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拝啓、未来より  作者: 真野/休止中
創部編
13/68

12話 秘密、鳥籠の少女

「琴平さん、最近四組の御崎さんと仲良いんだってね」


 一階の廊下にそんな声が木霊する。

 やけにこの場を薄暗く感じるのは窓の向こうで降り続ける雨のせいか、それとも威圧感のある女子生徒が纏うオーラか。不気味に思いながらも理久は警戒心徐々に高めていく。「……そうだね」


「よく話すことはあるよ」

「どう思う、あの子」

「……え?」


 漠然とした問いかけに思わず聞き返す。それが気に入らなかったのか緩めのパーマをかけた女子生徒は先ほどよりも苛立ちを募らせた声で「だからさ」と理久に言い放った。


「惨めだと思わないの? 自分のこと」


 ーーは?


 思考が固まる。何の話をしているのかすら理久には見えておらず、ただ頭だけが混乱を呼び起こしていた。

 控えめにゆっくりと口を開く。


「え……っと、何の話……?」

「はぁ? だから御崎さんの話してるでしょ」

「いや、その御崎さんと惨めってどういう関係が……」


 理久がそこまで言うと女子生徒たちは驚いたように顔を見合わせて、恐る恐る視線を向き返す。「……もしかして」


「御崎さんのこと、知らないの?」


 そう問いた目は訝しむような色を浮かべていたが、理久は若干口ごもる形で「同じ学年なのは知ってるけど」と答えになっているようでなっていない言葉を返した。

 奇妙な沈黙が雨音と共に流れていく。

 やがて耳に届いた声に反応し、理久は慌てて顔を上げた。「知らないんだ」


「御崎さんの家って、すごいお金持ちなんだよ」


 ザワリ、と心がざわめく。


「親が偉い人みたいでさ。小学校からエスカレーター式で進学してたのに、高校は凡人と同じ公立受けた変わり者だよ。そのまま行けばいいのに」


 意味分かんないよね、と吐き捨てるように呟いたその言葉には明らかな嫉妬心が見えている。「しかもさ」となおも女子生徒は続けた。


「すっごく静かだからクラスでも浮きまくりだし、声かけても無視されることが多いし……だから聞いたの『惨めだと思わないの』って」


 分かったかしらとでも言うように息を吐く。

 だが、反応を示さない理久を眺めると悔しげに歯を食いしばり「どう?」と聞いた。


「これで分かった? 御崎さんのこと」

「ーー私は」


 そう理久が言いかけた、刹那。


「りーくー、次移動教室だよー」


 階段の上から聞こえる、能天気な声音に思わず雨音すらピタリと止まったように感じた。

 ゆっくりと頭を上に動かすと目に飛び込んできたのは、チラチラ揺れる赤毛。どうやら階段の踊り場付近で探しているらしく、何度も名前と台詞を繰り返す。

 シュールな光景に吹き出しそうになるのを必死で堪えた後、理久は体を後ろに向けた。


「友達が呼んでるから、もう行くね」

「ち、ちょっと」


 後ろ髪を引くような言葉に、一瞬だけ足を止め振り返る。


「……私はこれからも神楽ちゃんと仲良くするよ。ーーでも」


 少しだけ微笑むが、その目は決して笑ってなどいなかった。


「教えてくれて、ありがとう」


 ◇◆◇


 オレンジ色に染まる道を歩く。

 最近では学校から家へ帰る方が足取りが重く、ついさっきまでいた校舎を懐かしんでしまうほどだ。だが、世の中にはどうしようもないことが多い。学校が終わったら家路を急ぐのは普通なのだ、それが常識とも言える。

 いかにも異国の雰囲気を醸し出している門の横でインターホンを押す。無機質な機械音が鳴り響いた後、ゆっくりと開かれる門をくぐり抜け、玄関の扉を開けた。


「……ただいま」


 呟かれた小さすぎる声に対し、静まり返る空間。広すぎる玄関の中、自嘲的な笑みを浮かべ、自室へ向かおうとしたその時。


「おかえりなさい、神楽さん」


 ビクリと肩を震わせる。ただ名前を呼ばれただけなのに、鼓動を早める心臓を何とか抑えつつ振り向いた。「……ただいま」


「九条さん、今日は来てたんですね」

「えぇ、今お茶を入れますからどうぞ居間でお待ちください」


 九条、と呼ばれた女性はこげ茶色の首元で一つに結んだ髪を揺らしながらそう言うと、なぜか笑みを堪えるような表情でソワソワし始める。メイド服を模した服で期待に満ちた眼差しを向ける九条を不思議に思いつつも神楽は「ありがとうございます」と一言告げて階段へ向けていた足を戻し、居間に向かう。

 奥の部屋へ消えた姿を見届けると、九条は大きく溜め息を吐いて肩を下ろしながら台所を目指す。


「……ダジャレ作戦、失敗かぁ」


「今」と「居間」をかけた自信作は誰に気づかれる訳でもなく、九条の胸の内へと消えた。

 そんなお手伝いさんの思いも知らず、神楽は居間の扉を開くと一番近いソファに腰掛ける。小さく息を吐き、もたれかかっていると隣の部屋へ通じる引き戸がスライドした。「あら」


「帰ってたのね、神楽」

「お母さん、ただいま帰りました」


 神楽同様、フワフワとした髪を揺らす女性、御崎玲楽みさきれいらは神楽の向かい席に座ると長めの髪を手で払った。やがて九条が二人分の花びら入りハーブティーを持ってきたが、静かなムードが漂う。重々しい空気の中、玲楽は口を開いた。「……神楽」


「最近、帰りが遅いけど大丈夫なの?」


 ティーカップを持っていた神楽の手が止まる。


「……すみません、以後気をつけます」

「明日からは早く帰ってくるのよ」


 はい、とこぼした言葉がお茶の上を泳ぐ花びらと共に沈んでいく。浮かぼうとして、もがいても逆に体は下へ下へと重くなるばかりの、その花びらの姿はまるで自分のようで何とも言い難い思いが込み上げてくる。


「ただでさえ公立なんだし……またあんなことがあったら次はもうーー」


 玲楽がそう言いかけると神楽は急に立ち上がり、両手の拳をギュッと握った。その動作に反応して二人分のティーカップが二重奏を奏でる。


「……部屋に、戻ります」


 震える声でそう伝えるとすぐさま扉の方へ歩き出す。

 バタン、と普段より乱暴に閉められたのを見つめた後、玲楽は小さく肩を上下させた。


「やっぱり……トラウマになるわよね」


 ◇◆◇


「…………」


 放課後の喧騒が窓の外から聞こえる第二図書室の中。

 長机に突っ伏しながら不貞腐れたような表情をしている理久の隣で、スマートフォンをいじっていた悠介は左隣の茜に問いかける。「……なぁ」


「何でこいつ、こんなに不機嫌なんだ?」


 漫画を読んでいる茜は悠介の方を見ずに「あぁ、理久?」と返した。


「神楽ちゃんが部活見に来なくなったからだよ。元々クラス違うからあんまり会えないしね」

「神楽ちゃん……って御崎のことか」

「理久、結構仲良さそうだったからね。余計寂しいんでしょ」

「…………んで」


 いつもより低い声音で発せられた単語の欠片に、二人は同じ方向を見る。


「何で……神楽ちゃん、来ないんだろう」


 理久の呟きに対し、悠介と茜は気の毒そうな視線を向けるだけで、何も言えない。自分たちもなぜ来なくなったのか分からないのだから、それは当然の反応と言える。だが、


 ーーこんな理久、初めて見たな


 あまりにも悲しそうで寂しげな表情に、茜はそんなことを感じる。既に神楽が文芸部に来始めてから、もう二週間余りが過ぎようとしていた。よほど、楽しかったのだろう。

 その日は理久の元気がないまま、解散となった。

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