こいつは知らないのか?
間が開いてすみません!
今回は加東先生視点です。
ゴールデンウィーク開けの学校が面倒なのは何も生徒だけじゃない。
やたら長かった今朝の職員会議が終わり、保健室へと戻り今後のことを考える。
三浦瑞貴が転校し、五月からは怪我人(の治療という俺の仕事)が減ると思っていた。
だが実際は筧寛の転入により、さらに仕事が増えそうだ。
職員会議が長引いたのもそれが原因だ。
玄博高校と白藤高校は昔から折り合いが悪い。
俺が高校生だった頃も変わらず、むしろ白藤高校の総長があいつに惚れて、よくちょっかいをかけてきやがった。
その度にぶっ飛ばされていたが。
あいつ……今はどこで何してんだろうな。
またどっかの大会で予定調和をぶっ壊して賞金をかっさらってるかもしれない。
それか傭兵に格闘術を教えているのかもな。
中学生のように小柄で可憐な(胸と尻を除く)容姿からは想像できないが、昔から予想不可能なことばかりやらかす。
そんなあいつのことを思い出し、少しだけ気分が上がる。
「加東先生」
声をかけられて振り返ると、予想通り阿部先生がこっちに向かって来ていた。
「筧くんの転入の件はどう思いますか?」
先月に手伝ってもらって以来、こうして阿部先生とも話す機会が増えた。
養護教諭だからか、それとも性格のせいか俺に話しかけてくる先生は限られていたから新鮮だ。
「色々と良くない噂が流れているようですから、また仕事が増えそうです」
苦笑してしまうのは仕方ない。
「その時はまたお手伝いさせていただきます」
「お気づかいありがとうございます。ですが、阿部先生の方が忙しくなりませんか?」
今朝まで知らなかったが、筧は阿部先生のクラスに転入することが決まっていたらしい。
おおかた他の三年生担任の教師全員が嫌がったのだろう。
俺でも嫌だ。
養護教諭よりも担任教師の方が接する機会が多いからな。
俺はそう思っていたが、どうやら阿部先生は違うらしい。
「どうでしょうか?実際に筧くんと会ってみないとわかりませんね。でも心配してくださってありがとうございます」
阿部先生はいやな顔一つせずに穏やかに微笑む。
素直に尊敬する。
阿部先生は噂で生徒を判断しない教師の鏡のような人だと。
「私だけではなく他の先生も心配してますよ」
「そうですね」
阿部先生は眉を下げて苦笑する。
他の先生達が阿部先生に対する心配よりも、面倒な生徒の担任にならなかった安心感が大きいとわかってはいるらしい。
他人の感情に鈍いわけでもないようだ。
阿部先生は手に持っていた鞄から弁当を取り出した。
「あの……高槻さんから加東先生はコンビニ弁当ばかりで家庭料理を食べたがっていると聞いたので余計なお世話だとは思ったのですが、お弁当を作ったんです。よかったら受け取ってもらえませんか?」
今度、高槻に会ったら説教だな。
あのバカは阿部先生に何を吹き込んでるんだ。
「わざわざすみません。ありがたくいただきます。容器は洗ってお返しますね」
俺がそう返すと阿部先生ははにかむように笑っていった。
「そうしてくださると助かります。良ければ感想もお聞かせください」
教室へと向かう阿部先生の背中を曲がり角まで見送り、俺は保健室へと向かった。
さすがに筧も転校初日から暴れることはしないだろう。
だから今の内に先にできる仕事を終わせておこう。
脳内で一日のスケジュールを組みながら保健室の扉を開ける。
さあ、今日も一日頑張るとするか。
それから数時間後の昼休みに高槻がやって来たが、とても説教する気分にはなれなかった。
「……ということがあったんですけど、先生はどう思います?」
高槻から午前中からさっきまでの話を聞き、思わず顔が引きつった。
“あの”筧が高槻に執着してるっていうのは本当だったのか。
高槻に拒絶された筧が素直に落ち込んでくれればいいが、もしかすると教室で荒れているかもしれない。
このバカ、教師の寿命を縮める気か!
「今さらだけどお前はすごいな」
高槻は意味がわからなかったのか、きょとんとした顔をする。
「バカさ加減が」
その顔があまりに腹がたったから本音をいえば、高槻は目を見開いた。
「お前にとっては城野も筧も友人なのかもしれないが、二人にとっては他人だろ?だから二人とも他人に友人をとられるような気持ちになったんじゃないのか?」
事実をいっても信じないだろうから、小学生(それも低学年)へ説明するように諭してやれば、珍しく神妙な顔をした。
「私ってほんとバカですね……」
さらにはそのまま落ち込んでいく。
わかってくれたのはいいが、そこまで落ちこむことでもないだろう。
過ぎた時間は戻らない。
これから高槻が気をつければいいだけの話だ。
「今に始まったことじゃないだろ?」
からかうように笑ってやれば、高槻はムッとした顔をして俺の弁当から唐揚げをとった。
「あっ!お前は最後に食べようととっていたやつを!」
「へぇ。先生は美味しいものは後派なんですね。それよりそのお弁当手作りみたいですけど彼女ができたんですか?」
高槻はよく味わうように噛みしめる。
美味いだろう。
だからとっておいたんだ。
大人気ないといわれようとこれ以上とられてたまるか。
お弁当を持ち上げて高槻から距離をとった。
高槻は何を思ったか、にやにやと嫌な顔をしている。
「いや阿部先生からだ」
高槻は目を輝かせて身を乗り出す。
しまった。
こいつ、勘違いしてやがる。
食い下がる高槻を軽くあしらって食事を進める。
他の具材も美味しい。
阿部先生は料理上手だな。
こんな美味しい物を作ってくれた礼はどうやって返すか。
阿部先生が喜びそうなもの……。
思いつかないな。
静かな保健室に賑やかすぎる第三者が飛びこんできた。
「憩ちゃぁあああん!」
扉を壊す勢いで現れた筧はそのまま高槻に抱きついた。
止める間もない。
「ごめん!さっきはほんとにごめん!憩ちゃんが許してくれるならなんでもするから!だから俺を嫌いにならないでぇええぇ!」
今にも泣きそうな雰囲気で筧はすがりつく。
高槻も別の意味で泣きそうになっていた。
骨がミシミシとなる音が聞こえてきそうだ。
高槻が俺に助けを求めて視線を送る。
だが、それか気に食わなかったのか、筧はさらに強く抱きしめた。
青から白へ血の気を失っていく高槻を見て、事態の深刻さを知る。
「落ち着け、筧!高槻が死にかけてるぞ!」
静止をかけると筧ははようやく正気に帰って力を緩める。
高槻が安堵したように顔をゆるめたのもつかの間。
「あ、あああぁ!?憩ちゃぁあああん!」
ぐったりとした高槻に筧は顔を青ざめて、激しく揺さぶる。
追い打ちをかける気か!?
お前、本当は高槻のことが嫌いだろ!?
「落ち着けっていってんだろうが!」
止む終えず、筧の頭にファイルを叩き落とした。
高槻を揺さぶるのは止めたが、手を離さずに悶絶する。
その執念深さこぇえよ……。
どこから来るんだ?
「大丈夫か、高槻?」
「大丈夫、です……多分……」
高槻は死にそうな顔をして返事をした。
返事ができるだけましか。
「まあ大丈夫そうだが、きついならいえよ?」
おい、なんでそこで怯えた顔をする!
筧の突撃(物理)があったが、その後は三人で過ごし、何事もなく昼休みが終わりに近づく。
筧は噂とは違い、やや高槻に対して過剰な態度をとるが、その他は人懐っこい性格の生徒だった。
帰り際に筧が俺に耳打ちする。
「“山香折ユナ”さんはお元気ですか?」
なぜお前があいつの名前を知っている?
まさか……調べたのか?
真意を知りたくて筧を睨むが、何もなかったかのように高槻の手をとって、別れの挨拶をして教室へと向かった。
遠ざかる足音を聞きながらその場に立ち尽くす。
あいつはここらでは有名人だから少し調べればすぐに知ることができる。
たが俺とあいつを繋ぐには十年ほど前まで調べる必要がある。
あいつは変わらないが俺は当時と全然違う。
髪の色を黒に戻して眼鏡をかけているから、かつての同級生でも俺が玄博高校の“元副会長”だとわからなかったくらいだ。
つまりさっきのは警告だろう。
『邪魔をするならお前の大事な人間を傷つける』
簡単にいえばそういうことだろう。
青臭いガキが笑わせてくれる。
あいつを傷つける?
出来るもんならやってみろよ。
この学校を何だと思ってるんだ?
あいつは極悪人にも手を差し伸べる優しすぎる性格と可愛い容姿で生徒会長になったわけじゃない。
玄博高校らしく実力で従えたに決まってんだろ。
俺だってそうだ。
これ以上、大人をなめるつもりなら、教師として厳しく指導してやらないとな?
Q.休日の過ごし方は?
筧寛「憩ちゃんのことを考えてながら目を覚まして、憩ちゃんのことを考えながら朝ご飯を食べて、憩ちゃんのことを考えながら家を出て、憩ちゃんのことを考えて(以下略)」
Q.好きなタイプ(恋愛対象)は?
筧寛「憩ちゃんに決まってるでしょ。憩ちゃんよりも可愛くて綺麗で優しくて素敵で魅力的で、庇護欲と独占欲をそそられてたまらなくなって監禁したくなるような女の子が他にいると思う?」




