表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
腐った乙女と俺様イケメン不良  作者: 真下地浩也
第三章  高校3年生5月
80/111

子どもの日に動物園かしら?

 蓮視点。


 少し長めです(当社比)。

 五月五日、子どもの日は俺の誕生日でもある。



 四月半ばの仕事終わり。

 馴染みのスタイリストから渡されたのは動物園のチケット三枚だった。


 しかも全部ペア用で、電話番号とメアドが書かれたメモまでついている。

 下心が透けて見えるそれを思わず鼻で笑ってしまった。


 俺の笑い声に目ざとく気づいたアキラが横から覗きこんできて、メモを奪い取った。

 そこに書かれた名前を見て、猫のようににんまりと笑う。


「さすがアレン。モテモテですなあ」


「人気ナンバーワンのアンタがいうと嫌味にしかならないから気をつけなさいよ。まあアタシはどうでもいいけど」

 

 アキラは俺と違った自然な茶髪と快活なキャラクターで売り出しているモデルだ。


 大きな目にはっきりとした二重、好奇心旺盛な性格と相まって猫のようだとよくいわれている。


 同じ事務所なこともあってよく一緒に仕事をしている。

 年も同じだ。


 そしてなぜか俺に懐いている。

 懐かれるようなことをした覚えが一切ないのに、だ。


「相変わらず冷めてんなあ。せっかくマナちゃんからのお誘いなのに」


 マナとは今回一緒に仕事をした相手の一人だった。

 今年、モデルになったばかりの女で、誰かに人気急上昇中とかいわれていた気がする。

 

 雑誌によっては男女一緒に撮ることもあるが、その度にこうして近づいてくる女がいる。

 毎回毎回、めんどくさい。


 直接渡す女には突き返すことも出来るが、人を使う女にはそうはいかない。

 

 まあ、今回は手作りとか、ブランド品とか、生ものじゃないからまだましだ。


「ならそのメモあげるわ。好きに使えば?」


「お前しか眼中にないのに連絡したって遊んでくれないって」


 アキラはこう見えて浮気を許容するタイプだ。

 それをわかっている相手を選ぶから、問題も起きない。

 

「どうかしら?アンタが声をかければ案外コロッといくんじゃない?」


「あんなめんどくさそうなタイプはごめんだっつーの」


 あっさりと本音が漏れるが、今ここには俺とアキラしかいないから問題ない。

 むしろ聞いて幻滅してくれればいいとすら思う。 


「そのチケットはどうすんの?」


「近所だし、期限が子どもの日までだから家族と友達を連れて行くわ。どこかに連れて行けってうるさかったからちょうどよかったわね」


 確かあの動物園は子どもの日は小学生以下は無料だったはず。

 拓哉達を入れても、五人か。


 ……一人分、余るな。

 あの子でも連れて行くか。

 

 薺と菘の相手をさせれば俺も楽だ。


 

 そう思って誘ったのだが、面倒なことになった。


 連れて来なければよかったと後悔しても遅い。


 午前中はよかった。

 思った通り、薺も菘もすぐに懐いた。

 

 アレだ。同レベルだって思ったんだろ。

 

 蓬は俺から離れず、警戒していた。

 二人と違って人見知りが激しいから仕方ない。


 昼食と摂った午後、珍しく蓬が『土産屋に行きたい』とわがままをいった。

 大したわがままでもないから聞いた。


 少し離れた場所から妹達を見守っていた。


 蓬があの子と話していると思ったら、二人で会計に向かう。

 小さい子に好かれやすいのかもしれない。


 ちょろちょろと動き回る薺と菘に気を取られている間に会計が終わったらしい。


 なぜか一人で戻ってきた蓬は困惑した顔で俺にいった。


 あの子が見知らぬ女三人に外へ連れて行かれた、と。


 嫌な予感がして拓哉達に妹を預け、外へ探しに行った。

 

 思ったよりも近くにいた。


 通路よりも少し奥まった場所に周りを木で囲まれた、公園にあるような三~四人用の屋根付きで机と椅子がセットの休憩場所があった。


 見たことのある三人が高槻を囲うように立ち、通路への逃げ道を塞いでいる。


「なんで!なんで!マナじゃなくてあんたなのよ!」


 女は耳障りな金切り声と共に手を振り上げた。


 普通なら避けるなり、先に攻撃するなりする。

 だが高槻は表情の一切を消して、目を閉じた。


「アンタ、バカなの?何受け止めようとしてんのよ。避けるなり反撃するなりしなさいよ」

 

 四人が俺に気づき、驚いた顔をする。


 驚いたのはこっちの方だ。

 連絡がない時点で察しろよ、ストーカーどもが。


 女は眉を下げて今にも零れそうなほど目に涙を溜め、中途半端に振り下ろして止まっていた手を俺へ伸ばして駆け寄った。


 高槻が驚きを顔全体に現す。声も出ないようだ。

 

 俺は駆け寄ってきた女をかわしてアホ面をさらしてる高槻の前に立った。


「一人で勝手に行くんじゃないわよ。あと少し見つかるのが遅かったら迷子センターで呼び出ししてたわ」


 妹達よりも手がかかるってどういうことだ。

 バカだからか?


 女はぎゃんぎゃんとうるさく喚く。


 一方で高槻は不思議そうな顔をしていた。

 まさかこいつ気づいてないのか?


「アンタ、まだ気づかないの?」


 高槻の顔は変わらなかった。


「アタシ、ファッションモデルやってんの。その芸名が『アレン』よ」


 ぽかんとした後、一気に顔が青ざめた。

  

 本当にこいつは喋らなくとも何を考えてるのかわかる。


「……アンタは本当に気づいてなかったのね。バカもここまでくればいっそ清々しいわ」


 変装しているわけないのによくもまあ気づかなかった物だ。

 他人の空似というには似すぎていただろうに。


「アレンのことを知らないこの女なんてアレンに相応しくない!」 


 無視していた女が泣きながら叫んだ。


 俺と高槻がどういう関係かとか、相応しくないとかお前は何様だ。

 俺が誰と付き合おうが関係ないだろ。

 

 家族でもないくせに口出しするんじゃねえよ。


「あなたに関係ありません」


「アンタに関係ないわよ」


 合わせたわけじゃないのに高槻と声が揃った。


 思わず顔を見合わせて、高槻は笑った。

 俺も笑えてきて少しだけ笑う。


 そんな俺と高槻が面白くなかったのか、俺が一番嫌いなことをいった。


「あ、あんたはアレンを“いくらで買った”のよ!?」


 女がただうるさい存在から、心底嫌悪する存在に変わった。


「アレンがわたしとデートしてくれるなら一回に三万出すでも五万でも出すよ!」


 女は俺を煽るように言葉を続けた。


 お前の気持ちはよく分かった。


「そんなはした金でアタシが買えると思ってるなんてバカにしてるのかしら?」


 俺の声は氷みたいに冷え切っていた。


 化粧で塗り固めた顔の女に近づいて、襟を掴んで持ち上げ、ぐっとキスが出来そうなほど顔を近づける。


「二度と“俺”にテメエの醜い性格がにじみ出た面を見せんじゃねえ」


 俺は静かにそういって、投げ捨てるように女を解放した。


 女はそのまま地面に座りこんで、震える体を抱きしめる。

 

 少し脅した程度で震えるくらいなら最初から声をかけんじゃねえよ。


「行くわよ」


 オネエっぽい口調に戻して先に行く。


 追いかけてくる足音は一つだけだった。


 速足で近づいてくる高槻に俺はいった。


「アタシ、援交してたのよ」


 息を飲むような声が聞こえた。

 

「人の口に戸は立てられないわね。中学の頃に一年くらいやって百万以上稼いだかしら」


 もう三年くらい前の話になる。

 金欲しさに色んな女と毎日のように寝た。


 俺は足を止めて振り返ると、ちょっと強引に高槻の顎をつまんで上を向かせて顔を近づける。


 お互いの息がかかりそうな距離。


「アンタは“俺”をいくらで買う?知り合いだから特別にサービスもしてやろうか?」


 妖艶な色気をだだ漏れにさせて俺の醜い笑顔が高槻の黒い目に映る。


 高槻は照れるでもなく淡々としていた。


「葉山様は後悔してるんですね」


 高槻は冷静に俺の手を払って、一歩後ろに下がる。


「……はあ?」


 いわれた言葉の意味が理解できなかった。


「援交をしていた事情は知りませんが、葉山様は自分を売ったことを後悔しているんです」


 いつも拓哉に怯えているとは思えない、凛とした態度で高槻は続ける。


「だから葉山様を買おうとする人が嫌いなんでしょう?」


 俺は一瞬だけ目を見開いてから、何度目かになる溜め息を吐いた。


「……アンタって意外と人を見てるのね。自分の世界に閉じこもっているんだと思ってたわ」


 自然と自嘲の笑みが浮ぶ。


 バカだと思って油断した。

 俺がいう前に気づかれていたのか。


 だったら次に思うのは嫌悪か?

 それとも同情か?


「……閉じこもってましたよ。でも向井様達と出会って少し変われたと思います。前ならこうして誰かと一緒に過ごすなんて考えもしなかったんですから」


 高槻はどれでもなかった。


「葉山様は一生後悔してくださいね」


 笑顔とは反した言葉に理解が追い付くのが遅れた。


「はあ?」


「一生後悔し続けたら葉山様は二度と援交なんてしないじゃないですか」


 解けなかった算数の問題が解けた薺と菘のような得意げな高槻が本当に理解できなかった。


 とりあえずわかったことは高槻は俺を嫌悪しているわけでも、同情しているわけでもないことだけ。


「…………やっぱりアンタはバカね」


 高槻はきっと何も理解していない。


 俺がやったことがどれだけ汚いかを。


 それにも関わらず何でもないような顔で受け入れているのだ。

 バカといわずなんというのか。


「葉山様、蓬ちゃんのサプライズはどうでした?」


 クリスマス前のような弾んだ声が後ろから聞こえた。


「サプライズ?なんのこと?」


「な、なな、なんでもないです!私が家族へお土産を買ったので蓬ちゃんも買ったのかと勘違いしたんです!ええ、なんでそんな勘違いしちゃったんでしょうね!?」


 振り返らなくても声だけで動揺しているのがわかった。


「まあいいわ。……詳しいことは蓬に聞くから」


 

 無事に合流した後は何もなかった。


 家に帰り、夕食の準備を始める。

 すると蓬が側に寄ってきた。


 手伝いをするつもりなのかと、振り返ればややためらってから俺に紙袋を手渡した。


「れんおにいちゃん、おたんじょうびおめでとう!」


 予想外の出来事に嬉しくなる。

 そうか。高槻がいっていたのはこれのことか。


「ありがとな、蓬。開けてもいいか?」


 家ではオネエ口調ではなく普通に話す。

 いつでもあの口調だと肩が凝る。


 蓬が頷いたのを確認してから、店のロゴが入った紙袋を開ける。

 

 中を見て思わず顔が引きつる。

 

 プレゼントはスネークボーンブレスレットで、確か金運をあげる幸運グッズの一つだ。


 前に金が欲しいといったのを聞いていたんだろう。

 今年は一つ下の妹のわらびの修学旅行と四つ下の弟の(たで)高校受験があるから、その費用をどうやって出すかを考えていた時につい口に出していた。

 

 確かにうちは裕福とはいわないが、今は貧乏というほどでもない。


 末の妹に心配されるうちの経済事情に頭を抱えたくなった。

 全ては両親が絶望的に金使いが下手なのが悪い。


 蛇の白い骨を黒い革紐でつないだそれはシンプルなデザインで、さまざまな服に合いそうだ。


 確か四千円くらいするはずだが、買えるほどのお小遣いを渡していない。


 いや貧乏とかではなく、小学一年生に大金を渡すのは危険だからで、欲しい物があれば買ってやる。


「あのね、ひみつっていわれたんだけどいこいおねえちゃんがはんぶんおかねだしてくれたの。いこいおねえちゃんも『ともだちのれんおにいちゃんにぷれぜんとしたいから』っていってたよ」


 にこにこと嬉しそうに笑う蓬に怒る気さえ起きない。

 いつの間にか名前を呼ぶほど懐いてるし。


 土産屋に行きたいといったのは俺のプレゼントを選ぶためだったんだろう。


 それでお金が足りなくて困っていた蓬に高槻が半分出したってところか。

 金も気も使わせたな。


 下心のないプレゼントはいつぶりだろう。


 タグを外して右手につけるとしっくりくる。


 心の中が暖かい物で満たされていく気がした。


「そうなのか。本当にありがとな、蓬。大切にする」


 俺は自然と笑った。

 年内の更新はこれで終わりです。


 来年からはついにあの人が登場!?

 荒れる校内外!

 止められるのは高槻だけ!?


 ……という感じでいけたらいいと思います。


 

 それでは皆様、よいお年を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ