お花見ですか!?その1
華麗なる大変身?
今年の春休みはだいたい二週間。
夏休みと違って課題が出ないからその分ゆっくりと休める。
うちの学校も一応夏休みには課題が出る。
国語、英語、数学、理科、社会の五教科からプリントが何枚か出て、その中から休み明けのテストに出るのだ。
プリントをやらない生徒も多いけど、私はテストとは別に評価される態度点のために提出する。
そんなわけで私は春休み五日目を満喫していた。
いや正確にはしようとしていた。
「なあなあ姉ちゃん、姉ちゃん、姉ちゃん!関元湊さんと知り合いってほんと!?」
弟の癒詩が扉を乱暴に開けて部屋に飛び込んできた。
さらに勢いのままに寝ている私を叩き(文字通り)起こす。
今日はバイトが休みだからと、昨日の夜から新聞配達が来るまでゲームに勤しんでいた。
壁掛け時計を見るとまだ八時過ぎ。
つまり三時間くらいしか寝てない。
「……だったらなに?」
ついイライラして素っ気なくなるのも仕方ない。
「え!?ほんとかよ!なんで今まで教えてくれなかったの!?」
癒詩から関元様の名前が出てきたことも、関元様と知り合いであることを教える必要もわからない。
いつもなら理由を聞くけど、今はひたすら眠かった。
「…………用件、それだけなら、寝かせて」
もう目を開けていることすら辛くて、意識が半分以上夢の中だ。
「関元さんとなんかかっこいい人達が姉ちゃんに用事があるって家に来てる。家の前で待たせるのも悪いからリビングで待ってもらってるよ」
一気に目が覚めた。
飛び起きた衝撃で布団が床に落ちるけど気にしてられない。
癒詩よ、なんでそんな大事なことを最初にいわない!?
「い、いい、いつから!?」
「さっき来たばっか」
よしセーフ!
いやいやいや!ちょっと待てぃ!
「なんで私が寝てるってわかってたのに家に入れたの!?」
関元様達から用事があるって聞いても、私が寝てたの知ってるなら普通家に入れないよね!?
「だって関元さんと話したかったから」
癒詩は悪びれもなくそういった。
このバカやろう!
いくらかっこよくても寝起きにあの人達に会いたくない!
あの人達と一緒にいるのは精神的にも肉体的にも辛いんだ!
あ、四分一様と関元様は別。
私は落ちた布団を頭から被ってベットの上でみの虫みたいに丸くなる。
「帰ってもらって!」
「やだ!この機会逃したら関元さんに会えないもん!」
癒詩は私から布団を奪おうとする。
なんでそんなに関元様にこだわるの!?
私はいい人だって知ってるけど、癒詩は初対面のはずでしょ!?
「癒詩の事情なんて知らないわよ!」
「姉ちゃん、往生際が悪い!」
「私が起きなかったってことにすればいいでしょ!」
ピタリと癒詩は布団を奪おうとするのをやめた。
嫌な予感がする。
「姉ちゃんがその気なら俺にも考えがある!」
ひょいと少し重い荷物のように布団ごと持ち上げられた。
しまった!忘れてた!
癒詩は野球で体を鍛えているから、私なんて軽々と持ち上げられるんだった!
「いやぁあああ!私が悪かったから離して!」
ジタバタ暴れても布団のせいで上手くいかない。
策士策に溺れるってこういうことか……っ!?
「やだ!離したら姉ちゃんは逃げるでしょ!」
「逃げないから準備をさせてぇえええ!」
ここまでされたらさすがにもう逃げない。
ただお姉ちゃんにも羞恥心というものがあってだな、最低でも顔くらい洗わせてほしい。
でも癒詩は容赦なかった。
リビングの床に私を下ろしたのだ。
「遅くなってすいません!連れてきました!」
布団で顔が見えなくても、癒詩が憎たらしいくらいいい笑顔をしているのがわかる。
「えっと……高槻さん?」
雰囲気で明らかに関元様達が戸惑っているのがわかる。
私もどうしたらいいのかわからない。
「なんでそんな格好してんだ?」
「姉ちゃんが皆さんに会いたくないとかいうんでそのまま連れてきました!」
癒詩の裏切り者!
今度弁当に嫌いな納豆入れてやる!
「ああ。それでその格好なのね」
葉山様、そんなあっさりと納得しないでくださいよ!
「姐さんはやっぱり俺のこと嫌いなんですか?」
布団越しでも城野様が泣きそうになっているのがわかった。
あれ?デレ期はあの日だけじゃなかったんですか?
「憩、もしかして寝てた?だったら起こしてごめんね」
四分一様の優しい言葉が胸にしみる。
癒詩、四分一様を見習って!
「チッ。面倒なやつだな」
舌打ちと足音と気配で向井様が近づいてくるのがわかる。
布団ごと後ろに下がってもすぐに壁にぶつかった。
気がそれている間に布団に手にかけられて、勢いよく剥がされた。
まだ一度も櫛でといていないボサボサの髪、洗っていない顔、パジャマ代わりの中学校のジャージ。
それらが向井様達の前に晒された。
「わぁあああ!」
思わず叫んでしまった私は悪くない。
寝起きの姿を家族以外の人に見られるなんて、裸を見られる並に恥ずかしい。
しかも今日はジャージの下に萌えキャラTシャツを着ている。
顔を隠すように膝を抱えて丸くなる。
「姉ちゃん、寝起きを見られたくらいでそんな動揺しなくてもいいじゃん。それより見られたらやばい物たくさん持ってるでしょ?」
癒詩の暴言に思わず顔を上げる。
「なに他人事みたいにいってるのよ!?癒詩せいだからね!?」
あとさらっとやばい物たくさん持ってるとかいわないで!
R指定のBLだけじゃなくて健全な物も持ってる!
「普通この時間なら起きてる」
「野球バカと一緒にしないで!」
夜九時に寝て、朝五時には起きてジョギングとか自主トレする奴と一緒にされては困る!
「いやそれほどでもないし。上には上がいる!」
そこで照れるなあ!
我が弟ながらあざとい!
「褒めてないから!反省しなさい!」
「え?何を?」
「寝ていた私を叩き起こしたでしょ!?なんでついさっきのことを忘れられるの!?」
バカなの!?死ぬの!?
「あっ。そうだった。姉ちゃんが起きたから忘れてた」
天然か!?
「まあまあ。高槻さん落ち着いて。弟くんも、ね?」
見かねた関元様が間に入る。
「癒詩って呼んでください!ポジションはピッチャーで一応部のエースで打順は四番もらってます!」
関元様に抱きつく勢いで癒詩は詰め寄る。
野球以外でこんなにキラキラした目をしてるの初めて見た。
「そ、そうなんだ。すごいね」
癒詩の勢いに関元様はドン引きしていた。
あれ?気のせいかな?
前に私がゲームに夢中になりすぎた時と同じ顔されてるような……?
いや絶対に気のせい!
気のせいったら気のせい!
それよりなぜか暴走してる癒詩を止めないと。
「癒詩!変なことをいって関元様を困らせないの!黒歴史バラすよ!」
「それだけはほんとにやめて!」
癒詩は顔を青ざめる。
フッフッフ。
同じ屋根の下で暮らす家族には人に知られたくないことの一つや九つあるものだ。
「そろそろ本題に入っていいかしら?」
そうだった!
関元様達は私に用事があるんだった。
「私に何か用事があるんですよね?」
「そう。アンタ拓哉と付き合いなさい」
「え!?姉ちゃん、彼氏できるの!?」
うるさい癒詩を視線で黙らせる。
視線の意味に気づいた癒詩は自分の両手で慌てて口を塞ぐ。
葉山様も紛らわしいいい方をしないでほしい。
「どこに行くんですか?」
「花見よ」
「お花見ですか?」
そういえば私達が住んでる地域は今週の土日が見頃だってニュースでいっていたような……?
興味がなかったからうろ覚えだ。
「そうよ。だから借りるわね」
後半の言葉は私じゃなくて癒詩に向けられていた。
「どうぞ!どうぞ!なんならごゆっくりしてってください!」
癒詩は笑顔で私を葉山様に引き渡す。
え!?まさか弟に売られた!?
「ち、ちなみに拒否権はありますか?」
絶対ないだろうなあ……。
「あると思っているの?」
すみません、愚問ですね。
葉山様に襟を掴まれて引きずられるようにリビングを後にする。
癒詩はこれ幸いと関元様に話しかけているのが視界の端に見えた。
「アンタの部屋はどこ?」
「……階段上がってすぐ左です」
葉山様は自分の部屋のように扉を開けて中に入る。
「意外と片付いてるわね」
家族にも見せられない物がごろごろあるから、こまめに掃除している。
自分の好きな風にできるからそれほど苦じゃないけど。
部屋につくと紙袋を渡された。
「これなんですか?」
「服よ。アンタ、ろくな服を持ってないでしょ?だから知り合いから適当にもらってきたわ」
確かに葉山様達と歩けるようなオシャレな服を持ってない。
「ありがとうございます!」
「お礼はいいからさっさと着替えなさい」
葉山様はいったん部屋の外に出る。
いわれるままに服を着て、葉山様に声をかける。
「まあまあってところかしら?じゃあ椅子に座りなさい」
なんで椅子に座るんですか?
よくわからないけど、勉強机とセットの回転椅子に座る。
「いい?今からかアタシがいいっていうまで動かないのよ?」
「わかりました……ったい!?」
急に髪を引かれて、ぴくりと動いてしまった。
「次動いたら血まみれにするわよ?」
葉山様から静かな怒りを感じて動きを止める。
それから私は一時間くらいマネキンになった。
「いいわよ」
息を詰めていたから大きなため息がもれた。
「それなりの出来ね。時間があればもっといろいろ出来たんだけど、これ以上は拓哉が待ちくたびれちゃうわね」
「あの?変じゃないですか?」
テレビの普段オシャレしない人がオシャレして大変身する番組でよく聞く『自分じゃないみたい』とはこのことをいうんだと思う。
身長と同じ大きさの姿見に映る自分をまじまじと見る。
黒の猫っぽいキャラクターTシャツの上にデニム地のジャケット、白のマキシムスカート。
ピンク系でまとめられたナチュラルメイク。
髪の左上一部だけをシュシュで結んでチアリーダーのボンボンみたいに逆立てて、スプレーで固めたちょっと変った髪型。
パーツに私らしさが残っているけど、雰囲気が全然違う。
見た目だけならリア充。
「大丈夫。アタシがしてあげたのよ?自信持ちなさい」
葉山様がそういうなら大丈夫かな。
「さっさと行くわよ」
部屋を出て行く葉山様を慌てて追いかける。
リビングに行くと癒詩が関元様と話していた。
城野様はテレビを見ていて、四分一様はその隣でお菓子を食べている。
「む、向井様!?それ私の布団ですよね!?」
なんと信じられないことに向井様はソファーで私の布団を被って寝ていたのだ。
恥ずかしいし、臭いが気になる。
一昨日に天日干ししたばかりなんだけど、直前まで私が使ってたからね!?
「うっせえな。布団くらいどうでも……」
布団から顔を出して、私を見つけて目を見開いた。
「……誰だ、お前」
寝ぼけているにしてもひどい!
確かに自分でも同じことを思ったけど!
「高槻憩よ。女は手を加えればいくらでも変わるのよ?」
葉山様のいうことはごもっともです。
まさか私がこんな風に変わるなんて思いもよらなかった。
葉山様はどこでこの技術を身に着けたんだろう?
聞きたいけどいつかのように地雷を踏んだらと思うと怖い。
「憩、かわいい」
四分一様、ありがとうございます!
「姉ちゃんが姉ちゃんじゃない!?」
癒詩、帰ってきたら覚えときなさいよ……!
「この子の準備が出来たから行くわよ」
家の前に止まっていたワゴン車に乗りこむ。
癒詩も一緒に行きたがったけど、午後から部活だから置いて行った。
あれでも一応は部のエースなんだからよぼとの理由じゃないと練習をサボっちゃだめだよね。
引き換えに関元様とメアドを交換していたのには驚いた。
関元様も快く応じてくれていて、私がいない間に何があったんだろうと思ったり。
癒詩が見送る中、車は緩やかに発進した。
あの……皆様、一言いってもいいですか?
なんで私が向井様と城野様の間なんですか!?
Q.パーヴェル=アウリオンの第一印象は?
高槻憩「濃い赤髪で牧師っぽい服を着てて敬語で無表情だったから真面目だけど冷たい人でしたね」
Q.パーヴェル=アウリオンの現在の印象は?
高槻憩「頼りになる人です!優しくてすごく気が利きます!少し空気が読めないところもあるんですけどそこがまた魅力的だと思います!あ!ヴェルさん!明日お休みなのに浮かない顔されてますけど何かあるんですか?え?例の喫茶店でアルバイトで変わってほしい?絶対にいやです!というか無理です!絶対に無理です!」




