バイトですか!?
正社員よりも仕事が出来るバイト登場。
関元様に捕まった翌日は雲一つない晴天で、お出かけ日和だ。
今日は多くの学生・社会人の休日、日曜。
でも私は真っ向から反抗するようにアルバイト先へと向かう。
うちの学校はアルバイトが許可されている。
だから私は遠慮なく近所のスーパーでアルバイトをしてる。
出勤日は火木土日と祝日が中心で、主な仕事はレジ打ちと品出し。
なんでコンビニとかファーストフード店じゃないかって?
対人スキルの低い私がそんなところで働けるわけがない。
スーパーで求められるのはスピードと正確さであり、スマイルなんて不必要。
与えられた業務を機械のように効率よくやることがミッションだ。
さらにうちの学校に通う生徒はスーパーなどには来ない。
同じ学校の人と顔を合わせてなんとなく気まずくなる、なんてことがないのもメリットの一つ。
さて、今日も社畜になろうではないか。
まずは職員に与えられた休憩室に行き、制服に着替える。
休憩室は八畳くらいの広さで、右奥にロッカーが六つと長机が二つとパイプ椅子が六つ並んでいるだけの部屋。
着替える場所は左奥の試着室のようにカーテンで仕切られただけの空間。
今日は先に出勤している人がいた。
軽く頭を下げて、挨拶をする。
「ヴェルさん、おはようございます。お疲れ様です」
「おはよう、憩。今から出勤か?」
椅子に座り、何やら書き物をしていた二つ年上のヴェルさんが顔をあげて、挨拶を返してくれた。
向井様よりも濃い赤い短髪に無表情が特徴的。
初めて会った時は超丁寧な口調だったこともあって、怒っているのかと思ったけど、ただ笑うことが苦手なだけらしい。
ヴェルさんの本名はパーヴェル=アウリオンといって、厨ニ心をくすぐるかっこいい名前だ。
そんなヴェルさんは去年の十月頃からこのスーパーで働いていて、とんでもなく仕事が出来る。
例えば……。
百を越える大量の商品の発注・検品は合わせて二時間もあれば終わる。
棚卸しをさせれば一時間で全ての商品を管理、記録。
時には清掃・整頓までやってしまうこともある。
試食販売を任せれば商品は品切れ。
レジ打ちをすれば夕方ラッシュも、一番混雑しないお昼時のように行列を作ることなく捌いていく。
今だってほんとは店長がしないといけない売上管理をしている。
むしろなんでこんなすごい人がスーパーで働いているのか不思議なくらいだ。
他にも四つのバイドをかけ持ちしていて、そこでも信頼されている。
だから裏ではヴェルさん争奪戦が起きているらしい(店長談)。
正社員への話も出ているらしいけど、『いつまでここにいられるかわからないから』という意味深な発言で断っているらしい。
そのせいで様々な噂が流れている。
某国の王子様説なんて噂もあった(ヴェルさんにそれは絶対に違うといわれだけど)。
「今週は急にバイドを休んですみませんでした!」
私はヴェルさんに向かってガバッと頭を下げた。
鬼ごっこのために平日のバイドをたまたま休みだったヴェルさんに変わってもらったのだ。
「気にしなくていい。急用だったのだろう?……俺もあの人と会わずにすんで助かった」
後半は声が小さくて聞こえなかった。
多分、聞かせたくないことなんだろう。
「ありがとうございます。今度なにかお礼します!」
「……そうか。なら知り合いの喫茶店で二日バイトをしてくれないか?」
「喫茶店!?無理です、無理です!接客業なんて私には出来ません!」
人に笑顔で給仕するなんて私には出来ない!
緊張しすぎてこけてお客様にコーヒーをかける自信がある!
「一応お前の仕事は接客業なんだが……まあ冗談だ」
ヴェルさんは普段冗談なんていわないから半分以上が本音だ。
この人はなんて恐ろしいことを提案するんだっ……!?
「……別の形でお礼します。あの、話が変わりますけどちょっと相談したいことがあって、お昼一緒にとれますか?」
今日は私もヴェルさんも十時から十九時まで。
向井様達のことを少し聞いてほしかった。
「昼は無理だ。少し遅くなるかもしれないがバイトが終わってからなら大丈夫だ」
「じゃあ終わってから少し時間もらってもいいですか?」
「わかった。ではまた帰りに」
ヴェルさんは書類を持って部屋を出て行った。
多分、検品をしに行ったんだと思う。
ヴェルさんは誰かが着替える時はいつもこうして気を使わせないように休憩室を出ていく。
そういう気遣いが出来るからパートのおば様方にモテるんだろうか?
仕事を始めると時間はあっという間に過ぎるもので、時刻は十九時二十分を過ぎたところ。
休憩室でもらった賞味期限が今日まで売れ残りのジュースを飲みながら、スマホをいじる。
え!?
来期から始まるアニメ『青春と煩悩と恋心』の主題歌はnewさんとフォールさんが歌うの!?
しかも作詞はシュガーさん!?
声優さんも人気も実力もある人ばっかり!?
なんて豪華なアニメなんだ!?
ああ、もう今から楽しみだなあ!楽しみだなあ!楽しみだなあ!
「アニメラブ!俺はアニメが好きだ!愛してる!」
昂る気持ちを抑えきれなかった私が叫んだと同時に休憩室の扉が開いた。
扉の向こう側でヴェルさんが顔を引きつらせていた。
うわあああああああああああああ!?
タイミングゥウウウ!?
「い、いい、今のは幻覚です!幻聴です!私トイレに行っていますので着替えでもしててください」
ヴェルさんを休憩室に押しこんで入れ替わるように出た。
従業員用トイレに駆けこみ、鍵をかける。
「大人しい真面目な子のふりしてたのに……」
少し、いやかなりベルさんと顔を合せずらい。
ドン引きしていたし。
でも相談したいこともあるし……。
ええい、ままよ!
考えてもしょうがないし、会ってしまおう!
来た道を引き返し、ドアをノックする。
「ヴェルさん、着替え終わりました?」
「ああ、終わった。荷物はこれだけでよかったか?」
すぐに出てきたヴェルさんは私の荷物も持ってきてくれていた。
申し訳ない!
「持ってきてくださってありがとうございます!これで全部です」
慌てて受け取って肩にかけた。
お財布もスマホもちゃんと入ってる。
「そうか。なら行くか」
「え?どこにですか?」
「相談したいことがあるのだろ?ここではなんだからファミレスにでも行くつもりだが嫌か?」
なるほどそういうことですか!
さすがヴェルさん!気遣いが半端ないっす!
「ありがとうございます!行きます!」
スマホで家族に友達と食べるから夕飯はいらないとメールを送って、スーパーを後にした。
全国チェーン店のファミレスでヴェルさんと机を挟んで向かい合うように座る。
ヴェルさんとは何度か夕食を一緒にしている。
ほとんどが私のお悩み相談で申し訳ないけど。
ヴェルさんとファミレスが似合ってなさ過ぎてちょっと面白い。
しかも頼んだメニューはとんかつ定食(ご飯・キャベツ大盛り)だ。
ヴェルさんは洋食が好きそうなのに和食が好きなのだ。
「それで相談とは?」
食後のティータイム(ヴェルさんはコーヒー、私は梅昆布茶)でようやく本題に入った。
私は向井様とあった出来事をかいつまんで話した。
「それはどうしようもない」
で、す、よ、ねー。
また逃げたら状況が悪化しそう。
でも四分一様と関元様(真意がわからない)が協力してくれるみたいだから、最初の頃よりは希望はある。
出会い頭に殴られることはないはず……多分。
「もしなにかあれば俺が力になろう」
「へ?」
予想外の言葉に変な声が出た。
「力のある人間のいうことなら聞くのだろう?こう見えても俺はそこそこ強い」
話し合い(殴り合い)で全部解決☆
って聞こえるんだけど気のせいかな?
「いやいやいやいや!?そういうことを頼みたいわけじゃないんです!ヴェルさんが怪我したらどうするんですか!?」
「大丈夫だ。前に数名の不良に絡まれたが返り討ちにしている。相手に怪我をさせるつもりもない」
ヴェルさんは目立つ髪をしているけど、喧嘩が強そうには見えない。
もしかしてここら辺りで喧嘩が強い人は皆髪が派手なのか!?
でもヴェルさんそっくりの灯火さんは絡まれただけで泣きそうだしなあ……。
「お気持ちだけ受け取っときますね」
「わかった。だが頭の片隅にでも置いておいてくれ」
ピンチになったら助けるといってくれる人がいる。
ただそれだけでこんなにも心強い。
心の中が暖かいもので満たされていく。
「話は変わるが……休憩室で叫ぶのは控えた方がいい」
最後に特大の爆弾を落とされました。
なかったことにされていたと思っていたのに!
ヴェルさんのバカ!
だから同年代にもてないんですよ!
その後はヴェルさんに家の近くまで送ってもらって、お風呂に入って眠った。
明日、五体満足で家に帰れますように!
気づかいは出来るのに空気の読めない系男子、登場です(笑)
今さらですが、世界観が同じなのでちょいちょい別の小説キャラでてきます。
ヴェルの苦手なあの人も登場予定です(笑)