これって絶体絶命のピンチですか!?
自他共に認めるほど残念な腐っている系女子と俺様系イケメン不良の物語。
絶対絶命のピンチってこういうことをいうんだと思う。
「これお前のか?」
目の前に立っている御方は我が校『玄博高校』で実力・人気ともにナンバーワンの不良『向井拓哉』様であらせられる。
明るい赤髪(前髪の一部が白メッシュ)に、切れ長の意思の強そうな目、スラリと長い手足に短い胴体。
私と並べば小さな子供一人分ほども身長差がある。
不良なのになんで人気もナンバーワンかって?
それはうちが県内でも有数のバカ校で、名前さえ書けばどんなやつでも受かるといわれるほど偏差値が低いことと関係している。
驚くことなかれ、うちは全生徒の九十八パーセントが不良とギャルである。
故に男子生徒の九割が彼の暴力に憧れ、女子生徒の九割が野性的な彼の美貌に惚れるのだ。
この学校でナンバーワンになっても虚しいだけだと思うけど、命が惜しいから口には出さない。
そんな雲の上の存在の向井様が持っているのは、私が授業中に描いた今期のアニメの推しキャラ達の笑顔が輝く数枚の紙。
私が二階の廊下の窓から落としたそれをたまたま通りががった向井様が拾われたのだ。
そうとは知らずに取りに行った私が見たものは、紙を眉間にしわを寄せて凝視する向井様のお姿だった。
色んな意味で心臓が危なかった。
出来れば何も見ずに、ほっといてほしかったくらい。
「御手を煩わせてすみませんでした!」
土下座したい気分だったけど、下は地面。
制服を汚したら魔王……もとい、母上にぶっ殺されるから五十度のお辞儀でお許しください。
私の願いが通じたのか、目の前に数枚の紙が差し出された。
向井様は噂とは違って、空のように広い御心を持っていらっしゃるようです。
遠慮なくそれを受け取ろうとしたら、ひょいと上に持ち上げられた。
紙につられて顔を上げれば、にやりと悪い笑顔を浮かべられた向井様と目が合う。
私の全身に脊髄反射とも思えるスピードで寒気が走った。
遅れて全身が震え出す。
ああ、なんか嫌な予感がする。
「これお前が描いたのか?」
向井様は手にしている紙を私に見せる。
疑問形であるにも関わらず、その目は確信していた。
なら聞くなよ、などと墓穴を掘ってはならない。
一番上には私の一番の推しキャラ『藤堂総司』が自信に満ち溢れた笑顔を見せていた。
『藤堂総司』は今一番ハマっているアニメの主人公であり、“向井様に似ている”。
アニメの名前は『不良と風紀委員長の秘蜜の淫らな午後』。
キスから本番までガッツリあるR指定のBLアニメである。
そう。私は腐女子だ。
それも小学生の頃からハマり、見るだけでは飽き足らず、創作もしてしまうほど。
二次元も三次元も無機物もイケる自他共に認める腐った乙女(笑)だ。
そして最近のマイブームが向井様とその“お友達”とのBL妄想。
気持ち悪いといわれても仕方ないことだと思う。
客観的に見ても気持ち悪いと思うし。
でも止められない私は相当業が深い。
向井様でそんな妄想をするなんて命知らずの馬鹿かもしれない。
それを公共の場所でいったことは今まで一度もない。
だからこの趣味はここでは死んでも守らなければならない秘密なのだ。
バレたらこれをネタに『キモヲタ』といわれ、虐められるのは目に見えている。
最近では裁判沙汰になるいじめもこの学校では日常茶飯事で、先生に訴えても取り合ってもらえない。
卒業か、自主退学するまでそれは続くし、エスカレートする。
かつてそうやってこの学校を去って行った人の話を聞いたことがある。
あと一年ちょっとで卒業なのにこんなところで諦めてたまるか!
「ちゃいます!」
動揺しすぎて謎の関西弁が出た。
私よ、学校では標準語装備設定はどこに行った?
これが自室なら羞恥に頭を抱えて身悶えていたところだよ。
「へえ?違うのか。ならこれ俺がもらってもいいよな?」
向井様はさらに楽しそうに笑った。
なぜそうなる。
向井様はどこのジャイアンだ。
いいたいのにいえないこの言葉はどこへやったらいいんだろう。
いっそ穴を掘ってそこに向かって叫べばいいのかな?
……違う。違う。
落ち着け、私。妄想が暴走しかけている。
今やるべきことは向井様から作品(笑)を取り返して、即刻帰宅し、向井様の目の前から消えることだ。
「それは友達のです!」
ごめん、類友よ。
今度何かお詫びをするから許して。
「友達?お前に友達とかいんの?」
向井様は私を鼻で笑う。
嘘だと思われたんだろう。
馬鹿にするな!
私にも友達ぐらいいるわ!
他校とネット上に!
「他校にいます!」
「ああだからお前はいつも一人なのか」
痛いところを突かれ、言葉につまった。
事実だけど可哀想な奴を見る目をしないでほしい。
この学校はほんとギャルばっかりで、地味でチビで眼鏡をかけた見た目通り根暗な私と話の合う人がいないだけだから!
メイク?アクセサリー?ブランド物?
なにそれ美味しいの?
そんな物にお金を使うなら漫画とアニメとゲームに注ぎこむよ!
「余計なお世話です!それ借り物なので早く返してください」
嘘だけど、早く返してほしいのは本当。
だってあと三十分で夕方アニメが始まってしまう!
「条件がある」
「条件?」
本日二度目の悪寒がする。
向井様は何をいうおつもりなんだろう?
「この俺様が拾ってやったんだ。ただで返してもらえると思うなよ」
あんた一体何様だよ!
いや向井様だよ!
混乱しすぎて訳の分からない一人のノリツッコミを脳内でしてしまう。
勿体ぶらずにさっさといってくださいよ!
「俺のメイドになれ」
思わず冷めた目で見てしまったのは仕方ないことだと思う。
向井様はそういうご趣味だったんですね。
「嫌です」
それに対する私の答えは単純明快かつ電光石火だった。
メイドとはそんな生半可な気持ちでするものではないし、私には似合わない。
呆然とする向井様から推しキャラ達を奪還し、脱兎のごとく逃げた。
後ろを振り向くなんて恐ろしいことは出来なかったけど、追いかける足音は聞こえてこないから多分大丈夫。
それよりも夕方アニメだ!
……なんて。私は甘いことを考えていた。
私が立ち去った後、向井様は再びあの悪い笑みを浮かべ、こう呟いていた。
「久々に面白いやつを見つけた。絶対に逃さねえ」
その切れ長の瞳は子供が泣き出すような凶悪な
色が浮かんでいた。
翌日から一週間ほど向井様によって私の命(学校生活)を懸けたの鬼ごっこが幕を開ける。
だが、当時の私は何も知らず、呑気にアニメを見て、興奮していた。
書き方をいつもと変えてみました。
読みにくかったらすみません。
また勢いで書いているので主人公が暴走するかもしれません(笑)。
ですが、お付き合いいただけると幸いです。