記憶消しゴム
第八作ですね。
読んでやっていただけると幸いです。
ある日の帰り道のことだった。
「あれ? こんな所に文房具屋なんてあったっけ?」
いつもなら目にも留めない裏道。存在すら頭に入っていなかったその道の先に、一件の小さな店があった。いつもならこんな店に入ってみようとも思わない。でもその時は、こんな奥にある文具店に少し興味を持った。好奇心からであろうか、店内にどんな物が置いてあるのか気になって、ちょっと中に入ってみることにした。
「いらっしゃい……」
店番をしていたお爺さんに軽く会釈して、少し店内を歩き回ってみる。鉛筆、シャーペン、ボールペン、色ペン。品揃え豊富で店内も広い。これだと、他の所で売ってないような物も置いてそうだ。そう思って店内を物色してみると、ある商品が目に入った。消しゴムコーナーの端の端。そこには、普通の消しゴムの同じようなスリーブに入った消しゴムが陳列されている。ただ、包みには、
[記憶消しゴム]
という、見たことがないロゴが入っていた。
「記憶を消せる消しゴム?」
コーナーの端の端だというのに、小さなポップが踊っている。使用方法は簡単、記憶を消したい人の名前と消したい記憶の内容を鉛筆で紙に書き起こして、この消しゴムで消すだけ。って、
「これ本当?」
まぁ、せっかく店に入ったので、買ってみることにした。一番定番の大きさで百五十円。少々お高い気もするけど、それは仕方ない。
「毎度……」
店番のお爺さんの弱々しい声に見送られ、店を後にする。それにしても、あれは何だったんだ…… 消しゴムを買った時のお爺さんの言葉が気になった。
「はい五十円お釣り……、取り戻せる程度にね……」
何を取り戻すんだ? もしこの消しゴムか本物だったら、記憶を奪うことになるのに。
よく分からなかったが、購入した消しゴムを手の中に握りしめ、そのまま帰路についた。
「ただいま~」
「おかえり~、早かったのね~」
玄関に入るとともに、奥から母さんの声がする。いつも通りの会話だったけど、あまり耳に入らない。手の中にある物が原因だということは言う間でもない。すぐに部屋に飛び込んで包みを開ける。改めて、
[記憶消しゴム]
というロゴが目に入る。これは本物なのか? そういう気持ちが大きくなる。
よし、試してみよう。
スリーブに効果が表れるのは約30分後って書いてある。これに差し支えなくて、消えてもあまり問題にならないこと……
そうだ、母さんの中にある僕が帰ってきたっていう記憶を消してみよう。これなら、もし本当に消えてもあまり問題ないし、すぐ分かる。
そこら辺にあった紙切れに、
[町田良子 息子が帰ってきた記憶]
と書いて、消す。
…………
何も起こらない。
まあ、すぐに分かることじゃないしな。
ふぁぁぁ……
色々と疲れてしまったようで、睡魔が僕の首を落とし始める。
少し……横になろうかな……
ZZZ
「きゃあ~」
ふぇ!?
誰かの悲鳴で目が覚めた。な、何だ? 何が起こったんだ!?
悲鳴の主は、ほかでもない、自分の母親である。
「な、何だ~、たかしか~。びっくりしたわよ。たかしの部屋に誰かが寝てるんだもん。全く、いつ帰ってきたのよ~」
えっ!?
驚いて時計を確認すると、帰ってきてから35分経過していた。
「さ、30分くらい前……だけど……」
「そぉ~? 全然気が付かなかったわ? ただいまくらい言ってよ~」
そう言って、母さんは部屋を出て行った。
…………
……本当だ!! 本当に記憶が消せた!
面白い。
この消しゴムがあれば、いろんなことが出来るかもしれない。明日、学校に持って行って、色々とやってみよ!
ーー翌日
学校で色々やってみた。
友人の、英語の教科書をかばんに入れたという記憶。
数学の先生の、宿題を出したという記憶。
TVドラマの内容で盛り上がっている女子たちの、ドラマを見たという記憶。
その他諸々。
こうやって、記憶を消すと消された人は揃いも揃って戸惑いを見せる。その様子は消した張本人からしたらおかしくて仕方がなかった。笑いをこらえ、心の中で大爆笑しながら、様子を見守る。みんな、ど忘れした、とか、そんな風にしか思ってないんだろうなぁ。そう考えると、余計に笑いがこみあげてきた。
そうやって、面白いことを経験して数日が経った。その日も僕は消しゴムを使うつもりで学校へと歩を進めた。学校についてから、僕はクラスの中のある一人の生徒に視線を向ける。
佐々木彰
口数は多い方ではない、どちらかと言えばおとなしい奴ではあるが、こいつに声をかける生徒は多かった。普通だったらこのような生徒が影が薄いと言われるはずなのに……。友達と呼べる人物がほとんどいない僕にとって、このような光景は不愉快でしかなかった。
その時の僕は消しゴムという大きなものを持ち、何でもできるかのような気持ちになっていた。少しいじわるしてやろう。そういう軽い気持ちで僕は消しゴムを使った。彼によく話しかけていた生徒の、佐々木と仲良くしていたという記憶を消した。
記憶を消された生徒は自身の知らぬ間に佐々木に近付かなくなっていた。どうだ! 僕は優越感とよく分からない達成感に浸った。
でも、事態は深刻になっていった。
記憶を消してしまった生徒がまずかった。クラスで人気のあるリーダーみたいな生徒であることを、記憶を消す時に考慮していなかった。佐々木と交友関係にあった生徒はほとんどそのリーダーに引っ張られている人たちなのだ。リーダーのいなくなった集団は、おのずから彼に近付かなくなっていった。数少ないその他の人も周りにつられて彼の周りから姿を消す。まるで、集団で無視し始めたかのように、彼の周りからは誰もいなくなった。
これじゃまるで、いじめじゃないか。
これは、全部僕のせい?
いや違う……僕はここまでを望んでいたんじゃない。違う……違うんだ……
そうやって自分勝手な言い分を自分自身に言い聞かせている時、僕は買った店の店番のお爺さんの、最後の台詞を思い出す。
「取り戻せる程度にね……」
取り戻せないってのは、こういうことだったんだ……
警告は受けていた、それにもかかわらず、僕は、大きな過ちを犯していた。
全部、これは全部、僕のせい……
考えただけで頭の中が恐怖ではちきれそうになる。
どうしよう……
逃げてしまえばいい。
今、手の中にあるのは記憶を消す消しゴム。
なら、自分の記憶を消すことで、自分の中で、リーダーの件を無かったことにすればいい。紙にあの時の記憶を書き出し、この消しゴムで消す。これで30分経てば……
駄目だった。何度も試した。でも、忘れられない。消しゴムが作用していないのではない。忘れても、消しゴムを見るたびに思い出してしまうのだ。この記憶からは、逃げることが出来ない……
だったら、何か罪滅ぼしをしないと……
これは彼のために、とともに、自分のためにでもあった。そうでもしないと、罪の意識で心が壊れてしまう。そう感じていた。
僕に何が出来る……
考えた、必死になって考えた。そして、一つの結論に至った。僕が……僕が彼の友人になればいいんだ。
でも、どうやって声をかければいい? 犯した罪があまりに大きいせいで、僕は彼を直視できないでいた。気が重い……。こんな状態で、声をかけられるはずなかった。
いったい、どうすれば……
そもそも、僕が、「記憶消しゴム」なんて物に出会っていなければ、こんなことにはならなかったはずだ。こんな物に出会ったこと自体が、間違いなのだ。こんな物がなければ……
なら、この消しゴムについての記憶を、全て破棄すればいい。
そうすれば、すんなり声がかけられるようになるかもしれない。
[町田隆志 記憶消しゴムに関する全ての記憶]
紙に書き起こして、一気に消した。書いた紙がしわくちゃになるくらいに、力を込めて。願いを込めて。
消した後、消しゴムを窓から力いっぱい放り投げた。もう二度と使えないように、もう二度と使わないように。
記憶が消える30分後を待つ間にこの文章を書いている。記憶が消えても罪の意識は残るように。
そして、記憶は消えた。
「あのさ、友達にならない?」
「あの二人ってさ、仲良いよね~」
「接点なさそうだけどさ、いつから仲良しになったんだろーねー」
クラスの女子の声が聞こえる。どうやら、僕ら二人のことについて話しているようだ。
「そういえばさ、どうして僕に友達になろうって言ったの?」
「それは、……あれ? なんでだっけ……」
記憶消しゴムは役目を忘れられ、今も道端に転がっている。
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