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拝啓、未来より  作者: 真野/休止中
1年生編
20/68

19話 再会、かつての旧友

 錆び付いた看板。

 閑散とした人気のなさ。

 銀色の壁で覆われている外観。

 俗に「シャッター街」と呼ばれる、ここ「志木商店街」は理久たちが通う志木高のすぐ近くにある場所だ。五年ほど前までは様々な店が集まり、町の人々からも愛されている商店街だったが、時が経つにつれてその面影は消えていき、今では「幽霊が出る」と噂が立ち誰も寄りつかなくなってしまった。

 そんな商店街の唯一、シャッターの閉まっていない、とある店の前で立ち尽くす五人の高校生。今日は日曜日なので、全員私服姿だ。

 一番先頭を歩いていた茜の隣で、理久は何とも言えないような表情を露わにする。


「……茜、ここって」

「……だから、あんまり期待しないでって言ったのに」


 申し訳なさそうにそう呟いた茜の後ろで「期待しないでっつーか……」と言う悠介に続いて、吐き出されるもっともな発言。


「もう、つぶれてるんじゃないのか?」

「わ、和多お前……! そういう縁起のないこと言うなよ」

「バッサリ言いやがった……」


 焦る理久の後ろで、哲郎は「何で?」とまったく状況を分かっていない様子で首を傾げる。苦笑いでそれを眺めていると、自分の名前を呼ぶ声が店の奥から響いてきた。「あれ?」


「その声は、茜くん?」

「拓人さん、こんにちは」


 ショーケース越しに顔を出した男性は、人の良さそうな優しい笑みを浮かべながら「いらっしゃい」と言った。頭につけている赤色のバンダナが揺れ、店先の大人数を一瞥して嬉しそうに表情をほころばせる。


「すごいね、皆部活仲間なの?」

「はい。あ、この子が部長ですよ」

「うわッ、ちょっ押すな!」


 半ば無理矢理、男性の前へと押し出された理久は微笑む男性の目をじっと見つめながら頭を下げる。


「……お世話になります。志木高文芸部です」

「いいよいいよ、そんな堅苦しくしないで」


 合コンなどで実行すれば、恐らく女性陣が一発で落ちるであろう笑顔を見せる。


「はじめまして、笑和屋しょうわやへようこそ。俺は店主の橋間拓人はしまたくとです」


「よろしくね」と微笑んだ姿は、文芸部男子も見惚れるくらい輝いていた。


 ◇◆◇


 橋間の話によると「笑和屋」は祖父の代から続く、たい焼き屋らしい。昔は学校帰りの学生などがよく買いに来てくれたのだが、やはり時代の流れには逆らえず父親が倒れたのをきっかけに、一度休業をしたのだという。

 だが、それでも店を守りたい気持ちを捨てきれず、最近再開させようと実家から頻繁に訪れていた時、茜に会ったのだ。

 ちゃぶ台と畳だけの簡単な居間がある店の奥で、玄米茶を啜りながら橋間はそこまで話すと一息ついた。


「しかし、何年経っても制服だけは変わらないんだね」

「制服?」

「うん、俺も十年くらい前までは志木高の生徒だったから」

「そうなんですか?」


 茜も初めて聞く話のようで、身を乗り出して楽しそうに質問をする。


「何部ですか?」

「部活には入ってなかったんだ、でも友達に面白い奴がいてさ。三年間ずっと同じクラスで、大学も同じところ行ったんだよ」

「すげぇ!」

「最近は連絡つかないんだけどさー、元気にしてるかなぁ……」


 キラキラとした視線を向ける茜に笑いかける橋間の隣で、ふと悠介は思い出したように呟いた。


「……十年くらい前ってことは、戸塚先生と同い年かな」

「あれ、戸塚先生も確か卒業生だったよな?」

「……戸塚?」


 噛みしめるように何度も名前を呟くと突然、橋間は「ねぇ!」と理久に語りかけた。


「戸塚先生っていう先生がいるの!?」

「へ? あ、はい。顧問です、けど……」

「男の人!?」

「そうです」

「結婚してる!?」

「してますよー」


 ここだけは茜が答える。


「もしかして、藍色フレームの眼鏡!?」

「……そうです」

「髪の毛茶髪!?」

「いやそれは……普通に黒ですけど」

「……戸塚先生……根元は茶髪、だった」

「嘘!?」


 初めて耳にした神楽の情報に驚く。

 根元だけ、ということは染め直した可能性があるのだろう。次々に戸塚の外見やら性格やらを、ズバズバと当てていく橋間に全員顔を見合わせ、不審感を抱き始めた。

 ついに、痺れを切らした悠介が口を開く。


「あの、どうしてそんなに戸塚先生のことを知ってーー」

「おぉい、お前らー。店に上がり込んでないでバイトをしろ、バイトを」

「あ、戸塚先生来た」


 茜が言うや否や、橋間はすばやく立ち上がると、急いで店先に顔を出す。不思議思った五人も居間からそっと覗いた。ショーケースの前に立っているのは、いつも通りの白い上着をスーツの上に羽織る戸塚。店の場所だけ茜から聞いておいたらしく、格好から考察するに仕事を抜け出してきたのだろう。


「すみませんねぇ、しばらくお世話になりまーーえ?」


 途切れた簡単な挨拶と共に訪れる沈黙。

 しばらくそのままでいた後、橋間はゆっくりと震える声で呟く。


「……康ちゃん?」

「……橋間?」


 ーー康ちゃん!?


 可愛らしいそのあだ名と、流れる空気に驚きのあまり固まる部員。それを解いたのはポタリ、と音を立てて落ちた何かで、徐々に増えていくその雫は止めどなく、溢れ続ける。

 表情を歪ませながら泣く橋間は、一度だけ小さく嗚咽を漏らすと、慌てて店の外へと出る。そして、


「こぉぢゃあぁぁぁん!!」

「うおッ!」


 抱きついた。

 それはさながら、数年分の時を経て再会を果たした恋人たちのようで。

 何度も名前を呼びながら腕を回してくる橋間を、戸塚はどうにかして離そうとするがほぼ無力的行為に等しく、辺りを見回して誰もいないことを確認する。


「ちょっおまッ! 離れろよ馬鹿!!」

「康ちゃあぁぁん!! 生きてたんだねぇ!良かったあぁぁぁぁ!!」

「勝手に殺してんじゃねぇよ! 早く離れろ!!」

「うぅッ……康ちゃんが、あの康ちゃんが教師やってるなんて……立派になったじゃんかよぉぉぉ!!」

「お前は俺のオカンか!? いいからさっさと離れ……おい、出雲! ちゃっかり携帯で写真を撮るな! 消せ!!」

「康ぢゃあぁぁぁぁん!!」

「うるせぇ馬鹿やろぉぉぉぉ!!」


 ◇◆◇


「……拓人さん、大丈夫?」

「……ごめん、少し取り乱したみたいで」

「少しじゃねぇよ」


 茜に慰められる橋間は、居間の壁に寄りかかり迷惑そうな視線を向ける戸塚へ、誤魔化すように笑いかける。かなりの大所帯が集まってしまった部屋の中、哲郎は「すごいですね」と呟いた。


「拓人さんの言ってた面白い奴が、まさか戸塚先生だったとは」

「偶然すぎて、逆に気味が悪い」

「おい松野。どういう意味だ、それ」

「俺もびっくりしたよー、ねぇ康ちゃん?」

「こっちに話題を振るな、あとそのあだ名いい加減にやめろよ……」

「えぇー、いいじゃん。可愛いよ康ちゃん」

「うるせぇ」


 拗ねたようにそっぽを向いて、一言だけそう吐き捨てる。まるで自室のように「少し寝る」と告げて横になった戸塚へ対し、橋間は慈愛に満ちた表情で頷いた。

 かつての同級生だからだろうか、戸塚の口調はいつもよりフランクで、少し乱暴でもあったが、それも大事な友達として認めている証拠なのだろう。

 仕事疲れから、すぐに寝息を立て始めた顧問を部員一同は「しょうがない」といわんばかりの気持ちで見つめる。小さめの声で橋間は話を再開させた。「さて」


「それじゃ、ひと段落ついたところで。茜くんたちにはバリバリ働いてもらおうかな」

「よろしくお願いしまーす」


 ようやく本題に入ることが出来て、理久は安堵の溜め息を漏らす。


「早速なんだけど、君たちにはうちの新メニューを考えてほしいんだ」

「新メニュー、ですか?」

「昔は学生さんがよく来てくれてたからね。良い案が必ず出ると思う」


 それで、と橋間は急に声を潜めながら続けた。


「俺の最終的な目標は、自分の店を広めるだけじゃない。この商店街をーー蘇らせたいんだ」

「……そ、それってつまり」


 町おこし、という単語が五人の頭をよぎる。

 テレビの報道番組などでよく聞くその言葉を、自分たちがやることになるとは誰が予測出来ただろうか。

 子供特有のワクワクした思いが、胸いっぱいに広がる。


「言うのは簡単だけど、きっと一筋縄じゃいかないと思う。無理矢理やらせるようで悪いんだけど、俺はどうしてもここをーー」

「無理矢理なんかじゃないですよ」


 頭上から投げかけられた声に顔を上げる。

 優しく笑いかける理久の表情が、橋間の目に映った。理久だけじゃない、他の四人も同じように見つめてくれている。

 ニヤリとした笑みを口元に浮かべると、理久は楽しみで仕方ないように言葉を紡ぎ出した。


「面白そうじゃないですか。喜んでやりますよ、町おこし」

「ッ!」

「俺も理久に、さんせーッ!」

「……頑張り、ます」

「報酬は戸塚先生からたっぷりもらいますからね、俺も賛成」

「右に同じく」


 口々にそう呟く様子を唖然と見つめた。

 そこまで言ってくれるとは思っていなかったのか、橋間は驚いた表情をしたまま固まり、再び泣き出す。


「ッ……ありがとう! 期待してるよ!」


 ◇◆◇


 今日は一旦解散となった店内で、橋間は二人分のお茶を入れる。急に寂しさを取り戻してしまった商店街を、店に通じるドアから一瞥すると居間の隅で横になる人影へ声をかけた。


「康ちゃんの生徒さん、良い子たちばっかりだね」

「……俺は顧問やってるだけで、担任じゃねぇからな」

「分かってるよ」


 苦笑しながらそう言って座る。

 いつの間にか起きていたらしい戸塚も起き上がり、入れてもらった茶を啜った。

 夕焼けのオレンジで、部屋いっぱいに包まれる。


「……お前んとこの店ってここだったんだな」

「あぁ、うん。高校の時は別の家から通ってたからね。知らなかったの?」

「知らなかった」


 そっかぁ、と呟いて会話が途切れた。

 だが、気まずい沈黙ではなく、心地良い沈黙が流れていく。

 懐かしむように橋間は目を細めると、嬉しそうに微笑んだ。


「高校か……楽しかったねぇ」

「年寄りかよ」

「康ちゃんの頭なんか、虎みたいな髪の毛だったよね?」


 戸塚が飲んでいた茶を吹く。

 ニヤニヤとした笑みを露わにしながら、その様子を見つめる橋間は「あとさぁ」となおも続けようと試みた。


「文化祭でやったあれ。何だっけ、男装女装喫茶? 康ちゃんスカートはいてさ……フフフッ」

「わッ! 笑うな! 橋間こそ、女子から可愛い可愛いって散々言われてたじゃねぇかよ!」

「だって当日の時、康ちゃん……アハハハッ!」

「あぁもうッ! うるせぇ黙れ!」


 暮れて行く空を気にせず、結局夜遅くまで思い出話を語り明かした戸塚は次の日の月曜日、学校へ遅刻したのだった。

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