たかが鬼ごっこ?
四分一正義視点。
放課後のチャイムが校舎に鳴り響く。
鬼ごっこの始まりの時間だ。
俺はのんびりと二年生の教室へと向かう。
鬼ごっこなんてしたのはいつ以来だろう。
多分、十年近く前だ。
俺は子どもの頃の記憶があまりない。
特に小学校に上がった後のことなんてほとんど覚えていない。
ちょうどその頃に生まれた時から薬をやっていた両親が逮捕されて、顔も見たことのなかった親戚をたらい回しにされた。
薬中の両親の子供の俺を親戚は邪魔者のように扱って、学校や近所も似たような反応だったらしい。
俺はいつも周りを見ないように、頭の中を空っぽにして眠るように生きていて、何も感じなかった。
そんな俺を起こしてくれたのは“姉ちゃん”だった。
遠い遠い親戚の高校生だったお姉ちゃんは俺を見て、“優しく笑いかけてくれた”。
そしていった。
『もう大丈夫だよ。正義くんの嫌なことや怖いことから私が守ってあげる。だからこの世界で一緒に生きてみよう?』
遠足にでも行くような気楽さだった。
でも姉ちゃんにとっては同じことだったんだと思う。
俺は頷いて『お姉ちゃんと生きる』といった。
それから色々あって友達や彼女が出来て今を生きてる。
姉ちゃんは仕事で忙しくなって世界中を回ってる。
でも今の仕事を辞めて、九月から日本で新しい仕事をするために帰ってくるっていっていた。
後半年以上あるのに会えるのが楽しみだ。
歩いていたら目的の教室が見えてきた。
えっと二年B組にいけばよかったような気がする。
ちょうど中から女の子が飛び出してきた。
あ、拓哉にビンタしてた子だ。
確か名前は……。
「高槻憩?」
高槻さんは少し驚いた後、不思議そうに聞き返す。
「そうですが、あなたは誰ですか?」
なんていえばいいんだろう?
正直に捕まえに来たでいいのかな?
でもそれだと逃げられちゃうよね?
拓哉に絶対に捕まえろっていわれているし……。
「私に何か用でもあるんですか?」
もうめんどくさいから正直にいおう。
「捕まえたらうまい棒十袋くれるっていわれた」
そういったら心配そうな顔をされた。
なんでだろう?
「何を捕まえるんですか?私も手伝いたいところなんですけど、今忙しくて。見かけたら声かけますよ?」
あれ?捕まえるまで俺だってばれないように湊から変装用のマスクをもらって被っているのに逃げられそう。
ばれたのかな?
というよりは話が通じていない気がする。
「見つけた」
「え?」
高槻さんはきょろきょろと周りを見渡す。
あ、話が通じてない方だった。
拓哉達にもよく言葉が足りないっていわれるし、そのせいかも。
姉ちゃんやハナは何もいわなくてもわかってくれるんだけどなあ。
俺はゆっくりと高槻さんを指差していった。
「“高槻憩”」
「し、しし、失礼します!」
ようやく俺が誰だかわかった高槻さんは慌てて体を反転させ、走る。
涼が逃げられたといっていたけど本当だったらしい。
普通の女の子よりもずっと速い。
「ダメ。待って」
でもこれだけの距離なら涼よりも遅い俺でも追いつく。
「ごめんなさい!無理です!」
「どうして?」
「だって怖いじゃないですかあ!」
俺から聞いておきながら胸の奥に何かが刺さったような痛みを感じた
「拓哉が?俺が?それとも皆が?」
「向井様に決まっているじゃないですか!あ……」
高槻さんはしまったという顔をした。
「本当に俺のこと怖くない?」
俺は高槻さんを追い越して前に立って体を屈めて、ぐっと顔を覗きこんだ。
高槻さんは子どものような体をさらに小さくして震えていた。
「……こうして話すだけなら別に怖くないです」
嘘だと思った。
でも嬉しかった。
嘘でもそんなことをいってくれる人は少ないから。
もう少しだけ高槻さんのことを知りたいと思った。
何か話題を……。
そうだ。加東先生が俺が忘れたうまい棒を高槻さんに預けたっていっていた。
「うまい棒」
俺は少しだけ距離を取る。
「へっ?」
「もう一つの探し物。加東先生から持ってるって聞いた」
高槻さんはぽかんとした後、すぐにはっとしてポケットの中を探した。
「これ四分一様のだったんですか!?私なんかが持っててすみません!」
高槻さんは慌ててポケットからうまい棒を取り出すと渡してくれた。
もう食べられていてもおかしくないのに高槻さんは律儀に返してくれたのが嬉しい。
「様とかいらない。同じ年だし正義でいい」
もっと仲良くなりたいな。
「そんな名前で呼ぶなんてできませんよ〜」
高槻さんはヘラヘラとした笑顔を浮かべる。
あ、この笑顔は嫌いだな。
俺を嫌いな人や怖がる人がするやつと同じだ。
「できる。呼ばないと今すぐ捕まえる」
俺は少し脅して高槻さんとの距離を詰めた。
「えっ!じゃ、じゃあ正義さんで!」
高槻さんは叫ぶように俺の名前を呼ぶ。
「ん。及第点」
本当は呼び捨てがいいんだけど、高槻さんにとってはこれが限界なんだと思う。
俺は距離を詰めるのをやめた。
友達ってどうやって作るんだっけ?
あ、昔姉さんがお菓子を交換したら友達が増えるっていってたなあ。
「飴は嫌い?」
「いえ嫌いじゃないです。好きです」
「よかった。手を出して」
俺はポケットに詰めこんでいた飴を高槻さんの小さな手に落とした。
「はあ……ええっ!?」
高槻さんは目を真ん丸にしていた。
飴玉みたいで面白い。
「お菓子交換した。だからもう友達」
高槻さん、ううん。
憩はもう友達。
喧嘩とか知らない普通の友達。
「本気でいってます?」
憩は困ったような顔をする。
「当然」
憩は返事をせず、少し考えこんでいた。
「拓哉のこと嫌い?」
拓哉と俺が友達だから友達になりたくないのかな?
「嫌いというより怖いです」
憩は意外とはっきりといった。
俺が女で拓哉が憩にしたことをされたら、ビンタだけでは気が済まない。
やり返されるってわかっててももっと怒ったし、許さなかったと思う。
「憩は優しい。俺だったらキレてる」
流石に暑くなってきて、俺はマスクを脱いだ。
思った以上に汗をかいていた。
「いやー正義さんと一緒にしないでくださいよ」
「同じ人間。心があるって姉ちゃんがいってた」
そう。俺は少し忘れていた時もあったけど心があるって姉さんが教えてくれた。
「そうですね!四分一様は素敵です!」
憩はキラキラした目で笑顔を浮かべる。
「ありがとう」
褒められて照れくさいけど嬉しくなって笑うと、憩は顔を真っ赤にした。
姉ちゃんやハナが時々見せる顔と同じでちょっと可愛いかった。
それから憩と色んなことを話した。
憩はゲームとか漫画が好きらしい。
俺はそういうことは詳しくないけど、話しているときの憩はイキイキしていた。
下校時間を知らせるチャイムが鳴る。
「またね、憩」
俺は満面の笑顔で私に手を振って帰った。
あ、憩を捕まえるのを忘れた。
でもまあいいか。
拓哉に怒られると思うけど、許してくれる。
明日も憩と話したいなあ。
ハナは正義の彼女の名前です(実は別の短編でこっそり登場しています)。
主人公が好意的に見えてる不思議な現象が起きてます。
多分、特殊なフイルターがかかってます(笑)。
※姉ちゃんの年齢が合わないので中学生→高校生へ変更しました。