これっていじめかな?
普段怒らない人が怒るとものすごく怖い。
正義から高槻さんがいじめられていると聞いてから今日でちょうど二週間が過ぎた。
いつもならそのくらいの時間があれば、いじめている相手を見つけて黙らせている。
でも今回はそう簡単にはいかない。
元々高槻さんはなんの力もなく、存在すら忘れられていた。
拓哉と関わらなければ、本人のいうように無事に卒業できていたはずだ。
成り行きとはいえ拓哉と関わるようになって、彼女の存在は一気に注目を浴びることになった。
拓哉に向けられる感情は羨望や尊敬といった綺麗なものばかりじゃない。
嫉妬や嫌悪といった汚い感情もある。
その感情の一部が彼女に向けられていた。
それは拓哉と関わることになってから予想がついていた。
だから俺は彼女がいじめられていると気づけば、助けを求めると思っていた。
彼女がいじめられていると知ったのは、偶然正義が気づいたからだ。
つまり彼女は誰にも助けを求めなかった。
むしろいじめられていることを隠そうとしている。
蓮が何を企んでいるのか気になるけど、前の連絡以来なんの動きもない。
電話をしてきたのは、蓮の気まぐれだろうか?
蓮の気まぐれは今に始まったことじゃないから考えても仕方ない。
それよりもなぜ高槻さんがいじめられていることを隠そうとしているか、だ。
拓哉のことでは俺に助けを求めたのに、どうしていじめでは助けを求めないんだろうか?
俺に頼みにくいなら正義に頼むことも、仲の良い先生に相談することもできた。
なのに高槻さんはどれも選ばず、一人で耐える方を選んだ。
どう考えても最後の選択が一番辛いのに。
考えこんでいると正義の教室の前に来ていた。
正義は俺に気づくと鞄を持って教室から出てくる。
「蓮は今日学校に来てる?」
正義は首を横に振った。
蓮が学校を休むのは事情があるからで、俺達はそれを知っている。
「そうなんだ。じゃあ行こうか」
高槻さんは今日バイトの日だ。
旧音楽室には来ない。
その間にいじめの証拠と主犯を探す。
だが犯人は数が多すぎて今だに絞れない。
主犯なんてなく、全員が犯人のような気さえする。
時間が経てば経つほど、被害が大きくなり、俺と正義は焦っていた。
高槻さんもうちの学校のいじめは他校に比べ物にならないくらいひどいって知っているはずだ。
幸いにも高槻さんに付け入る隙が中々ないから大きな被害になっていないけど。
…………いやちょっと待て。
高槻さんに付け入る隙がないだって?
あんなにあっさりと拓哉と関わることになった高槻さんに、付け入る隙がないなんてありえるのだろうか?
それじゃあまるでいじめられることに慣れているみたいだ。
そこまで考えてようやく一つのことに気づいた。
彼女がなぜ隠ししたがるのかも。
もしかして高槻さんは……
「湊、あれ」
正義の焦る声に考えことを後回しにして、彼の視線の先を追う。
その先、廊下の中央には人混みができていた。
嫌な予感がして、俺は輪の中央へ飛びこんだ。
俺の目に信じられないような光景が映った。
輪の中心で高槻さんが男達にその小さな体を拘束され、スカートの下に履いていた短パンのウエストに手をかけられていたのだ。
高槻さんは青ざめた顔で、目を固く閉じて、体をわずかに震わせていた。
『やだっ!やめてよ!助けて、お兄ちゃん!』
高槻さんの姿があの事件の妹と重なり、それまで溜まっていた怒りが爆発した。
俺の顔から表情が消える。
「お前ら……誰に手を出してるかわかってる?」
いい終わるか否かという速さで、俺は高槻さんの目の前にいた男を背後から全力で殴り飛ばす。
男はぬいぐるみのように簡単に飛んでいった。
同情なんてしない。
する必要すら感じない。
俺に目の前にいるこいつらがもう同じ人間とすら思えない。
害虫以下の存在にしか思えない。
このクズどもが。
いっそお前らみたいな腐った連中は✕ねばいい。
雑音を撒き散らし、他人の権利を勝手な理由で奪い、欲望のまま貪り食う存在が消えたところで誰が困る?
でもその前に高槻さんをこの場から離さないとね。
俺の喧嘩はとてもじゃないけど人に見せられたもんじゃないから。
耳障りな絶叫が廊下に響く。
俺に気を取られて後ろにいた正義に気づかなかったらしい。
なんてバカな連中なんだろう。
正義のお気に入りに手を出すとどうなるかわかっていたくせに。
バレなければいいとでも思っていたのか?
だったら呆れて何もいえない。
確かに正義は平和主義者だ。
ただしそれは“俺達の間だけ”の話だ。
正義はそれ以外の他人は死のうが生きようがどうでもいいと思っている。
だから正義自身は何をされても命に関わらなければ、何も反応しない。
それはお前らを一瞬で殺せる技術を持っているからこその余裕も含めれている。
ライオンが踏み潰した蟻を気にかけることがないのと同じだ。
正義はある意味では俺達の中で一番残酷なのかもしれない。
高槻さんは鼓膜が破けるほどの声量に思わず耳をふさいでようやく拘束を解かれたことに気づいたらしい。
「憩に手を出したら俺は怒るっていったよね?」
怒りがにじみ出ている正義の声に高槻さんは恐る恐る振り返っていた。
「高槻さん」
「は、は、は、はい!?なんでございましょう!?」
名前を呼んだだけなのにひどく怯えられた。
抑えていたつもりだったけど、殺気が漏れているのかもしれない。
高槻さんを怯えさせてどうする。
小さく息を吸っていつもと同じ穏やかな声を作る。
「今日バイトの日だったよね?」
高槻さんは状況をよくわからないまま首を縦に振る。
「そっか。なら遅れちゃ大変だよね。正義、高槻さんをバイド先まで送ってあげて」
バイト先に送ってというのはただの建前だ。
本音は今すぐここから高槻さんを離れさせたいだけ。
正義は俺の意思を正確に理解してくれた。
「ん。わかった」
正義は男達から手を離して、困惑する高槻さんを肩に担いだ。
こうして見ると同じ年とは思えない。
子どもと大人、よくて年の離れた兄妹に見える。
高槻さんの顔が見る見るうちに青ざめる。
「四分一様!大丈夫です!まだ時間ありますから自分の足で行きます!いえ行かせてください!」
正義の呼び方が元に戻っているけど、高槻さんは気づいていないようだ。
脱がされそうになった時よりも焦っている。
そういえば高槻さんは前にも正義に俵担ぎをされてたんだった。
トラウマになっているのかな?
だったら今から少し悪いことをするなあ。
「高槻さん、遠慮しなくていいんだよ。じゃあ頼んだよ、正義」
「ん。りょーかい」
正義は高槻さんの意思を無視して走り出す。
「いやぁあああああ!」
高槻さんは心から絶叫しながらバイト先に向かった。
ごめんね、高槻さん。
今度、埋め合わせするから許してほしいな。
高槻さんの姿が完全に見えなくなってから、周りの人間に意識を向ける。
さてと。
正義が帰ってくるまで一時間ってところか?
それまでに全てを終わらせよう。
正義が暴れると片付けが大変だ。
高槻さんの手前だから我慢していたけど、その必要はもうない。
「俺は性善説って信じてないんだよね。根っからの性悪説派だよ。人間は生まれた時から悪で、自分のためにならいくらでも残酷になれる。俺みたいにさ」
ただ漏れになった殺気に周囲の奴らが固まっているのがわかる。
まあ知ったことじゃないけど。
拓哉の家の人にいわれたことがある。
俺はもう一般人に戻れないくらい悪に染まっているらしい。
今さら引き返そうとは思わない。
ただ今回のように全力を振いたい時には便利だとは思う。
「お前らには悪いけど見せしめになってもらうよ」
高槻さんに手を出したクズどもに、野次馬どもを睨みつけて宣言する。
俺は逃げ出す奴らから壊していった。
「湊、やりすぎ」
いつの間にか正義が帰ってきていた。
俺は制服のポケットからスマホを取り出す。
高槻さんを送ってから一時間ちょっと過ぎていた。
もうそんなに時間が経っていたのか。
「この程度じゃぬるいくらいだよ」
足元に広がるクズ共を見下ろす。
ありとあらゆる関節や骨を砕いたり、脱臼させたりはしたけど、内臓は無傷なはずだ。
針金人形のようなねじ曲げられた手足、血の池にうめき声。
その光景はサバイバル経験がある物でも引いたしまうようなほど凄惨だった。
まあこんなものか。
やりすぎてもいじめが悪化するだけだし。
保健医の加藤先生に電話をかける。
放置しててもいいんだけど、死なれたでもしたら面倒だ。
少し怒られたけど、なんだかんだで真面目な人だからすぐに来てくれるだろう。
鉢合わせになって説教になるのも面倒だから、その場から離れる。
正義もそれ以外やったら死ぬとわかるからか、何もせず、俺の後をついてくる。
「正義、こいつらタイミングがよかったよね。春休みが近いから“一ヶ月くらい入院しても”成績に響かないよ」
俺は正義に満面の笑みを見せた。
いじめの犯人はわかった。
後はどうするか、だ。
Q.関元湊の第一印象は?
高槻憩「近所の爽やかお兄さん系ちょい腹黒イケメンです」
Q.関元湊の現在の印象は?
高槻憩「困った時に助けてくださるヒーローです!賢者です!神です!敬愛しております!あっ!関元様、顔を赤くしてどうされたんですか?風邪ですか?熱は……ないようですね。近すぎる?熱を測るのは額が一番ですよ?向井様に殺される?なんのことですか?」




