三度目の再会は修羅場ですか!?後編
主人公は(バカ)正直者。
どうして忘れていたんだろう。
目の前にいる圧倒的強者の存在を。
「よくも俺をコケにしてくれたな?」
向井様の前では私は兎にもなれたい虫以下の存在だ。
軽く力を振るっただけで簡単に潰すことが出来る。
体から完全に力が抜けてしまって立つことが出来ない。
ああ、こんな怖い思いをするんだったら玄博高校に入学なんてしなければよかった。
私は初めてこの学校に入学したことを後悔した。
でも後悔することすら遅い。
「泣けば許されると思ってんのか!ゴラァア!」
向井様にそういわれてようやく泣いていることに気づいた。
四分一様が振り返り、辛そうな顔で私を見る。
ああ、汚い物をお見せしてすみません。
すぐに泣き止みますからそんな顔をしないでください。
震える手で何度も何度も涙を拭った。
「なんとかいえよ!このクズが!」
向井様は近くにあった棚を蹴り飛ばした。
それは大きな音を立てて、紙で出来ていたかのように壊された。
自分の末路に見えて、涙が止まらない。
怖い。ただひたすらに怖い。
ホラーゲームとは違う怖さに耐性なんてあるわけがなく。
私は何もいえずに泣き続ける。
「拓哉、捕まえたのは俺だよ。なのにどうしてお前がそんな偉そうな態度をとれるんだ?」
それまで黙っていた関元様が向井様の前に立ち、口を開いた。
「ああ゛?お前の手柄は俺のもんだろうが!」
関元様はそのことには何もいわず小さく溜息を吐いた。
まるで聞き分けのない子どもを相手にしているようだ。
「それで拓哉は高槻さんをどうするの?」
「殺すに決まってんだろ」
即答だった。
むしろそれが当然であるかのようだった。
私はすがるように関元様を見た。
でも関元様は私を見ることなく、絶望へと突き落とした。
「それで誰が後始末をするんだ?」
え?
今、関元様はなんていわれた……?
後始末ってそれじゃあまるで私を殺すことが決定事項みたいだ。
「コンクリに詰めて海にでも捨てる?それとも山奥にでも埋める?」
関元様の声はいつもと遠巻きに聞いていた物と変わらなかった。
何度も黒い噂を聞いたことがある。
だから一度も疑ったことがないとはいえない。
でも土曜日に関元様はいった。
『俺を信じてほしい』って。
あの言葉は私を信じさせるための嘘だった?
なら声を上げて笑ったのも嘘だった?
付き合いの浅い私には何もわからない。
だって私は関元様を知らない。
『疑われるのは簡単だけど信じてもらうことって難しいよね』
ふと頭の中にそんな言葉と誰かの寂しそうな笑顔が浮かんだ。
誰がいったのか忘れてしまった言葉。
でもその通りで。
私は関元様のことを知らない。
だけど土曜日の笑顔も『信じて』という言葉も嘘を吐いているとは思えなかった。
どうせ死ぬのならじゃあ信じてみよう。
信じた結果、裏切られるならしょうがない。
あれだけ怖かったのが嘘のように穏やかな気持ちになった。
体の震えも涙も止まっている。
「それだけで済まないってことは拓哉が一番分かっているだろう?」
「こいつの家族も友人も皆殺しにすれば済む話だろう」
「その為に大嫌いな名前を使うことになってもか?」
いい終わる前に関元様は蹴り飛ばされ、背中から壁に叩きつけられた。
やったのは向井様。
先ほどまで私に向けていた視線を全ての凍らせる氷とするなら、関元様に向けている視線は轟々(ごうごう)と燃える炎のようだ。
「どいつもこいつもうるせえよ。どうしようが俺の勝手だろうが!指図すんじゃねえよ!」
『うるせえよ!俺がどんだけ苦しんでるのかもわかんねえくせに口出しすんなよ!』
そういって関元様へ怒鳴る向井様の姿が反抗期の頃の弟と重なる。
反抗期に入ったばかりの弟は家にあまりいない両親ではなく私によく当たった。
弟は私と同じで勉強は苦手だったけど、それを上回るくらい野球の才能があって、優しくて努力家で人懐っこくて素直な性格もあって人望も厚かった。
反抗期と同時に来たスランプ。
積りに積もった苛立ちを弟は私にぶつけた。
とはいっても手を出されたことは一度もなかったけど。
もしかして向井様も同じなんだろうか?
何かに悩んでいてそれをぶつけるために喧嘩をしている?
「そんな目で俺を見るんじゃねえ!」
私はいつの間にか考えこんでいたみたいだ。
あれだけ怖かった視線が悲しく思えてくる。
「見るなっつってんだろうが!」
鬼のような形相になった向井様が私へ向かってくる。
それでも私は不思議と怖いとは思わない。
ただ泣いてぼんやりとする頭で向井様を見上げる。
まるで癇癪を起した子どもみたい。
大きな背中が私と向井様の間に立った。
「憩は友達。だから拓哉でも傷つけたら許さない」
四分一様の声にこのところ毎日のように聞いている穏やかでのんびりとした口調とは違う、敵意を感じた。
いつ殴り合いになってもおかしくないぴりぴりとした空気を壊したのは葉山様だ。
「こんなちんちくりん一人になに熱くなってんのよ」
いつかと同じおどけたような口調で向井様と四分一様の間に入る。
「メンツは大事よ。でもアタシはこんな子に振り回される方がメンツが潰れると思うわ。それなら適当にここの掃除でもさせればいいんじゃない?」
ピリピリしていた空気が少しだけ落ち着く。
今にも爆発しそうだった爆弾から時限式に変わったような感じだろうか。
「卒業するまでの一年間ここを掃除することと俺に逆らわない。それが出来るなら解放してやる」
「毎日ですか?」
「当然だ」
「毎日っていうのはちょっとバイトがあるので無理です」
来月新しいBLゲームが出るから少しでも多くバイト代がほしい。
「テメエ、自分の立場がわかってねえだろ?」
「毎日じゃなくていいんじゃない。それとも拓哉は毎日この子の顔を見たいの?アタシはいやよ」
葉山様、オブラート!
私じゃなかったら泣いてますよ!
向井様も納得しないでください!
「バイトのシフトを湊に渡せ」
嘘を吐こうと思っていたのに抜かりない!
向井様は私を一度睨んでから部屋を出て行かれた。
その後を追うように城野様が出て行かれた。
ピリピリとした空気は二人がいなくなったことで綺麗に消えた。
さっきから関元様に動きがない。
もしかして打ち所が悪かったとか!?
うちの学校で殺人事件とかシャレになりませんよ!?
「関元様!大丈夫ですか!?」
関元様の側に行き、体を起こすのを手伝う。
よかった。
思ったよりも意識がはっきりしているみたい。
「大丈夫。久々に拓哉を怒らせたから少し受け身を取り損なっただけ。頭もうってないし、これくらい大したことないよ。高槻さんこそ大丈夫?」
噂がどれだけ頼りにならないかよくわかりました。
関元様、優しい!賢者ですね!
「関元様や四分一様のおかげで私は大丈夫です!でも心配なので保健室に行きましょう!肩を貸します!」
「いや……大丈夫。それに俺高槻さんを潰しちゃうよ」
関元様の顔が少し引きつった。
加東先生と相性が悪いのかな?
「こう見えても力あるん、ぅぐっ!?」
襟を掴まれて無理やり関元様から引きはがされた。
息が出来ないっ!?
関元様から少し離れた場所にごみを捨てるみたいに乱暴に投げられた。
着地の時にお尻をうって痛い。痣になってそう。
「本人が大丈夫っていうんだからほっとけばいいのよ。それよりアンタって馬鹿なの?」
「いっ!?」
葉山様は私にでこピン(強め)を放った。
酷いことをいわれ、投げられ、でこピンされ、今日も葉山様は酷い。
「拓哉に喧嘩を売ってどうすんのよ。それともあれがアンタの仕返しなの?」
「喧嘩なんて売ってませんよ。ただ……」
喧嘩なんてとんでもない!?
弱すぎてサンドバッグにもなれない自信がある!
ただ弟と姿を重ねてしまって……
「なんだか悲しいなって思ったんです」
弟の苦しみは私が受け止められた。
でも向井様の苦しみを受け止めてくれる人はいないんだろうか?
そう思ったら悲しくなった。
「それが喧嘩を売ってるのよ。拓哉はね、同情されたり哀れんだり心配されるのが大嫌いなの」
もう一度同じ場所にデコピンをされた。
さっきの訂正。
今日は一段と酷い。
「いい?死にたくなかったら拓哉を同情したりしないのよ。あと絶対に逆らわない。いいわね?」
「…………」
「い、い、わ、ね?」
「はい!同情しない、逆らわない、ですね!頑張ります!」
三回も同じ場所にデコピンはいやだ!
「アンタが頑張らなきゃいけないのは掃除よ。じゃあアタシ帰るわ。あとよろしくー」
「葉山様、ありがとうございます!」
「勘違いするんじゃないわよ。ここに来た時にアンタの死体を見たくないだけよ」
葉山様はそのまま去って行ってしまった。
加東先生よりも葉山お兄様の方がドSなのかもしれない!
なんておいし……じゃない!怖ろしいんだ!
「憩、大丈夫?」
「え?あっ、はい!大丈夫です!四分一様は大丈夫ですか?」
「呼び方、戻ってる」
小さな子どもみたいな不機嫌そうな顔が可愛すぎる!
「正義さんは大丈夫ですか?」
「うん。なんともない」
四分一様は小さく肩を回した。
ああ可愛い!キュンとする!
「正義さんもありがとうございます。でも私なんかのせいで向井様と喧嘩みたいになってすみません」
「なんかじゃない。それに喧嘩するほど仲が良いっていう。だから大丈夫」
四分一様が頭を軽く撫でてくださった。
しかも微笑つき!
どうしよう、私四分一様に萌え殺されそう。
その後はお兄さん達と一緒に散らかった音楽室の後片付けをして、ゲームをして家に帰った。
ベッドの上に寝転がりながら今日あった出来事を振り返る。
久々に誰かと一緒にゲームして、楽しかった。
でも私は向井様のことが少しだけ気になってしまう。
『そんな目で俺を見るな』か。
懐かしいなあ。
昔、同じことをいったあの子は転校先で元気にしているかな?
何年も連絡をとってない。
けど私よりも強いあの子ならきっと大丈夫。
眠くなってきたから私は素直に目を閉じた。
拓哉(四回目)と蓮(二回目)を除いた三人が三回目の再会です。
前編と後編を一つにまとめても良かったかもしれませんね……。
今回一番体を張った関元様が放置プレイ状態です(笑)。




