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拝啓、未来より  作者: 真野/休止中
1年生編
23/68

21.5話 親睦、深めましょう

「あ、理久」


 とある平日の昼休み。

 自席で紙パックのオレンジジュースを啜っていた理久は、頭上から投げかけられた声に反応して顔を上げた。少し短めに切り揃えてあるミディアムヘアーが、目の前で揺れる。


「今、大丈夫?」

「別にいいけど」

「ほんと? ありがとー」


 可愛らしい笑みを浮かべたまま、近くの席に腰かけた少女、谷村純希たにむらじゅんきは右腕を理久の机へ置いた。普段からよく話すことが多いからか、理久の態度も落ち着いている。


「ちょっと聞きたいこと、あってさー……あれ、出雲は?」


 いつも一緒にいるはずの少年がいないことに気がついたのか、キョロキョロし始める純希だが呆れた様子で理久は言葉を返す。


「嶋田先生のところ、また課題忘れたんだとよ」

「また忘れたの? 出雲ってそんなに忘れっぽい性格なのかな……」

「生活態度は小学生レベルだから」


 噛んでいたストローから口を離すと、理久は純希に問いただした。「で?」


「聞きたいことって何?」

「あぁ、そうそう。あのさ、理久って文芸部だよね?」

「うん」

「あたし、この前ね。たまたま第二図書室の前を通ったんだけど」


 ズイッと顔を近づけ、純希は急に声を潜める。


「あそこって……何?」


 漠然とした純希の質問に対し、理久は数回目を瞬かせた後「何って……」と呟き、冷静に答えを告げた。


「……部室だけど」

「嘘だぁ! だって窓に、夏祭りでよく見かける風車ついてたよ!」

「茜が勝手に持ってきたんだ」

「じゃあ、あのイーゼルは!?」

「和多……じゃなくて、哲郎が使うから」

「音楽プレーヤーは!」

「神楽のやつ」

「何か机にいっぱいあった、黒くて細長い棒みたいなのは?」

「USBメモリー」

「ソファで誰か寝てたよ!?」

「多分、戸塚先生だろ」


 またあの人寝てんのか、などと理久はブツブツ呟き始めるが、驚愕に満ち溢れた表情で純希は固まった。

 信じられないとでも言いたいように、口をパクパクさせる。


「な……何なの文芸部って」

「……普通の部活ですけど」

「十分変だよ……あれ?」


 そこで何かを思い出したような声を上げ、純希は理久の目を見据えると、確かめるかのように問いかけた。


「理久、部員さんのこと名前呼びなの?」

「……あー、いや。最近さ」


 苦虫を噛み潰したような表情を露わにし、理久の眉間が縮こまる。


「何か……厄介な条約が出来て」


 ◆◇◆



 〈文芸部五ヶ条〉

 1、〆切は守る

 2、部室は常にキレイさを保つ

 3、ケンカは程々に

 4、盗作は絶対にしない



「……何だよ、これ」

「文芸部ルールだよ?」


 平然とした顔でそう言った茜に、理久は奇妙なものを見るような視線を向けた。

 周囲で覗き込む悠介たちも、理久の手元にある紙に釘付けのまま固まっている。


「いつ、こんなの作ったんだ?」

「商店街用のポスター描いてる時に作った」

「……すごいな」

「えへへー、すごいでしょ!」


 照れ臭そうに茜は身をよじらせる。

 その後ろから「なぁ、これ」と言いながら伸びてくる悠介の腕が、ある一点を指さした。恐る恐るといった様子で問いかける。


「最後のこれ……冗談だよな?」



 5、苗字呼び禁止!



「え? 本気だけど?」

「絶対嫌だ!!」

「何でー?」


 別にいいじゃん、と茜は悠介の顔を覗き込む。なぜか頬を赤らめている悠介を見て、少し考えた後茜はニヤついた笑みを浮かべた。


「ははーん、もしかして悠くん恥ずかしいの? 名前呼び」

「うるせぇ! あと、悠くんってやめろ!」


 勢いよく顔を上げると悠介は「だ、だいたいな」と言葉を紡ぎ出した。


「高校生にもなってそ、そういうのは普通に考えて恥ずかしいだろッ!」

「そんなことないよー、俺なんか全員名前呼びなのに」

「茜はもう少し自重した方がいいからな」

「ほら、理久も名前で呼んでくれるよ?」


 会話に多少のズレが生じたことに、理久は小さく舌を鳴らす。

 促す茜にされるがまま、悠介は引っ張られると哲郎の前まで連れて行かれた。背後では茜が肩を掴んでいるため、身動きがとれない。


「はい、哲郎って呼んでみ?」

「はぁ!? いやちょ、離せッ」

「哲郎は悠介のこと呼べるよね?」

「おう」


 いつも通りの無表情であるから、感情はよく読み取れないが本人にはこれが普通らしい。そのまま悠介の目をジッと見つめると、口を開いた。


「……悠介」

「ッッッ!?」

「はいクリアー、次は悠介の番」

「え!? いやッそのおお俺はいいか、ら!」


 いつもの冷静で無愛想な姿はどこへやら。

 必要以上に慌てふためく様子を眺めて、呆れたように理久は言い放つ。


「……名前だけで動揺しすぎだろ、悠介」

「は!?」

「頑張れ……悠介、くん」

「ちょっ!? ま、待て待て待て!」

「理久と神楽もクリアしましたー! 残るは悠くん、ただ一人でーす」

「だから悠くん言うなッ!!」

「ちなみに、全員呼べるようになるまで帰れませーん」


 やけに語尾を間延びさせながら告げられた言葉に、悠介は戦慄する。

 悪意に満ちた笑みで、茜の口元がつり上がったのは自分の背後であるはずなのに、手にとるように分かった。いや、目に浮かんだと言うべきだろうか。

 クスリと小さな笑い声が鼓膜を震わせる。


「俺ってば優しい人間だよねーー悠くん?」

「面白がってんじゃねぇよおぉぉぉぉ!!」


 その後、茜のスパルタ教室はかなりの時間行われたが、結局悠介が名前で呼べるようになったのは茜と哲郎だけだった。


 ◇◆◇


「……変だ」

「本当だよなー、友達のこと名前で呼べないなんて……何かあったのかな」

「いやそっちじゃなくて! 確かにそっちも変だと思うけど!」


 身を乗り出して叫ぶ純希を、理久は不思議そうに眺める。


「本当に何なの文芸部って! 一体普段からどんな活動してるの!?」

「いや、本読んだり書いたり……あ、あとUNOもたまにやる」

「UNOやるの!?」

大吉だいきちの散歩にも行くし……」

「大吉って誰!?」

「あれ、知らない? 笑和屋にいる犬の名前なんだけど。この前、コンビニの万引き犯捕まえたんだ」

「……それ、もしかしてその場に」

「文芸部は皆いたよ」

「マジで何してんの!?」


 純希の悲痛な叫び声は、昼休みの終わりを知らせるチャイムと共に教室で木霊した。

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