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拝啓、未来より  作者: 真野/休止中
1年生編
22/68

21話 新、商店街

 志木高から五駅ほど離れた場所の住宅街にある、ごく普通の一軒家、琴平家。

 その二階にある、タンスと窓のみの簡単な客間から、最近女性のすすり泣きが不気味に家の中で響いていた。声の主、琴平祥子は泣き腫らした目を擦りながら、部屋の中央で体育座りのままうずくまる。


「ッ……健人けんとさんの馬鹿……あたしを振ったこと、後悔すればいいのよッ」


 小声で一ヶ月間という短い間、付き合った元カレの名前を呟きながらそう言うと、客間のドアを控えめにノックする音が耳に届いた。

 チラリと一瞥した後「……どーぞ」と背を向けたまま言い放つ。


「お邪魔しまーす……って祥子ちゃん、目ぇ真っ赤じゃん。大丈夫?」


 心配そうな言葉を投げかけながら、入ってきたのは自分の姪に当たる理久だ。母の雅恵に言われたのか、手に持っている盆にはサンドイッチとオレンジジュースが乗っており、すべてを見透かしたような濡れタオルまであった。どうやら泣き声は家中に流れていたらしいことに、今さらながら気づく。


「元気出しなよ、別れちゃったくらいの人なら縁がなかったんだよ、きっと」

「うん……ありがとう」


 理久から受け取ったタオルを目元に当てながら、祥子はお礼の言葉を口にした。ヒンヤリとした刺激が体に染み込む。

 小さく息を吐いたと同時に「あのさ」という声が正面から聞こえた。


「ちょっと……祥子ちゃんに聞きたいんだけど」

「なぁに?」

「その……料理って得意?」

「料理?」


 濡れタオルを目元から離し単語を復唱すると、祥子は自信ありげな表情で女性らしい胸を張る。


「もちろんよ、花嫁修行は大事だものね。それがどうしたの? 家庭科の宿題でも出た?」

「いや、違うんだけど……」


 珍しく歯切れの悪い理久の様子を不思議そうに見て、祥子の頭にある予想が浮かんだ。意地の悪い笑みで「もしかしてー?」と問いつめる。


「理久、好きな子でも出来たの?」

「それも違うけど」

「……なーんだ、つまんないなぁ」


 新幹線並の早さで言われた回答に、頬を膨らませた。

 その様子に苦笑する理久は、難しいなぞなぞの答えを教えるように言葉を紡ぎ出す。


「祥子ちゃん、笑和屋っていうたい焼き屋知ってる?」


 ◆◇◆


「餡子を消そう」

「…………は?」


「これならいけるかもしれない」という発言の真理を問いつめた際に、返ってきたのが冒頭の返事。

 物騒な言い回しで呟かれた理久の言葉に、橋間や茜たちは揃って短い一文字を口にする。

 奇妙な沈黙が機械の熱気と共に流れていった後、茜は心配そうな声音で平然とした表情の部長を呼んだ。


「え……っと、理久? そんなことしたら中身が無くなっちゃうよ?」

「だから、変わりのものを入れるんだ」

「変わりのもの?」

「てか、そもそも」


 問い返した茜には見向きもせず、理久はキッチンの方へ近づくと、生地を焼く機械を指さす。


「たい焼きって中身に餡子が入ってないと駄目な訳じゃないですよね、拓人さん」

「え? あー……うん、言われてみればそうかも」


 急に話題を振られた橋間は、考えるように顎へ手を添えながらもそう返した。その答えに頷くと理久は「要はさ」と続ける。


「鯛の形をした生地で作る、サンドイッチみたいに考えればいいんだ」

「……つまり?」

「中身の印象をガラリと変えさせる、名付けて」


 至極真面目な表情で目を光らせる。


「お惣菜とコラボしよう作戦」


 沈黙。

 唖然とする部員の隣で橋間は一瞬、息を飲む。やがて肩を震わせ始めると、希望に満ち溢れた表情で理久に向き合った。


「……良いよ、それすごく良い!! 採用! それでいこう!!」

「理久すごい!」

「私だってやれば出来るんだ」

「ことりちゃん、かっこいい……!」

「さすが部長」


 嬉しそうに鼻で笑う理久の後ろから「ちょっと待て」と規制がかかった。ことごとく、自分の意見を理由付きで否定する、その声に嫌な予感を覚えながらも振り向く。


「……何ですか、松野副部長」

「確認したいことがある」


 文芸部副部長の肩書きをかける悠介は、相変わらずの固い口調で質問を投げかけた。


「惣菜を入れるってことは、中身をコロッケとかハンバーグにするのか」

「そうだけど……てか、松野の考える惣菜って」

「子供っぽいねー」

「悪かったな! ……じゃなくて」


 茜に告げられた一言に怒りながら、悠介は理久に向き合うと慎重な顔つきで呟く。


「その惣菜は、誰が作るんだ。俺たちだって、平日は学校で手伝えないんだぞ」

「………………考えてな……あ、大丈夫」

「全然大丈夫じゃねぇだろ! 何だよ今の間!? しかも『考えてない』って言いそうになってたよな!?」

「いやマジで大丈夫だから!」


 迫る悠介を両手で制しながら、理久は「拓人さん!」と叫んだ。


「惣菜くらいならアルバイター、一人で十分ですよね!?」

「えっとー……うん、大丈夫かな」

「なら問題はないです!」


 怪しげな表情でこちらを見つめる悠介に、理久は力強く言い放った。


「私の家に、一人だけ優秀な人材がいるから!!」


 ◇◆◇


「は、はじめまして!」


 後日、理久の紹介によりやってきた祥子は若干緊張気味な様子だが、笑顔で挨拶をする。

「おぉー」と感心したように声を上げる茜たちに、たじろぎながらも口を開いた。


「琴平祥子です、よろしくお願いしまーー」

「あぁ理久ちゃん、おはよう。その方が優秀なアルバイターさん?」


 カウンター越しに顔を出した橋間の言葉と同時に、祥子の声がピタリと途切れる。

 さして、それを気にする訳でもなく理久は「おはようございます」と律儀に挨拶を返し、左隣に立つ祥子へ手を向けた。


「そうです。祥子ちゃん、この人が拓人さん。店主だよ」


 そう言ったと同時に、橋間は輝く笑顔を見せながら頭の赤いバンダナを揺らす。


「はじめまして、橋間拓人です。お忙しいところ申し訳ありません」

「ッ! い、いえ! あたし……じゃなくて、私で良ければ、いくらでも力になります!」

「本当ですか?」


 嬉しいです、と溢れ出るイケメンオーラをバックに微笑む橋間。その姿に頬を赤らめる祥子を、横から見上げながら理久は本能的に悟った。


 ーー……この人、失恋からの立ち直り早いな


「よし、じゃあリニューアルオープン初日と行きますか! 皆、準備よろしく」


 橋間の声にハッとした理久は慌てて、店内へと入っていく茜たちに続く。


「……ねぇ、理久。お客さん来るかな?」


 珍しく弱気なことを呟いた茜に、理久は驚きながらも言葉を返す。「……来るよ」


「チラシも駅とかに貼らせてもらったし、神楽が商店街用の曲チョイスしてくれたし、和多は看板の絵描き直してくれた」


 準備万端だろ、と自信ありげに答えた理久に茜は苦笑しながら「そうだね」と言う。

 笑和屋以外の店も準備は出来ているらしく、数週間前とはまるっきり違う雰囲気が、志木商店街に流れる。

 町おこしも兼ねた部活存続のための、長い日曜日が幕を開けた。


 ◇◆◇


「理久ちゃん、はいこれ」


 予想以上の客足に疲れ切った夕方。

 全員が居間で休憩しており、理久と悠介以外の三人は慣れない接客からか、寝息を立てていた。

 優しいハチミツ色が満ちる部屋の中、理久が橋間から受け取った封筒はかなりの重さがある。思わず落としそうになりながら、不思議そうな表情でそれを眺めた。


「……? 何ですか?」

「部費だよ」

「は!? いや、でも……!」


 聞いていたアルバイト金額とは明らかに違うであろう封筒の厚みにたじろぎ、理久は橋間に戻そうとする。

 だが、その行為をやんわりと橋間は制した。


「いいんだって。それは俺だけじゃない、商店街の人たちからのお礼だから」

「で、でも」

「皆のおかげで、また客足が戻ってきたんだ。受け取って」


 一方的ではあるが、見え隠れする優しさ。

 涙目になりつつ、理久は「ありがとうございます」と告げて頭を下げた。

 それに対し、橋間はいつもの微笑みを浮かべ、立ち上がると店の片付けをしに足を急がせる。

 無言となった空間の中、大切そうに封筒を手に取る理久の隣から一枚の紙が差し出された。今、この場で起きているのは自分以外に一人しかいない。


「……松野?」

「……これ、やるよ」

「は?」


 半ば無理矢理押し付けられたように、ちゃぶ台の上に乗る紙を覗き、題字を口にする。


「…………文芸部交流会・部誌コンクール」


 言葉にしてみてハッとした理久の頭に蘇るのは、前回失敗に終わった予選付きのコンクール。散々、ダメ出しをくらったまま、うやむやになっていたのだが、


 ーー……もしかして


「松野、これってーー」

「それなら順位もあるし、全員で参加出来て予選はないから大丈夫だろ。時期は冬だけど」


 そっぽを向きながら、なおも続ける。


「俺も担当さんからオーケーもらって、しばらく仕事休むし。ペンネーム変えればバレないだろ」

「ッ!? い、いいのか!?」

「別に、だいぶ金貯まったから」


 嫌味のある言い方に若干、カチンとくるが後から呟かれた言葉に耳を疑う。


「……った」

「え、何?」

「この前、散々批判して……その、悪かった。けどーー」


 そこで初めて悠介は、理久の目を真っ直ぐに見据えた。

 冗談の欠片さえも感じさせないような、本気で満ち溢れた強い眼差し。


「やるからには、優勝する気で行くぞ」


 ドクリと心臓が音を立てる。

 鳴り響く鐘のように、鼓動が早くなっていくのを感じながら理久は真剣な表情で頷いた。


「ーー分かった、優勝する」

「でも、その前に文化祭用の部誌創るからな。来週には体育祭もあるし」

「じゃあ早速書き途中のやつを、直してーー」

「あぁ?」

「すみません、体育祭頑張ります」


 謝りながら居間で寝ている三人を眺める。

 優勝なんて、夢のまた夢なのではないだろうか。

 そんなことを思ってしまう、理久だった。

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