たかが鬼ごっこに本気ですか!?(一日目)
学生生活をかけた鬼ごっこスタート。
高槻憩、十七歳。
ただいま一つ下の男の子に全力で追いかけられてます。
可愛い後輩に追いかけられるのは恋愛漫画のシチュエーションの一つ。
男女を問わず誰もが一度は夢見たことがあるんじゃない?
でもね、言動が全てを台無しにしていると思う。
「拓哉さんのためにさっさと捕まりやがれ!このクソ女!」
私を追いかけているのは城野涼様。
目に痛い金髪に猫のような大きな目、小柄な体格が可愛いと人気のお方。
なんでも向井様に恩があるらしく、いつも側にいる。
取り巻きその一で、喧嘩も強いらしい。
そんな彼が向井様の側を離れて、鬼のような形相で私を追いかけていた。
いつもの愛らしさは欠片もない。
こうなったの理由は数時間ほど前にさかのぼる。
向井様達と鬼ごっこをすることになった私は関元様と連絡用にメアドを交換し、授業へ戻った。
あ、飛んでった眼鏡もちゃんと回収した。
五時間目が終わった時に関元様からメールが届いた。
《今日の鬼は城野涼だよ。元サッカー部で足が速いから無茶して怪我をしないように気をつけてね》
ほんとはもっといろいろあったけど内容を要約するとこんな感じだった。
関元様は私を捕まえたいのか逃したいのかよくわからない。
見なかったことにしてこのまま家に帰ろうかな。
そう思った時、スマホが新たなメール着信を知らせた。
《時間内に学校の敷地内から外に出た場合は拓哉の不戦勝になるよ》
見計らったようなタイミングに全身から嫌な汗が出る。
まさかどこかで監視されてる?
慌てて周りを見渡した。
でも監視するような人は誰もいない。
なんだ。ただの偶然か。
私の行動が読まれていると思ってちょっと怖かった。
六時間目も終わり、放課後になった。
私は荷物を持たずに立ち上がる。
うちの学校は午後四時から六時までが放課後だ。
教室はわかっているだろうから別の場所に避難した方がいい。
教室を出た瞬間に階段の方から視線を感じた。
視線を移すと、階段を登りきった城野様が私を凝視している。
ヤバイと思って別の階段に向かって走った。
後ろから城野様の追いかける足音が聞こえる。
それから一時間以上追いかけられている。
わざと走るスピードを緩めて、捕まる瞬間にスピードをあげて転ばせたり。
教室を使ってまいたり。
階段の隅に隠れてやり過ごしたり。
そんなことをしたせいか、城野様の怒りは頂点に達している。
でも城野様は一つ息を乱してない。
私は息も絶え絶えで、喉は焼け付くように、お腹はねじ切られるように痛いのに。
これが帰宅部で運動不足の私と元サッカー部の身体能力の差か!
足が泥をかぶったみたいに重い。
このままじゃ捕まってしまう!
考えろ、私!
ん?そういえば城野様は私が色々やる前から敵視していたような……?
ハッ!
城野様は向井様ラブだから、ビンタを食らわせた私のことが嫌いなんだ!
好きな人を傷つけられれば誰だって怒る。
むしろなんでそんな当たり前のことに今まで気がつかなかったんだろ!
私はその場に立ち止まる。
体力がつきたわけじゃなくて、城野様にいいたいことがあるからだ。
城野様は警戒して、近寄って来なかった。
都合がいい。
膝に手をついて、息を整える。
「わ、私と取引しませんか?」
「取引?なんの?」
城野様の眉が真ん中に寄る。
「見逃して下さるなら向井様に二度と近づきません!」
「はあ?」
城野様は何いってんだこいつ?という顔をされた。
でも否定はされなかった。
とりあえず話は聞いてくれるみたい。
「捕まったら私はもう一度向井様にお会いすることになります。私は向井様と同じ空間、いえ。同じ空気を吸うことさえもおこがましいほどの微生物にも劣る存在です。そんな私が向井様のお望みであってもお会いするのはどうかと思うのです」
目を伏せ胸に手を当てておしとやかな女を演じながら、城野様の反応を伺う。
するとなぜかドン引きされていた。
どこに引く要素があったの!?
「お前のいいたいことはよくわかんねえけど、拓哉さんに会いたくねえってこと?」
その通りです。
あんな怖い人と二度と会いたくありません。
やっぱりイケメンは遠くから眺めるくらいがちょうどいい。
正直にいうわけにもいかないから、適当な言葉を重ねる。
「いえ私ごときが向井様にお会いするなんて身の程知らずもいいところです!」
「あっ……そう」
理解できない生物を見たような反応はやめてえ!
豆腐メンタルの私の心がぐちゃぐちゃになっちゃう!
「ほんとにあんたを見逃せば拓哉さんに会わねえの?」
「それはもちろんです!」
向井様から私に会いに来ない限りは。
「……わかった。見逃してやる」
城野様は苦渋の表情を浮かべていた。
よっしゃぁあああ!
言質とったでぇ!
心の中でガッツポーズをして、拳を天高く突き上げる。
これで一昨日までの平穏無事な腐女子ライフへの一歩が近づいてきたー!
私の喜びの束の間、城野様に天高く登っていた気持ちを地面に叩きつけられる。
「だけどあんたが裏切ったらオレがあんたを半殺しにしてやるからな」
可愛いとは正反対の鋭い視線で私を睨み、とんでもない捨て台詞を吐いて、城野様はどこかへと去ってしまわれた。
私はその場にぺたりと座りこんだ。
一難去ってまた一難というけれど。
この場合は借金に借金を重ねるような自転車操業に近いかもしれない。
私のバカ!
あの時はこうするしか浮かばなかったけど、捕まった時のペナルティーが重すぎるでしょ!
泣き言をいってももう遅い。
時間は戻らず、下校時間を知らせるチャイムが校舎に鳴り響いた。
主人公が安定の馬鹿です(笑)
自分から墓穴を掘っていくスタイルで生き急いでいます。