こいつは気づいているのか?
高槻「保健室でフラグが立った気がする!」
昼休みが終わった保健室は束の間の静けさに包まれていた。
ついさっきまでいた高槻は昼休みが終わる前にと慌てて、教室へと戻っている。
「高槻さんは何をいいに保健室に来たんでしょうか?加東先生に会うためですか?」
どうぞ、と阿部先生に差し出されたコーヒーが入った紙コップを受け取る。
お湯で溶かすだけの即席インスターコーヒーなのに俺が淹れるよりもいい香りがした。
「ありがとうございます。それはないです。高槻はバカですけど、忙しいとわかっている“僕”のところには来ませんよ」
もちろんこれは経験論である。
あのバカは一度経験しないとわからないところがあるからな。
……いや経験しても学習してないな。
向井達のことがいい例だ。
「それより阿部先生は次の授業はないんですか?」
「はい。次は授業が入ってないですよ」
質問に答えながら阿部先生は近くの椅子に座った。
机を挟んで向かいに俺も座る。
「ではなぜ高槻さんはあんなに追い詰められたような顔をしていたと思います?」
「……阿部先生は『筧寛』っていう男を知ってますか?」
俺は溜め息を一つ吐いて、コーヒーに視線を移す。
「噂なら多少耳にしてますよ。確か……白藤高校の番長で喧嘩のやり方から『狂皇』と呼ばれていると聞いたことがあります。その彼が高槻さんと関係あるんですか?」
「友達なんだそうですよ」
俺の一言に阿部先生は目を見開いた。
「……誰が誰とですか?」
「筧寛と高槻が、ですよ。最初は俺も信じられませんでした。だから調べたんですよ」
わざわざ俺に“二人が友人である”という情報を教えた『三浦瑞貴』を。
コーヒーから上る湯気が不安定に揺れる。
「そしたら三浦はとんでもない存在だったんです。一昨年の喧嘩を覚えてますか?玄博高校と白藤高校がやり合ったあの大喧嘩を」
「ええ。覚えてますよ。今までにあまりない規模の喧嘩で多くの怪我人が出ました。今も入院している生徒が数名いますね」
「三浦は中学生であの喧嘩に参加してたんですよ。それも彼の兄と一緒に先陣を切ってです」
阿部先生は言葉を失う。
でも俺は続ける。
「そして三浦と筧寛の関係はまだ続いていて、理由は知りませんが筧寛は高槻に執着しているようです」
『話っているよりどれだけ高槻先輩が好きかを聞かされました~。先輩、愛されてますね』
脳裏にあの時の無邪気な三浦の声が聞こえた。
「……執着ですか」
筧寛のことを知れば知るほど、高槻に向ける気持ちが恋とか愛とかそんな生ぬるい言葉じゃ足りないほど強い何かであると思う。
「だから高槻に他の男を寄せつけたくない三浦と向井達とで、もめているようです」
「それで高槻さんは……」
阿部先生はその先をいわなかった。
俺は少しぬるくなったコーヒーに口をつける。
「その上、三浦は裏で向井達に敵対している奴らを集めて喧嘩を売っているようです」
「それでこの忙しさなんですね」
例年なら校内序列がほぼ決まり、怪我人は二・三人くらいに落ち着く。
だが三浦のせいで俺の仕事は例年の十倍以上に膨れ上がっている。
今度会ったら一発殴ってやるつもりだ。
怪我人を量産した恨みではない。
安易に人を傷つけるやつへの教育的指導だ。
「なら遠慮せずにまた声をかけてください。わずかながらお力になりますよ?」
そういって阿部先生は微笑む。
そこら辺の女ならころっと落ちてしまいそうなほど魅力的なそれだ。
失礼ながら阿部先生はものすごく顔がいいわけじゃない。
体格も普通かそれよりも背が高いくらいだ。
だが、雰囲気や表情、何気ないしぐさから優しさと穏やかさを感じて、落ち着く。
そんな少し不思議な人だ。
「何度も助けてもらってありがとうございます。機会があればまたお願いしますよ」
多少の本音も混じっていたけど、ただの社交辞令のつもりだった。
冗談っぽくいったにも関わらず、阿部先生はふわりと表情を変えた。
「そういっていただけて大変嬉しく思います」
頬を少し赤らめて、心の底からそう思っているかのように笑った。
なのに強い視線で俺を射抜く。
阿部先生は“同性愛者”。
噂もあったし、親しくしている高槻からも聞いた話だ。
でも、まさか、相手が“俺”ってことはないよな?
今まで女にモテたことはあっても男にモテたことはない。
だから阿部先生が俺を意識しているように見えるのは、自意識過剰なだけだ。
落ち着け、俺。
余計な勘違いは阿部先生に失礼だ。
残りのコーヒーを一気に喉に流しこむ。
ムズムズする感覚とせり上がってくる何かを胃の中に強制的に飲みこんだ。
苦いはずのコーヒーがわずかに甘く感じた。
Q.休日の過ごし方は?
四分一正義「拓哉達と一緒に出かけたり、花とデートしたり、一日寝たりしてる。あとは家事くらい。」
Q.好きなタイプ(恋愛対象)は?
四分一正義「橙花」




