保健医は変態サディストですか!?
タイトルと違って健全です。
翌朝、私は全身が筋肉痛になった。
布団から起き上がることさえも辛くて、一気に五十歳くらい年を取ったような気分。
杖を突いて歩きたい。
それかおばあちゃんとかがよく使ってる荷車みたいなやつを押して歩きたい。
関元様の忠告を無視してけっこう無茶したからかなあ。
いや筋肉痛くらいで済んでよかったと思った方がいい。
城野様の言動を思い出し、身震いする。
でもまだ一日目が終わったばかりで、あと四日もある。
恐ろしい可能性に気づいた。
一週間っていう条件だけど土日もやるの?
全身から血の気が引いた。
うちの学校は基本的に土日が休みになっている。
でも授業数の関係でたまに土曜も授業がある。
今週は土曜授業がある。
つまり日曜だけが休み。
私の杞憂もすぐに解決したな。
《土曜はするけど日曜はしないよ。高槻さんがバイトで忙しいように俺達も忙しいんだ》
一体どこまでばれているんだろう。
バイトをしていることは学校の誰にもいっていない。
「……はあ」
思わずため息が漏れる。
明るい未来が一切見えない。
鬼ごっこが始まったことで趣味にも集中できなくなった。
明日は『不良と風紀委員長の秘蜜の淫らな午後』の放送日なのに今の気持ちじゃ楽しめそうにない。
昨日の朝まではいつも通り妄想して幸せだったのに。
newさんの新曲を聞いても以前のように気持ちが上がらない。
「高槻がため息を吐くなんて珍しいな」
保健医の加東薫先生が書き物をしていた手を休め、顔だけ振り返った。
顔にはいいものを見たといわんばかりに、にやにやと嫌な笑みを浮かべる。
先生は基本的に意地悪な人だ。
特に生徒が悩んでいる姿を見るのが大好きな変態サディスト。
青春してるねえ。
なんて笑顔でいわれた時には思わず殴りたくなった。
白衣とスーツと眼鏡の三種の神器(萌的な意味で)がやけに似合ってるのが小憎たらしい。
この知的イケメンめっ!
「なんか酷いことをいわれた気がするんだけど俺の気のせい?」
今年で二十八歳になる男の落ちこんだ顔なんて、二次元なら鼻血出すくらい萌えるけど、三次元じゃうざい。
「気のせいなんじゃないですか?」
ツンと顔をそらして、食べかけのお弁当に意識を移した。
お母様が作ってくれるお弁当は絶品なのに味がしない。
おかげで箸も進まない。
あれ?私ってこんなに精神が弱かったっけ?
「高槻、今日は一段と俺に冷たくないか?何かあったのか?」
いつもの私と違うことに気づいた先生が体ごと振り返って、少し真面目な顔をした。
「今日の教室、居心地が悪いんですよ」
「ああ。昨日の鬼ごっこのせいか?」
昨日の騒ぎは全校生徒に知れ渡っていた。
あれだけ騒いでいたから仕方ないことなんだけど、今まで目立たないように生活していた努力が一日で無駄になった。
教室だけじゃなくて廊下や階段、どこにいても人の視線を感じる。
ただ見られてるならまだしも好奇や明らかな敵意が混ざってるとなんだかそれだけで疲れた。
だから保健室に来た。
この先生の性格のせいでここに来る生徒は本当に体調の悪い生徒か、物好きな生徒しかいない。
入学当初は同学年の女の子にモテモテだったのに。
私としては避難場所が出来てよかったけど。
「知ってたんですか。相変わらず耳が早いですねー」
私は強がってからからと笑う。
「保健室には色んなやつが来るからな。自然と情報が集まるんだよ」
「なるほどー」
場の空気を読んだように、スマホのメール着信音が鳴る。
「おっ?彼氏からか?」
「そんなわけないです。先生が一番わかってるでしょう?」
本音をいえば先生は「どうだろうね」とくつりと笑った。
《今日の鬼は四分一正義だよ。見た目より怖いやつじゃないから泣かないでね》
「げぇっ!?」
口から蛙を潰したような声が漏れた。
「げぇって……お前はもう少しは可愛い声を出す努力をしろよ。それでどうしたんだ?」
「今日の鬼は四分一様らしいです」
「あー。あいつか。心配しなくても大丈夫だ。高槻が思ってるようなやつじゃない。向井達の中じゃ大人しいやつだぞ」
それは私も知ってる。
四分一様はコアラや怠け者並によく寝る人だ。
「私、四分一様の目の前でビンタしました」
「マジで?」
先生は顔を引きつらせ、目を見開いた。
こんなに露骨に驚くなんてレアだ。
それもそのはず。
四分一様は友達や彼女さんをそれはそれは大事にする人。
以前彼女さんにちょっかいを出された時、一人で犯人とその仲間の数十人を病院送りにしている。
「マジです」
「向井達と何があった?」
私は先生に向井達とあったことを全てを話した。
「あー。なるほどなあ」
先生はそれだけで納得した。
私も自分じゃなきゃそう思う。
「私はこれがらどうしたらいいんでしょうか?」
「関元が一週間逃げ切れば何もしないっていうなら本当に何もしないだろうな。でもあいつらがそう簡単に諦めるとは思わない。特に向井がな」
「ですよねー」
関元様のことはよくわからないけど、向井様については同意見。
殴られそうになったし。
「まあとりあえず高槻がするべきなのはこの一週間を乗り切ることだ。後のことはそれから考えればいい。あとこれをやる」
先生は白衣からうまい棒を一本取り出してくれた。
味は明太子。
なかなか人気の味だった気がする。
「ありがとうございます。えっと……これは?」
「もしものために保険ってのは大事だろ?」
もしものために渡された保険はとても頼りない。
剣と魔法とファンタジー世界なら聖剣ではなく木刀を渡された気分。
先生、せめて剣をください。
「お前ならなんとかなるって」
さっきまでの真面目な顔はそこにはなくて、くしゃりと頭を乱暴に撫でられた。
「無責任な発言はやめてください。私の学校生活がかかっているんですよ!?」
「はいはい」
子どもにいい聞かせるような口調が腹立つ。
嫌がらせで先生に食べかけの弁当を渡すと嬉しそうにそれを食べた。
「変態サディストは伊達じゃない……ったい!」
近くにあった分厚いファイルで頭を叩かれた。
ひどい。人間のすることじゃねえぜ。
「勘違いするな。今金欠で昼飯抜いて腹減ってたんだ。あと俺は変態サディストじゃない」
先生とふざけあっていると昼休み終了五分前を知らせるチャイムが鳴った。
授業に出るために保健室を出る。
「あ、新刊待ってるぞ」
ついでとばかりに私へ先生はそういった。
実は先生もけっこう腐っている。
俗にいう腐男子ってやつだ。
元凶は私だけど元々素質があったんだと思う。
最初はドン引きしていたくせに今では催促するほど。
保健医がそんなでいいのかな?
加東先生はノーマルだというけれど、もう色々と手遅れだと思う。
しゃくだけど先生のおかげで少しだけ元気が出てきた。
タイトルほど変態サディストっぽくなかったです(笑)
この人よりどっかの吸血鬼や猫の方がそれっぽいですね。