悠介の周りをグルグル回る。それを苦笑しながらされるがままの悠介だったが、千紘がとある疑問をついてきた。「あれ?」


「悠介……どこの高校行ったんだっけ? 三科みしな学園?」


 今日の開催地である学校名を出され、ギクリと体を硬直させる。まさか入れないから変装して不法侵入してます、だなんて中学のときの同級生に言えるようなことでもないので、悩んだ挙句適当に返答をすることに決めた。


「え……っと、学校は志木だけど、ほらこの近くにあるだろ?」

「? じゃあなんで三科の制服着て」

「それはー、あれだよ……なんか……補助? そう、補助! ボランティアみたいなもんだ! 志木うちは近いから!」


「な!?」と必死に伝える。すると千紘は怪しむ様子など微塵も見せずに「そうなんだ、偉いね!」と、むしろこちらが罪悪感を抱くほどの笑顔で返してきた。心の中で土下座の姿勢をとりながら、目に薄っすらと涙を浮かべる。神よ、要の純粋さを利用してしまってごめんなさい。

 涙を堪えるために遥か遠くを見つめる悠介の隣で、千紘は思い出したように言葉を告げた。


「あ、ボランティアで思い出した。この前ね、僕とあーちゃんで近所の幼稚園に先生のボランティアやりに行ったんだけど、そこでさ」


 あーちゃん、という単語を聞いてそれまで微笑んでいた悠介の表情が凍る。

 なおも千紘がなにかを喋っていたが悠介の耳にはもう届いておらず、周囲のざわめきでさえ遮断していた。急に黙り込んでしまった悠介に気がつくと、千紘は困ったような微笑を浮かべながら悠介の顔を覗く。そして、小さな声で話しかけた。


「……悠介、あーちゃんのことまだ気にしてるの?」

「…………」


 眉間にしわを寄せる悠介の沈黙を肯定と受け取ったのか、千紘は言葉を続ける。


「確かに、あんな言い方したあーちゃんも悪かったよ。でも本当は……あーちゃんは、悠介のことを」

「千紘」


 突如、割り込んできた声で千紘の言葉が遮られた。

 自分の名前を呼ばれて振り返った千紘と同時に、悠介も声の主がいる方へと目線を上げる。耳を突き抜けたのは、少し前となにも変わりがない、よく知っている声。

 ずっと胸の中で、塊のように、重りのように沈んでいる声。


「あーちゃん……」


 千紘の声にその少年、中里なかさとあきらは一緒ムッとした顔を露わにして、すぐに溜め息を吐いた。

 小さな千紘とは違い、悠介と同じくらい背がある。おまけに髪が短いため、見ようによってはスポーツマンにも見えた。


「だから、そのあだ名で呼ぶなって何回言わせれば」


 そう不満を呟くが、千紘のすぐ後ろにいる悠介を見つけてから、言葉が途切れる。予想外だったのか驚愕の表情をして、そして睨んだ。鋭い眼光を悠介へ向ける瞳は、完璧に悠介を敵と見なしているようだった。

 一方、そんな彰とは対照的に悠介はバツが悪そうに目を逸らし、なにもない虚空へと視線は向いている。心配で仕方ないがどうすればいいのか分からない千紘は、ただ見守ることしかできずに少しの間沈黙が流れるが、最初に口を開いたのは彰だった。


「……久しぶり、松野」


 あえてそうしているのか、彰の声には威圧感のようなものが見え隠れしていて、悠介は肩を小さく上下させると目も合わせずに顔を俯かせた。左腕を握る右手が小刻みに震えている。

 一向に目を合わせようとしない悠介に怒りは感じていないようだったが、その代わりに彰は吐き捨てるように告げた。


「松野さ、ここにいるってことはまだ文芸やってんの?」


 再度、心臓がドクリと高鳴った。

 まるで、嫌悪感が丸出しという解釈もとれてしまうほどのキツイ声色で言われ、悠介は唇を噛みしめる。慌てて仲裁に入った千紘が彰のワイシャツを掴んだ。


「あ、あーちゃん……ッ! いくらなんでも、そんな言い方しなくたって」

「俺はただ質問しただけ」

「だからって!」

「聞き捨てなりませんね」


 千紘と彰が言い合っているところへ、二人が聞いたことのない声が混じる。

 その声の主が自分の隣から出てきたことで、悠介の体に絡みついていた何かが少しずつほどけていった。完全に真正面へと立った瞬間、その小さな背中がいつもより、やけに大きく見えた。唖然とする悠介は前に立つ少女の名を呟く。


「琴、平……?」


 呟かれた名前には反応せず、悠介の前にいる理久は真っ直ぐに彰を見据えながら仁王立ちをする。眉間にしわを寄せた、不審な視線と当然の反応を彰は理久へと向けた。


「誰?」

「志木高校文芸部部長、琴平と申します。うちの副部長である悠介くんのご友人さんでしょうか」


 慣れていないことがバレバレの、おかしな言葉遣いで話しながら理久は彰を睨み続けた。だがそれに負けじと、彰も後退する様子は見せない。「……そうですが」


「中学のときの同級生です。すみませんが、ちょっと話したいことがあるので、松野借りてもよろしいですか」

「許可できません」

「……んでだよ」

「遠くから様子を見ていましたが、明らかに悠介の態度がおかしいので」


 そこで初めて理久は背後を振り返る。悠介より背の高い哲郎があやすように頭を撫でており、小さな笑いを漏らしたあと再び前へ戻った。


「あんなに萎縮した彼を見たのは初めてです。少し様子を見るので、今日はこのへんでご勘弁願います」


 そう言い終わるや否や、理久は逃げるが勝ちとばかりに頭を下げて帰ろうとしたのだが、


「じゃあ、最後に一つだけ聞いてもいいですか」


 後ろから言葉を投げかけられ、振り返らずに「どうぞ」と返事をする。

 一瞬の間のあと、問われたことは耳を疑うものだった。


「ーー松野ソイツと文芸して、楽しいですか?」


 静寂と沈黙。

 その場にいた誰もが時間が、止まってしまったのではないかと感じた。それくらいの破壊力がある一言でーー同時に、それくらいの被害を起こす一言でもあった。

 息をするのも忘れたような空間の中、小さく「……いい加減にしろよ」という、怒りを押し殺したような声が響く。止めていた足でもう一度、最初の位置に戻り、そこを通りすぎて、ついに彰の目の前まで歩いてきた理久は、勢いよく彰の胸元辺りのワイシャツを掴んだ。

 抑えきれない怒りを我慢しているのか、その掴んだ右腕は微かに震えていた。


「……何がそんなに気に食わないのか、貴方がどなたかも知りませんが、ここにいるってことは貴方もどっかの学校の文芸部なんですよね?」


 無表情の彰の眉がピクリと動く。


「暴力は嫌いなので、文芸部なら文芸部らしく同じ条件で決着つけましょうよ」


 ギラついた目と、口角を上げた顔つきで理久は告げる。


「冬の部誌コンクール、志木高うちと勝負してください」

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