お花見かしら?
蓮の評価が辛い。
高槻憩は驚くほどバカだ。
怖いくせに拓哉に歯向かったり。
いじめられているのに誰にもいわなかったり。
自分を嫌う涼を庇ったり。
俺達の想像を超えたことを軽くやってのける。
高槻と一緒にトイレに行った涼が戻ってきたのは三十分以上後のことだ。
帰ってきた涼は目に涙を浮かべていた。
側に高槻がいない。
それだけでだいたいの状況はわかった。
元々高槻は花見に来るつもりはなかったのだ。
俺達が強引に連れ出して、酒の回ったおっさん達の中に放りこんだ。
すぐに弾き出されると思っていたのに、気に入られしまったのは大きな誤差だった。
高槻は引きつった笑顔で受け答えしていたが限界が来たのだろう。
だからトイレに行くと嘘を吐いて、涼の目を盗んで逃げ出した。
ここまでは予想通り。
逃げたければ逃げればいい。
少しの間だけおっさん達の相手をしてくれれば十分だ。
ただ一つだけ予想外なことがあった。
「めんどくせえやつだな」
拓哉は舌打ち一つして拓哉が靴を履いて立ち上がる。
「……アンタまさかあの子を探しに行くつもり?」
ありえないと思いつつも聞かずにはいられなかった。
涼と別れてすでに三十分以上が経っている。
ここから高槻の家まで車で十分くらいだ。
もう家に帰り着いていてもおかしくない。
というよりその可能性の方が高いだろう。
「あいつの性格考えてみろ。絶対にそこらへんにいる」
なぜか拓哉は高槻がまだここにいると確信しているようだ。
それを聞いたおっさん達が騒ぎ立てるから、探さないわけにはいかない。
面倒なことになったと内心ため息を吐きながらハイヒールを履いた。
意外にも最初に高槻を見つけたのは拓哉だった。
高槻を守るように立つ人ともめているようで、ちょっとした騒ぎになっていた。
だが本人達はそれに気づいていない。
それよりも拓哉は気づいているんだろうか?
男みたいな格好をしているその人が“女”だってことを。
なんにせよ、このまま放って置くと面倒なことになりそうだ。
「騒ぎになってるから来てみればアンタこんなところにいたの?」
声をかけると三人が振り返る。
高槻は少しだけほっとした顔をした。
険悪な雰囲気だったから困っていたんだろう。
「生オネエ初めて見た!?実在したんだな!テラ美人!?」
女のバカ正直な言葉にイラッとした。
類は友を呼ぶとはこのことか。
俺が苛立ったことに気づいた高槻はサッと顔を青くする。
「……アンタ、いいお友達を持ってるのね?」
高槻の握りやすい頭を笑顔で鷲掴みにした。
叫び声は飲みこめたらしいけど、その目には涙が溜まっている。
ちらりと助けを求めるように拓哉と女へ視線を送るも見て見ぬふりをされていた。
「あー!よもぎちゃんのおにいちゃんだ!」
「よーちゃんもいる!」
聞き覚えのある子どもの声にしぶしぶ手を離す。
声の先には一番下の妹の蓬と同じ幼稚園に通う南並鈴ちゃんと蘭ちゃんが立っていた。
年も妹と同じで、明るく元気な鈴ちゃん、賢くて人見知りな蘭ちゃん。
髪型と顔も似ていないからあまり双子には見えない。
「あら鈴ちゃんと蘭ちゃんじゃない。今日は二人で来たの?」
俺は二人の側に行き、目線を合わせるようにしゃがんだ。
もう遅いかもしれないけど、怖がらせないように妹へ向けるものと同じ優しそうな笑顔を作る。
「ううん。おねえちゃんとおにいちゃんとゆきひこくんといっしょにきたの!」
鈴ちゃんが首を横に振る。
二人には俺より一つ下の姉がいる。
お兄ちゃんというのは多分半年前くらいに入園してきた雪彦くんの兄のことだろう。
噂では姉と兄が付き合っていて、家族ぐるみでの関係になっているらしい。
どこまで本当がわからないけど、蓬に真顔で『蓮兄ちゃんは恋人いないの?』っていわれたのは記憶に新しい。
『いない』んじゃなくて『いらない』んだけど、そういって誤解されるのも嫌だったから笑ってはぐらかした。
そう思うようになった理由を蓬にも理解できるように説明できないし、蓬が他の兄弟へ俺のことを聞くのもさせたくなかった。
俺自身も思い出したくないことばかりだから。
「みんなでおはなみしようっておねえちゃんがつれてきてくれたの」
近くの桜を指差して蘭ちゃんが他人の俺に珍しく笑顔を見せる。
それだけ嬉しいんだろう。
ロリコンではないけど、子どもらしくて素直に可愛いと思った。
「そうなの。よかったわね。それでお姉ちゃん達はどこにいるのかしら?」
二人はきょろきょろと周りを見渡す。
その行動はそっくりだ。
こういうところを見ると双子だと思う。
「んー?わかんない!」
「わたしたちまいごになったみたい」
二人はあっさりとそういった。
幼稚園の他はほとんど姉と一緒に過ごしていると聞いていたから少し驚く。
「それは困ったわね……」
俺は二人の姉と親しくない。
二人の姉はかなりの男嫌いらしい。
その上迎えに行く時間が違うのか、互い視界にすら入ったことがない。
「俺ちょっとあるちん召喚するわ。一緒にお花見する予定だったんだ」
それまで黙っていたよーちゃんがポケットからスマホを取り出して、二人の姉に電話をかけ始めた。
その姿を高槻が寂しそうな顔で見ていた。
高槻がそんな顔をするのを始めて見る。
ずっと誰にも執着しない性格だと思っていた。
でも違ったらしい。
なぜかその顔から目が離せなかった。
「おねえちゃんはよもぎちゃんのおにいちゃんのともだちなの?」
「それともこいびと?」
高槻は二人から純粋な目で答えにくい質問をされていた。
子どもは無知で純粋だから時々こんな風に困るような質問をしてくる。
「友達よ。ただの友達」
代わりに答えてやると、高槻は真ん丸な目で俺を見上げた。
「ったい!?」
ちょっとイラッとしてデコピンをする。
「なんでアンタが驚いてんのよ?」
高槻は少し顔を赤くして、でも期待に目を輝かせて口を開いた。
「えっと……あの友達って」
続く言葉は高槻の背後から唐突に現れた女の襲撃によっていえなかった。
「なにこの娘!?可愛いわ!すごく可愛い!いい匂いもするわね!あのCMのシャンプーとリンス使ってるでしょ!?ボディーソープは石鹸の香りね!控えめで自然な匂いが素敵よ!あなた自身の匂いも日だまりのようでいいわ!いつまででもかげそう!さらさらの髪は櫛くしでとかなくてもすさそうなくらいね!ああん!やっぱり女の子っていいわね!」
マシンガンのように言葉を発した女はタコのように高槻に抱きつき、匂いをかいでいる。
暖かくなると変態が出るというが、まさか本当だったとは。
「テメエ!そいつから離れろ」
ブチ切れた拓哉が高槻を変態から引き離した。
高槻は素早く拓哉の背後に周りこんで、変態への盾にする。
拓哉は一晩の関係を持った女が男に絡まれていても助けない。
なのに今も無意識に高槻を守ろうとしているのだからおもしろい。
拓哉はいつ自分の恋心に気がつくのだろうか?
すぐに気づいてほしい気もするし、このまま気づかないのもありだと思う。
俺達の“王様”はどんな未来を選ぶのだろうか?
まあ拓哉が自覚したら高槻の意思とは関係なしに側に置くだろうけど。
まあ、今しばらくは大丈夫な気がする。
それよりも問題なのは目の前の変態。
距離をとってみてわかった。
縁の狭い水色の眼鏡をかけたクール系美人だ。
背も高くて高槻の弟よりも少し低いくらい。
さらにはグラビアアイドルにも引けを取らない体。
「はあはあ……怯えている顔も小動物みたいでも可愛いわ」
他の男なら喜びそうな女だが、言動がすべてを台無しにしている。
高槻はさらに怖がり、拓哉にすがりつく。
心なしか拓哉の表情が緩んでいる。
無意識なのにわかりやすいやつ。
「あ、おねえちゃん!」
鈴ちゃんと蘭ちゃんは変態を見て声を揃えていった。
高槻がやり取りを傍観者のように見ているよーちゃんに視線を送る。
「俺の友達その一『南並歩真』。通称『あるちん』。鈴ちゃんと蘭ちゃんのお姉ちゃんでシスコン。一つ年下で学年十指の頭脳を持ち、スポーツ万能の文武両道タイプ!」
よーちゃんはにやりと笑った。
「で!ものすごい女好きで十二歳以上の男嫌い!守備範囲は老若問わず女!だだし彼氏持ちだぜ!」
鈴ちゃんと蘭ちゃんの姉はいろいろと残念な女だってことがよくわかった。
そしてこんな女と付き合っている雪彦くんの兄に尊敬すら覚えるのだった。
Q.高槻癒詩の第一印象は?
高槻憩「癒詩が生まれた時は私も赤ちゃんだったからなあ……。覚えてませんね」
Q.高槻癒詩の現在の印象は?
高槻憩「リア充爆発しろです。あ、でも彼女はいないらしいですね。かといってもてないわけじゃなくて、今は野球をしたいからってふざけたことをいってました!なにそのイケメン発言!?狙ってんの!?って思ったこともあったんですけど、そこまで考えるような頭じゃないんですよね。あ、ここだけの話なんですけど、癒詩は中学のテストで……え?なんでもするからいわないで?わかった。今日の買い物付き合ってね」




