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拝啓、未来より  作者: 真野/休止中
創部編
14/68

13話 イーゼル、花の絵

 午前のみの授業を終えた後、理久は一人第二図書室へと足を運ばせていた。


 ーーメモ帳を忘れるとは……不覚だな


 向かっている目的は忘れてしまったメモ帳を取りに行くこと。特にないからと言ってすごく困ることはないのだが、小説のネタやら悠介から貰ったアドバイスやらが記入されているため、一応取りに来たのだ。

 昇降口では一緒に帰る約束をした茜と悠介が待っている。それを思い出しながら少しスピードを上げ、引き戸を開いた。

 フワリ、と自分の黒髪がなびく。


 ーーあれ、窓が開けっ放しだったの、か……


「……え?」

「あ」


 部屋の窓際にあるソファの近く、そこには普段絶対に置かれていないであろう物が存在していた。イーゼル、と呼ばれるそれの前に腰掛けた少年と理久の視線が絡み合う。全開にされている窓から心地良い風が入り込み少年の茶髪を揺らすと、紫色のピンが輝きを見せた。

 硬直してしまった理久を目の前に少年は気まずそうな表情で呟く。「あー……っと」


「悪りぃ、今帰るから。勝手に使ってごめん」


 少年の言葉にハッと意識を戻した理久は慌てて口を開く。


「い、いや大丈夫。忘れ物取りに来ただけ、だ、し……」


 途切れがちになったのは、思わず目を向けたイーゼルの上にある絵に息を飲んだからだ。穏やかな午後の日差しでいっぱいになる教室の中、一際異彩を放つその絵に理久はメモ帳のことなど忘れたかのように駆け寄った。

 美しい、という単語はこの絵のために創られたのではないか。

 そう思うくらいに繊細で儚げな印象を胸に刻ませる。

 色とりどりの花畑の中、真っ白な帽子とワンピースを身に纏った女性が背を向けて立っている絵。後ろに描かれた流れる雲と澄み渡る青空は今にも動き出しそうで、手を伸ばせば触れることが可能に思えてくるような景色と世界に、掠れた声で言い放つ。


「……すごい」

「そうか?」

「これ、君が描いたの!? すごすぎるだろ! 生きてるみたい!」


 やや興奮気味で問い詰める理久に対し、少年はあくまで冷静な態度で言葉を返す。


「いや別に……ただの落書きだし」

「落書き!? このレベルで!?」


「じゃあ本気出したらもっと……」などとブツブツ独り言を呟き始める理久を、少年は無表情で眺めた後、再びイーゼルに向き合い絵筆を動かす。静かにその様子を見守りながら、付け足されていく色彩に目を追わせていた理久だが、ふと少年の無表情に親近感を覚え顔を俯かせた。


 ーー神楽ちゃん、最近はよく笑うようになったと思ったのに


 初めこそ、あまり口数も少なく無表情でいることが多かったのだが、時間を共にしていくと少しずつ心を開いてくれていたような気がするのはただの思い込みだろうか。


「……何かあったのか」

「え?」

「さっきから溜め息ばっかり、悩み事か?」


 絵の具をパレットに混ぜながら少年はそう問いかけた。自分でも気づかない間に溜め息をついていたらしい、何とも言い難い恥ずかしさに今度は別の意味で俯きそうになったが、必死でそれを堪える。

 初対面の人に相談をするのも中々シュールな光景だが、逆に気楽でいいかもしれないなどと理久は思いつつ、言葉を紡ぎ出した。


「……最近仲良くなった友達が急に会えなくなってさ。学校も休みがちでクラスも離れてるから心配で……何か、嫌われたのかなって」


 少年は無言のまま絵筆を滑らせるが、きちんと話は聞いているようだった。もはや理久の脳内に本来の目的は欠片も残っておらず、不思議な安心感のある雰囲気に吐き出される言葉は止まることを知らない。


「よく考えたら私、あの子のこと全然よく知らないんだ。何が好きとか嫌いとか……だから、私の知らない間にもしかして傷つけたかもって思って。そんなの友達だなんて言えないし、いろんなことに気づいてあげられなかった。だからーー」

「じゃあ、今からやればいいじゃん」


 ピタリと時間が止まったように感じた。

 恐る恐る顔を上げると、いつの間にか絵筆を下ろしこちらを真っ直ぐに見つめる少年の瞳が理久を捉える。

 静かに息を吸い込むと少年は言い聞かせるように喋り始めた。


「まだ遅くないし、そんなに焦らなくても今からゆっくり分かり合っていけば大丈夫」

「……でも」

「その子だって会えなくなったのは、何か理由があるはずだと思う。それを聞きに行かなきゃ」


 そう言われつつも、まだ思いが進まない理久を一瞥すると少年は「待ってるんだ」と続けた。


「君が迎えに来てくれるのを、その子はきっと待ってる」

「……え」

「人間って面倒な生き物だから、伝えないといつまでも届かないし気づかない。嫌われたとしても、形にしないなら何も始まらないんだ」


 そこまで言うと少年は我に返ったようにイーゼルへ向き合い「ごめん」と小さく呟いた。


「何か、偉そうなこと言って。全部忘れていいから」

「ーーいや、忘れない」


 返ってきた答えに顔を上げた少年は目を見開く。

 先ほど相談を持ちかけてきた人物と同じとは思えないくらいに、その表情は晴れ晴れとしており笑みまで浮かべていた。

 二人の間に入り込んだ風がすべてを流してくれているかのようで、透き通った空気が体を駆け巡る。

「ありがとう」と短く礼の言葉を述べると、理久は出入り口の方へ足を進めた。が、出て行く直前振り向くと笑顔で告げる。


「その絵、完成したら見せてね!」


 返事もろくに聞かず走り去ってしまった姿を見送りながら、少年はしばらくの間呆然とした後自分が描いた絵を見つめる。

 たいして感情も力も入れていなかった、この絵に少しだけ気持ちが膨らんだ。思わず微笑んでしまった自分自身に驚くが、そのまま素早く後片付けを済ませると、急いで教室を出る。


 絵の中の様々な花が、吹き抜けた風に舞い上がったような気がした。


 ◇◆◇


「あ、理久来たよ」

「おせぇよ、何してたんだ」


 文句を言う悠介には目も向けずに、理久は大急ぎで靴を履き替えると、茜の肩を掴み叫んだ。


「茜! 神楽ちゃんの家知ってるか!?」

「へ? あー、うん。それっぽいのは聞いたことあるけど」

「今から行っても大丈夫?」


 いつもと違い切羽詰まった理久の様子に、二人は何かを察したのか茜は笑顔で、悠介は溜め息を吐きながらそれぞれ言った。


「俺は別にいいよー」

「……何があったかは知らねぇけど、あんまり騒ぐなよ」

「ッ! ありがとう!」


 その言葉に理久は嬉しそうな表情を見せ、苦笑する部員を引き連れて歩き出した。

 伝えたいことを届けるために。

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