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腐った乙女と俺様イケメン不良  作者: 真下地浩也
第一章  高校2年生3月
22/111

初めてのパシリですか!?

 炭酸飲料を振ってはいけません。

 目が覚めたら昨日のことが全部夢だったらいいのにって思うことない?


 私はね、ここ数日毎日思ってる!


 胃に穴が()く日も近いかもしれない……。


 テストで全教科赤点をとった時よりも憂鬱な気分。


 鞄を手に昼休みの廊下を少し急ぎ足で歩く。

 

 目的は昨日できた新作を加東先生の届けに行くことで、場所は保健室。


 今日の放課後はバイトが入っているから、渡しに行く時間がない。


 かといって明日は音楽室の掃除をしなくちゃいけない……。


 ほんと向井様に喧嘩を売るとか私はバカか!?

 元々バカだよ!


 いやいや落ち着け、私!

 こういう時は深呼吸。


 ひっひっふー。

 ひっひっふー。


 って、違う!

 これはラマーズ法!

 

「おい」


 ふいに背後から声をかけられてその場で飛び上がる。


 考えこんでて人の気配に気づかなかった。


「ひゃ、ひゃい!?」


 しかもびっくりしすぎて声が裏返ってしまった。

 

 ものすごく恥ずかしい。


 赤くなっている顔を手で隠しながら振り返ると向井様が不機嫌そうな顔でいらっしゃった。


 何かしただろうか?

 心当たりが多すぎてわからない……。

 

 指の隙間から様子を伺う。

 

「コーラ買って来い」


 ぽつりと向井様はおっしゃった。


 ん?

 もしかして私、パシられてる?


「テメエの耳は壊れてんのか!バカみてえな面さらしてねえでさっさとコーラ買ってこい!」


 突っ立っているとどすの効いた声で怒鳴られました。


 慣れたと思っても至近距離だとやっぱり怖い!


「は、はい!ただいま!ダイエットコーラですよね!?」


「違う。普通の赤いやつだ」

 

 向井様は眉を釣り上げられる。


 そうですよね!

 完璧なスタイルの向井様がダイエットなんてする必要ありませんよね!


 バカなこと聞きました!


「すみません!今すぐ買ってきます!わかりました!」


 向井様から逃げるように近くの自動販売機に走った。


 えっと……コーラ……コーラ……あった!

 

 一番下の段の右端に缶コーラが売ってる。 


 良かった〜!

 売り切れだったらどうしようかと思った。


 私は財布から百三十円を取り出して、投入口に入れる。


 ボタンを押し、取り出し口から落ちてきた缶コーラを取り出す。


 ちょうど最後の一本。


 よく冷えてて飲み頃だ。

 ぬるくなる前に渡さないと。


 さっきの場所へ慌てて戻る。


「いない!?」 


 向井様は推理小説のようにこつぜんと姿を消していた。


 こういう時ってその場で待つんじゃないんですか!?


 どうしよう……。  

 向井様が行きそうな場所なんて知らない。


 あ!

 関元様なら知っているかも!

 

 制服のポケットからスマホを取り出して、メールを送った。


 これでオッケイ。

 後は返信を待つだけ。


 軽い衝撃を感じで顔を上げると、怖い顔をしたお兄さん達(二人組)が私を見下ろしていた。


 あ、これやばい。


 背中を冷や汗がたらりと流れる。


「テメエ、どこ見て歩いてんだァア?」


 予想通りの言葉が頭の上から降ってきた。


 向井様よりも怖くない。

 けど逃げられるかな……?


「すいません!」


 反射的に謝る。


「謝ってすませようってんのか?」 

 

「慰謝料払えよ」


 相手が私というだけでなんて強気。


 払うつもりは毛頭ないけど、どうやって切り抜けよう。


「おい何とかいえよ!」


 黙っていたら壁ドンされました。


 うん。迫られているのが私だから全く萌えない。

 

 こういうのは両想いの人がやるからいいんだよ!

 身長差があるとなおさらいいよね!


 迫られている子が動揺してたり、照れている姿ってどうしてああも萌えるんだろ!

 

 ぜひとも勢いのままキスしてベットに押し倒してほしい!

 その場でも可!


 あ、ノーマルカップル(男女のカップル)の壁ドンも好き!

 男女逆転の壁ドンもいい!


 ちょっと気持ち悪い蝉ドンも面白くて好き!

 

「聞いてんのか!」


「すいません。聞いてませんでした」


 あ、しまった!?

 本音をいっちゃった!?


 お兄さん達の首筋に青筋が浮かぶ。


 意外といい筋肉されてますね!

 

 ってそんなこと思ってる場合じゃない!?


「テメエ上等だ!」


 ぶつかったお兄さんは私の襟を掴んで、拳を振りかぶる。


 やばい!殴られる!


 とっさに両手で頭を庇う。


「なにしてんの?」

 

 穏やかな声がお兄さん達の後ろから聞こえた。

 

 この声は四分一様だ!

 

 助けてください!

 そして向井様の元へ案内してくれませんか!?

 

「誰だ、テメエ……!?」


「俺の友達になにしてんの?」


 振り返って四分一様に気づいたお兄さん達は顔を強ばらせる。


 四分一様のことを知ってるんですね。


「もしかしてイジメ?」


 四分一様の口からとても低い声が聞こえた。


 いつもと変わらない口調が嵐の前の静けさのような気がする。


 目も据わっているし……。

 

 普段怒らない人が怒る姿って超怖いです。


「チッ」


 お兄さんは舌打ちを一つして、私を突き放すと逃げるようにどこかへと立ち去っていった。


「ありがとうございます!助かりました!」 


 追いかけようとした四分一様を大声で引き止める。


 これ以上の厄介事は勘弁してほしい。


「……憩、大丈夫?怪我してない?」

 

 四分一様は少し迷って。


 けど結局、追いかけるのを止めて、私を立ち上がらせてくれた。


 ほんとに優しい人。


 雰囲気もいつものそれに戻ってる。


「はい!四分一様のおかげで無事です!」


「また様つけてる」


 四分一様はちょっと拗ねたような声と表情をされた。


 ああっ!今日も今日とて大変可愛らしいです!

 ギャップ萌え最高!


「すみません、正義さん」


 四分一様を名前で呼ぶ度に馴れ馴れしくないかと緊張してしまう。


「さっきはどうしたの?」


「向井様にコーラを買ってくるように頼まれたのですが、どこに行かれたのかわからなくて探していたんです」


 ただそれだけなのにどうしてこうなった。


 全国のパシリさんはいつもこんな辛い目に()っているんだ……。


 パシリっていうのも大変なんだなあ。


「拓哉が?わかった。一緒に行こう」


「え?ほんとですか!ありがとうございます!」

  

 よかった!

 これで探しに行かなくて済む。


 そう思っていたけど……。


「ちょ、ちょ、ちょ、正義さん!?」


 ひょいとまるでちょっと重い荷物のように四分一様の肩に乗せられました。

  

 これが俗にいう俵担ぎってやつですか!?


「こっちの方が早い」


 そのドヤ顔も可愛らしいです! 


 いやいやいや私、そうじゃなくて!?

 

 お腹が圧迫されて苦しい!

 それに四分一様と変わらない高い視線と不安定な姿勢が超怖い!


 この浮遊感、嫌いなジェットコースターを思い出す。


 私が全てを吐き出してしまう前に降ろしてぇえええ! 


 そんな私の心の声は四分一様が走り出されたことで、強制的に黙らされました。


 目的地(音楽室でした)についた時、私は満身創痍(まんしんそうい)になっていた。


「憩、ごめん……」


 四分一様は眉を下げて、ほんとに申し訳なさそうな顔で謝る。


 ああ、そんな悲しそうな顔で謝らないでください。


 やり方はあれでしたけど、お気持ちは嬉しかったのです。


 でももう二度と俵担ぎをされたくないです。


「おせえぞ。たかがコーラ一つにどんだけ時間かかってんだ。このノロマ」


 向井様のおっしゃる通りですが、色々遭ったんですよ。

 ええ、色々と。

  

 思わず遠い目をした私を向井様は変な物のように見た。


「高槻さん、もしかして誰かに絡まれた?」


 さすが関元様。

 推理力が半端ないです。


「はい。ちょっと……でも正義さんが助けてくださったので大丈夫でした!」


 もう一度四分一様にお礼をいう。


 あの時、四分一様が通りがかってくれなかったら、私は殴られていた。


 だから感謝してもしたりない。


「友達だから助けるのは当然」


 四分一様は嬉しそうに笑った。


 ああ、どんな表情も素敵ですけど、やっぱり笑顔が一番素敵です!


 彼女さんもこの表情に癒やされているんだろう。


「それは災難だったね」


 ほんとにその通りです。


「んなことはどうでもいいからさっさと渡せよ」


 安定の何様、俺様、向井様である。


 私は少し温くなった缶コーラを向井様に渡した。


「拓哉、ちゃんと憩にお金渡してお礼いって」


「うっせえな。指図すんじゃねえよ」


「子ども」


「あァ!?もう一度いってみろ!」


 二人の間で見えない火花が散る。


 今にも殴り合いそうなのになんで誰も止めないんですか!?


「正義さん、いいんです!」


「よくない」


 四分一様は即答された。

 

 優しい人だから私がパシられたなんて嫌なんだと思う。


 でもだからって喧嘩はやめてください。

 巻き添えになる可能性大ですから!


「私が渡したかったのでいいんです!」


 嘘だけど! 

 そういうことにでもしないと、四分一様は納得してくれない気がする。


「……わかった」


 四分一様はしぶしぶといった感じで納得してくれた。


 つい安堵の溜め息が出る。


 これで命の危機は脱した。


 目の前に向井様の手が差し出された。

 

 なんとなく両手を差し出すと百三十円が落とされる。


「“次は”もっと早く買ってこい」


 その捻くれた言葉に萌えた。


 “次は”ってことは二度目、三度目があるってことですよね!?


 俺様系男子の捻くれた言葉の裏に隠された気持ち(半分以上妄想)に萌え!


 その言葉だけでご飯三杯はイケる!


 まさか向井様から萌えを頂戴出来るなんて、ここは天国かもしれない。


「……おい」 


 どすの効いた声に現実に戻る。


 あれ?どうして向井様は濡れてるんだろう?


 それにこのコーラ独特の匂い。

 

 もしかして……?


 嫌な予感に顔から血の気が消えていく。


「テメエのこれ振っただろ?」


 これと向井様が示したのは蓋の空いた缶コーラ。


 多分、四分一様に運ばれた時に手に持ってたから一緒に揺れて、いい感じ(この場合は悪い感じか)に、フェイクされたんだと思う。


 炭酸飲料を振るのは基本的に禁忌。


 それは容器を空けた瞬間に中身が飛び出すから。


 向井様の服についた茶色の染みは缶から飛び出したコーラ。 


 濡れているのは服だけじゃなくて、むしろ顔や髪の方が濡れている。


 水も(したた)るいい男ならぬコーラが滴るいい男ですね。


 と、現実逃避したい。


 謝罪してももう遅い。

 

「金は返さなくてもいいから一発殴らせろ」 


 向井様の固められた拳は怒りのせいか、大きく震えてました。


 あ、これなんて修羅場?


 その後は私を殴ろうとした向井様と私を庇う四分一様の喧嘩が始まりました。


 喧嘩は昼休みが終わるまで続き、音楽室が半壊する事態になった。


 さっき喧嘩を止めなかったのは、二人が強すぎて止められないから、だとよくわかりました。


 あれを止めるのはモブには無理です。


 え?保健室?

 音楽室の片付けに追われて行けなかった……。


 現実はそんなに甘くなく、ここは天国ではなく、むしろ地獄に近い場所です。

 それから拓哉を始めとして、二度と憩にジュースを買いに行かせなかった。


 

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